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(3)友達ができました

連休につき、臨時投稿です。次は火曜日になります。


 


「お疲れ様!」


 掛け声と一緒に上げられたのは、ワイングラスとエールの入った大きなジョッキ、それから果実酒入りのちいさなグラスだ。全員お酒の趣味は違っていた。リーズはエール派だ。お酒が喉を通っていく感覚がたまらない。グラスから口を離すと思わずプハッと息が漏れる。


「ん〜、おいしい!」


「あなたは少し女性としての仕草を身につけた方が良くってよ。」


 上品に葡萄酒を飲むアイネにたしなめられて、リーズは口をとがらせる。


「いや、そもそもどうしてここにアイネ…さんがいるんでしょう?」


アイネ様の方がいいのか悩んだが、リーズは同期なのでさんづけで呼んでみた。貴族の知り合いなんて周りにいた事がないので、どうすればいいのか分からない。


「それは私がおいしいお店をアイネに聞いたからだね!そして誘ってみたらついて来た!」


 にこにことペルーシャがグラスをかたむける。しれっと「さん」も抜いて名前だけでよんでいる。ペルーシャの好みは果実酒だ。果物を甘く漬け込んだお酒で、漬け込んだ果実も入っている。見た目もなんだか綺麗だ。


「お待たせしました。」


 3人で囲んでいるテーブルに食べ物も運ばれてくる。米と辛い物が名物のイルーファン料理が売りの店のようだ。新鮮な野菜の盛り合わせ、串に刺さって良い匂いを漂わせている肉、色々なものの混じった、色の付いた米…リーズがあまりみたことのない料理ばかりだ。アイネとペルーシャはメニューを見ながらさっさと決めていたから食べたことがあるのだろう。


「アイネで結構ですわよ。一人だと店に来るのはさすがに気が引けて…。お誘いいただけて嬉しかったですわ。」


 王都には屋台の多く出ている地区があり、一人でご飯を食べる時はそちらでささっと済ませてしまう。店で食べるのは商談や会食の場合が多い。また、危険が少ないということで女性同士で来ている人もいるが、確かに一人で来ている人は少ない。


「いやいや、仮にも貴族のお嬢様なので…。むしろペルーシャがくだけすぎ。」


 村から出てきたリーズには、貴族なんて雲の上の人だ。村では「貴族に失礼なことしたら死罪だ」と言われ、まずは近づかないように教えられた。

しかし、ペルーシャはあまりそういうことに頓着しない。誰でも同じように話すのだ。村と都会では違うんだろうか。リーズが内心首をかしげているとアイネがにっこり笑う。


「もう貴族ではありません。冒険者登録しましたので、貴族籍は抹消されております。もともとここの国に土地があるわけでもないですし。」


「リーズ、ギルドに就職する前に冒険者登録したよね。忘れたの?」


「…忘れてました。」


 アイネとペルーシャのつっこみに思わずうなだれる。ギルド職員になるには、必ず冒険者登録を行うことになっている。ギルドの独立性を保つためだと、研修でギルド長も言っていた。貴族の三男や四男が冒険者登録をすることもよくある。冒険者になれば貴族籍からはずれるため、兄弟が家督を相続した時にその後の騒動を回避するため冒険者登録をするのだ。そこそこ腕は立ち、礼儀もわきまえてるので、急な護衛などに駆り出される事が多い。冒険者は家を持てないのだが、今まで住んでいた家に寄宿という形でそのまま住むことができるので、冒険者になっても実家にいる貴族冒険者も多い。その辺はあまり堅苦しくないようだ。


「まあ、とりあえず食べようよ!せっかくのイルーファン料理が冷めちゃう。」


 いいながらペルーシャは食べ物を手早く取り分けた。リーズの前に串に刺さった肉が置かれる。食べてみると肉の旨味と一緒にぴりっと辛い味が口の中に広がった。エールをグイッと飲むと思わずため息がでる。


「これ辛いけどおいしい。」

「ええ、イルーファンでは香辛料を使った料理が盛んですからね。ここのお店は客に合わせて辛さも変えてくれるんですのよ。」


 アイネの料理はなぜか串から外してあった。お店の人の好意だろうか。

「前にも来たことがあるんだね。仕事か何か?」


 串焼きを食べ切り、次に取り分けた野菜をむぐむぐと食べながらペルーシャが聞く。アイネはフォークで肉を口に運び、ゆっくり味わっているようだった。葡萄酒を一口飲むと口を開く。


「クーランの生き残りは私だけではありません。取りまとめをしていただいてる方との打ち合わせに使ったことがあるのです。」


 クーラン王国の人にとってはアイネはランテッソに言いたいことを伝える窓口みたいなものなのだろう。でも、とリーズは首をかしげる。


「アイネが貴族やめちゃうと、その人達どうなっちゃうんです?」


「国の保護からギルドの保護下に入るだけで、何も変わりませんわ。特例としてサイラスでの居住権は認められております。リングネル鉱石の権利はクーランが持っておりますから、賃貸料を今まで通りお支払いいただくだけ。」


 クーラン王国が復活するまでの措置としての賃貸料なのか。どのくらいの価格なのかとアイネを見るがふふっと笑っている。なにげに怖い。



「なるほど。冒険者ギルドはクーランが下手に復活すると大変なんだな!」


 うんうんと頷きながらペルーシャが米を頬張っている。気がつけば皿に山になっていた米は半分以下になっていた。


「いつも思うけど食べるの早い!」

「大食らいの兄弟がいると、早く食べないとなくなるんだよ。なくなってから文句言っても返ってこないよ?」


リーズも慌てて自分の皿に米を取り分ける。その様子を見てペルーシャは手を挙げた。追加注文するようだ。アイネは満足したのかワイングラスをのんびり飲んでいる。


「クーランを復活させられれば大きな貸しができますもの。復活して大変ということはありませんわ。入りたいけど入れない、というのが本当なのでしょう。ただ、それほど本腰を入れていないようですので、ね。」


「アイネを敵にすると怖そうだ。友達になっておいて正解だったね、リーズ!」

「え?と、友達?もう?」


 ペルーシャの話は突然飛ぶから怖い。多分ご飯に誘った時点で彼女の中では友達なのだろう。


「あら、リーズは嫌ですの?私は構わなくてよ。研修中に寝るなんてなかなか豪胆な方だと感心しておりましたわ。」


 そしてアイネも早かった。友達っていうのはそんなに簡単になるものなんだろうか。いや、多分都会ではこの早さが当たり前なんだろう。あわててリーズは立ち上がり、エールの少なくなったグラスを突き出す。


「嫌じゃないです。なりましょう、友達!」


 カランと再びグラスの触れ合う音が響いた。




「ところでペルーシャは医学の心得がおありなの?救護課なんて驚きましたわ。」

「あ、私もそれは気になってた。どうなの?ペルーシャ。」

 

 食後の果物を食べながらアイネが尋ねる。瓜のような甘い果物だが、やはりアイネのだけは一口大に切ってあった。リーズとペルーシャはかぶりついて食べる。


「医学はあまり得意じゃないけど、薬なら得意なんだ。ボクの夢はねえ、もう治らないと言われた怪我でも治せる薬を作ることさ。ギルド長の目とかね。」

「それはもはや神の領域ですわね…。どんな薬が作れますの?」

「材料と器材さえあれば大抵のものは作れるよ。眠くなる薬もあるし、動けなくなるようにする薬もある。危ないからそうそう作らないけどね。そうそう、惚れ薬じゃないけど、鼓動を速める薬はあってね。これも結構効くみたい。友達には格安で提供するよ。」


 指についた果汁をペロリとなめながらペルーシャはにこっと笑う。顔とは裏腹に言っていることはかなり物騒だ。


「魔力を制御する薬は作れませんの?」

「魔力かあ…魔力は難しいんだよねえ。」


 ペルーシャは腕を組む。


「魔物を倒すと魔石が手に入る。これは魔物の魔力が結晶化したものだって言われてる。死ぬと魔力が流れずに固まってできるらしい。でも、人間が死んでも魔石はできない。どうしてだと思う?」


「人間と魔物の魔力の種類が違うとか?人間の魔力は固まらないとか。」


 思いつくまま言ってみたリーズの言葉に、ペルーシャが頷く。


「なるほどね。でも魔石を使って魔力を上乗せできるから、まったく種類が違うとも思えないんだよ。人間の魔力が固まらない。うん、その仮説も立てられるね。でもボクは違う仮説を立ててる。」


 得意分野なのか、いつもより饒舌にペルーシャは話し続ける。


「人間の魔力が少なすぎて結晶化できない?」


 アイネが呟く。ずっと考えていたようだ。


「当たり!…とボクは考えてる。多分結晶化はしてるんだけど、魔石が目に見えないほど小さいから、ないと思われてるだけ。石化症って病気は知ってる?」


 リーズは横に首を振ったが、アイネは首を傾げた後口を開く。


「確か足や手の指の先が石のように固まってしまう病気でしたわね。そのままにすると命に関わるので固まった部分は切らなければならないとか…。」


「そうなんだよ。そしてこの病気は魔力の多い人ほどかかりやすいんだ。クーランでは多かったみたいだね。さすが魔法王国。」


 ペルーシャの目がキラキラを通り越してギラギラしている。


「魔力の濃い場所に行くと魔力酔いを起こして、動けなくなる。これはおそらく魔力を人間の体が取り込みすぎているからだと思うんだ。そしてそのままにしておくと、おそらく石化症になる。さすがに実験はできないけど。」


「魔力を取り込まない方法を考えなくてはならないのですわね。」


「そう。でもそれを薬でどうこうするのは難しいんだよね。例えば身体の中の魔力を動かないようにしようとすると、もともとあった魔力が固まってしまうかもしれない。だから難しい。」


 うんうんとペルーシャがうなずく。


「でもまてよ。逆にすればいいのか。魔力を流れやすくして排出できれば石化症にも使える…?」


 ぶつぶつとペルーシャが言っているが途中から聞き取れない。自分の世界に入ってしまったようだ。やれやれと言った顔でアイネがリーズの方を向く。


「なかなか変わったお友達ですわね。面白いですけれども。リーズさんはどちらからいらしたのです?王都の方ではないようでしたが。」

 残っていたエールをリーズは飲み干す。これで5杯目だ。今日はいつもよりたくさん飲んでしまった。明日の仕事のことがチラリと頭をかすめたが、すぐにどこかに消えてしまった。


「ミシュリ村です。クーラン王国の近くの。」


 アイネは目を見開く。


「あそこは確か魔物に襲われて…。」


 リーズはこくりとうなずく。


「ええ。村の半分くらいの人は生き残ったので、なんとか細々やってるんですけど。でも若い人はどんどんいなくなっちゃって。」


 お酒のせいだろうか。別に話さなくてもいいことがリーズの口から溢れてくる。


「若い人がいなくなるのは、仕事がないからなんですよね。だから思ったんです。王都から離れたところでも仕事があればいいんだって。でも魔物がいると危険だから、まずは冒険者にいつでもいて欲しい。でも遠いところまで依頼を受けにいくのは大変だから、冒険者がいてくれない。それなら冒険者ギルドを作っちゃえばいいんじゃないかって思ったんですよ。」


 アイネは黙ってリーズの話を聞いている。でもばっかりで変な話なのに。でもやっぱりとまらない。友達、という言葉に甘えているのかもしれない。


「私はここで仕事を覚えて、冒険者ギルドを新しく設立する方法を探すんです。冒険者が集まれば、宿屋や食べ物屋、武器屋が必要になる。それを支える商人達も必要になる。そうすれば人が集まってくる。私間違ってますかね?」


「この方、お酒を飲むとからみますのね…。気をつけておきましょう。」


 アイネの独り言はリーズには聞こえなかった。今度は聞こえるようにアイネはリーズに問いかける。


「問題は、仕事がないところに冒険者ギルドを設立するのは採算が取れないことです。それはお分かりかしら?」

「う、それは…。これから考えます! そのためにギルドに就職したんですから。」


 研修で聞いた話からも正直そうではないかと薄々考えてはいたのだ。何もない田舎に、依頼できるほどの仕事とお金があるだろうか。

 うううっとうなるリーズを見てアイネはふふっと笑う。目的は違えど、やりたい事の方向性は自分と似ている。クーラン王国に入るためにも近くに拠点が必要なのだ。ただやはり、同じ問題にぶつかってしまうけれども。


「あなたと友達になれて本当に嬉しく思いますわ。私もクーランに戻るために近くに冒険者ギルドが欲しいと思ってましたのよ。一緒に頑張りましょうね。」


「ボクも手伝えることがあったらやるからね。面白そうだ!」

 考えごとから戻ってきたのか、ペルーシャが口をはさむ。

「うふふう。友達っていいですねえ…。」

 そこでリーズの意識は途切れた。


 同じ宿だから、と体に似合わぬ力でリーズを抱えてペルーシャが帰っていくのを見送るとアイネは外を見たまま口を開く。


「セバスチャン。」


 初老の紳士がすっとアンネの近くに寄り添う。


「ここの支払いは大丈夫かしら?」

「はい。済ませてございます。お友達もできたようでよろしゅうございました。」


 アイネは思わず赤くなる。

「私にかかれば友達なんてすぐできますわ。それよりも、あちらの話はもう大丈夫なんですの?」

「お嬢様が伯爵家との縁談を断った件でございますか? ギルドに登録した時点で消えております。まさかそれが本当の理由だとは誰も思わないでしょうが。」

「うるさいですわ。クーランを思う気持ちにいつわりはなくてよ。ただあの狸親父に触られると思うと…。」


 ブルっとアイネは身を震わせる。セバスチャンはそれに触れずに一礼する。


「夜も更けてまいりました。帰りましょう、お嬢様。」

「…そうね。明日からが勝負ですからね。今日の宿に案内してちょうだい」

「かしこまりました。」


 冒険者になったとはいえ、連れ去られて愛妾にされては元も子もない。ほとぼりがさめるまで、アイネはあちこちの宿を転々とすることにしていた。どこかに隠れ家を用意したいところだが、冒険者は家を持てない。辛いところだった。


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