(22)罠
二日後、リーズが連れてきた仲間を見て、ネメスは首を傾げた。
「…仲間、なんだよな?」
リーズは見たところまだ若い。だから同じくらいの年齢の若者を連れてくるかと思ったのだが。しかも、何となくピリピリとした空気を感じる。
「パーティーは年齢で組むものではありませんからね。私と彼はリ…じゃなくてエラシオ君達の才能が気に入って一緒にいるのですよ。ねえ、カルダンさん。」
「ずいぶん古い屋敷だねえ。ほんとに僕達に報酬が払えるのかい?終わってからまけてくれとか言わないでくれよ?」
にこやかに話すイルという男は、なんだか顔が引き攣っている気がする。カルダンにいたっては、そもそも会話が成り立っているのか分からない。立とうとするのをイルが何度も押さえている。
「イルさん、大人しくさせる薬ありますよ。使いますか?」
そしてもう1人は明らかに女だ。頭に水色のターバンを巻いている。イルーファンでは女は夫の前でしかターバンを取ってはいけない習慣があると聞いたことがあった。しかも変な色の薬を持っている鞄から出してくる。カルダンは薬と聞いてピタッと動かなくなるが、今度はどこからか出してきた本を読み始めた。
「ま、まだパーテイーを組んで間もないんだ。だからこの話をしないと逆に恨まれそうで怖かったんだよ。」
リーズが必死になって話してくる。確かに、このメンバーに黙っていたら、後が怖そうだ。腕はどうなのだろうか、と扉の前にいるリゲルに視線を向けると、リゲルはかすかに頷いた。
「ちょっと、腕試しをさせてもらおうか。外に出よう。」
リゲルが声をかける。そう、彼らには強さが必要だ。貴族どもからネメスを守れるくらいには。
「ええ、あなたと戦うんですか?」
嫌そうにいうのはイルという男だ。
「僕は面倒だから、君に任せるよ。」
カルダンは読書に夢中になってきたのか、顔すらあげない。リゲルはニヤリと笑うと持っている半月刀をカルダンにむかって振り下ろした。
「……!」
座っていたソファを半月刀がかすめ、中の白い詰め物がふわっと舞った。カルダンは本から顔を上げてもいない。が、座っている位置が微妙に変わっている。
「あーあ。大丈夫なのかい?このソファは高そうだよ。僕は弁償しないからな。」
「まあ、このくらいで勘弁していただけませんかね?」
リゲルの後ろからのんびりとした声がする。首にはピタリと冷たいものが押し付けられていた。いつの間に、とリゲルは冷や汗を流すが、それを必死に押しとどめて、笑ってみせた。
「いや、悪かった。2人とも俺よりかなり強いな。試すようなことをして悪かった。」
「あれ、もう終わり?ボクの出番がないじゃないか。」
拗ねたように呟くのはターバンの女だ。ペルーシャと言っていたか。
「いや、ペルーシャはいいから。その手に持ってるのはなに?」
リーズの言葉に釣られて見れば、色のちがう二つの試験管をぶらぶらとさせている。
「よくぞ聞いてくれたね!これは混ぜ合わせると爆発する薬なんだよ。面白いだろう?混ぜなければ危険はないんだ。便利だと思わないかい?」
「あ、うんそうだね。でもここで投げると僕たちも死ぬ気がするからやめておこうか?」
エラシオがペルーシャと呼ばれた女を必死で押しとどめている。外で戦っていたら恐ろしいことになっていたかもしれないとネメスは内心ほっとした。
「では正式に君たちに依頼をしたい。ただ、王都の封鎖が解けないと外には出られないのでね。騎士団が封鎖を解除したら連絡するということでいいかい?」
エラシオが代表して頷き、疑問を口にする。
「分かった。では、封鎖が解けたらギュンターのところに声をかけに行くことにする。馬は用意してもらえるのだろうか?」
「ああ、もちろんだ。こちらで用意する。それからこの件はギルドにはくれぐれも内密に頼む。」
「もう冒険者の中では噂になってるから遅いと思うけど、僕達が受けたことは内緒にしておくよ。それはそっちもよろしく。」
「そうだな。では、契約成立だ。」
今度こそネメスが出した右手をエラシオが握る。男の手とは思えない柔らかな小さい手の感触がした。
エラシオ達が去った後、ネメスは先程のソファの切れた部分を手で撫でる。リゲルも直前で止めようとしていたようで、切れたのは表面だけだ。黙っていれば誰も気づかないだろう。
「アイツらなら大丈夫なんじゃないか?兄貴の思惑通りにやってくれそうだ。」
「なら、いいんだけどな。」
…そもそも、こんな盗賊稼業をするつもりはなかったのだ。ネメスはため息をつく。
ネメスとリゲルはもともと行商人の息子だった。あちこちの街に寄りながら、その土地の特産物を売り歩く仕事をしていた。それほど裕福ではなかったが、家族4人で楽しく旅をする毎日だった。しかし去年、王都に寄ってから運命が変わった。
クーラン王国由来の装飾品を店先に並べていたところ、偽物を売りつけるつもりかと難癖をつけられたのだ。父と母はその場で斬り捨てられた。ネメスとリゲルはその様子を馬車の隅で小さくなって見ているしかできなかった。にやにやと笑いながら、その男は商品を物色していたが、そのうちネメスたちに気がついた。
『お前ら、この2人の子供か。』
答えられずに固まっていると、さらに男が続ける。
『この2人は貴族に偽物を売りつけようとした罪で今俺が裁いたところだ。子供の貴様らにも罪はあるが、俺の下で働くなら命だけは助けてやらないこともない。どうする?』
その日から2人はその男の下僕となった。それから10年。その男のすることの後始末にすっかり慣れた頃、借金の形に他の貴族に売られた。次の雇い主は次男坊で、自分の境遇を恨んで同じような境遇の貴族と遊び歩いている男だった。
『自由に使える金が欲しい。なんとかならないか。』
そう言われて苦し紛れに出したのが、隊商の斡旋業だ。護衛を斡旋するだけで金になると言われ、貴族達はその気になったが、治安が良い王都ではたちまち仕事は来なくなった。
『それなら、盗賊が出ればいいのだ。なに、ちょっと商人達を街道で脅せば良いだけの話。そうすれば我々に入る金も増えるというものだ。』
誰が言い出したのかはもう分からない。脅すだけだったはずが、抵抗してきた護衛に興奮した貴族達は、商人も含め、全員を殺してしまった。そして、商人の持っていたものは、良い金になった。
ネメスもリゲルもすっかり汚れ仕事に染まってしまっている。今更普通の生活には戻れないだろうが、それでも身代わりに殺されるのはごめんだった。
「そうだな。後は囮の隊商を作ればいい。金に困ってそうな男を捕まえてきてくれ。この仕事が終わったら王都を離れるんだ。いいな。」
リゲルは大きく頷く。リゲルはいつの頃からか、体を鍛え、貴族達の用心棒として働くようになっていた。
「あとは王都の門が開くのを待つだけだな…。」
ネメスはそう呟くと、ふっと部屋の隅をみる。そこには蜘蛛が巣を作っていた。
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