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回避      ― E嬢(17歳、神官)のケース

三人称形式

 その日は燃えるゴミの収集日であり、柳井(やない) 流太(りゅうた)はゴミ袋を片手にゴミ集積場へ向かっていた。

 時刻は朝六時半、天気は晴天。何の変哲もない、いつも通りの日常であった。その時までは。

 ふと、流太の足元から光があふれ出た。地面を見てみると、光る奇怪な紋様がアスファルトの路面に浮き出ていた。


「おわっ!?」


 咄嗟に、流太は奇怪な紋様から飛びのいた。


「な、なんだこりゃ?」


 反射性の路面用塗料と違って、その紋様は明らかにそれ自体が眩い光を放って、明滅していた。埋め込み式のLEDの光とも違う。そもそも、道路標示にこのような複雑怪奇な模様が使われるとは到底考えにくい。

 おっかなびっくりで、流太は紋様を眺めていた。

 すると、すすすっと紋様が滑るように流太に向かって這い寄ってきた。


「うわわわわっ!?」


 流太は腰を抜かしながら、後ずさった。そして、慌てて手に持ったゴミ袋を投げつけていた。

 紋様の上にゴミ袋が乗った瞬間、紋様が爆発的な光を放ち、周囲は白光に包まれた。

 眩しさのあまり、流太は目をつぶった。一瞬、「きゃあ!?」という女の子の悲鳴が前方から聞こえた気がした。


 流太が再び目を開いたとき、そこにはいつも通りのアスファルトの路面しかなかった。あの奇怪な紋様は消え失せていた。

 周囲には目撃者となるような人間も見当たらない。


「な……、なんだったんだ? 今の……」


 異常な痕跡は何も残っていなかった。ついでに言えば、流太が持ってきたはずのゴミ袋までもが消失していた。

 不可解としか言いようがない。辺りを見回してもそれらしいものは見つからない。すでにゴミを置いてきたのかとも思ったが、ゴミ置き場にもなかった。では、最初から手ぶらで部屋を出てきた可能性はどうかとも考えたが、部屋にもゴミはなかった。

 記憶違いというわけではなさそうだった。


「ま、いっか」


 不可解ではあるが、ゴミ袋が消えたとて、どっかその辺に放り出してるわけでもないようなので、問題になることもないだろう。

 流太は何も見なかったことにした。





 が、しかし、異常はその後も続いた。一~二日おきに一度、あの奇怪な紋様が現れるようになったのだ。

 その度に流太は逃げ回る羽目になった。


 出現する時間はだいたい午後三時から九時くらいの間に集中している。困ったことに、そして腹立たしいことに、紋様は流太の都合というものをまるで考慮してくれない。バイト中だろうが、食事中だろうが、トイレ中だろうが、まったくお構いなしだ。

 どうやら人目のあるところでは出にくいようだが、それも絶対というわけではない。


 対処法もなんとなく見えてきた。五分間逃げ続けると、そこで消滅する。また、最初の遭遇時のように、ある程度体積のあるものを投げつけると、それを呑みこんで消滅する。公園のゴミ箱とかでも、なんでもいいらしい。そういう物が紛失してしまうと、軽犯罪やら迷惑行為やら問題になりそうだが、自分があんなわけのわからないモノに呑み込まれるよりはいいかと、毎度彼は何も見なかったことにしていた。


 ただ、あまりにも大きすぎると紋様のほうが弾かれることもあるようだ。逃走中に大通りを突っ切ったとき、追ってきた紋様がちょうど通りかかった大型トラックに撥ねられた。この場合、トラックが消滅したりはせず、紋様は「ぎょあ~~~!?」とかわいげのない悲鳴を上げて吹っ飛ばされていった。平面に見える紋様だが、どうやら三次元の当たり判定というものがあるらしい。

 紋様が発する声は女の子のようで、なんとも残念なことこの上なかった。





 そうして二十数度目の対峙。流太が逃げ込んだのはホームセンターだった。だが、そこは店舗から外れてトイレへと続く通路で、他に逃げ場がなかった。閉店時間が迫ってたせいか、あたりには人気もない。


「くっ、いったい、何なんだよお前は!?」


 じりじりと間合いをつめてくる紋様に、ヤケクソで流太は怒鳴った。

 飛び掛ってきた紋様を必死になって躱した。

 すると、


『もう! どうして避けるのよっ!?』


 紋様からはっきりと声が聞こえた。声質は間違いなく少女だった。それも、日本語だった。

 声に合わせて、紋様の輝度と色彩がボリュームメーターのように変化していた。


「しゃ、喋った!? なんと面妖な……」


 以前にもこの奇怪な紋様が悲鳴をあげたり、意味は不明だが言葉らしきものを叫ぶのを聞いてはいたが、日本語で喋れるとは思わなかった。


『あんたが陣から逃げ回るから、説得しろって怒られて、それで魔法でそっちの言葉覚えさせられたのよっ!』

「陣?」

『転移陣。その光ってる模様よ』

「紋様自体が意思を持ってるのかと思ってた」

『そんなわけないでしょっ!?』

「いや、そっちの常識で言われても知らんわ」


 その声が主張するところによると、紋様は日本から異世界へと物体を転送するポータルのようなもので、彼女はそのポータルの先にいる人間だという。神官として、異世界から人間を召喚する仕事をしているそうな。


『それより、何で逃げるのよ!? こう、足元に魔法陣が現れたら、おとなしく転送されなさいよっ! それがそっちの世界のお約束ってもんでしょ!?』

「それこそ知らんわっ! ポータルとか言ったら、まずトラップを警戒すんのが先だろう! 転移した先にゾンビ兵士やインプが群れてるかもしれんってのに! さらにサイバーデーモンなんかがいたらどーすんだよ! 地獄だろ! そんなもの、現実(リアル)でショットガンもなしにどうやって対抗しろってんだっ!?」

『古典ホラーFPSじゃないわよ! こっちは純然たるファンタジー世界よ!』


 二人とも、知識の出所が非常に偏っていた。


「だいたい、トラップで人を拉致して何させるつもりだよ!?」

『そりゃあ、隷属の首輪はめて、武器持たせて最前線送り……あっ……』

「……」

『……』

「おい……」

『ち、違うの! 言葉の綾っていうか、翻訳の調子がね? ほんとは魔王が攻めてきてて国が滅びそうだから、助けてほしいの! 勇者さま!』

「断る!」

『お願いだから、こっち来てよーっ! あんたを捕まえられないと、降格処分でイケメン神官長さまに会えなくなっちゃうのよーーっ!』

「それ聞いて、余計にやる気なくなったわ」

『くっ……かくなる上は……』


 紋様が縮んだと思うと、バネのように跳ね上がって、流太に飛び掛ってきた。咄嗟に流太は奥のトイレに逃げ込んだ。


「くそっ、行き止まりかっ」


 窓は閉められていて、すぐには開きそうにない。個室では身動き取れない。背後には洗面台と大きな鏡があるのみ。文字通りの雪隠詰めだった。


『くっくっくっくっ……さあ、観念しなさい……』

「くそっ……」


 まさに悪役のセリフを吐きながら、紋様が迫ってくる。

 再度ジャンプして飛び掛ってきた紋様を、流太は避けた。びたーーん、と紋様は鏡に貼りつく形になった。

 その時、奇跡が起きた。


「え?」

『え?』


 紋様が爆発的な光を放ち、周囲は白光に包まれた。

 光が収まると、そこには小柄な少女が座り込んでいた。彼女は銀髪に碧眼の美しい少女で、古代ギリシャのトーガのような白い衣服に身を包んでいた。


 ただし、場所はホームセンターのトイレだ。異世界ではない。


「「……え?」」


 二人同時に、間の抜けた声しか出なかった。


「「えええええっ!」」


 お互いの姿を見て、周囲を見て、同時に絶叫した。

 どうやら紋様が鏡写しになったことで、その機能が反転してしまい、異世界から日本へとその少女が転送されてしまったらしい。

 転送は一方通行であり、またこちらから向こうへポータルを開く術もなかった。


「か、帰れない!? ど、どうしよう。ねえ、どうしたらいい?」

「いや、俺に言われても……」

「元はと言えば、あんたのせいでしょう!? ねえ、助けてよぅ」

「知らんわ」


 中身は残念系なのが明らかではあったが、見た目は美少女である。そんな少女に泣きつかれて、若干、流太の心が揺らいだものの、しかし彼にどうにかできるわけもなかった。





 結局、成り行きで流太は、この行き場のない少女を保護することとなった。

 最初こそ、少女は異世界より遥かに文明の進んだ日本での生活に驚いていたが、あっという間に馴染んでしまった。というか馴染みすぎていた


「りゅ~た~、おなかすいた~。カレー早く食べたいよぅ。この香りは拷問だわ~」

「あーもー、もう少し待っとれ!」


 やや我侭なところのある少女に辟易することもあったが、流太はこの生活も悪くないと思うようになった。

 紋様に囚われて異世界に行ってたら、こうはならなかっただろう。やはり異世界になど行くものではないな、と彼は思った。


【了】


まとめ

・魔法陣から逃げたっていいよね。というか、まず逃げるよね。

・雇用条件は事前(転移前)に確かめましょう。


 逃げ回る男と、ぎゃーぎゃー文句言いながら追いかけまわす魔法陣、という絵面を思いついてしまったため、こんな話に。


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