(32)見習い卒業~アリサ~(下)
「なんで俺がこんな奴らと…。」
ブツブツ文句を言いながら大股で前を歩く栗色の男に、アリサは小さくため息をつきながら、歩く速度を上げる。エドワルドならそんなことは絶対言わない。結局自分が大して強くないからそう思うだけなのだ。
「もう少しゆっくり歩いて…。そんなんじゃ近くに魔物がいてもわからないわ。」
後ろからついてくる彼女はあまり体力がないようだ。息が切れてきている。今回の依頼は本当に大丈夫だろうか。アリサの胸には不安の文字しかない。
冒険者ギルドの前で会った時から、嫌な予感はしていた。アリサより先に来ていた栗色の髪の男は、ジュドーと名乗り、そばかすだらけの顔をゆがめた。
「こんなちっちゃいの、役に立つのか?」
エドワルドにもちっちゃいと言われたが、それより悪意がある言い方だ。カチンときたアリサは腰に腕をあててジュドーをにらみつける。
「これでも指名依頼もある冒険者ですけど?」
「…だからなんだよ。洞窟で戦えんのか?」
ふてくされたような言い方だが、アリサは実際洞窟に行ったことはない。黙るアリサにジュドーはほら見たことかと言うようにふんと鼻をならすと、もう一人の方をみる。薄茶色の柔らかな髪の女は両手で弓を抱えたまま、びくりと身体を震わせる。
「ミ、ミアです。私も洞窟は初めてで…ごめんなさい!」
「経験者は俺だけかよ…勘弁してほしいぜ。」
それはこっちの台詞だ、とアリサは言いたくなったが、とりあえずぐっと我慢する。とりあえず洞窟の中に関しては、ジュドーに頼るしかないのだ。
「半日もあれば踏破できる小さな洞窟なので、気を付けていれば心配ないですよ。明りは用意しましたか?」
とりなすように声をかけてきたのはリーズだ。
「大丈夫です。」
アリサは魔石ランプをちらりと見せた。魔石があればどこでも明りが使える便利なものだ。少し値が張ったが、今後のことも考えて買った。
「わ、わたしも明りの魔法は使えます。」
ミアの言葉にリーズは頷くと、ジュドーを見る。ジュドーは腕を組んでそっぽをむいた。
「松明くらい作れる。前衛で戦うんだから明りなんて持ってらんねえよ。」
「…そうですか。ではくれぐれも気を付けて。」
「こんな依頼、俺一人でも十分だ。ほらいくぞ。」
そのままさっさと歩き始めたジュドーについてひたすら歩き、今にいたる。最初は街道沿いだったのが草原の中の道を歩き、今は林の中の道だ。靴は朝露でぬれている。もう鐘一つ分は休憩もなく歩き続けている。
魔物が来てもわからない、という言葉に反応したのか、ジュドーが一旦立ち止まり、辺りを見回す。追いついたアリサはなんとか立ち止まったが、ミアは限界だったのか、その場に座り込んだ。
「そういや、今日は何も見かけないな…。」
「…いつもは何かいるんですか?」
息を整えたアリサが声をかけると、ジュドーはちらりとはしばみ色の目をアリサに向ける。
「ああ。ここは実のなる木が多いから、鳥や鳥の魔物が良く来るんだ。特にブラックバードは集団で襲ってくるから厄介なんだよ。」
いつもの森とは出てくる魔物が違うらしい。そういえば、周りの様子なんて気にしていなかった、と気が付きなんだか背中がぞくりとした。周りを見回して、魔物の気配がないことにホッとして、アリサも座り込む。
そういえば、とアリサは思い出す。
「たまには違う場所の依頼も受けてみないかい?」
何度かかエドワルドがそうアリサに誘いをかけていた。でもアリサは、慣れている場所がいいと、いつも森での依頼しか受けていなかった。
場所によって出てくる魔物が違えば、戦い方も依頼の受け方も変わってくる。エドワルドはそれをアリサに教えようとしていたのかもしれない。
素直に聞いてよけばよかった、と今更思ってももう遅い。今日はエドワルドはいないのだ。なんだか目頭が熱くなってきて、そっと顔を膝の間に顔を隠す。
「ダメダメじゃん、私…。」
「ああ?何を突然。」
アリサの言葉を聞き咎めたジュドーが声をかける。
「…まだ知らないことばっかりだってことがよく分かった。」
落ち込んだ様子のアリサに、ジュドーは目に見えて狼狽える。
「いや、俺だってこっち来たことあるから知ってただけで、知らないこといっぱいあるし。だから依頼受けながら覚えてくしかないんじゃねえの?」
「アリサさんは、ジュドーさんの歩きについていけてますし、ちゃんと訓練もしてたじゃないですか。訓練所で頑張ってる様子、私見てましたよ。あれ見て、自分も頑張ろうって思いましたもん。ちょっと体力ないけど…。」
復活してきたのか、横からミアも声をかけてくる。
「まあ、なんだ。とりあえず生きて帰って、ナントカダケ?取って帰ればいいんだよ。反省は帰ってからしろって。これ師匠の受け売りだけど。」
「そうです。帰ったら、王都の周りにどんな魔物がいるのか、一緒に調べましょう?きっとギルドにも資料があるはずです。そのためにも、この依頼、さっさと終わらせて帰りましょう?」
2人の必死の慰めに、アリサは恥ずかしくなってくる。これでは「ちっちゃい」と言われても仕方ない。思い切って顔を上げると、至近距離にジュドーとミアの顔があった。
「うわっ」
思わず驚いて声を上げたアリサに釣られて、2人も尻餅をつく。
「急に顔上げんなよ…。」
「はあ、びっくりしました。」
「ご、ごめんなさい…。」
少しの沈黙の後、なんだか笑いが込み上げてくる。それはジュドー達も同じだったようで、3人で顔を見合わせ笑った。ジュドーが立ち上がり、尻を軽くはたく。
「はあ、とりあえず行こうぜ。洞窟までは後少しだし。中は暗いから気をつけろよ。」
「あ、私探査スキル持ってます。」
「持ってんの?なら早く使ってくれよ。」
「使いながら歩いてたから疲れたんですよ…。」
ジュドーとミアのやりとりを聞きながらアリサも立ち上がる。
「ナントカダケじゃなくてヤミタケです。王都の門が閉まるまでに帰りましょう。」
3人は頷くと、洞窟へと向かう。その歩き方は、今までのものとは違っていた。
洞窟の中は大変だった。暗闇が苦手なミアがアリサにくっつき、アリサがジュドーにくっつくという団子状態で歩いていたので蝙蝠が出た時には3人で転んでしまった。
ゴブリンが五体出てきた時は、どうなるかと思った。でも、
「大丈夫だ。ここは狭いから、一体ずつ相手にしてけ!」
先頭でゴブリンと戦いながら指示をするジュドーはちょっとカッコよかった。
ミアも後ろにいるゴブリンにしっかり矢を当てて倒していた。
おかげでアリサも冷静になれた。
洞窟の奥にヤミタケはあった。だけど。
「…なあ、どれがヤミタケ?」
キノコは一種類じゃなかった。
ジュドーの言葉にミアもアリサも首をふる。奥に生えてるキノコは一種類しかいないと、思い込んでいた。
「…ダメじゃん、俺たち。誰も知らないって、依頼達成できないじゃん!」
ここまでくると、笑いしか出てこない。一通り笑うとミアが提案する。
「ま、まあ、とりあえず全部取って帰ろう?きっとどれかは合ってるよ。」
全種類のキノコを取ることにした。
その中の一つが胞子をまきちらし、危うく麻痺しかけたけれども。
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王都の門ではリーズとエドワルドが3人が帰ってくるのを待ち侘びていた。
「とりあえず洞窟にはたどり着いていたから大丈夫だとは思うが。」
「ゴブリンくらいにやられるほど弱くはないはずですからね。」
リーズの言葉にエドワルドが腕を組む。
「当たり前だ。そんなやわには育ててない。」
「そんなこと言って、ブラックバードは全部片付けてきたんですよね?過保護ですねえ」
リーズの言葉には無言で返し、エドワルドは門の外を見る。
「まあ、これで成長してくれれば、な。」
エドワルドに気が付き、アリサが手を振りながら門の方へと近づいてきた。その姿は今までより少し大きくなったように、リーズには見えた。
遅くなりました。
読んでいただきありがとうございます。
次も日曜日になりそうです。アリサ編はここで終了し、次回はペルーシャ編になります。




