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(110)窮地と新たな道

一日遅れてしまいました。

 地底湖の氷にヒビが入り始めた。パキパキと不気味な音を立てる氷の上で、リーズ達は動揺を隠せない。すぐに全てが溶けてしまうことはないだろうが、元来た場所へ戻るのは非常に危険だった。氷狼の熱と衝撃でいつ足場が崩落してもおかしくない状況だ。


「突っ切るしかないな。」


 レオンが低い声で呟く。彼の視線は、未だに暴れて続ける氷狼の巨体へと向けられている。時折体から冷気が漏れるのは、懐炉の熱から生み出される苦痛で魔法が暴走しているからかもしれない。

「とりあえず、地面の上に立ちたいよね。溺れるのは嫌だよ。」

 ミカサがぶるりと震える。氷の上で戦うことの限界を全員が悟っていた。

「溺れる前に寒さで心臓が止まっちゃうことだってあるよね。」

 ペルーシャのさらなる一言に、全員が氷狼の向こう側にある岸を凝視する。何もなければすぐに辿り着ける場所だが、氷狼の巨体が転がってくるのをうまく回避しなければならない。

「とりあえず、障壁で、そうですわね…左の方に狼を追いやってみましょうか。」

 アイネが冷静に状況を判断すると、手をそっと伸ばす。そのまま氷狼の右側に巨大な障壁を展開した。その障壁と壁との僅かな隙間が、彼らが進むべき唯一の通り道だ。透明な障壁は見えないが、氷狼から出る冷気が遮られ、境目を見やすくしていた。

「じゃあ、アイネは魔法に集中してて!」

 そういうなり、ペルーシャはアイネを抱え、走り出す。ペルーシャは力も強いが、足も実は速い。瞬く間に岸までたどり着くと、後ろを振り返って手を振った。それに続くようにレオン、クリシュナ、ミカサ、ストリペアが次々と走り出す。

 最後をリーズが走り抜けようとした時、氷狼がくるりと向きを変えた。血走った目はリーズを捉えているのかどうかもわからないが、狂気を孕んだその目に一瞬、リーズは足がすくんでしまう。

「リーズ!」

 先に岸へと渡っていたペルーシャが、素早く走ってきて、リーズを担ぎ上げる。壁にまた巨体がぶつかったのか、バラバラと天井から、氷石だけでなく、石の塊も落ちてきた。

「急いで奥へ!崩落するぞ!」

 レオンの声が響く。

 奥にあった道は狭く、暗い。しかし、そんなことは言っている場合ではなかった。全員慌ててその道へと逃げ込んだその途端、背後から轟音が響き、ガラガラと洞窟の天井が崩れ出し、道は闇に閉ざされた。


 ガラガラと崩れ落ちる音と、それに続く地響きがやがて遠ざかり、静寂が訪れた。

 小さな灯りが灯る。ストリペアのカンテラだ。その柔らかな光が、疲労困憊した皆の顔をぼんやりと照らし出した。

「みんな、生きてる?」

 ストリペアの問いに、全員が息を吐く。

「なんとかな。」

 レオンは頭を押さえて座り込んでいる。どうやら天井の低いこの道で、頭をぶつけたらしい。彼が立って進むにはこの道は天井が低すぎた。その低い天井や壁にも氷石がついているが、地底湖の入り口ほどではない。幅は大人が二人並んで通るには狭いくらいだ。

 崩れた瓦礫の向こう側から、もう氷狼の唸り声や振動は聞こえてこない。もしかしたら、瓦礫に埋もれてしまったのかもしれない。しかし、これで終わりと安堵するわけにはいかなかった。きちんと生死を確認していない、と思ったリーズは探査スキルを発動する。リーズの視界に、氷狼の赤い印が現れた。以前のような強烈な光ではなく、弱々しく点滅している。

「うーん。まだ生きてますね。」

 呆れたようなリーズの声に、レオンが閉ざされた地底湖の方をチラリとみる。

「トドメを刺しに行くのは無理だな。完全に塞がっているからな。消えるのを待つしかないか……。できれば氷狼の魔石を持って帰りたかったんだが。」

 巨大な魔物がもつ魔石は、周りの魔力を溜め込み、新たな魔物を生み出すエネルギーになってしまう。特にこのような魔力の濃い洞窟の中では、放置すればさらなる危険を生み出す可能性があった。

「持って帰る前に、帰る道を探さないといけませんわね。」

 アイネが立ち上がる。ヒールを履いていないアイネは、リーズと身長がそれほど変わらない。ペルーシャはそれよりも、もう少し小さくなる。

「私たちで先を見てくるよ。リーズの探査スキルがあるから、敵がいたら進むのやめたらいいし、いつでも戻れるからね。」

「あ、私も行くよ。」

 ストリペアが立ち上がる。彼女もこの低い天井の道で普通に歩ける一人だ。

「私もついていきたいところだけど、この高さじゃ剣も振れやしない。」

 クリシュナが悔しそうにいう。彼女だけではなく、背の高い、レオンやミカサも同様だった。

「アイネもいるので大丈夫です。何かあればすぐに戻ります。ちょっと見てきますね。」


 リーズはそう言うと、レオン達に手を振り、入ってきたのと逆の暗がりに向かって歩き出す。前方に敵の赤い印は出てこない。

「敵はいなさそうですね。」

「あれほど魔力が強大な魔物がいたのですもの。恐ろしくて近づけなかったのではなくて?」

「あの二匹の氷狼はなんだったんだろう。」

 ストリペアの疑問にリーズも頷く。魔物は子供を産まないはずだ。守るように行動していたから、同族意識はあったのかもしれない。

「そうですわね。あの氷狼の魔力から生み出された、と考えるのが妥当でしょうか。かなり魔力が溜まっていましたから。」

「逆に言えば、氷狼の魔石を置きっぱなしにしたら、氷狼がまた出てくるかもしれないってことだよね。」

 なんとかしたい気持ちはあるが、まずは自分たちが生還することが必要だ。

 うねうねと曲がりくねっている道は少しずつ上っているようだ。ぽたり、ぽたりと水滴が天井が垂れてきている。やがて道が二手に分かれたところにたどり着くと、リーズ達は立ち止まる。この辺まで来ると、また洞窟の天井は少し高くなってきていた。


「どうする?」


 ペルーシャの言葉にリーズは探査スキルを使ってみる。魔物の気配はないが、右手には動物がいるようだ。青の点が見える。

「右側には動物がいるみたい。」

「出口がありそうだけど、冬眠中の熊と遭遇とかは勘弁してほしいね。」

 軽口を叩くペルーシャをリーズは軽く睨む。

「そういうこと言うと、本当に出て来ちゃうからね。」

「とりあえず、左に行ってみましょうか。動物に遭遇するよりは、行き止まりの方がまだマシですわ。」


 アイネの言葉に頷くと、リーズは左へと向かうが、程なくして、岩の壁に阻まれてしまった。上を見ても外が見えるような場所はない。


「仕方がありませんわね。右に行きますわよ。」


 アイネがため息をつく。


「行くなら、レオン達を呼んで来る?あそこにいたって仕方ないし。」

 ストリペアはそういうとランタンをペルーシャに渡してもうひとつ取り出す。

 それをつけるとそのまま元の道へと戻っていった。

「分かれ道のところで待ちましょうか。」

「そうだね。」

 リーズとペルーシャ、アイネは、ストリペアが戻るまで、分かれ道の前で静かに待つことにした。


読んでくださり、ありがとうございます。

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