(26)決着
「ぐっ」
ペルーシャの足が宙に浮く。首に腕が巻きついているようだ。そのまま影から出てきたのは、屋敷の中で見た
いかつい大男だった。
「すまねえが、そこにいるネメスだけ解放しちゃもらえねえか?それは俺の兄貴なんだ。」
「リゲル!お前は出てくるな!」
ネメスが叫ぶように言うが、リゲルはそのままリーズの方に歩を進める。
「兄貴が悪くないとは言わねえ。でも子供の頃から俺を
守って、こいつらみたいのに従わなきゃならなかったんだ。このまま兄貴が捕まったら、俺はこの先どう生きていいか分からねえ。バカだしな。だから、この姉ちゃんと交換だ。兄貴をこっちによこせ。」
「脅迫なのかお願いなのかよくわからないですねえ。別にこの場でネメスさんを殺しても、私たちは痛くも痒くもないのですよ。」
イルさんがのんびりした口調できついことを言う。詳しい事情はよくわからないけれど、ネメスさんが逃げないための人質に、リゲルはずっとなっていたのかもしれない。顔を赤くしたリゲルは首に回した手にさらに力を込める。苦しいのかペルーシャがその腕に自分の手をかけた。
「なっ…この姉ちゃんがどうなってもいいのか?」
「貴方にやられるほど弱くはないはずですよ。」
「その…通り!」
リゲルの腕にかけた手にペルーシャが力を込める。首から腕が離れていく様子をみて、リゲルは顔色を変えた。
ある程度離すとそのままペルーシャは地面に降りてくるりと回転する。
「ボク、力比べならそんなに負けないんだよね。試してみる?」
ぐいっとリゲルの腕を引っ張ると、リゲルはバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。地面がざっと音を立てた。ペルーシャが両手、リゲルは片手。分が悪いと思ったのか、リゲルはもう片方の手でペルーシャの手を掴んだ。がっちりとその手を握ってチラリと投げてきたペルーシャの視線に合わせるように、リーズはリゲルの近くに素早く寄ると、もう一つ持っていた網を投げる。そのまま網を引っ張ると、リゲルは簡単に尻もちをついた。
「何をしやがる!力比べじゃなかったのか!」
リゲルが網に慌てたところでするりと手を抜いて離れていたペルーシャがにんまり笑う。
「いや? ボクがしにきたのは盗賊退治だから。そこを忘れたらいけないからね。」
「きちんと目的を覚えていてくださっていて嬉しいですよ。」
いつもの笑顔を消して、イルがリゲルの側に寄る。
「どんな事情があれ、盗賊として人の命を奪ったのは間違いありません。この元貴族たちは、騎士団に引き渡した後、ギルドでの制裁を受けることになりますが、あなたたちは冒険者ではありませんので、騎士団に処遇はお任せします。取調べで言う言い訳を考えておくと良いですよ。」
アリサのお父さんは死ななかったけれど、アグレウスさんは奥さんを残して死んだ。ガリアさんも戦って死んだ。それは彼らが悪いわけじゃない。
リゲルは、イルを睨んでいたが、それ以上何も言わなかった。
捕まった男達は全員馬車に乗せられた。貴族達は抵抗したが、ネメスとリゲルは素直に馬車に乗った。小さな声で、リゲルが呟く。
「…兄貴ごめん。最後まで俺が足を引っ張っちまった。」
「いや、いいんだ。これで。」
ネメスはなんだかスッキリした顔をしていた。
「もうこれで、盗賊の真似も、嫌な仕事もしないで済む。やっと、やっと自由になれたんだ。」
これからネメスに待っているのは、騎士団の尋問、そして罰の確定だ。牢屋に入るのは免れない。それでも自由だ、というネメスの言葉が重すぎて、リーズは目をそらした。
イルの馬に馬車を引かせ、イルが御者、カルダンは馬車の中に入った。ペルーシャは馬を引きながら器用に自分の馬を走らせている。リーズは馬車の後ろから馬を走らせ、念の為周りを警戒する。しかし、何も起こらないまま、王都に到着した。
王都の門にはいつものように長い行列ができている。行列には並ばず、門の所まで馬車を走らせると、イルは門番に声をかける。
「盗賊を捕まえてきたから、騎士団に連絡してもらえますか?私たちはここで待ってますので。」
一瞬目を丸くした門番が、ピシッと姿勢を正す。
「盗賊ですか?分かりました!こちらの詰所にお願いします。」
門番たちの動きが慌ただしくなる。詰所から1人、門の中へと駆け出していくのが見えた。おそらく騎士団へと知らせに行くのだろう。
盗賊を外に連れ出そうと馬車に乗り込んだ門番の目が大きく見開かれた。
「あなた方は…!」
縛られた男達はふてくされてそっぽを向いているが、長いこと門番をしている男には誰だかすぐにわかった。助けを求めるように泳ぐ門番の視線がカルダンの視線とぶつかると、カルダンは頷く。
「そう、彼らが盗賊だったんだよ。捕まるわけはないよねえ。馬車の外に出して連行するとさすがに騒ぎになりそうだから、このまま騎士団本部まで連れていきたいんだ。それから、ギルドにも知らせたいから、1人先に行かせてもいいかい?」
「…かしこまりました。他の方々には騎士団本部までご一緒していただいてよろしいですか。」
「もちろんだとも。ちゃんと話をしないといけないからね。色々と。」
カルダンは馬に乗ったままでいたリーズの方を見る。群青色の瞳が楽しげに細められた。
「そういうわけで、ギルドまで一走り行ってきてくれるかい?リッテルを騎士団本部まで連れ出してくれればいいから。」
ギルド長を呼び捨てにするこの男は何者なんだろう?結局その答えを見つけられないまま、リーズはギルドに向けて馬を走らせた。
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