第6話
それから一週間が経った。この日は土曜日。しかし、大会前ということで、部活は休みではない。コートではレギュラー同士の練習試合が行われていた。
コートに立っているのは、藍と園生だ。二年生レギュラー同士。コートの周りには他のレギュラー陣や部員らが試合に注目している。
サーブは園生からだ。
「行くぜ、藍っ!」
高く上げられたボールから強烈なサーブが来る。左サイドへと打たれたボール。藍は難なく打ち返した。園生も負けてはいない。
「ちぃ」
コーナーギリギリへと打ち込まれたボールを園生が追いかける。が、届かない。コントロールという点では、園生は藍には敵わなかった。
「15ー0」
審判のコールが響く。藍がポイントを取る。しかし、まだ園生のサービスゲームだ。特別なショットを打つわけではないが、着実に藍がポイントを重ねていた。
気がつけばスコアは、5―1。
「はぁはぁ……全く、容赦ないな」
「お前相手に、必要ないだろっ」
あと1ゲームで藍の勝利。園生は特に焦ることもなく、試合を続ける。コートの上で冷静なのは利点ではあるが、それほど勝負に頓着しないのは欠点と言えるだろう。
「はぁはぁ……園生は勿体ない」
「どうした?」
「いや」
藍はその手に持っていたボールを高く上げて、サーブを放つ。回転がかけられたボールは、スピードに乗りながら園生の横をカーブをかけて過ぎていく。園生は一歩も動けなかった。
「ゲーム、一ノ瀬。6―1」
ゲームセットだ。ネットに向かって歩けば、園生も同じように向かってくる。ネットを挟んで握手を交わした。
「相変わらず強いな」
「園生も真面目にやればもっと上に行けるんじゃないか?」
「俺が真面目になんて、似合わないだろ?」
「そうは思わないが……まぁいい。お疲れ」
「あぁ、藍もな」
次の試合があるため、藍と園生はコートを出る。マネージャーからタオルを受け取り、コートの側にある木陰に座った。
「お疲れ様です、一ノ瀬君。どうぞ」
「叶先輩?・・・ありがとうございます」
叶から差し出されたドリンクを受け取ると、叶は園生へも渡しにその場を離れた。
コートへと視線を戻せば、掛川の試合が行われているところだった。チームのシングルス1を任されている実力者だ。藍でさえも、試合をすれば勝てるかはわからない。
掛川の相手をしているのは、同じ三年生の松嶋浩太。チーム1の高身長を持つプレイヤーだ。高い打点から放たれるサーブは、松嶋の武器の一つでもある。実力者同士の試合は、見ているだけで学ぶことは多い。レギュラー以外にも試合を見せているのは、その為だろう。
そうして、掛川らの試合が終わると部活は終了した。平日とは違い、まだ日が沈むまでには時間がある。とは言え、外出届けを出してまで出掛ける時間はない。
藍はいつも通り帰ろと、ジャージを羽織ろうとすると、ブルルとスマートフォンが鳴った。長くバイブ音が響いていることから、電話だろう。画面を見れば、紗菜からだった。
「出ないのか?」
「……いや」
着替えをしている園生は近くにいたので、電話がきていることには気がついていたのだろう。怪訝そうに顔を向けていた。出たくないわけではないが、会話を聞かれるのは面倒だ。どうすべきかを考えて、藍は通話ボタンを押した。
『あっ、藍君? 今いい?』
「後にしてほしい。急ぎか?」
『えっと……ごめん!』
「紗菜?」
『今日顔見せで、その時に光里ちゃんも来てて……飛び出して行っちゃったの! どこに行ったか分からなくて……その』
「わかった。直ぐに行く。今どこにいる?」
『駅前の』
「あぁ、いつものところか。わかった。待ってろ」
『本当にごめんっ』
通話を切って、藍は深く息を吐いた。静まり返っていることに気づき、どうやら藍の電話が理由らしい。何の話をしているのか。相手は誰なのかということが、気になっているというところだ。だから、ここで電話に出たくなかったのだが、事情が事情なので仕方ない。
「藍、今の誰? 女の子だよな?」
「あぁ……悪い、急ぐから話をしてる暇はない。じゃ」
「あ、おいっ藍」
多少乱雑に荷物をラケットバッグに詰め込み、話しかけてくる園生を無視してそのまま出ていく。目的地は、寮監の部屋だ。寮の入り口にある監督室にいる。
数回のノックの後、ひょっこりと顔を出した男性に藍は頭を下げた。
「ん? 二年の一ノ瀬か? どうした?」
「急ぎで申し訳ないのですが、外出届けをお願いします」
「今からか? 時間的にどこにもいけないだろ?」
「家の事情です」
「……家の、か。まぁ、なら仕方ないな。わかったこっちで書いておく。ただし、門限は21時だ。遅れたら反省文だからな」
「はい」
急いでいることを悟ったのだろう。寮監に礼を言い、藍は自室へと急いだ。簡単に着替えを済ませると、貴重品だけを持って部屋を出る。
寮を出るときに、寮監が記入してくれていた許可証を持って学園の門へと走る。守衛に見せれば、外に出るための入り口を開けてもらえるのだ。
隔離された場所というわけでもないため、藍は近くでタクシーを拾い紗菜が待っている場所へと向かった。