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(13)アンドルーの家に遊びに行きました

 夕暮れの王都は、宿を探す人や夕飯を食べる場所を求めて歩く旅人でごった返している。宿屋の多い区域と屋台地区は隣り合っており、行き来が便利になっている。


「まだ部屋空いてるよ。今なら『アプリーゼ』での夕飯もつけるよ。」


「今日は美味しいオーク肉が入ったよ。どうだい、うちで食べないかい?」


 あちこちからかかる声と美味しい匂いの誘惑を楽しみながら屋台の間を歩いていると、赤い髪が見えた。アンドルーだ。手を振ると向こうも気づいたようで手を振り返してきた。


「いらっしゃい。うちの屋台にようこそ。ゆっくり食べてってくれよ。」


 アンドルーはいつもの制服と違ってエプロンをつけた店員姿だ。アンドルーの家の屋台は2階建ての家の一階部分がキッチンと食べるスペースになっている。道路にもいくつかテーブルが出ており、温かい陽気に誘われたのか、中より外のテーブルに座っている人が多かった。

 王都についたばかりと言った感じのコートを羽織ったまま一人で黙々と食べている人もいれば、仕事帰りか陽気に喋っている3人組もいる。女性の姿はほとんどなく、リーズ達が近づくと探るような視線が飛んできた。


「アンドルー、お前の彼女か? 3人もなんて隅におけないなあ。」


からかうような声をあげたのは、陽気な3人組の一人だ。


「違うよ。仕事仲間。失礼なことしたら明日から仕事なくなるかもよ?」


「明日からの出入りも禁止だからね?」


 アンドルーの言葉にさらに付け加えてきたのは、小太りの女性だ。アンドルーと同じ赤い髪をしている。どことなく顔も似ているから母親だろう。彼女はリーズ達を見て目を細めた。


「いらっしゃい。男ばっかりで少しむさくるしいけど、味は保証するから。たくさん食べて行っておくれ。」


「あ、俺の母親。」


「今日はよろしくお願いします。」


リーズが挨拶をすると、二人も一緒に挨拶を返す。


「店の中にどうぞ。そこの方が目が届くからね。で、どの子がアンドルーのお目当てだい?」


「母さん!」


 アンドルーの声と笑い声が夕闇に紛れていった。


 気を利かせてくれたのか、店の中に入ってくる客はほとんどいなかった。3人で食べるにはかなり多い量の食事がテーブルの上にのっている。おまかせで、といったらこうなっていた。


「いやあ、アンドルー君は太っ腹だな!」


「だれもタダとは言ってないぞ。…割引はしてやるけど。」


 嬉しそうにがっつり食べているのはペルーシャである。食べないと力がでないらしい。いつも運んでもらっているリーズとしては、どうぞ食べてくださいとしか言えない。今日は飲みすぎないようにしようと決め、一杯目のエールをちびちびと飲んでいる。


「味付けが面白いですわね。何を使ってらっしゃるのかしら…。」


 味わうように一つ一つ食べてるのはアイネだ。なぜかアイネの分だけ今日も食べやすいように切り分けられている。アンドルーを見ると微妙な顔をしていた。裏で何かあったのだろうか。


「うちの旦那は北方生まれでね。味付けにキョージャを使っているのさ。身体が温まるんだよ。薬の材料にもなるらしくて、王都でも薬屋にいけば手に入るよ」


 ワインの追加を持ってきたアンドルーの母親が教えてくれる。

 辛いわけではないけれど、少しぴりっとするような不思議な味がする。スープや肉の味付けに刻んだものも入っているようだった。ペルーシャが食べながらうんうんとうなずく。


「キョージャ! 確か腹痛に効く薬の材料だな!料理にも使えるとは知らなかった。父さんに早速教えねば。」


 アンドルーの母親が怪訝な顔をする。


「ペルーシャの家は薬屋なんですよ。」


「ああ、なるほどね。他の国では料理にあまり使われていないみたいだからね。料理に使うなら乾燥していないものを仕入れるといいよ。」


「アンドルーの母上はいい人だな。他に料理に使えそうなものはないか?」


「そうだねえ…。」


 二人が周りをそっちのけで話をはじめたところでアイネがリーズの方を向く。


「ところで私に聞きたいことがあると聞きましたけれど。」


 リーズは大きくうなずく。それを聞くために今日は来たようなものだ。


「新しく冒険者になった子のスキルについて聞きたいんです。『糸使い』ってスキルを聞いたことはありますか?」


「『糸使い』…。」


 薄桃色の唇でその言葉を味わうように、アイネはもう一度繰り返す。


「私に聞くということは、クーラン王国に関係あるということですわね?」


「ある、かもしれない。その子の母親がクーラン王国出身だったから。」


 このスキルがどの程度アリサの力になるのか、リーズはそれが知りたかった。


「セバスチャン。」


 アイネの言葉にすっと、黒い燕尾服の男がアイネの後ろに立つ。リーズにはどこから出てきたのか全く見えなかった。なぜかアンドルーがため息をついている。


「え、だ、だれ?」


「私の執事ですわ。セバスチャン、『糸使い』というスキルに聞き覚えは?」


「は。確かセミリア伯爵領内に人形を使う一族がおり、その一族に伝わるスキルだったかと。お嬢様もご存知ではありませんか。『白い手』でございます。」


 『白い手』と聞いてアイネの体がびくっと反応したのは気のせいだろうか。


「『白い手』は作り話ではなく本当の話だったと言うところかしら。ありがとう。下がっていいわ。」


 一礼したセバスチャンは、また素早く消えてしまう。


「一体どこから…。」


 リーズがキョロキョロと視線をさまよわせると、アンドルーが疲れたような声で言う。


「厨房だよ。お嬢様の食事は自分が確認するとか言って、ずーっと居座ってる。あんな強いの追い出せないし、父ちゃんはイライラしっぱなしだよ。」


 道理でアンネの食事だけ切り分けられたりしているわけだ。いつもああやってアイネのそばにいるのだろうか。


「ところで『白い手』ってなんですか?」


 リーズの問いに答えず、アイネはどこからか出したレースのついたハンカチを手でもてあそんでいる。しばらくしてやっと決心がついたのか、アイネは口を開いた。


「クーランに伝わる古いお話ですわ。昔悪い領主に恋人を殺された男が、恋人そっくりの人形を作るのです。それはそれは想いをこめて。想いのこもった人形は生きているかのように動くようになり、領主に復讐をするというお話なのです。領主と対決する際に、人形は腕を切り落とされるのですけれど、そ、その手だけが領主目がけて動くのです。復讐を果たした後もその手だけが見つからず、夜な夜な白い手だけが屋敷の中を動いていると…。」


「いやそれ、ものすごく怖いですよね?」


 屋敷を徘徊する白い手。想像するだけで、とても怖い。夜中に起きて白いものをみたら、悲鳴をあげてしまいそうだ。


「ええ。聞いた日はもう寝るのが怖くてセバスチャンに…。」


 話すぎたのに気づいたのか、アイネは気を取り直すようにコホンと咳払いをする。


「と、とにかく。想いをこめることによって、物を動かすスキルがあるということですわ。『糸使い』というからには、糸限定の遺伝スキルなのでしょう。何代か離れて発現することも遺伝スキルにはよくあることですから。」


「つまり、想いを込めて糸を紡ぐと、動かせるようになると。」


「そういうことですわね。できれば、糸だけで済ませていただきたいですわ。」


 アイネは幽霊とか動く物体がどうにもダメらしい。手にしたハンカチはすでにクシャクシャだ。アリサのスキルをみたら、悲鳴をあげるんじゃないだろうか。


「『想い』と『魔力』って結びつきやすいと思うんだよね、ボクは。」


 突然ペルーシャが口を挟む。


「結びつく…? 面白いことをおっしゃいますのね。」


アイネはワインを一口飲んでから首を傾げる。


「そうかな? さっきの話でそう思ったよ。人形なんて何もしなきゃ動くわけがない。じゃあ、どうやって動かすのかってうと、ボクは魔力だと思う。自分の魔力を移して動かしてる。」


 リーズはただの怖い話だと思って聞いていたけど、ペルーシャは別のことを考えていたらしい。


「でもなんでもできるわけじゃなくて、そこに強い『想い』をもたせていると魔力がうつりやすくなるんじゃないかな。ほら、色を染めるときに別のものを混ぜると色がのりやすくなるとかあるじゃないか。」


 リーズはアリサの糸のことを思い返す。彼女はいくつか糸を取ったが、動くようになったのは最初の一つだけだった。初めてだったからそれはそれは真剣に糸を取っていた。その思いが魔力と共に糸に伝わった…。そう考えると確かに説明がつく。


 アイネはアイネで手を握ったり開いたりして何かを考えているようだったが、納得したようにペルーシャを見る。


「面白い考えですわ。『想い』の強さで魔力の発動が変わると言うことですわね?検証してみる価値がありそうですわ。早速明日から調べてみます。…いっそのこと、魔術課にいらっしゃいません?」


「それは無理。ボクには魔力がないから。」


 さっくりとアイネの誘いをペルーシャは断る。


「あったらボクは魔力で薬草の威力を上げられる方法を研究してるよ。ボクの一族には魔力のある子は生まれないんだ。」


 リーズの村にも魔力のない人はいた。人によるのかと思ったが、それだけでもないのかもしれない。


「そういう方もいるのですね。残念ですが仕方ありませんわ。」


 アイネが肩をすくめる。


「まあ、ないからこそできる工夫もあるし。治癒師にはなれないけれど、薬屋だからこそできることがある。ボクはそれで十分だよ。」


「薬…そうだ!怪我の状況を聞いてきたんだった!」


リーズが思わず大きな声をあげると、ペルーシャがパチパチと瞬きした。


「ああ、この前話してた人か。怪我の様子はどうだって?」


「やっぱり中級ポーションを飲んで動けなくなってたみたい。急斜面から転がり落ちたから、身体中アザだらけ。あと腕を骨折してた。」


「ポーションを飲んでアザが全部消えてないってことは、大分強く打ったんだな。後は骨折か。」


 ペルーシャはどこからか出した紙に何事か書きつける。しばらく考えてうなずくとリーズをみた。


「材料もあるから明日には作れそうだ。薬を持ってくから届けてあげて。」


「ありがとう! …んん?」


 その時、屋台の外を通った人がふと気になってリーズは目を凝らした。あれは、イルさんだ。一緒にいる人もギルドで見たことがある。二人とも飲んでいるのか機嫌よく話しながら歩いていた。あれは誰だったろうか。名前が思い出せない。


「ねえ、アンドルー。あそこ歩いてるのってイルさんと誰だっけ?」


「え?」


 アンドルーがリーズの指差す方をみる。


「ああ、ガリアさんだ。珍しい組み合わせだな。」


 アンドルーの言葉に首をかしげる。仲が悪いようには見えないのだが。


「ガリアさんは護衛とか魔物退治が冒険者の仕事だってそっちの仕事しか受けないんだよ。イルさんとむしろ正反対。」


「強いの?」


「確かランク…Dだったかな?うちの店も贔屓にしてくれててね。この前護衛の仕事が入ったって喜んでた。あれ、終わったのかな。」


「何か気になりますの?」


「うん、まあちょっと。」


アイネの言葉にリーズは言葉を濁した。別にイルさんは何もしてはいない。でも喉に小骨が刺さったようにどうにも気になるのだ。何も起こらなければいいな、とリーズは思った。


番号を間違えていたので訂正しました。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

感想や評価をいただければ、はげみになります。

次は火曜日更新です。

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