(114)焦燥と冷静
ヒューイはイライラと爪を噛んでいた。氷狼を倒し、洞窟を塞いでいた瓦礫もあらかた片付けが終わっている。それなのに、洞窟には入れない。
「いつになったら冒険者ギルドの奴らはやってくるんだ!」
思わず声が漏れてしまった。部屋の主である、商業ギルド長のダミアンがチラリとヒューイを見る。ダミアンの前には書類がうず高く積まれていた。
「仕方ないだろう。何か大きなことがあれば、その後に書類整理はつきものだ。この町を救ってもらったのに、何か文句があるのなら聞こう。」
ダミアンの言葉に気圧されながらも、ヒューイは食い下がった。
「しかし、氷石の採掘も今後の町にとって必要なことではないですか!今しかないのです!」
氷石が採れるかどうかは、ヒューイのこれからにかかっているのだ。氷石が採れないとなれば、氷石の専門家として呼ばれた身としては、ここにいる必要がなくなってしまうのだ。
「だから石切場で実験をしているのだろう?そちらの進捗を話にきたのではなかったか。」
「少し待てと言ったのはギルド長です。」
「すまないな。私も忙しいのだよ。」
目を通していた書類にサインをすると、横にどける。ずっと文字を追っていたので、目の奥がチカチカと痛い。目頭のあたりををぐっと押すと少し痛みがやわらいだ。一旦、書類から目を逸らすと、ヒューイの前にある椅子に座った。
「それで、実験の様子はどうだ。」
実験というのは、魔法による氷石の育成だ。以前レオン達が偵察に行った際、氷石が魔力で育つことから、試しに魔法を使ってみたのだ。
「可能性はあります。ただ、開けた場所で行うと、魔力が分散してしまうのか、育ちが悪いようです。一箇所だけ場所を区切って、密閉した状態で行った場合、どうなるかを現在実験しています。洞窟内でしたら密閉状態に近い。だからこそ一日も早く洞窟に入りたいのですが。」
ヒューイは無意識に爪を噛もうと手を口に持っていきかけ、ダミアンの視線に気づくと慌てて下げる。聞けば氷狼の魔石は取り出せなかったという。氷石もたくさんあったそうだ。
「前にも言ったが、魔石が残っている以上、新しい魔物が生み出されている可能性がある。職人達だけを入れるわけにはいかない。冒険者ギルドとの取り決めで、ギルドの職員が来てから洞窟に入ると決まっているのだ。……セレネを怒らせると怖いからな。」
最後の一言は、口の中で呟かれ、ヒューイの耳には届かなかった。
「そうは言いましても、本格的に雪が降ってしまえば、来年の雪解けまで待たなくてはならない。それまで私に待てとおっしゃるのですか?」
カーセルの町にはこのところ雪がちらちらと舞い始めていた。山での遭難を防ぐため、ある程度積雪があると、入山は禁止となる。
「まあ、何もしない、というのもなんだからな。」
そういうと、ダミアンは懐から小さな懐炉を取り出す。
「これは、『雷帝の鬣』にいる、ストリペア殿から譲り受けたものだ。」
そう言って渡された懐炉を、ヒューイは色々な方向から眺めた。
「なるほど。金属に小さな穴が空いており、そこから暖かい空気が出てくる仕組みですな。このままだと火傷も心配だな。中身は魔石ですか。それだと単価が高くなりますね。」
魔石は使える場所が多いため、元々の値段がどうしても高くなる。
「これの出力を上げると、雪も溶かせるというのだよ。その分使える時間は減るらしい。雪崩の危険もあるから、山では迂闊には使えないが。」
「雪を溶かす。」
ヒューイの顔が真剣なものに変わる。彼の目が新しい研究テーマを捉えたかのように輝いた。
「たとえばこれを町で使ったら、雪かきが楽になると思わないかね?」
「思います。これは使えますね。」
「ただ、魔石は高い。大量に用意するとなると大変だ。」
「魔石に変わる、氷石と反対の作用を持つものを探さなければならない。」
ヒューイが出した結論にダミアンは頷く。
「改良してもいいとストリペア殿からは承諾をもらっている。どうだ?この研究に取り組んでみないかね?」
顔を上げたヒューイの顔からは、先ほどまであった焦りは消えていた。むしろ今すぐ立ち去りたくてウズウズしているようだ。
「思いつくものもありますが、資料も確認したいので、これで失礼します。分かり次第、お伝えします。」
「よろしく頼む。」
ヒューイは風のように立ち去っていった。入れ替わりに、書類の束を持った職員が入ってくる。
「ヒューイさんの顔が生き生きしていましたけど、洞窟に行けるようになったのですか?」
「いや、まだだ。多分あと二、三日かかる。他の仕事を渡したら喜んで出ていったよ。」
ヒューイは氷石がなくなれば自分の仕事はなくなると勘違いしていたが、商業ギルドはそれだけのために彼を雇ったわけではない。石に関する様々な知識を持ち、尚且つ後ろには、鉱山資源を持った実家が控えている。ギルドとしても手放す気はないのだが、勝手に自分で見切りをつけていなくなられても困るのだ。
「ところで、ストリペアさんの道具に関する見積もりです。やり直してはみたのですが、やはり材料費が高くつきます。」
差し出された書類をパラパラと見ながらダミアンはため息をつく。
ストリペアは錬金術師であり、冒険者である。基本的に作るものは、自分が使うことだけを想定している。量産しようとか、売って儲けようとか、そういうことは考えずに、ただ、自分が便利だと思うものを作っている。たとえ作るのに希少な材料を使ったとしても。高ランクで自分で材料をとってきてしまえるところも厄介だ。
今回、懐炉とリボンを譲ってもらった。量産してもいいと言われているが、出てきた金額に頭が痛くなった。少し質を落としても、売れるものを考えるのが、商業ギルドの長としての自分の役割だ、とダミアンは考えている。
「材料の見直しをしよう。どこかの商業ギルドで錬金術を使える者を探してくれ。」
「分かりました。」
それだけいうと、職員は書類を置いて部屋を出ていった。書類の山がまた高くなっていく。ダミアンはまた、目頭を押さえた。
ストリペアは無自覚に人の仕事を増やしています。ペルーシャは自分で片付けます。目薬はおそらく冬の仕事。
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