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原点回帰★   ― A氏(43歳男性、会社員)のケース

一人称形式

※残虐描写があります。ご注意ください。

 主人公が見知らぬ世界に転移して、その世界の危機を救うという物語は割とありふれたものだ。行き先は妖精の棲む世界だったり、平行世界の地球だったり、はたまた遠い銀河の果ての星だったりと様々だ。


 国産ネット小説においても、ゲーム風ファンタジー異世界に召喚されるパターンは多く、中でも、世界を滅ぼさんとする『魔王』を倒す『勇者』として召喚されるパターンは人気だ。


 近年では、召喚者が他力本願だったり、敵対勢力の側に正当性があったり、あるいは私利私欲によって召喚したために、主人公が召喚者に反旗を翻す物語も多い。中には、主人公自らが世界を蹂躙し、滅ぼす側に回るケースさえも散見される。


 そりゃあそうだ。主人公の側にしてみれば、召喚というのは拉致されるのにも等しい。主人公側の都合などまるで考慮してくれない。そんな身勝手な連中に召喚されたうえに、そいつらのために主人公が命がけの殺し合いに身を投じる義理などないだろう。本来、主人公は部外者であり、まったく関係のない事情なのだ。

 それでも自発的に召喚者に協力するなんてのは、大馬鹿者のすることだろう。


――そう思っていた時期もありました。





 俺は改めて周囲の状況を見回した。

 ここは鬱蒼と茂る木々に囲まれた中で、ぽつんと開けたちょっとした広場だ。背後には幹の直径が数十メートルはありそうな異様な存在感を放つ巨木と、どんな宗教なのかわからないが祭壇っぽいものが控えていた。

 平らに均された地面には複雑で奇怪な紋様が描かれていて、その中心らしいところに俺は立っていた。


 そして、目の前には二人の少女がいた。

 見た目からすると、二人とも十代後半くらいだろうか。二人ともボロボロになった服を着ていて、ひどく薄汚れていた。姉妹だろうか、顔立ちはよく似ている。汚れを落とせば、かなりの美少女かもしれない。

 ただ、異様なのは、二人の耳が横に長く伸びていること。そして、少しだけ大人びた外見の姉らしき方は地面に倒れ伏しており、その胸から夥しい血が流れ出ていることだ。よく見ると、胸からは何やら短剣の柄のようなものが生えていて、もはや呼吸もしていなさそうだ。


 長い耳については「たぶんエルフっぽい種族なんだろ~な~(遠い目)」で済むかも、というのもちょっと無理があるような気がしなくもないが、まあそれは今は脇に置いておこう。それよりも問題なのは、姉(仮)の出血のほうだ。気がついたら事件現場にいたって、いったい何の冗談かと。


 意味不明にも程がある。なぜ俺はこんなところにいるのか。

 ヘビィな仕事が終わって帰宅して、さあ一杯やろうかとちょっとしたツマミを用意して、いざ缶ビールのプルトップを開けようとしたところ、急に俺の周囲に何やら光る奇怪な紋様が浮かび上がって、視界が真っ白に染まったと思ったら、この事件現場と思しき場所にいたのだ。ツマミも、缶ビールも消えてなくなっていて、俺は身一つでそこにいた。

 平凡な中年独身サラリーマンの俺には到底理解の及ばない状況であった。困惑するほかない。同時に、晩酌をお預けされたことにイラっともした。


「#&$! #&$! #&$! %*@W¥α!」


 妹(仮)のほうは俺のほうに向かって跪いていて、何やら感極まった歓喜の表情で滝のように涙を流しながら、俺の知らない言葉で何かを訴えていた。

 そして、ふと静かになって何やら呟いた。泣きながら姿勢を正し、悟りきったかのような美しい笑みを浮かべて、すーっと息を吸い込んで瞼を閉じ、


「……え!? ちょっ、待っ!?」


 どこからか取り出した短剣を両手で高く掲げると、さっくりと己の胸に突き刺した。

 妹(仮)は一瞬体を強張らせると、その場に蹲った。血がだくだくと流れ出してる。

 あまりにも唐突で、理解不能な自殺に、俺は度肝を抜かれてまったく身動きできなかった。


「ど、どうすりゃ」


 止血の方法とか知らないし、いや、そもそもあれ、心臓貫いてそうで、とてもじゃないが俺の手に負えるものとは思えない。

 妹(仮)が最後の力を振り絞って顔を上げ、血にまみれた右手を俺のほうに伸ばしてきた。


「#&$……」


 かすれた声で何か訴えている。

 意味がわからんが、何かしなきゃと思って、俺はその娘に近寄った。恐る恐る、両手で彼女の手を包んだ。

 すると、俺の頭の中に、何かが入り込んできた。


 たぶんそれは、彼女の記憶や知識、そして彼女らの持つ特殊な〔能力〕といったものだ。血と命を媒介にして、それらが彼女から俺に流れ込んできた。

 それによって、俺は彼女の言葉や、この意味不明な状況が理解できるようになった。理解できてしまった。


「使徒、さ、ま……わた、し、たち、を……お救い、くださ……」


 彼女はそれだけ言って、事切れた。

 俺はただ呆然としてそれを見守るしかできなかった。



 彼女から渡された記憶から現状を整理すると、


・どうやらここは地球ではなく、どっかの異世界であるらしいこと。

・二人は姉妹

・現在、彼女らの種族は、敵対する種族『魔族(ゾルゴス)』によって滅ぼされようとしている。

・姉が自らを生贄として、救いを求めて彼らの神に祈った。

・そうしたら、祭壇が光って、使徒さまが現れた。

・神さまが遣わした使徒さまなら、きっと彼女らの種族を救ってくれるにちがいない。

・妹はせめて使徒さまのお役に立とうと、自身の命と引き換えに、自分の持つわずかながらの能力も使徒さまに捧げた。


 ということらしい。使徒さまというのは俺のことのようだ。


 形だけみれば、ラノベの『勇者召喚』モノと似たようなものなのだろう。もっとも、彼女らは神さまに救いを求めただけであって、召喚についてはまったく知らなかったようだが。

 おそらく、彼女らではなく、その神サマとやらが俺に何かした可能性が高い。そうタイミングよく異世界転移なんていう超常現象が起こるとは思えんし、彼女らにそんな力はないだろう。


 しかし、あいにく俺はこの世界の神サマなんて知らないし、使徒なんてものを引き受けた覚えもない。

 状況だって不透明だ。彼女らの認識が一方的なもので、魔族の側にだって別の言い分があるかもしれない。元の日本に戻る方法も提示されてはおらず、ギブアンドテイクの関係も成り立たない。

 部外者である俺が介入する理由なんてないのだ。


 ひ弱な俺なんかが、彼女らを救えるとも思えんし。

 いや、一応、妹から何らかの能力を付与されているので、戦う力はあるのか。

 それに加えて、召喚の転移時に神サマだかなんだかが俺の体をいじったらしく、常人にはありえんような力を持たされてる。たぶん、能力的にはその魔族とやらと渡り合えそうではある。

 とはいってもな。


 そりゃあ、かわいそうだとは思うよ。自らの命を捧げてまで神サマに助けを求めるなんて、どんだけ追い詰められてんだ。

 それはまさしく『自()』だ。悲願のために、自身を()()()のだ。その壮絶な覚悟のほどは、当人の苦悩や苦境を無視して死に至った理由をオブラートどころか餃子の皮で包んでまるっと覆い隠そうとする『自()』などという極めて政治的で下種な新参造語では到底言い表せないだろう。


 てか、そんな状態になるまで、その神サマとやらは何をやっとったのかと。そして、いざ動いたと思ったら、取った手段が拉致召喚で、他力本願だ。信者が信者なら、その神サマも神サマだろう。


 結局のところ、俺にとっては所詮他人事なのだ。これがまだ、俺自身が属する国やら共同体やらを守ろうというなら話は別だが、この件はそうじゃない。

 日本でのケンカの仲裁レベルとも違う。本物の殺し合いとなれば、俺が殺される危険性だってあるのだ。

 無関係の俺が、命を掛けてまで戦わなければならない責任なんてあるのか。冗談じゃない。そんな責任なんてない。

 我が身が一番大切だ。冷血と言われても構わない。他人を優先できるほどの余裕なんてない。そんな、できた人間じゃないのだ。

 俺はそういう人間だ。



 そのはずだった。

 しかし、妹から渡された記憶にすべてをひっくり返された。


――まったく力及ばず、魔族によって残虐に刈り取られていく同胞。遺体と呼ぶのさえ躊躇するような父母の()()を前にした慟哭。負け続け、疲弊しきり、飢えをこらえ、もはや神にすがり付くほか何も思い浮かばないという心境。


 彼女の記憶は恐ろしく鮮明だった。単に記憶だけじゃなく、その時の彼女らの強烈な想いまでもが俺の心に植えつけられてしまった。

 その結果、俺は強制的に感情移入させられた。


――彼女らは生き延びようと必死に努力して、それでもまったく力及ばず、どうにもならなくて。それで自分の命と引き換えに神に縋ったのだ。俺が呼ばれたのは結果論でしかない。あの惨状を目にしていたら、努力が足りんなんてとても言えない。魔族死すべし。


 彼女らへの同情と憐憫と、魔族への怒りとが問答無用で湧き上がってくる。

 だが、そこには俺自身の価値観や自由意志はない。俺の人格が歪められたようなもので、これは一種の『洗脳』と言ってもいいだろう。あるいは呪いの類かもしれない。


 これはヒドイ、としか言いようがない。こんなの、理性ではわかっていても抗いようがない。卑怯にもほどがある。彼女らには俺への悪意も害意もなかった分、余計に性質が悪い。



 元凶である魔族も、俺を引きずり込んだ神サマも、そして洗脳に逆らえない自分も、すべてが忌々しく腹立たしい。ついでに、自殺を選んだ姉妹にも。

 俺の気分は完全にぐちゃぐちゃになっていた。

 だから、どこからともなく飛んできた火の玉が俺にぶち当たって火の粉を散らしても、別の火の玉が姉妹の体に当たって一瞬で焼き尽くして骨だけにしてしまっても、俺はただ黙って眺めているだけだった。


 俺はゆっくりと立ち上がって、火の玉が飛んできた方を向いた。

 そこには異様な男がいた。身長は三m近くあり、肌が赤黒く筋肉質で、背中には蝙蝠のような大きな翼が生えており、見るからに悪魔という風体だった。


「……お前が、『魔族』か?」

『そうだぜ』


 記憶にある姿と相違ないが、形として確認をしてみた。

 男はニヤニヤしながら、聞き取りにくい皺枯れた声で答えた。


「……一応、聞いておこう。お前たちがこいつらの種族と敵対し、滅ぼそうとする理由はなんだ?」

『あん? そいつらが苦痛にあえぎ、絶望した顔を見るのが心底楽しいからじゃねえか。もう、こいつら、ちっと痛めつけてやるだけで泣き叫んでたまんねえぜ、ぐわははッ! 後は、そうだな、こいつらを殺すとわれらの神も大喜びするしな』


 そう言って、魔族の男は悪意にまみれた醜悪な笑みを浮かべた。世界や種族が異なれば、表情の意味も違ってくることもあるというが、この世界に限っては地球人のそれとほぼ同じようだ。


「それだけか」

『他に理由なんざいるかよ。わはははははははっ!』

「そうか」


――ギルティ。


 生存のために必要だから戦うとか、あるいは利害関係の対立でさえなかった。

 この世界の魔族というのは、ラノベによく出てくるような『単に種族が違うだけで、ちゃんと話しの通じる人間』ではなく、ただの悪意の塊、外道そのものだ。

 彼女の記憶に引っ張られてるのを差し引いても、こいつらとは絶対に相容れない。


 魔族(虫けら)を駆除することに躊躇する必要がない、というのは、今の俺にとっては重要だ。それだけでもだいぶ心の負担は減る。

 こいつらは一匹残らず、殺す。絶滅させる。

 ……召喚される前は、いくら怒り狂ってても、ここまで過激な考え方する性格ではなかったはずなんだがな。これも洗脳の影響だろうか。

 俺はスタスタと無造作に歩いて、そいつの目の前に立った。


『あんーー?』


 虫けら(そいつ)は怪訝な顔をして俺を見下ろした。油断しきってるのか、まったく警戒を見せていない。

 俺はとりあえず腹パンを入れるつもりで、右腕を突き入れた。たぶん、こんな見るからに凶悪で強そうな魔族が相手であっても、今の俺のスペックなら十分通用すると思ったんだが。


『ぐボぇッ!?』

「え?」


 いや、俺としては普通にバシンと腹パンするつもりだったのだ。それがなぜかジュボンッという、まるで水面に突きこんだかのような湿った音をたてて、俺の拳がなにやら生暖かくぬめった、ひどく気色の悪い感触に包まれてしまった。

 どう力の加減を読み違えればこうなるのだろうか。俺の右腕は虫けらの腹を突き破って前腕の半ばまで潜り込んでいた。虫けらの腹からぶしゅっと真っ黒な体液が飛び散った。虫けらは体をくの字に曲げ、滑稽なくらいに白目をひんむいて、舌を突き出し悶絶していた。

 いくら殺意があったとはいえ、パンチくらいでこんなスプラッタな結果になるとは予想していなかっただけに、俺も間抜けな声をあげてしまった。

 まあ、いいか。


『ぎざっ……ま、ぐぼっ』

「さんざ殺しまくってきたんだ、自分が殺される覚悟もできてんだろ?」


 ともすれば、俺自身にブーメランで突き刺さってきそうなセリフではある。不本意ながら、やっぱ俺も覚悟しなきゃならんのだろうな。

 俺はたまたま虫けらの腹の中で掴んだナニカを引き寄せ、同時に左腕で虫けらの頭をぶちのめした。ずるっとナニカを引き出されながら、虫けらの体が一〇mほどもすっ飛んでいった。


『ぐっ……げっ……げほっ……ヒト族の、分際で、こ、このっ、オレ様に……』


 虫けらなだけに生命力は旺盛なようだ。


「うるせえよ、虫けらが口答えすんな。さっくり死んどけ」

『ぐぶぇっ』


 ごりっと虫けらの一部を踏み潰すと、それっきり静かになった。まだそいつの手足が痙攣していて鬱陶しかったので、妹が持っていた〔着火〕の能力で焼いた。

 あっという間に虫けらは骨も残さず灰になり、風に吹かれて飛んでいった。


 彼女らが持っていた能力はごく弱いもので、だからこそ魔族に対抗できなかったのだが、それを受け渡された俺は基礎能力が桁違いになったせいか、弱い能力でもとんでもない火力になっていた。

 元は非力だった男が急にこんな強大な力を与えられたら、力に酔って溺れる危険性もあるのかもしれんが、そんなこともまるで思い浮かばなかった。


 よく「現代日本人が人を殺すには心理的な壁が大きい」などと言われるが、少なくとも、今の俺はそんなことはなかった。相手は一応人の形をしていて言葉も喋っていたが、そいつを踏み潰してもまるで気にならなかった。姉妹の死のほうがよほどキツかったくらいで、むしろ、殺したことにこれほど何も感じないことのほうがショックが大きいかもしれない。



「なんでこうなっちまったかなあ……」


 彼女たちの遺骨を森の中に埋葬したところで、俺は独り呟いた。

 俺には関係ない、俺は被害者だ。事実そのとおりなはずなのだが、そう割り切れたままだったら、どれほど楽だっただろう。


 思えば、昔のラノベとか、さらに遡ってジュブナイル小説とかは今よりずっと話が単純だったなあ。

 わかりやすい悪がいて、虐げられてる人々がいて、主人公(ヒーロー)は余計なことを考えずにただ人々を救っていれば良かった。俺も、子供のころはそうした物語に憧れたものだ。

 今俺が置かれてるのは、まさにそういう状況のはずだ。原点回帰だろう。なのに、余計なことを考えずにはいられない。

 もっと若かったら、そんな細かいこと気にせずに突っ走れたんだろうか。


 割り切れない思いと、やり場のない怒りと苛立ちを抱えながら、俺は彼女らが住んでいた集落へと向かって歩いていった。


【了】


まとめ

・召喚者が悪でなくとも、協力を拒否しづらい状況に追い込まれた

・昔はよかった


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