聖女のため息 ― D嬢(29歳女性、会社員)のケース
一人称形式
「はぁ~~……」
コンビニで夕飯を買って、店から出たとき、わたしの口から何とはなしにため息が出た。
ここしばらく、ずっとそうだ。ため息をつかずにはいられない。
いつまでこんな生活が続くのだろう。
いわゆる『喪女』だというのは自覚している。性格的なものも多分にあるだろう。
最近では職場で『お局サマ』と陰口を叩かれているのも気づいてはいる。別に、個人的な欲求から誰かにきつく当たってるつもりはないのだけれど。若いモンにはそういう風に見えるのかもしれない。
独り身だとしても、収入はそこそこあるし、別段生活に不自由はしていない。
いや、不自由しないことこそが問題なのか。人々がより良い社会を求め、最適化を進めていった結果、男でも女でも独身生活で何の不都合もない社会が出来上がってしまった。
メディアはこぞって個人主義の素晴らしさを喧伝し、理想的なライフスタイルなるものを定義した。人々はそれを受け入れて、価値観も塗り替えられた。わたしもそれに憧れ、まい進してきた。
しかし、この無味乾燥な生き方に何の意味があるのだろう。
そりゃあ、リア充な人らならそういう社会でも何の疑いもなく楽しく生きていけるのだろう。
だが、それに乗れない人はどうしたらいいのか。世の中リア充な人間ばかりではないのだ。自称リベラル()な人らの大好物である『マイノリティ』とも違う。程度の差はあれ、大して珍しくもない平々凡々な大衆の一人に過ぎないだろう。
生物として生存するだけなら、生きる意味なんて必要ない。そんなものなくても生きていける。それでも、わたしは思う。
――わたしには、この社会で生きていく意味なんて、あるんだろうか。
そんなことを考えていた時だった。わたしの足元で、光る奇怪な紋様が現れた。
*
眩しすぎて目が開けていられないくらいに紋様が光った後、気がつくと、わたしの周囲の風景は一変していた。夜道を歩いていたはずなのに、今は薄暗い石造りの部屋の中で立っていた。
そして、目の前には六人のおっさんがいた。
「おおぉっ! 成功じゃ!」
「「「「「おおおおぉ~~~」」」」」
おっさんたちの容姿は白人系で、どう見ても日本人には見えない。着ている衣装も昔の西洋の貴族が着てそうな、やたらゴテゴテとした古風なものだ。こんなの、日本ではコスプレでさえ見かけないだろう。また喋っている言葉も明らかに日本語ではなかった。なぜだか言ってる意味はわかるのだが。
そして、彼らはわたしのほうを見て何やら騒いでいた。
「な、なんですか、あなたたちは!? それにここはいったい」
「おぉ、すまぬ。わしらはハストゥル皇国宮廷魔導師団の者での。わしは導師長アブドゥール・ゲレンドフと申す」
わたしが問うと、おっさんたちの中で一番高齢で、偉そうな感じの男が穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
しかし、奇妙なことに、ゲレンドフが喋るのと同時に別の『声』が聞こえた。
『さて、この小娘に適正はあるのやら』
それは音じゃなかった。空気の振動じゃない。けれどなぜか明確に『声』として認識できた。そして、口調こそ異なるが、声質はゲレンドフにそっくりだった。
「えっ?」
「なにか?」
「い、いえ……」
びっくりして変な声が出てしまった。幻聴だったのだろう、そう思ってわたしは誤魔化した。そして、ふと目線を逸らすと、他の団員と目が合った。
『こんな冴えない女が「聖女」だとはとても思えんが』
彼は神妙な表情で、その口は閉じたままだったが、またもや音にならない『声』が聞こえた。さらに他の団員を見てみると、
『気の強そうな女だな。おまけに体つきも貧弱だし。ほんとは男なんじゃねえか?』
『平民で、この歳で「聖女」とか、ただの行き遅れだろ』
『ま、なんでもいいけどな。どうせ「聖女」だったら前線送り、違ってたら奴隷だし』
それぞれ『声』が聞こえてくる。それも、悪意がたっぷり篭ったものだった。誰が行き遅れの陰険ババァやねん。
これはひょっとして、彼らの心の声なんじゃないだろうか。
いや、わたしがエスパーの類なわけがない。きっと、わたしのネガティブ思考が産み出した幻聴だろう。そう思うことにしたのだけど。
「それで、あなたのお名前を伺ってもよろしいですかな?」
『さっさと言え、愚図め』
「え……? あぁ、えーと、『ミッキ』、です」
なんとなくイヤな予感がしたので、本名ではなくあだ名を教えた。一応、友人からはそう呼ばれてたのだから、嘘ではない。
『心の声(仮)』がどうにも気になってしかたない。
「わしらは異世界から『聖女』となる者を召喚しておるのです」
『魔法のない異世界の蛮族に、召喚と言って通じんかもしれんが』
「異世界……召喚……?」
『やはりのう』
これはやはり、若者向けの小説的なアレなのだろうか。常識的にありえるわけないのに、どうにも周囲の状況を見るに、現実っぽさが濃すぎる。夢なら醒めてほしい。
「何のために、その『聖女』というのを召喚するんですか?」
「国を守るために、ぜひとも『聖女』様の力をお借りしたいのですよ」
『攻撃こそ最大の防御。わが国が大陸を制覇するのに「聖女」サマの力が必要なのだ』
「は……はぁ……。その、『聖女』って、何なんですか?」
「民に癒しを与え、国を守る奇跡をもたらす聖なる乙女なのです」
『そして、敵国には神の鉄槌を下す戦略兵器だ』
「へ……へぇ……」
『心の声(仮)』との落差がひどい。いや、表の声で言ってることだけでも相当に胡散臭いけど。
一人二人ならともかく、国レベルで守れるってどんなチートだ。
ネットに氾濫するお話では、そういう桁外れのチートも珍しくはない。けれど、そういうのは些か現実との乖離が激しすぎて、ピンとこないのよね。
ご都合主義が過ぎて、説得力に欠けるというか。読んでいて、「おぉすげぇ」と感心する前に「そんなもん、やれんの? ウソ臭ぁ」と不信感が先にたってしまう。ファンタジーだから、魔法だから、チートだから、などで済ませてしまうと余計にね。
SFでいうところの「虚 構なりの現実性」というか、嘘を信じさせる詐欺師のテクニックと言い換えてもいいかもしれないけど、そういうものが不足してるんじゃないだろうか。
もっとも、そういう理屈っぽい話は読者から敬遠されるとも言われるけれど。
それはともかくとして。
「それで、召喚されたわたしが『聖女』なんですか?」
「それはこれから確かめてみないとわかりません」
『あれだけ生贄を使ったのだ。奴隷を集めるのも大変だというのに、失敗してたら目も当てられぬわ』
「そ、そうですか。どうやって確かめるんですか?」
「簡易的なやり方は『オープン・ステータス』と唱えてみればわかります」
『神代文字で書かれておるから、なかなか読める者がおらんのが難点じゃが』
あー、そういう『システム』なのね。ゲームじゃあるまいし、能力をどうやって数値化するんだか。あるいは、ここは仮想現実世界だったりするのだろうか。
「えーと、では。『オープン・ステータス』」
――――――――――――――――
名前 ** ***
通称 ミッキ
タイプ ヒト科メス
戦闘力判定 S
スキル
耳属性
地獄耳 他言語理解 絶対音感 振動探知 音響解析
読心術
口属性
罵倒 他言語発話 説得
高速詠唱 多重詠唱 鳴音 探査音
衝撃波 振動破砕 超音波切断 暗示 催眠 呪歌
吐息(悪臭、酸、毒、火炎、冷気、雷、 癒し)
王属性
部署制御 人心掌握 上意下達
称号
お局様 喪女 腹黒 聖女()
――――――――――――――――
なんじゃこれは。
何か、目の前にA4サイズの半透明なスクリーンが突如として出現した件については、とりあえず脇に置くとして、問題はそこに書かれている内容だ。
本名が伏せられてるのはいい。HPとかMPとかの数字がないのもまあいいとしよう。
が、このスキルはなんなのか。〔地獄耳〕とか〔罵倒〕はスキルなのか。それに、〔耳属性〕〔口属性〕〔王属性〕ってなんなのか。
おっさんたちと会話できてるのは〔他言語理解/発話〕のおかげか。
〔読心術〕ってのは、あの『心の声(仮)』のことかな。確実に本音を探れるなら有用には違いないけど、ちょっとウザくなりそうな予感もある。しかし、脳内の活動をどういう理屈で音に変換してるのだろう。
〔衝撃波〕以下は字面からしてヤバそうなのが並んでる。
それと、なんだ〔吐息〕って。ハ~~っと吐くと攻撃になるのか。ドラゴンみたいに火を吹けるなら強力な武器となるかもしれないけど、肺活量次第だったりすると威力はぜんぜん期待できそうにない。
そもそも、絵面としては最悪なんじゃないか。悪臭や毒の吐息って、女として終わってるだろう。まあ、会社ではイラついて周囲に毒を吐きまくったりしたこともあったけど。
癒しの表記も、なんか取って付けた感じがするし。
そして、この称号はわたしに喧嘩を売ってるのか。失礼極まりない。多少自覚がないとは言わないけども……。
称号的にはどうやら『聖女』というのは確定のようなんだけど、こんなのが聖なる乙女なのか。不思議でしょうがない。だって、どう見たって、わたし自身には神聖とは程遠いし、スキル構成にも神聖な要素は見当たらない。何かエラーが起きてるんじゃないのか。
というか、わたしの歳で乙女はないだろう。気恥ずかしいにもほどがある。いや、だからこそ『()』付きなのか。
その時、ふと『聖女』の『聖』の字面に意識が向いた。
耳 口
王
耳、口、王。
そして、わたしのスキルは耳、口、王属性に分かれている。
まさか。まさか、ここで言う『聖女』とは、すなわち――
『耳と口と王のスキル属性を持つ女』
――とかではないのかッ!?
何を言ってるんだオマエは、と正気を疑われそうだ。とんでもないこじつけだし、何ゆえ部首単位!? とか、宗教要素どこ行った!? とも思うけど、そう考え始めたらそれ以外の解釈が考えられなくなった。
地獄耳と罵倒を使い、王として君臨する女。途轍もなくシュールだ。てか、それ、職場でいえば『お局サマ』のことではないのか。わたしが召喚されたのって、もしかして。
「おおぉっ! ここっ! 『聖女』の文字が見えます!」
「まさに、これは『聖女』様に必ず表れるというホーリーシンボルじゃ!」
「「「「「おおおおおおぉぉぉっ!」」」」」
『これで、一番大きな山は越えられたわい』
このステータスの表示はおっさんたちにも見えるらしい。ただ、漢字は読めないらしく、字形のみで判断しているようだ。
『聖女』の実態も知らずに、有頂天となっている彼らの姿は実に滑稽だった。
「そ、それで、スキルはどのようなものがありますかの?」
『攻撃系があると良いのじゃが』
ゲレンドフがスキルについて聞いてきた。しかし、〔読心術〕があるのがバレるのはマズい気がする。わたしは既に連中の本音と企みを知ってしまってるのだ。
連中は確実にクロだ。さっき、心の声でも奴隷がどーたら言ってたしね。何をしてくるかわかったものじゃない。下手をすると、暴力に訴えてくるかもしれない。
ここは慎重にいかないと。
「えーっと、〔振動感知〕と〔高速詠唱〕っていうのがあります。あと〔吐息〕っていうのもありますね。ほかはわたしでも読めない文字で書いてあります」
連中が読めないのをいいことに、とりあえず無難そうなところだけを教えた。攻撃スキルがあることも知られないほうがいいだろう。
「おおっ、〔祝福〕があるんですな!? これは朗報ですぞっ!」
『ふむ、支援系か。攻撃系でないのは残念じゃったが、それでも十分戦局に有利になるであろう。わしの権益も強化されること間違いなしじゃ』
案の定、連中は勝手に勘違いしてくれた。いえね、わたしはLとRの発音を区別できない人だし? 仕方ないよね。
なぜ英語で通じたのかは考えないことにする。
とりあえず、連中を騙くらかすことには成功した。あとは、能力を検証して、隙を見てこの国を脱出しよう。場合によっては、わたしを拉致同然に召喚したこの国を滅ぼすくらいのつもりで。
*
その後、なんやかんや色々あって、わたしは難を逃れた。
幸い、わたしが持ってたスキルはかなり強力で、とくに〔吐息〕はチートと言ってよかった。途中で〔波○砲〕にアップグレードされ、より強力になった。絵面はよりヒドいものになったが。
そのおかげで、ピンチも余裕で切り抜けられた。
……その分、なんだか女としての尊厳が完膚なきまでに喪われてしまったような気もするけど。相変わらず〔喪女〕の称号が消えないのは、そのせいなんじゃないだろうか。
こちらで暮らしているうちに、いろんな人と会い、やりたいこと、やるべきことも沢山できた。ある意味、日本にいたときよりも充実しているかもしれない。
生活には不自由なところも多い。しかし少なくとも、生きる意味で悩んでいられるような余裕はなくなった。それがほどよく心地よい。
結果的に機会を与えてくれたハストゥル皇国には、小指の先くらいは感謝してもいいかもしれない。まあ、あの国は滅ぼすけどね。
わたしは〔聖女()〕。耳と口と王の属性を持つ女。そして、ハストゥル皇国が自ら招き寄せた、皇国に破壊と破滅をもたらす者だ。
【了】
まとめ
・ブレスばかり吐いていると、幸せが逃げます
・聖女が神聖なる乙女である、などと誰が決めた?
「聖」という漢字は、司祭として神の声を耳で聞き分けて、それを口で正しく伝える人(王)というようなニュアンスから成り立ったもののようですね。
そう考えると、部首単位で分けて考えるのは実はそんなに的外れでもないかも?
そして、中盤のチート論については作者自身にもブーメランで突き刺さっております。なかなか難しいもんですね。