(12)パーティ登録をしましょう
アリサの初めての冒険から3日が経った。
帰りが遅くなったことでシェリルやアリサのお父さんから少しばかり苦情を言われたが、最初の依頼を達成できたことで、しばらくパーティーを組むことについては賛成してもらえた。エドワルドはアリサのお父さんに信用されたようで、怪我が治ったら一緒に飲む約束をしていた。
怪我の様子は、といえば、お父さんはやっと起き上がれるようになったところだった。身体がだるくてとにかく起き上がれなかったのだそうだ。左手を吊っているから、多分そこが一番ひどいのだろう。
「薬は何を飲んだんですか?」
「ああ、店主が中級ポーションをくれたんだ。それを飲んだら怪我は治ったんだが動けなくなってしまってね。どこか打ちどころが悪かったかと心配してたんだが、動けるようになって安心したよ。」
ペルーシャの言った通りになっていた。店主も好意でくれたのだろうが、中級ポーションを誰かに渡す時には気をつけるようにしようと思う。
「腕は斬られたんですか?」
とリーズが聞くとアリサのお父さんは苦笑した。
「いやいや、まあ、恥ずかしい話なんだけども、実は盗賊に襲われた時に馬に矢が刺さってね。御者台からふり落とされたんだよ。」
「ああ、結構高いですからね。それで手を?」
「それがまだ続きがあってね。落ちた先が急斜面になってて。かなり下まで転がったかな。灌木の茂みがあって、そこでなんとか止まれたんだ。その間にどこかに手をぶつけたみたいなんだけど、そのまま気を失ってたらしくてよく覚えてないんだ。気がついた時は身体中痛くてね。」
よく生きていたものだ。運が良いのか悪いのか。
「まあ、だからこそ生き残れたんだろうけども。さすがにその身体じゃ登れないし、水音がしたから川にでたらなんとかなるかなとウロウロしてたんだ。」
「生きていくにも水は必要だからな。いい判断だったと思うよ。」
エドワルドが口を挟む。お父さんもうなずいた。
「ボロボロだったからね。でも川原に出たら人がいてね。最初は盗賊かと思ったけども、一人だったから声をかけたんだ。そしたらものすごくギョッとされてね。俺の話を聞いたら納得して荷馬車をだしてくれたんだ。折れてた腕も継いでくれた。いい人だったなあ…。治ったらお礼に行かないとな。あの時は何もできなかった。」
アリサのお父さんがしみじみという。送ってくれる途中、襲われた場所にも寄ってくれたらしいが、馬車ごと荷物はなくなっていたらしい。
「お父さんが死ななくてよかった…。」
アリサが目に涙をためる。まだお父さんの怪我のショックを引きずっているのだろう。
「アリサが大人になるまでは死ぬわけにいかないさ。」
お父さんがアリサの頭をポンポンとたたく。父親のごつごつした手を思い出し、リーズはそっと横を向いた。
「そうそう、アリサさんに『糸使い』というスキルがあるようなのですが。」
スキルのことをお父さんに聞くと、首をひねっていた。
「そんなスキルは聞いたことがないな。ミザリーからも特に話はなかったが…。」
ミザリーはアリサの死んだお母さんの名前だそうだ。クーラン王国出身のミザリーさんとは、店のお客と店員という形で知り合って、お父さんが猛アタックをしたのだと照れた顔で話してくれた。その頃にはもうクーラン王国には入れなくなっていたから、家族の話などはミザリーさんもしたがらなかったそうだ。ただ、時折クーラン王国出身の人の集まりには顔を出しに行っていたらしい。
(クーラン王国の集まり…。アイネさんに聞けばなにかわかるかも)
持つべきものは顔の広い友達である。この前の飲み会で連絡先を聞き忘れていたのでペルーシャに尋ねたら、なぜか3人で飲みにいく話が進んでいた。せっかくなのでアンドルーの家に行ってみようということになっている。
シェリルさんにはその翌日、アリサのスキルとイルさんの行動について報告をした。
「『糸使い』ね…。資料庫では見つからなかったの?」
「無理ですよ。あの資料の山からどうやって見つければいいんです?分類もしてないし。」
ギルドの資料庫は本当に「倉庫」だった。今までの依頼書や魔物の報告書や会計簿などがごちゃごちゃと積まれていて、スキルについて書かれている資料がどこにあるのかすらわからなかった。倉庫の整理をしていた職員が退職して以来、誰も手をつけていなかったようだ。シェリルさんもそれは薄々わかっていたようで、リーズからそっと目をそらす。
「まあ、そうよね。とりあえず許可はそのままにしておくから、通って整理でもしてちょうだい。」
と新たな仕事を押し付けられた。なんてことだ。村長さんの部屋で書類の仕分けをさせられたのを思い出した。文字をリーズに教えてくれたのは、自分の仕事を手伝わせるためだったのかと思ったのを覚えている。
「イルについては私の方で調べてみるわ。しばらくエドワルドと組むのなら心配もないでしょう。」
「私も一緒に行っていいですか?」
今回ついていったのはギルドとしての斡旋だったためだ。パーティーを組んだらもうついていく理由はない。断られるかもと思いながらリーズが言うと、しばらく考えてからシェリルがリーズを見る。
「そうね…受付に入る日を調整するから出かける時は早めに教えてちょうだい。」
「え?いいんですか?」
「色々と気になることがあるから、むしろこちらからお願いしたいわ。それから、彼女に追加依頼が入っているわよ。」
シェリルさんが依頼書を取り出す。
「この前の糸の品質が良かったみたいなの。盗賊騒ぎで入荷が難しいのですって。できればもっと買い取りたいっていうのだけど、本人に受ける気があるか聞いてみてくれるかしら。」
「それって指名依頼ですか? こんな早くにすごいですね。」
思わずリーズの声が弾む。指名依頼が入れば、定期的に仕事が来る。初心者でそんなことは滅多にない。
「指名依頼にするのはやめておいた方がいいわね。しばらくスキルのことは秘密なんでしょう?」
「あ、そうでした。依頼先に名前を知らせなきゃいけなくなりますもんね…。」
指名依頼の場合、依頼者と冒険者の二人の名前で契約をすることになっている。その分依頼料は上がるが、今のアリサと会わせるのは危険が大きい。
「決まれば私の方でなんとかするわ。依頼を受けるかどうかだけ聞いてちょうだい。依頼書も渡しておくから。」
「わかりました。パーティー登録の時に話をします。」
そして今日。エドワルドとアリサのパーティー登録の準備が終わったので、二人をギルドに呼んでいる。リーズは今日も受付の仕事がある。午前中は混むので、午後に来てもらうことになっていた。
扉が開いて、アリサとエドワルドが入ってきた。
「こんにちは。」
礼儀正しくアリサが挨拶をする。服を新調したのか、綺麗な青のチュニックを着ている。
「こんにちは。アリサちゃん、服新しくしたの? かわいいね。」
リーズのほめ言葉にアリサははにかむ。
「エドワルドさんと買いに行ってきたんです。この前の報酬で。これ、エドワルドさんの妹さんと色違いだけどお揃いなんです。」
「俺が選ぶよりアリサに選んでもらったほうが間違いないからね。いい土産ができたよ。」
この前の依頼の報酬は初心者にしては多額だった。糸の値段が思ったよりも高かったのだ。依頼料以外は一緒に行ってくれた冒険者に払わなくてもいいのだが、アリサは糸代ももらってほしいとエドワルドに渡していた。それで妹さんへの土産を買ったのだろう。
受付をお願いしてアリサとエドワルドを奥の部屋に通す。パーティ登録の手続き開始だ。
「では、パーティー登録をします。ポイントの割り振りは決まりましたか?」
依頼を受けると、ギルドからその達成度に応じてポイントをもらえる。それを貯めることによってランクが上がっていく仕組みになっている。ソロであれば全部が自分のポイントになるが、パーティーの場合はポイントを人数で分け合うことになる。その割合を事前に決めておくのがポイント割り振りである。
初心者が一緒のパーティーではランク不足で受けられる依頼が減ってしまう。そのためパーティーを組んで多目に初心者にポイントを割り振り、早目にランクアップさせることもできる。ただ、ランクが上がれば危険度も増す。
「えと、リーズさんはパーティーに入れないんですか?」
「入れないことはないですが、ギルド員にポイントは割り振られないんです。その代わりギルド員としてのランクポイントが入るので二人で分けてください。街の外に行く時は一緒に行きますから。」
ギルド員も冒険者ランクは持っている。が、ギルド員でいる間はそれを上げることはできない。不正をしようと思えばいくらでもできてしまうからである。ギルド員のランクポイントを元に仕事の異動や給料が決まる、ということを初めて知ったリーズだった。
「それは知らなかったなあ。そしたらアリサが7で俺が3でどうだい?」
「そんなにもらえません!私が3じゃないんですか?」
目を丸くして反論するアリサにエドワルドが苦笑する。
「Gランクの仕事でもらえるポイントなんて、微々たるものだからね。7でも3でも正直変わらない。でもアリサは違う。早目にFランクに上がったほうが仕事が増える。そしたら俺の取り分も増えるから。」
エドワルドのランクはCだ。アリサと組んでもメリットは少なく、ボランティアと言ってもいい。アリサはしぶしぶ頷いた。
「分かりました。でも報酬はちゃんと半分もらってくださいね。」
「期待してるよ。こまめに依頼をチェックしておこう。」
二人が納得したところでリーズは書類を取り出す。
「ではアリサさんが7、エドワルドさんが3でポイントを割り振ります。受けられる依頼はアリサさんのランク、Gランクのみになりますがいいですか?」
「ああ。」
エドワルドが返事をし、アリサが頷く。
リーズは書類にポイントの割り振りを記入する。
「では書類にサインと、こちらに登録証を。」
ポイントの割り振りを確認した二人が、サインをする。その間に鉱石版に登録証を乗せてもらった。しばらくすると二人の登録証がピンク色に光った。これで登録完了だ。無事に登録ができて、リーズも内心ほっとする。
「手続きはこれで完了です。で、お願いがあるのですが。」
「お願い?」
リーズの話にアリサが首をかしげる。
「はい。この前の糸の品質が良かったので、実は採取依頼が入っています。指名したいとのことだったのですが、それはお断りさせていただきました。」
「指名依頼の方がポイントは高いが…。スキルのことが知られると困るからな。」
エドワルドの言葉にリーズがうなずく。
「そうなんです。なので、採集依頼という形にしてもらいました。糸をあと10巻欲しいそうです。その代わり依頼料は1巻500ライヒ。10巻あれば、あと500ライヒ追加で支払うと。」
「ええっ。そんなにもらっていいんですか?」
アリサが目を丸くする。
「糸を取れる人が少ないんです。最近は遠くから買い付けてたみたいで、取れる人がいることにすごく喜んでました。今回は採集依頼ということなのでエドワルドさんの取り分が半分になってしまいますけれど。」
「それでもすごいです!エドワルドさん、受けてもいいですか?」
弾んだ声を出しながら、アリサがエドワルドを見上げる。
「もちろんだ。ただ、10巻ともなると1日じゃ無理だな。野営してみるか。」
「野営…」
この前の依頼が初めてだったのだから、野営の経験もないだろうと考えたエドワルドの提案だ。リーズもエドワルドの後押しをする。
「あの森ならそんなに危険もないですし、野営場所もありますから大丈夫だと思います。いい経験になると思いますよ。もちろん私も一緒にいきます。」
しばらく考えていたアリサがコクンとうなずき、エドワルドを上目遣いに見上げる。
「お父さんに許可をもらうの、一緒にやってもらっていいですか…?」
一番の難関はそこにありそうだった。
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次回は金曜日更新です。




