(20)不思議な依頼を受けました。
「ここが『樫の木亭』…。」
リーズが見上げた先には大きな樫の木があった。宿の看板としてはこれほど分かりやすいものはない。宿自体も大きく、昼にもかかわらず多くの人が出入りしていた。昼食も出しているようだ。
今のリーズはギルド員とすぐに判るタイは外し、赤銅色の少し長めの髪も見えないよう、帽子の中に入れている。ぱっと見は男の子に見えなくもない。冒険者に名前でも呼ばれたらすぐにギルド員だとバレてしまう。それでは困るのだ。
樫の木亭の扉を開けると、そこは広い食堂のようになっていた。奥の方にカウンターと階段が見える。泊まり客はあそこで手続きをするのだろう。
「いらっしゃいませ、お客様。お食事でしょうか。」
ふいに横から声をかけられ、そちらを向くと、若い女性の姿があった。
「えと、ここで冒険者の仕事を募集してるって聞いたんだけど。」
リーズの言葉に若い女性はパチパチと瞬きをした。
「ああ、そちらの方ですね。ではこちらにどうぞ。」
奥に通されるのかと思ったら、外に出された。宿の裏手には、泊まり客用なのか馬小屋があった。何頭か馬が繋がれている。そこで馬の手入れをしている男が一人いた。
「ギュンターさん。冒険者の方を連れてきました。」
ギュンターと呼ばれた男はこちらを振り向き、リーズをじろじろと眺めた。
「…お前、馬に乗れんのか?」
「ああ。乗れる。」
男っぽく見えるよう、わざとぶっきらぼうに話してみる。とりあえず納得したのかギュンターは自分の後ろの馬の方を向く。
「まあ、嘘だったらすぐわかる。…この馬に乗ってついてきな。」
鞍を置かれた栗毛の馬を渡される。手入れもきちんとされているようで毛並みも綺麗だ。よろしくねという代わりに首のあたりをポンポン叩くと、鐙に足をかけて飛び乗った。
「ふん、嘘じゃないようだな。」
いつの間にか自分も黒い馬にのったギュンターが馬をゆっくりと歩かせる。王都の中なので、走るのは危険だ。
リーズも周りに気をつけながら馬を進めた。
ギュンターは宿屋の区画から貴族街へと馬を進めていく。基本的に用もないのに貴族街に入れば間違いなく騎士団に呼び止められる。リーズは慌てて声をかけた。
「おい、貴族街に入って大丈夫なのか?てっきり王都以外の商人の依頼だと思ったが。」
「なに、ちょっと訳ありなんだよ。大丈夫だ。許可証は持ってる。」
「ふーん。」
商人と貴族が一緒に行動することは、ないこともない。が、そこに冒険者が絡むのは珍しい。何かやはりこの依頼は奇妙だ。リーズはギュンターの後をついていきながら、さりげなく探査魔法をかける。特に自分達を追いかけたり、待ち伏せしたりしている人物はいないようだ。
やがてギュンターは一軒の邸宅の前で止まった。
「ここだ。馬から降りてこっちに来い。」
馬を引きながら邸宅の裏に行くと、宿よりも立派な馬小屋があった。ギュンターは手慣れた様子で空いた場所に馬を繋ぐ。
「ギュンターはこの家の使用人なのかい?」
リーズが馬を繋ぎながら尋ねるとギュンターはそっぽをむく。
「そんなところだな。今はあの宿に冒険者が来たら、馬に乗せてここに来るよう言われている。乗れない奴や不慣れな奴は、宿に逆戻りだが、お前は大丈夫そうだ。…こっちだ。」
裏手の扉から中に入る。中は薄暗く、外の明るさに慣れていたリーズの目には暗闇にしか見えない。ギュンターはわかっているのか、そのまま前に進んでいくので、リーズは慌ててついていった。
「誰もいないのか?」
不思議なほどに誰もいない。貴族の家なら使用人もたくさんいるだろうに、その姿を全く見かけない。不審に思ったリーズが声をかけると、ギュンターが角を曲がる。その奥の扉の前で立ち止まった。
「ここは面接用に借りているだけだ。依頼主が誰かは詮索しない方がいい。」
ギュンターが扉をノックすると、扉の中で誰かが動く気配があった。どうやら扉の前で待ち伏せをしているようだ。
「継続依頼って聞いたんだけどなあ。一回こっきりの仕事なら受けないぜ?それならギルドで依頼を探す方がマシだ。」
ギュンターだけならいくらでも逃げ出すことができる。リーズがわざと帰る素振りを見せると、扉が中から開いた。奥にはどっしりとした机があり、その前に一人の男が立っていた。前にアリサの父親の店で見かけた男だ。ネメスという名前だったか。リーズは内心の驚きが出ないよう、静かに深呼吸をする。
「…入れ。」
ネメスの命令にもにた言葉に、リーズは首を振る。
「嫌だね。入ったらその扉の影の奴が襲いかかってくるんだろう?」
「ほう。俺に気づくとはな。合格でいいんじゃないか?」
扉の影から大きな男が一人のっそりと現れる。手には半月刀を握っていた。
「そうだな。試すようなことをして悪かった。入ってくれ。ギュンターは先に戻っていい。」
「かしこまりました。」
ギュンターは一礼するとリーズを見ずに戻っていく。大きな男が半月刀を鞘にしまうのを見届けて、リーズは部屋に入った。男は扉をしめ、その前に立つ。退路はないようだ。さりげなく周りを見るが、窓にはカーテンがかかり、外の様子は見えない。リーズは正面の男を軽く睨みつける。
「護衛依頼だって聞いたんだけど、それにしちゃ警戒が半端ないね。どういうことだい?」
「貴族街に入ったことでも判るだろう?名前はまだ出せないが、依頼主が高貴な身分のお方でね。信頼の置けない者にはおいそれとは依頼を出せないんだよ。」
「騎士団に頼めばいいじゃないか。」
「それがちょっと騎士団には出せない仕事をお願いしたくてね。まあ、座ってくれ。」
リーズが座ると、ネメスは手ずから紅茶を入れ、リーズの前に出す。そのまま自分の分も入れて、リーズの正面に座った。
「まあ、飲んでくれ…。と言っても警戒するか。まあ、気が向いたら飲んでくれればいい。今回の依頼の内容を
説明してもいいかね?」
「名乗ってくれるなら。」
偽名を名乗る可能性も高いが、このままだとうっかり名前を呼んでしまいそうだ。男は面白そうに目を細めた。
「私はネメスという。護衛斡旋の仕事をしているんだが、今回の依頼は護衛だけではない。実は商人からあるものを取り返してもらいたくてね。」
「商人から?なんでまたそんな…。買い取ればいいだろう。」
リーズの言葉に、ネメスは首をふる。
「それが売ってくれないのだよ。実はそれは依頼主の家から盗まれた秘宝でね。その商人はどうやら盗品を売ることを生業にしているようなのだ。とはいえ証拠はないから騎士団には頼めない。依頼主の家の恥を晒すことにもなってしまう。そこで、腕の立つ者達に取り返してもらい、それを証拠に騎士団に突き出そうと思ってね。」
一応筋は通っているが、馬に乗れなければならない理由が良く分からない。
「…なんで馬に乗れなきゃいけないんだ?商人の家に行くだけなら馬は必要ないだろう。」
「商人がどこにその秘宝を隠しているのかが分からなくてね。ところがどうやら他の街に盗品を売りに行こうとしているという情報が入ったのだ。」
「…なるほど。つまり、他の街に行く途中なら必ずその商品を持っているから、確実に取り返せる訳だ。」
「ご名答。ただ、用心深い奴でね。隊商を募集しているらしい。護衛もたくさん連れているようだから、ある程度腕が立たないと話にならない。ああ、もちろん無駄な殺生をすることはない。我々は商品が戻ってその商人が捕まればそれでいいのだ。相手も馬車だ。逃げられても面倒なので馬に乗れる者に依頼したい。もちろん今回の依頼が成功した暁には、専任の護衛として私の下で働いてもらう。報酬は今回の任務で金貨一枚。その後の専任護衛は月に大銀貨5枚だ。どうだろうか。」
金貨一枚は100万ライヒだ。大銀貨は一枚10万ライヒなので月に50万ライヒが入ってくる計算だ。冒険者の報酬としてはBランク相当と言っていい。
「随分気前がいいんだな。」
「危険がある仕事だからね。どうだろう、引き受けてくれないだろうか。」
リーズはしばらく考える。ネメスがいるということは、盗賊と何らかの関係が出てくることは間違いない。
「…俺一人でやるのは無理だ。他の奴らはいるのか?例えば、コイツとか。」
リーズは自分の後ろを指さす。腕を組んだまま男が笑った。
「悪いな。俺は馬に乗れないんだ。」
ネメスもその言葉を聞いて頷く。
「募集はしているんだがね。馬に乗れる冒険者は少なくて困っているんだ。君を含めて4名は欲しい。君にアテがあるのなら、連れてきても構わない。いや、むしろその方が連携が取れていいかもしれないね。どうだろう?」
「…声をかけてみてもいい。俺だけでこんな美味しい仕事を受けたと分かったら後で何をされるか分からないから。もちろん馬には乗れるメンバーだ。」
…ギルドに帰れば誰かしら乗れる人がいるだろう。ダメだったら都合が合わなかったとか言えば何とかなりそうだ。それにこの依頼を他の冒険者にさせるのは危険すぎる。
「では依頼成立だな。そういえば君の名前をまだ聞いていなかったな。名前は?」
「…エラシオだ。」
咄嗟にリーズは父親の名前を借りることにした。
「エラシオか。じゃあエラシオ君、他のメンバーも面接はしたいから、メンバーが揃ったらギュンターに声をかけてくれるかい?他の冒険者にも話がいっているから、早くしないと決まってしまうかもしれない。」
「ああ。明日には集められるようにする。『樫の木亭』に行けばいいんだな?」
「そうだ。よろしく頼むよ。」
ネメスが出した左手をリーズはちらりと見て首をふる。
「契約は人数が揃ってからだ。」
「ふふ、用心深いところも私好みだ。よろしく頼むよエラシオ君。」
ネメスの言葉に頭を下げて立ち上がると、後ろを向く。大きな男はニヤニヤしながら扉の前から離れた。帰り道で襲う気はないようだ。
家の裏手では、栗毛の馬が繋がれたままリーズの帰りを待っていた。急いで帰ってシェリルにこのことを報告して、馬に乗れるメンバーを集めてもらわなければ。しかも今日中に。
「まあ、何とかなるよね。」
リーズは一人呟くと、馬にひらりと飛び乗った。
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次回は金曜日更新です。




