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(21)それぞれの思い

「で、明日までに馬に乗れる冒険者をあと3人用意したいんですけど、大丈夫ですよね?」


事もなげに言い放つリーズの言葉にシェリルはため息をついた。

もちろん、冒険者の中にも馬に乗れる者はいる。元貴族だったり、元騎士だったりという人も多いからだ。ただ、今回の件を引き受けさせても良いほど信頼のおけて、なおかつ腕のいい人、というとかなり条件が厳しくなる。アリサの家の護衛も外すわけにはいかない。


「…とりあえず、ギルド長と相談して決めることにするわ。あなたは今日は受付をお願い。」


「はい。わかりました。」

リーズはタイを結び直すと、受付の方に向かう。午後の仕事は少なめだから大丈夫だろう。


「誰に頼めばいいかしらね…。私が行くわけにはいかないし。」


リーズがそちらを引き受けてしまったのなら、シェリルはアリサの護衛を優先すべきだろう。アイネも馬に乗れるが、貴族相手だと顔が割れている可能性が高いので危険だ。考えている間に、ギルド長の部屋の前までたどり着いてしまった。今日はきちんとノックをして声をかける。


「シェリルです。入ってもよろしいですか?」


「入れ。」


リッテルの声を聞いてから扉を開けると、中にはイルがいた。リッテルは何か書類を手に持っている。もう調べ上げてきたのだろうか。仕事の早さに驚くが顔には出さない。


「やあ、シェリルさん。ご機嫌いかがですか?」

「まあまあね。ところでここにいるってことは、昨日の件の報告かしら。」


半分は嫌味のつもりだったのだが、イルはにっこりと頷いた。


「さすがシェリルさん。その通りです。じつはあの石の持ち主がわかりましてね。こうしてご報告に上がったんですよ。」


 本部長付きは名前だけではないということか。イルを少し見直しながらシェリルも精一杯愛想笑いをする。こんなのは、リッテルに付き合わされた夜会以来だ。


「まあ、仕事が早いのね。で、どこの貴族だったのかしら。」


「ガストール男爵の三男、ホアルの物でした。どうやら領地で柘榴石が取れるようでしてね。それが輝石として使われておりました。長男、次男と石の大きさが小さくなるので、あの大きさだと三男のものだろうと神官が話してましたよ。」


「随分詳しく神官から教えてもらったのね。」


神官もおいそれと情報は漏らさないと思うのだが、一体何をしたのだろう。シェリルの疑問を感じ取ったのかイルは懐から小さな袋を取り出す。中には様々な宝石が入っていた。


「なに、この中に輝石を落としてしまった。見分けがつかなくてこのままではご主人様に叱られる、というとすぐに探してくれましたよ。輝石には神官にしか見えない印がついているようですね。どこの家人か分からないですよね?と挑発してみたら、見事な推理を披露してくれましたよ。でも内緒にしてくれるそうなので、私が聞いたことも黙っててくれるでしょう。」


 さすが、としか言いようがない。褒めるのも癪なので黙り込むとリッテルが口を開いた。


「で、シェリルは何の用だ。イルと漫才をしにきたわけじゃないだろう?」


「漫才?何で私が…。実はちょっと変な護衛依頼が冒険者の中で噂になってるのよ。」


シェリルはリーズが調べてきたことを手短に伝える。イルはますます嬉しそうな顔をした。


「なるほど、リーズさんは馬にも乗れると。中々多才ですな。ますます引き抜きたくなりましたよ。」


「それはお断りしたはずよ。それで、明日までに馬に乗れてこの件に関わっても大丈夫そうな人を集めたいの。腕が立って馬に乗れる人があと3人。誰かいないかしら。」


リッテルが眼帯をしていない方の眉を上げる。


「3人か…。冒険者に頼むより、ギルド員の中で探した方が早いかもしれんな。急いで探してみよう。」


「それ、是非僕も参加させてください。もちろん馬には乗れますよ。」


ここまで黙って話を聞いていたイルが嬉々として名乗り出た。シェリルがイルを軽く睨む。


「…私はあなたを信用できないのだけれど。それにリーズにも疑われている。調査部の人間だと話してもいいのかしら。」


「問題ありません。むしろ調査部に興味を持ってもらえれば何よりです。」


そういえばこの男はリーズを調査部に入れたいのだった。この機会に勧誘するつもりなのだろう。こちらとしても1人、仲間を入れておきたいところだ。


「…依頼課からも1人入れるわ。それでいい?」


「…分かった。イルもそれでいいな?」


リッテルの言葉にイルはうなずきながら頭をかく。


「もう1人もアテがあります。というか、この話を聞いたら来てしまうでしょうね、あの人は…。」


「あの人?」


シェリルの疑問に答えようとイルが口を開きかけた時だった。慌てたようなノックとともにリーズの緊迫した声が聞こえてきた。


「アリサさんの家に騎士団が!盗賊の仲間だと通報があったそうです!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ネメスは必死だった。ここで一つ間違えれば自分の命はない。自分から目を逸らすためにも、マテウスには捕まってもらわねばならなかった。物陰に隠れてマテウスの家の様子を見ていると、騎士団がやって来るのが見えた。


「マテウス!貴様に聞きたいことがある。騎士団本部まで同行願いたい。」


周りに聞かせるためだろうか。大きな声が響き渡る。周りの家の窓や道には様子を伺う人が少しずつ増えている。すると中から執事のような服を着た男が出てきて一礼をしたのが見えた。何かを話しているようだがここまでは声が聞こえてこない。これだけ人がいれば、紛れ込むことができるだろう。そう思ってネメスはそっと近づいた。


「マテウスを引き渡して貰えば、それで良いのだ。隠すのであれば貴殿も盗賊の仲間とみなすが良いか。」


普通の者では声だけでも威圧されてしまうだろう。しかし、執事のような男は直立不動のまま顔色も変えなかった。


「さて、私も盗賊からマテウス殿を守よう、主人から仰せつかっております。果たして貴方様方が盗賊の仲間ではないという証拠がおありなのかどうか…。」


「なんだと!」


騎士団の男がいきり立つ。そのまま腰の剣に手をかけた。


「おやおや。最近の騎士団は随分と短気でいらっしゃる。躾がなっておりませんな。」


すっと男が目を細めると、空気が変わる。その時、

見物客の間から声がした。


「そのくらいでお止めなさい、セバスチャン。」


優雅に歩いてくる女性を見て、野次馬達がざわつく。ネメスも彼女が誰だか知っていた。アイネ=ローザリンド。クーラン王国の生き残りである彼女のことを知らない者はいない。貴族であって、クーラン王国の民と同じ目線に立ち、冒険者になった彼女は人気があった。騎士団の男も居住まいを正す。


「これは、アイネ殿の家人でしたか。失礼をした。実はこの家に盗賊の仲間がいると通報がありまして。騎士団で話を聞きたいと思ったのですが、渡してもらえません。お口添えをいただけないでしょうか。」


アイネが首を傾げて艶然と微笑む。

「この家に盗賊の仲間などおりませんわ。お引き取りくださいませ。」


「そう言われましても…。」

アイネの笑みが深くなる。


「ここは、私が現在お世話になっている家ですわ。私を疑うとおっしゃるのかしら。それとも何か証拠でも…?」


「い、いや、それは…。」


何も言い返せない騎士団の男の様子に、野次馬達もざわざわと騒ぎ始める。


「でしたら証拠が見つかりましたら、おいでくださいませ。失礼いたしますわ。」


ピシャリと言い放つとアイネは家の中へと入っていった。執事の男も後に続く。


ネメスも踵を返してその場を離れた。彼を身代わりにする策は失敗したようだ。次の手を打たなければならない。


「何としても生き延びてやる…。」

ネメスは手を握り締めながらつぶやいた。



遅くなりました。

読んでくださりありがとうございます。

次回は火曜日更新です。

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