(106)雪山
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まだ陽が昇る前だと言うのに、宿の前の大通りは雪かきをする人や、荷物を持って馬車乗り場へと向かう人でごった返していた。雪は間断なく降り続き、道の脇には屋根に届きそうな雪山ができていた。
「どうやら商業ギルドから避難の触れが出たようだな。」
レオンが人の行き交う様子を見て呟く。
「少し離れたところなら雪も降ってないし、数日なら天幕でも暮らせる。そのためにも、出られるうちに出ておいた方がいいよね。」
ペルーシャは背中に背負った荷物を持ち直しながら返事をする。今日中に帰る予定だが、何かあった時のために多めの食料や着替えを入れてあるため、それなりの量だ。足に履いたブーツも、滑り止めの鋲が打ち付けてあり、重い。アイネも今日はズボン姿で、動きやすさを重視しているのがわかる。
「私たちがどのくらい早く討伐できるかにかかっていますね。」
リーズの言葉に、全員が大きく頷いた。
町の中は雪かきがされていたが、山へと至る門を一歩出ると、途端にどこが道なのかわからなくなるほど雪が積もっていた。
「せっかくだから、ストリペアの作った魔道具を試してみよう。」
「任せて!」
ストリペアは、改良した懐炉を取り出すと、雪かき用に持ってきたシャベルの先に取り付ける。そのまま雪へと近づけていくと、雪はたちまち解け、その下にあった道が露わになった。
雪の高さはリーズの膝よりも少し低い程度だ。
「大丈夫そうだね。どんどん行くよ!」
元気にストリペアが声をかけると、先頭を進み始める。雪を溶かす分、普段の歩きよりはゆっくりになる。
「疲れたら交代するからな。」
ミカサが声をかける。
「ありがと。それより道を逸れてないか、よく見てて。私だけだと不安だから。あと、木があったらリボンを結んでおいてね。」
目印のリボンは一応五十本ほど用意してある。使いすぎると後が心配だが、この後町への道が分からないのも困るのだ。
リーズは近くにあった木にリボンを結ぶ。これが一本目だ。
ゆっくりと進むうち、道が少しずつ登っていることに気づいた。山道に入ってきたようだ。木こりがよく使う道なので、それほど下草も生えておらず、道と道ではない部分の区別はまだつきやすい。
リーズが半数ほど木にリボンを結んだあたりから、雪の降りが激しくなってきた。カンテラをそれぞれが持つと、降りしきる雪で見えにくかった前の人が、ぼんやりと明るく浮かび上がる。
「なるべく離れないように歩くんだ。」
レオンが大きな声で声をかける。前が一旦止まった。先頭をストリペアからミカサに替えるようだ。前の人が歩く一筋の道だけを見て、ひたすら歩く。ザクザクと歩く音だけが周囲に響き渡る。時折、リボンを結び、魔力を流してその前のリボンと繋がっているか確認する。それをひたすら続けた。どのくらいの時間が経ったのか分からなくなった頃、ミカサの声が響く。
「石切場についたぞ。」
前を見ると、石切場の前にあった小屋が見えた。
「迷わず来られた……」
リーズが思わず呟くと、クリシュナが答える。
「ミカサは斥候もできるからね。人が歩いた跡を見つけるのも得意技の一つさ。」
一旦そこで休憩するのだろう、ミカサが小屋の扉を開けて中に入る。他のメンバーもそれに続いた。
小屋はそもそも休憩するだけの場所として使われていたのか、中は、がらんとしている。端の方に煮炊きのできる暖炉が付いていた。最近使っていなかったのか、少し埃っぽい。鎧戸は凍りついて動かないので、窓を開けるのは諦めた。
アイネが魔法で灯りを作り、天井へと打ち上げると、お互いの顔が見える明るさになった。顔を覆っていた布を全て取り去ると、安堵のため息と共に、小さなくしゃみが漏れる。
「そこの壁のあたりにいてくれ。」
皆がそちらに移動すると、レオンは扉を開け、小さな風魔法を起こして、埃を外へと追いやった。
「ここで少し休憩を取ったら石切場から洞窟へ向かう。中はそれほど雪は積もっていないはずだ。」
「じゃあ、スープでも作って少し温まりましょう。」
リーズは持ってきた鍋を出すと外に出て雪を鍋に入れ、戻ってくる。その間にレオン達は暖炉の煙突を調べてくれていたらしい。
「煙突も詰まっていないから使えるな。」
「レオンさん、顔に煤が付いてますよ。」
煙突を除いた時に付いてしまったらしい。慌てて顔を拭うレオンにリーズはクスリと笑う。その間にストリペアが薪を用意していた。
「じゃあ、レオン、お願い。」
「人使いが荒いな。」
レオンが魔法で薪に火をつけると、リーズは暖炉の上の部分に鍋を置く。そこにペルーシャとアイネが持ってきたスープの具を入れる。昨日のうちに切っておいたものだ。
「ついでに疲労回復の薬草も入れておくよ。味もいいから大丈夫。」
ペルーシャが他の袋から乾燥した薬草をパラパラと入れる。
その間にミカサとクリシュナが暖かそうな敷物を床に敷いた。
「荷物によく入りましたね。重くないんですか?」
「見た目よりは軽いんだよ。机と椅子を持ち運ぶよりは楽だからね。この上ならブーツも脱げるだろう?」
「脱ぎたい!このブーツ重いんだよ!」
いそいそとブーツを脱ぎ始めるストリペアにレオンは呆れ顔で言う。
「あまり長くは休まないからな。」
それでも重いブーツを脱ぐと足が軽くなったような気がしてリーズも思わず顔が緩んだ。
しばらくするといい匂いが鍋から漂ってきた。
「皆さん、自分のコップを出して持ってきてください。」
持ってきたコップにそれぞれスープを注ぎ終わると、車座になって座った。スープは温かく、こわばっていた体が暖かくなるのを感じた。思っていたよりも体は凍えていたようだ。
「ところで昨日ヒューイが持ってきたものはなんだったんだい?」
スープを飲みながらクリシュナが尋ねる。リーズは近くに置いてあった荷物から、袋を取り出す。ずしりと重い。
「これですか?」
ひとつまみすると、そのままスープに入れて飲む。その様子を見て、クリシュナが慌てた。
「え?飲んでも大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。ただの塩です。」
塩には氷を溶かす力があるらしい。水に混ぜるとさらに効果があると言っていた。その話をすると、レオンもクリシュナも嫌な顔をする。
「塩水は、武器が錆びるからな……。」
レオンがゲンナリとした顔で呟く。
「後の手入れをしっかりしておかないといけないねえ。」
「むしろ、こっちの方が役に立つんじゃないかな。」
そう言ってペルーシャが差し出したのは、改良懐炉だった。
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