(10)帰るまでが冒険です
「さて、帰るか。」
エドワルドの言葉にアリサもリーズもうなずく。荷物も背負って焚き火の後もきれいにした。
行きと同じく先頭はリーズだ。探査スキルで周りを確認しながら歩く。探査スキルは人や魔物などの生き物の居場所がわかる便利なスキルである。人によって違いがあるようだが、リーズの場合、自分の周りの人や魔物が点で見える。人は緑に、魔物は赤く。魚や動物は黄色だ。父親と一緒に小さい頃から漁に出ていたせいか、気づいたころにはスキルで魚の群れが見つけられるようになっていた。かつてはすべて同じ点でしか見えなかったが、最近は個体の大きさによって点の大きさも違って見えるようになっている。
後ろを歩くアリサをチラッとみる。なんだか嬉しそうだ。初めての冒険で依頼も成功しそうなのだから無理もない。次の依頼を受けるのも意外と早いかもしれない。このまま何事もなく王都まで帰れるようにしないと。リーズは気を引き締め直して足を進めた。
リーズの探査範囲にふっと赤い点が現れる。左側からこちらに向かって近づいている。赤は魔物だ。走っているのかとても速い。点の大きさからするとそれほど大きい魔物ではなさそうだ。ケッコーやバシュピット程度だろうか。あまり強くないといいと思いながらリーズは2人に声をかけた。
「左から魔物が来ます!数は三体。それほど大きくはありませんが速いです。」
エドワルドが頷くと、アリサを自分の後ろに隠すようにする。その背後には大きな木があって、後ろからは襲われる心配はなさそうだ。それほど広くない林道だが、足場は悪くない。
「アリサちゃんはとりあえず後ろに下がって。短剣は一応構えておこうか。」
エドワルドの言葉にアリサは短剣を構えた。少し手が震えている。相手が分からない戦闘は不安ばかりが増すものだ。エドワルドが普段のロングソードではなく短剣を抜いたのを見て、アリサは首を傾げる。
「短剣ですか?」
「ああ。あまり広くない場所でロングソードを振り回すのはむしろ危険だからな…来るぞ!」
飛び出して来たのはバシュビットだった。角の生えているウサギっぽい魔物だ。すばしっこいがエドワルドやリーズにとっては美味しいお肉が現れた、程度の強さである。一体ずつ一撃で倒し、わざと一体を残す。アリサの練習用だ。
「アリサちゃん、戦ってみようか。」
エドワルドがアリサの前から移動し、アリサとバシュピットが相対する形になった。
バシュピットは攻撃しようと右往左往しながら様子を伺っている。その動きにどう反応していいのか分からないようで、アリサは固まってしまっていた。短剣の先だけゆらゆらと揺れている。そのうちシュッとバシュピットがアリサに向けて突進した。はっと上げかけた短剣にバシュピットがぶつかり、アリサはよろめいた。バシュピットも後ろにとびすさり、体勢を立て直す。
「いや、来ないで…。」
アリサが小さくつぶやく。
「大丈夫だよ。バシュピットの武器は角だけだ。動きをちゃんと見ていれば仕留められるから。」
エドワルドが安心させるように声をかけるが、アリサの耳には入っていないようだ。
このままでは危険だと思ったのか、バシュビットはじりじりと後退をはじめる。逃さないようにリーズが後ろに回るが、このままだとアリサの練習にならないまま終わってしまう。何か方法はないかと考え、アリサのスキルを思い出した。
「そうだ!アリサちゃん、動きを止めて!」
短剣をもったまま固まっていたアリサはリーズの言葉にびくっと反応し、ぎこちなく口を開く。
「束縛の糸よ巡れ回れ。束縛の糸よ…。」
同じフレーズを何度も繰り返す。が、バシュピットに変化はない。焦りすぎて上手くいかないのかもしれない。とりあえず逃げないように傷を負わせようか、とリーズが思った時だった。
「だから、止まってってば!」
緊張が頂点に達したのかアリサが叫ぶ。その時だった。アリサの背負っている荷物が不意に動いた。
「え?」
上部の隙間からしゅるしゅるっと出てきたのは、先ほどアリサが紡いだローズスパーダーの糸だ。薔薇色の糸は意思をもっているかのようにまっすぐにバシュピットに向かうと、そのままバシュピットをぐるぐる巻きにし、薔薇色の繭のようにしてしまう。バシュピットは小さく身動きしていたが、しばらくするとぐったりと動かなくなった。それがわかったのか、糸も動きを止めた。
リーズもエドワルドもあまりの光景に動けなくなっていた。なんなのだこれは。見たことがない。
アリサが救いを求めてリーズを見る。短剣はまだ構えたままだ。
「リーズさん、これ、どうしたらいいんでしょう?」
「あ、えーと…。とりあえず、糸を戻せるかな。このままって訳にもいかないし。」
「そうですね。」
その時やっと自分が短剣を構えたままなのに気づいて、アリサは剣をしまった。手がこわばっていて動きがぎこちなくなっている。背負っていた荷物を置こうとすると、エドワルドが声をかけた。
「ちょっと待って。アリサちゃん、糸に元に戻れってお願いしてみてくれないか?」
「え?は、はい。わかりました。」
アリサは目をつむり願っているようだった。しばらくすると糸がうねうねと動きじめ、出てきたのと同じようにしゅるんと荷物の中に戻っていった。糸に巻かれていたバシュピットはそのまま動かない。触ってみるとどうやら身体中の骨が折れているようだった。
「どんな強さなの、その糸…。」
バシュピットは角も皮も肉もそこそこ良い値で売れるので、解体して持ち帰ることにした。手を動かしながらリーズはアリサをチラリと見る。解体の仕方をエドワルドに聞きながら見よう見まねでやっているが、苦手ではないようだ。
(あれがおそらく糸使いスキル…)
昨日ギルドの資料庫では見つけられなかったが、おそらく今見たのがそのスキルなのだろう。糸が自分の思う通りに動かせるスキルといったところだろうか。エドワルドが皮を剥ぎ取りながらアリサに尋ねる。
「アリサちゃんは、今みたいに糸が動いたことってこれまでにあった?」
「え?今までですか?ないです。初めてです!」
ぶんぶんと首をふりながらアリサが答える。
「そうか。じゃあ、急にできるようになったのかな。多分、それはアリサちゃんがもってるスキルだよ。」
エドワルドも気づいていたのか。
「エドワルドさん、同じようなスキルみたことあるんですか?」
「魔物を仲間にして使う人もいるし、魔法で水を操れる人もいるんだから、できてもおかしくないんじゃない?スキルってかなり多様だしさ。アリサちゃんはきっと糸を操れるんだよ。」
「なるほど…。」
(いやいやいや、そんなもんじゃないでしょう!)
スキルについての知識がほとんどないアリサは納得したようだが、ギルドの資料庫でも見つからないスキルなのだ。本当のところはどうなのだろうとエドワルドをちらりと見るとリーズの視線を感じたのか首をすくめてみせた。どうやらアリサを怖がらせないために言っているようだ。
「あの、ちょっと試してみてもいいですか?」
リーズがうなずくのをみて、アリサは荷物からローズスパーダーの糸を取り出す。今日取れた糸は3巻。3巻あったうち動いた糸はすぐにわかった。薔薇色が他のものよりも深いのだ。3巻とも取り出すと、アリサは糸をじっと見つめる。ぐねぐねと反応したのはやはりその一巻きだけだった。
「その糸は売らないほうが良さそうだね。自分でどんなことができるのか、試してみるといいよ。ただ、周りの人がびっくりしちゃうからできるだけ一人でね。」
その一巻だけを持ち上げて、アリサはぎゅっと抱きしめる。そのまま二人の顔を見上げて口を開いた。
「はい。あの…また一緒に冒険してもらってもいいですか?そしたらこの糸の使い方も相談できるので…。」
「そうだね。ちゃんと使えるようになるまでは人にも言わないほうがいいだろうし。乗りかかった船だ。付き合うよ。ただ、シェリルには次も一緒に行けるように話すけど、それはいいかい?」
珍しいスキル持ちなんて知られれば、あちこちのパーティーからお呼びがかかるかもしれない。下手をすると初心者なのをいいことに悪用されてしまうことも考えられる。
アリサを怖がらせずに直接そうは言わずにさりげなく配慮してくれているエドワルドに、リーズは心の中で感謝した。
「もちろんです!ありがとうございます!。」
アリサはぴょこんと頭を下げた。
「ところで、バシュピットが飛び出してきた理由だけど…。」
「ええ。人がいますね。3人。」
解体した後始末をしながら、こっそりとリーズとエドワルドは会話を交わす。どうやら森の奥に、バシュピットを追い立てた者がいるようだ。解体中に襲ってこないところをみると、害意はないのだろうが、みられたくはない。そんなところだろうか。
「ずっとこっちを伺ってるね。糸が細いから多分あの距離だとスキルは見えてないと思うけど…。とりあえず気がつかない振りをして森を抜けよう。対応はそれから。」
「はい。」
リーズはうなずいた。リーズの探査スキルは一度発動するとしばらくはもつ。歩き始めると人を表す緑の点が3つ、ゆっくりと動き始めるのが見えた。つけてきているようだ。エドワルドが空を見上げた。
「日が傾いてきたからすこし急ごうか。森を抜けてもまだ歩かないといけないからね。」
「は、はい!頑張ります。」
エドワルドの声かけに、アリサの足が少し速くなった。
それほど時間もかからず森をぬけ、街道に出ることができた。日暮れまでに王都に入ろうとする人々はみな急ぎ足だ。日が暮れると門が閉まってしまうので、王都に入れなくなるのだ。そんな人達の為に門の前に滞在所があるが、せっかくなら美味しい食事と宿にありつきたいと思うだろう。
緑の点は森の入り口あたりで止まった。さりげなくエドワルドがアリサの姿を森から隠すような場所に移動して歩く。
「遅くなっちゃったなあ。シェリルに怒られそうだ。」
エドワルドのぼやきにリーズがうなずく。
「一度ギルドによったら一緒に家まで行きましょう。依頼完了の届けは明日で。お父さんも心配してるでしょうから。」
その言葉に慌ててアリサが首をふる。
「自分で家まで帰れます!大丈夫です!」
「次の依頼も一緒に行きますって挨拶しておかないといけないだろう?」
「挨拶って…。お嬢さんをお預かりします、みたいな?」
なんだか結婚の挨拶みたいだ。思わずリーズがクスリと笑うとエドワルドが真面目な顔をして大きくうなずく。
「そうそう。大事なお嬢さんを預かるんだからね。殴られないといいなあ。」
「お父さんはそんなことしませんよ。まだ怪我も治ってないから、あまり動けないんです。」
エドワルドが「ん?」という顔をする。そういえばエドワルドは事情をあまり知らなかった。アリサが冒険者になる理由を説明すると、エドワルドは頭を下げた。
「ごめん。知らなかった。大変だったんだね。それなら尚更ちゃんと送って行かないと。お父さん1日やきもきしてたと思うよ。」
「…はい。」
アリサは素直に頷いた。
「リーズさん?」
もうすぐ王都の門、というところで後ろから声をかけられた。振り向くとそこにはイルがいた。いつものようにニコニコしている。
「イルさん?おひとりですか?」
「ええ。依頼の帰りなんです。無事薬草が取れてほっとしましたよ。」
薬草がつまっているのか、背負っている荷物はかなり膨らんでいた。
「いつもありがとうございます。」
リーズが頭をさげると、イルは両手を振った
「いえいえ。仕事ですから。リーズさんは今日はお休みですか?外にでるなんて珍しいですね。」
「今日は研修なんです。依頼場所を知らないと困ることもあるので。」
「なるほど。冒険者ギルドの受付も仕事が多くて大変ですね。一緒にいる方は親子で冒険者ですかな。なんともうらやましい。」
「親子?」
アリサがエドワルドの顔を見上げる。エドワルドは憮然とした顔で口を開く。
「親子じゃないが、パーティーを組んでいる。王都は久しぶりだから、森までリーズさんに一緒にきてもらったんだ。」
「道理であまりお見かけしない方だと思いました。私はイル。薬草取りを中心に行なっております。どうぞよろしく。」
「エドワルドだ。仕事があればなんでもやる。こっちはアリサ。」
「アリサです。よろしくお願いします。」
アリサにもよろしくと言いながら、イルはいつものように人の良さそうな笑顔を浮かべている。
門には二つの列ができている。一つの行列はなかなか進まないが、もう一方の列は止まることなく前に進む。冒険者の列だ。登録証があれば、門の行き来はフリーパスだ。荷物の検査もされることはない。
「最近の森は魔物が増えているのかい?今日突然魔物が飛び出してきたからびっくりしたよ。」
思い出したというように、エドワルドがイルに尋ねた。イルは首をひねる。
「私も時々森に行きますが、そんなに変わった様子はなかったと思いますけどねえ。大型の魔物でも住み着いてたら、嫌ですなあ。」
「そうだな。ギルドに調査を依頼しておいたほうがいいかもしれないな。」
エドワルドの言葉にリーズがうなずく。
「シェリルさんに伝えておきます。皆さんにお知らせした方がいいですからね。」
「よろしくお願いしますよ。私も知り合いに声をかけておきます。ではまた。」
イルは頭を下げると宿屋街の方へと向かっていく。ギルドにはよらず、自分の部屋へ戻るのだろう。
イルの姿を見送るとエドワルドはふうっと息をはく。
「まだ俺は結婚もしてないんだがなあ…。」
親子と言われたのがこたえていたようだ。アリサがクスッと笑う。
「お父さん、ギルドに早く行こう?」
「お父さんじゃない!…まったく。まあ、パーティーは組んでおくことにしよう。その手続きもしないとな。」
「そうですね。手続きできるよう、私の方で準備します。」
エドワルドと目を合わせ、軽く頷く。探査スキルで、イルを示す点は範囲の外に消えていった。花咲く丘での依頼だったのに、彼は森にいた。そして何食わぬ顔で話しかけてきた。一体誰と森にいたのだろう?
「リーズさん?」
アリサの声に我にかえった。気づけば足が止まっていたようだ。日も暮れかけ、少しずつ明かりが灯りはじめている。
「ごめんなさい、急ぎましょう。」
リーズは小走りで追いつくと、冒険者ギルドへ向かって歩いていった。
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次回は金曜更新です。