(36)目に見えぬもの(上)
「よろしいですわ。」
アイネが頷くと、アイネの周りに張り巡らせた障壁に向けて、四方八方から魔法が襲い掛かった。属性も火、氷など異なっている。それでもそれを全て跳ねのけることができ、アイネはほっと一息つく。
跳ね除けた魔法は壁に焼け焦げた跡や氷柱などを作り出していたが、特に問題はなさそうだ。アイネが実験室を出ると、職員がわっとアイネを取り囲んだ。
「アイネ様の障壁は素晴らしいですな。このスキルを習得できる人が増えれば、冒険者の怪我も減るかもしれません。」
「思いの強さで壁の強度が変えられるのであれば、魔力が少ない人でもなんとかなるかもしれませんな。研修に取り入れていくことを考えましょう。」
魔力課の職員がアイネの魔法をほめそやす中、アイネは内心焦りを感じていた。
魔力課は、冒険者が魔力を活かす方法を探す、あるいは魔道具を開発するための研究部署である。なのでアイネがしていることも課の方針として間違ってはいない。
が、アイネが求めているのは魔力の遮断方法であって、魔法の遮断方法ではない。
アイネが入りたいと願っているクーラン王国は現在、魔力が黒い雲のような状態になったもので取り囲まれている。その魔力はあまりに濃すぎて、人間が入れば魔力酔いという症状を起こす。体が重くなり、眩暈がし、動けなくなる。そのまま放置すると結晶化するとか魔物になるとか諸説あるが、その状態に耐えられる者がいないため、実際見届けた者はいない。何にせよ危険すぎて誰も近づけないのだ。
どうすれば魔力を遮断できるのか。あるいは濃すぎる魔力を薄めるにはどうしたらいいのか。その方法の一つとして障壁を試してみたのだが、おそらく自分の周りの魔力の濃さは変わっていない…と思われる。分からないのだ。
「そもそも魔力が見えないのが問題なのですわ。」
突然のアイネの言葉に周りは一瞬目を開き、笑い出す。
「いや、見えちゃったら攻撃するのわかっちゃうんじゃないですか?」
「でも向こうの魔力も見えるんだから悪くないかも?」
「私が言っているのはこの周りにある魔力のことですわ。」
アイネは体をぐるりと回転させる。
「周りにある魔力が濃すぎると魔力酔いを起こすと言われています。それなら魔力を目に見える状態にすれば、安全かどうかわかるではありませんか。」
「なるほどねえ。」
うんうんと頷きながらアイネに近づいてきたのは魔力課の課長であるガトーだ。銀髪色白で全体的に白ばかり目立ち、体も小さい。年齢もひどく歳をとっているようにも見えるし、幼くも見える。絶滅したと言われているエルフの血が混じっているのではないか、とも言われているが本当のところはわからない。
アイネの近くにくると、アイネを見上げる状態になる。目も悪いようで、いつも色の入った眼鏡をしている。色が入っていないと周りが眩しくて目が痛くなるらしい。今日の眼鏡は紫だった。日によって変わる眼鏡の色は機嫌を表してるとか今日のラッキーカラーだとか魔力課職員の噂の的になっている。
「そもそも魔力酔いの原因が魔力である、ということを見つけた人がいる訳ですから、何がしかの形で魔力というものが私たちの周りに存在していることを発見できたのでしょうね。その文献は読んだことがありますか?」
「い、いえ。まだですわ。」
アイネは赤面した。魔力酔いについて考えていたのに、実際それを発見した人のことに思いが至らなかった。自分達の周りに魔力がある。それを当たり前だと思っていた。誰かがそれを発見したのだから、それを辿れば魔力を見る方法もあるかもしれない。
ガトーは目を細める。笑ってるようだが表情がわかりにくい。
「魔力酔いが発見されたのはクーラン王国です。そのため元の文献は見ることができませんが、確か写本がギルド本部にあったと思いますよ。読んでみますか?」
「ええ、ぜひ!」
すぐさま返事をするアイネにガトーは少し口元を緩めた。今度は本当に笑っているようだ。
「わかりました。紹介状を書きますので明日それを持ってギルド本部へ行ってみてください。きっとあなたの役に立つことでしょう。」
「ありがとうございます。」
アイネが礼を言うと、ガトーは手を挙げた。まだ続きがあるらしい。
「それから、魔道具研究をしている職員で、魔力を吸い取るという奇妙な道具を作ろうとしている人がいます。」
「魔力を吸い取る……?」
「ええ。魔石には魔力を吸い取ろうとする力があります。それを利用して、魔力を集め、魔道具の動力にするとか。魔力の集めすぎは暴走につながりかねないのでね。まずは試作品を十分に試すように言ってありますが、貴女の目指している方向と似たものを持っている気がしますよ。」
魔力を吸い取ることができれば、クーラン王国の周りの魔力を減らすことができるのではないか。新たな道筋がさらに見えてくる。アイネは胸が高鳴るのを感じた。
「ええ、その人ともぜひお話をさせていただきたいですわ。彼……?」
「いえ、彼女ですね。あちらの研究室におりますよ。入室の許可も出しましょう。」
ガトーが指し示す方向には重々しい黒い扉がある。魔道具の開発は危険が伴う。失敗すれば魔物が湧くこともあるのだ。そのため入室は厳重に管理されている。アイネもそちらの研究室にはほとんど入ったことがなかった。思わずアイネはガトーの手を握った。色眼鏡の向こうの目が大きく見開かれる。
「本当に、感謝の言葉もありませんわ!では会ってまいります。」
言うなりアイネは黒い扉へと向かった。
読んでくださりありがとうございます。
そして評価ありがとうございます。
ものすごくやる気が出ました。
がんばります。
次も日曜日投稿予定です。




