(107)魔力操作
やっと辿り着いた洞窟の入り口は、白い雪に厚く覆われていた。冷たい風が吹き荒れ、雪の粒子が顔に容赦なく打ち付けてくる。一旦鉄格子のところまで戻ったレオン達は、顔を見合わせた。
「どうする?ストリペアの懐炉で雪を溶かして、ここから入るか?」
レオンの問いに、ミカサは首を横に振った。
「この前の戦闘で洞窟の入り口は崩壊しているからな。雪の下は瓦礫の山だ。無理に瓦礫を片付けてもまた崩れてくる可能性もある。」
ミカサは言葉を続けながら、洞窟の上の方へと視線を上げる。
「この洞窟に入れる別の場所があるんじゃないかと思ったんだが、雪が深すぎてな…。」
ミカサの言う通り、氷狼が入り口近くに留まるのは、もしかすると奥へと入れない、あるいは彼らにとって不都合な理由があるからかもしれない。特に氷狼は陽の光を嫌う。だからこそ、どこかに亀裂があり、そこから光が差し込んでいるのではないかとミカサは考えたのだ。ただ、現状では確認のしようがなかった。
「洞窟がどちらの方向に伸びているかもわからないからな。闇雲な探索は、ただ体力を消耗するだけだぞ。」
レオンが慎重に告げると、ミカサもわかっていると言うように頷く。
「入り口を爆破しちゃう?」
ストリペアの提案には皆揃って首を振った。
「そんなことをしたら雪崩が起きちまうね。氷狼よりもたちが悪い。」
クリシュナがげんなりとした顔で放った一言に、ストリペアは首をすくめて引き下がった。本気ではないのだろう。
なかなか話がまとまらない中、アイネは黙って洞窟の入り口へと近づいていった。入り口の下半分は瓦礫と雪に完全に覆われてしまっている。上の方に空いている空間は、子供一人くらいならなんとか潜り込めそうだが、レオン達大人が入るには小さすぎる。
そして、アイネの目には、その一面の雪が薄い赤に染まっているのがはっきりと見えていた。それは、魔力が見える薬を飲んだアイネの目と同じ色だ。氷狼が降らせた雪であることが一目でわかる。
(魔力が見える…!)
興奮を抑え、アイネは薄赤の雪をじっと見つめる。
魔力酔いを防ぐためにも、自分自身で魔力が見えるようになればと、アイネはずっと願っていた。
幼い頃。特にクーラン王国にいた時のことを、アイネはあまり覚えていない。魔力酔いにかかりやすく、寝込んでいることが多かったと執事のセバスチャンには聞いていた。ランテッソへ来たのも療養が目的だったとも。
クーランでの記憶は、ほとんどがベッドの中の情景だ。ぐるぐると視界が周り、吐き気を催すほどの気持ち悪さがどうにも消えない。ぎゅっと目を瞑って耐えていると、母がやってきてくれた。
「あら、これでは辛いわね。少し待っていてね。」
ふっと気持ち悪さが軽減されてアイネが目を開けると、侍女に開けさせた窓から手を外に差し出しているのが見えた。アイネの視線に気づくと、母はにこりと微笑んでくれた。あの時の母の行動の意味が、幼いアイネには理解できなかった。しかし。今なら分かる。
母は、外部の魔力を操作し、室内の淀んだ魔力を外へと排出していたのではないだろうか。
母のやり方を真似ようにも、アイネにはそのきっかけが掴めなかった。外部の魔力を感知できるようになりたい。その願いがストリペアの薬でついに叶えられたのだ。これがあれば、魔力を防ぐ魔法も生み出せるかもしれない。それを確かめたくて、ストリペアに頼み込んで薬をもらったのだ。
自分にも、母のように外にある魔力に干渉できるのだろうか。アイネは薄赤に染まって見える雪にそっと手をかざした。自身の魔力を集めるように、外に満ちる魔力に意識を向ける。最初は動きもなかったが、やがてゆっくりと魔力の赤が磁石に引き寄せられるかのように、自分の手に向かって動き出すのが見えた。手のひらの下、魔力の塊が形成されていくのを感じ、アイネは思わず笑みを浮かべる。ここまでは成功だ。
ふと、先ほどの入り口の様子を思い出す。この集めた魔力を使って、雪を固くできないだろうか。
そう、砂でお城を作るように。アイネはぐっと雪を外へと押し潰す想像をしながら手のひらの下の魔力を流し込んだ。五つを数える間に、魔力を流し込んだ部分は、まるで氷のように固まりながら下へと沈み込んでいく。下の瓦礫も雪と一緒に固まったようだ。自身の魔力に消耗した様子はない。
「アイネ?」
怪訝そうなリーズの声に、アイネは振り返らずに答えた。
「ちょっとお待ちくださいな。」
さっきよりも範囲を広げ、魔力を集めてはさらに押し固めていく。下は瓦礫のせいでそれほど広がらないが、横へと広げることで、大人の男でも通れる隙間はできそうだ。雪の形を操る感覚を掴んだがアイネは、上り下りもしやすいように、階段のような窪みもつけていく。
「できましたわ…!」
紅潮した顔のまま振り向くと、鉄格子の近くにいた筈の皆が唖然とした顔でアイネを見ていた。
「アイネ殿。今、何を……。」
喘ぐように言葉を紡ぐレオンに、アイネはにこやかに笑ってみせた。
「どうやら魔力の操作の方法が分かったようですの。」
「これで洞窟に入れそうだな。」
レオンが安心したように呟いた声を拾って、アイネは首を振る。
「いえ。このままでは危険です。」
レオン達は驚いたようにアイネを見た。この前も洞窟に入ったが、問題はなかったはずだ。しかし、魔力を見られる状態のアイネには、洞窟の中は赤を超えた黒に近い色に染まって見えた。恐らく狭い洞窟で強い魔法を使った為に、魔力が溜まってしまったのだろう。
「この奥の魔力はかなり濃いですわ。このまま進めば、魔力酔いの可能性もあります。」
「どうしたらいい?」
レオンの問いに、アイネは迷いのない顔を向ける。
「こうしますわ。」
それだけ言うと、アイネは洞窟の入り口へと向き直る。手のひらを洞窟の奥へと向け、ゆっくりと集中した。洞窟の中に淀む濃密な魔力が、まるで呼吸をするかのようにアイネの手のひらへと吸い寄せられていく。そして、集まった魔力を洞窟の外、広大な雪山の空へと解放した。魔力は空中に広がると、色が薄まって消えていく。洞窟内部の赤色は、驚くほど急速に薄まっていった。
「それは、私にもできるのだろうか。」
レオンがアイネに尋ねる。レオンには魔力は見えていないが、何かが変わったのだ、という確信はあった。
「そうですわね……」
アイネは少し考えた後、顔を上げた。
「魔力を使える方ならできると思いますわ。魔力を外部に放出するのではなく、周囲の魔力を一時的に集め、別の場所へと移す、という感覚です。きっかけさえ掴めば、おそらく誰でも使えるようになるはずです。」
何度もこの動作を行っているうちに、アイネは今や色がなくとも魔力が感じられるようになってきている。まだ伸びる、と言う予感もあった。
母に近づけた。そして成長できたことがアイネは嬉しく、心配そうに見ているペルーシャの顔には気づかなかった。
読んでくださり、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




