(34)薬の効果的な使い方〜ペルーシャの夢(中)
※ホラー要素があります。苦手な方はお気をつけください。
村の中には独特の匂いがする煙が充満していた。屍食鬼が嫌うという香草を焚き火に混ぜて燃やしているらしい。その中を村人だろうか。鍬のようなものを持った男達が走り回っている。
「昼間は噛まれなければ大丈夫だ!肌が出ないように覆え!」
冒険者の指示も出ているようで、追いかける者たちも噛まれやすい場所を布や革で覆っている。逃げる屍食鬼は狼のような姿で村から出ようと走り回っている。どこか薄ぼんやりと見えるのは、半分死んでいるからなのか。
ペルーシャ達の姿を見つけた1人がこわばった顔のまま、村の入り口に駆けてくる。イルが軽く手をあげた。
「サイラス冒険者ギルドから応援にきました。こちらは救護課職員です。怪我人がどこかに集められているならそこに案内してくださいね。」
「それは助かります。薬が切れてどうしようかと思っていたところです。毒の進行を遅らせる薬はありますか?」
イルの視線を受けて、ペルーシャが頷く。
「あるよ。でも急がないと間に合わなくなるよね?」
男はそっと視線を斜め後方にそらす。そこには大きめの建物があった。
「あそこの…あそこの食堂に集めてあります。お願いします。助けてやってください。」
「分かった。イルさん、とりあえずボク1人でいく。助けが必要なら呼ぶから。」
「ええ。私は状況を聞いてきます。」
イルと男が別の建物へと方向を変えるとペルーシャも食堂へと駆け出す。襲われたのが3日前なら…屍食鬼化していてもおかしくない。
ペルーシャが扉を開けると、中は異様な状況だった。身体中にびっしりと毛を生やした男が、横たわっている男に襲い掛かろうとしている。それを何人かの人が必死で止めていた。
「やめてくれ!ダグはお前の友達じゃないか。元に戻ってくれよ!」
羽交い締めにされた男の口からは言葉ではなくグルルル…といった唸り声が聞こえてくる。
ペルーシャはためらわずその男のところへいくと、一つの薬草を鼻先へと差し出す。
「グオオ!」
男は薬草から逃げ出そうとするかのように後ずさりする。その様子をみてペルーシャはため息をついた。
「間に合わなったか…ゴメンよ。」
ペルーシャは腰の袋から丸薬を出すと、男の口に放り込んだ。薬を吐き出そうとする男の口を無理やり閉じさせる。ペルーシャの力の強さに、先程まで羽交い締めにしていた男も固まっている。
やがて薬を飲み込んだ男の目がトロンとなり、その場に力なく崩れ落ちた。
「ど、どうなったんだ…?眠ったのか?」
「眠ったといえば眠ったのかな。永遠に目覚めないけど。」
ペルーシャの言葉に周りがざわつく。
「こ、殺したのか?」
「そうだよ。もう屍食鬼になってたからね。屍食鬼は鉄の剣で切るか、シクラの毒でないと倒せない。」
先程鼻先に突き出したのもシクラの薬草だ。正確に言うと、シクラは人間にとって「毒」ではない。むしろ薬だ。浄化の作用がある。だから、屍食鬼でなければ、この薬を飲んでも死ぬことはない。それに強い催眠効果のある薬品を混ぜてあるが、それはペルーシャだけの調合だ。
「他に方法はなかったのか?」
知り合いが死んだ衝撃からまだ立ち直れていないのだろう。先ほどまで羽交い締めにしていた男がつぶやく。
「悪いけど、一度死んだ人を生き返らせることはできない。この村全員が屍食鬼になりたいっていうなら話は別だけど。」
ペルーシャはわざと冷たく突き放す。助けたい気持ちは分かるが、できることとできないことの境界線はしっかりしておかないと、後悔する。それは身に染みて分かっていた。男はしばらくペルーシャを見ていたが、やが肩を力なく落とした。
「いや……。悪かった。他の奴も診てくれないか。俺はちょっと外に出てくる。」
「分かった。」
ペルーシャはそこに集められた人を順々に診ていった。何人かは冷たくなりかけていたので、先程の薬を口に入れる。助けられなかった人達は、外に連れ出されていった。そのまま火葬されるのだ。
他は思ったよりも毒が回っておらず、ペルーシャは内心ほっとしながら薬を渡していった。
「うん。思ったより怪我人が少なくて良かった。後はこれ以上怪我人が増えないよう屍食鬼を退治してもらえれば大丈夫だね。」
怪我人の様子を見にきた村長にも、治療が終わったことを伝えると、明らかにほっとした顔をした。40代くらいだろうか。村長としてはまだ若い。それでもこの何日かの対応で顔には疲れが滲み出ていた。乞われるままに、近くの椅子に座ると、ペルーシャは薬草を使って茶を淹れた。茶器は食堂のものを黙って借りる。疲労回復効果のあるお茶だ。恐縮する村長にも無理矢理渡す。
「屍食鬼に気づいた冒険者が、すぐに噛まれないようにしろと教えてくれたので。ギルドの職員にも知らせてすぐに対応してくれたので助かりました。」
ペルーシャはお茶を一口飲むと、一番気になっていたことを口にする。
「ところでどうして突然屍食鬼が沸いてきたんだい?普段からいる魔物じゃないだろう。」
「ええ、実は、私の母が持っていた魔道具が原因なんです。」
村長の母親は長く伏せっていたが、つい最近亡くなったそうだ。結婚する前から大事にもっていた鏡があったので、棺の中に入れたら突然暴走したらしい。
「ただの鏡だと思っていたので、今まで何もしていなかったんですが、思い返してみると、母はいつもその鏡を大事に磨いていました。寝込んでからも『鏡、鏡』と言い続けていたのは、手入れをしてほしいという事だったんですね。」
「鏡には魔が宿りやすいっていうからね。貴族でもなきゃ持ってないと思うんだけど。」
もともと鏡は貴重品だ。しかも鏡に込める機能など、自分をよく見せようとするものか、あるいは何か他のものを写そうとするものか。
「そういえば、若い頃にどこかの貴族の家で働いてたとか聞いたことがある気がします。その後父親と結婚したとかなんとか。」
「……ふうん。」
ペルーシャは鏡の経緯を想像してみたが、口に出すのはやめておいた。今更本当のことなどわからないだろう。
「で、その鏡はどうなったんだい?悪いけどその鏡を壊さないことには、屍食鬼がまた出てくる。」
村長も分かっていたようで、小さく頷く。
「今も母の棺の中に。冒険者さん達にも伝えたのでおそらく今頃は……。」
村長の言葉が終わる前に、外で大きなどよめきが起きた。続いて何かがパキンと割れる音。
「終わったかな?」
ペルーシャが立ち上がると、村長が下を向く。
「ええ、おそらく。申し訳ありませんが、見てきていただけませんか。」
握り締められた手は小さく震えていた。屍食鬼が鏡から出てきたということは、母親の遺体はおそらく……。ペルーシャは想像を打ち消すように首を振った。
「分かった。見てくるよ。そのまま棺ごと火葬してしまって構わないかい?」
「ええ。お願いします……。」
ペルーシャはそのまま何も言わず、外へ出て行った。
読んでくださりありがとうございます。
思ったより暗い回に……。
次回も日曜日更新予定です。




