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(35)薬の効果的な使い方〜ペルーシャの夢〜(下)

 ペルーシャから薬を送ってほしいと連絡があったのは、村の襲撃から2日後のことだった。


 ギルドの薬品はもう着いている頃だと思ったが、読み返して気がついた。ペルーシャが送ってほしいのは、ペルーシャの部屋にある自分用の薬だ。


 リーズは仕事が終わると同じ宿のペルーシャの部屋へ向かう。何かの時のために、お互い合鍵は持っているので、ペルーシャの部屋にはすぐに入ることができた。


 部屋はもう薬屋ではないかと思うほど、薬草に埋もれていた。天井には紐が張られ、薬草が干されている。机の上には硝子の器具があり、棚には色とりどりの薬瓶が並べられていた。

 手紙を見ながら、部屋にある薬を探す。


「棚の上から二番目にある薬瓶を全部と一番下の段にある箱……。」


 薬びんは割れやすいが、冒険者用のカバンは仕切りがあって一つ一つ収納できるようになっている。そこに全部の瓶を入れ終わると、リーズはふうっと息を吐いた。


「で、これを私が持っていけばいいのよね。」


 シクル村の襲撃、そしてそれに迅速に対応できた今回のギルドの行動。それは試験的に行われているギルド員と冒険者の派遣が少なからず貢献している。ギルドや冒険者の評価は上がるような気がするが、リーズが気になっているのは村の様子だった。


『村にとって冒険者ギルドは本当に必要か?』


 村には余所者を嫌うところもある。自分たちで何とかできるのに、と思われているのではないか。それをどうしても自分の目で確かめてみたくなった。


 幸い、話をするとシェリルさんはシクル村に行くことを快諾してくれた。


「ひょっとするとペルーシャが何か気になることを見つけたのかもしれないわ。薬を届けがてら見てきてちょうだい。」


 明日の朝出る馬車に乗れば、3日もあればシクル村に着く。リーズは支度するため自分の部屋に戻った。




 まだ朝早いというのに、シクル村は伐採された木の匂いと釘を打つ音で満ちていた。屍食鬼の討伐の際、あちこちに火がまわってしまい、家屋が被害をうけたらしい。

 ただ家を建て直す村人の顔は明るい。


 丸太を担いでリーズの前を通り過ぎる男をリーズは呼び止めた。


「あの、すみません。こちらにペルーシャというギルドの職員がいると思うのですが。」


「ペルーシャ……。ああ、ターバン巻いた腕のいい薬屋ね。彼女ならそこの食堂にいるよ。」


 男の斜め後ろにある大きめの建物を指差すと、男は丸太を抱えて行ってしまった。忙しいようだ。


(腕のいい薬屋、か。)

 ペルーシャの腕もちゃんと評価されていて嬉しい。リーズは思わずふふっと笑った。


 食堂の扉を開けると、聞き慣れた友人の声がした。


「今日の薬はもう品切れだよ……ってリーズじゃないか!」


 食堂を入って右側。薬が何もない机の上で書き物をしていたペルーシャが、椅子からぴょんと立ち上がる。


「薬は?薬はどこ?」


 歓迎されているのは自分ではなく薬らしい。リーズは苦笑しながら腰にあるポーチをあけて、中の薬びんを一つずつ取り出した。割れているものはなく、ホッとする。


「いやあ、助かるよ。これだけあればあと一週間はもつね。」


「一週間分にしては少ないような……。」


 リーズは首を傾げた。持ち運べるくらいの量しかなかったのだ。人気がある薬なら明日にはなくなってしまうのではないだろうか。


「ああ、これは濃縮してあるからね。売るときには薄めて使うんだ。そのほうが持ち運びに便利だろう?」


「なるほどね。」


 キッチンの大きな鍋を借りてきて、お湯を早速沸かし始めるペルーシャをリーズも手伝う。


「ところでこれは何の薬なの?」


「これは力が増大する薬。復興するのには力仕事がいるから必要だろうと思ってたら当たりだったよ。それからこっちが疲労回復薬。力を使うと疲れるからね。昼間にガンガン力を使ってもらってこっちの薬で疲労をとるんだ。そしたら次の日もばっちり働ける。おかげですごい売れ行きだよ。」


「そ、そうだね……。」


 どこまでも人を働かせるための薬のようだ。しかも回復もするから休みがいらなくなる。村人達にとっては1日も早く復興したいという望みを叶えてくれる夢の薬なのだろう。そしてしっかりとペルーシャはお金を稼いでいる。


 そのお金をペルーシャは何に使いたいのだろう?

 前から気になっていたことをリーズは聞いてみる気になった。


「ねえ、ペルーシャ。貯めたお金でしたいことがあるの?」


「あるよ。」


 お湯の様子を見ながら、ペルーシャはこともなげに言う。


「自分だけの研究所を作る。薬草園も隣に作って。ギルドの救護課じゃ使えるお金にも限りがあるからね。ボクはどんな怪我でも治せる薬を作るんだ。絶対に。」


 過去に何かがあったのだろうか。リーズは水色のターバンを巻いた友人の顔をそっと見る。その顔はいつにもして真剣だった。





 夕方になり、ペルーシャの薬の準備もあらかた終わった頃、村人や冒険者がドヤドヤと食堂に入ってくる。食事目当ての人もいるが、ペルーシャの薬を買い求める人が多かった。


「いやあ、ペルーシャちゃんがいてくれてよかったよ。こんなに薬が便利だとは思わなかった。このままシクル村で薬屋をやらないか?」


 冗談めかした誘いに、ペルーシャはニコリとして応じる。


「嬉しいね。でもギルドの仕事も楽しいから今はまだ辞める気にはならないかな。ここのギルドに薬は定期的に届けさせるよ。ギルドの職員に足りない薬があれば言ってもらえれば追加もするし。」


「本当か?いやあ、助かるよ。じゃあ、ギルドの人がいられるように、依頼も増やさないとな。」


「違いない。」


 一緒にいた村人達がドッと笑う。

 ああ、ギルドが受け入れられている。リーズは嬉しくなった。ギルドの役目は魔物を倒すだけでも採集するだけでもない。いることで村の役に立つ。それをペルーシャがやってくれていた。


「ボクはこの子と一緒に明日には帰る。明日からはギルドの事務所に買いに行って。」


「宿屋のとこだな。あそこも建て直しが終わったからな。また来てくれよ。」


「いいけど、屍食鬼はもう勘弁だな。魔道具の管理はしっかりと。わからなければギルドに任せればいい。」


「ああ、わかってる。新種の薬草でも冒険者と一緒に探しておくよ。そういうのも依頼にいれていいんだろ?」


 最近来た冒険者が近くの山を探索中に薬草を見つけたらしい。今まで魔物が怖くて入れなかったらしいが、もし多く自生していれば村の収入源になりそうだ。冒険者は依頼が入り、村は儲かる。一石二鳥だ。


「もちろん。新種がでたらすぐに飛んでくるよ!何なら今から山に……。」


「ちょっと、ペルーシャ。明日には出ないと間に合わないよ。」


 3日後には戻るよう、ギルドから話をされている。馬で帰るにしてもギリギリだ。


「わかってる。冗談だよ。でも時々こうやってあちこち行けると嬉しいね。」


「ギルドがあちこちに出来たら行けるようになるんじゃない?遠くなると支援も時間がかかるから、中継地点も必要になりそう。」


 シクル村で起こったことは特別ではなく、他の場所でも起こりうるだろう。ペルーシャも頷いた。


「そうだね。今回のことで、ボクも応急セットの必要性がよくわかった。帰ったら救護課に計画書を提出するよ。忙しくなりそうだ。」


「私も村のギルドに派遣されるようにならないと。」


 顔を見合わせ笑う。


「とりあえず、帰る支度だね。」

「その前に飯食ってけ。」


 村人のまぜっ返しに笑い声が弾けた。



 


読んでくださりありがとうございます。

次回はアイネ編です。日曜日更新予定です。

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