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第5話

 

 屋上で待つこと数分。その人物はやって来た。御子柴修治。長身でがっしりとした体格は、藍とは正反対だ。


「待たせたか、一ノ瀬」

「いえ、それほど待ってはいません」

「そうか。済まないな、わざわざ」

「……それで、俺に何の用ですか?」


 うむ、と言って御子柴は持っていた何かを藍へと差し出す。茶封筒だ。大きめのということは、何か資料ということだろうか。


「これは?」

「あと2ヶ月もすれば、生徒会選挙があるのは知ってるな。出来れば優秀な生徒に後進を任せたい。そこで、君の名が上がっている」

「生徒会、ですか?」


 なら、わざわざ手紙で呼び出さなくてもいいと思う。完全に予想外の内容だ。


「一ノ瀬は中々捕まらんし、出歩くことも少ないのでな。呼び出しには必ず応じるらしいので、この方法を取らせてもらった」

「はぁ」


 教室に行っても部活へ行った後だったり、夕食時を狙っても中々来ない。顔を出さないこともあるし、タイミングが合わなかったので呼び出したということらしい。確かに、呼び出しには応じてきた。後々が面倒だからなのだが、こういう風に利用されるとは思わなかった。


「生徒会については、その資料に書いてある。目を通してほしい」

「俺は生徒会に入るつもりはありません」

「そうなのか? 何故だ? こういってはなんだが、生徒会にいれば便利だぞ? 授業の免除もある。専用のダイニングもあるから、騒がしい食堂よりもゆっくり食事ができる」


 つらつらと利点を並べてくる御子柴。生徒会に所属すれば、良いことは沢山あると話すが、藍からしてみればデメリットの方が大きい。


「来月からは地区大会が始まります。今年も全国まで逝きたいので、生徒会なんてやっていられません」

「部活か……だが、一ノ瀬。お前だってずっとテニスをしてはいられないだろ? 将来は―――」

「御子柴先輩、お話はそれだけですか?」

「……一ノ瀬」

「では、これで失礼します」


 最後まで言わせることなく、藍は御子柴の言葉を遮る。もう話は終わりだと、藍は御子柴の横を通り過ぎて屋上を後にした。

 その後ろ姿を御子柴がじっと見つめていたことなど、気づかぬまま。



 部活を終えて、シャワーを浴び終えた藍はタオルを頭から被ったまま更衣室のベンチで座っていた。既に園生らは帰っていて、他には誰もいない。


「はぁ……らしくないな」


 乱雑にタオルで髪を拭く。ジャージを羽織り、濡れたタオルは部活用のラケットバッグにしまった。

 ブルルブルル。


「ん?」


 そこへ、バイブ音が響く。藍以外にいないのだから、藍のスマートフォンだ。鞄から取り出せば、見慣れた名前がそこに出ていた。緑の通話ボタンを押す。


「はい」

『出るのが遅いよ、何やってるの』

「……部活だ。何か用か、碧?」

『まったく用がないと本当に連絡してこないんだから……藍兄様、来週の連休は帰ってくる?』

「大会前だから、無理だな」


 えー、と声を大にして叫ばれて、思わずスマートフォンを耳元から離す。

 碧は藍の双子の妹だ。男女の違いはあるものの、顔はとても似ている。性格は全く違うが。全寮制の学園にいるため、会うことが出来るのは年に数回しかない。藍が、部活を優先していることも理由の一つ。


『藍兄様がいないと、勝手に決められちゃうんだよ。いいの?』

「またか、いつものか?」

『あの人がそう言ってる』

「相手は?」

『片桐紗菜』

「なるほど、それで拗ねてるのか?」

『す、拗ねてないっ!ただ……嫌なだけで』


 小さな声でもたらされる本音に、藍はクスリと笑う。素直ではないが、変わらない妹の様子に少しだけ気分も癒される。


「まぁ、そうなったらそうなったで考える」

『だから、イヤなのに』

「碧」

『わかってる。でも、その次は帰ってくる? あ、でも大会だよね? なら、応援に行く! いいよね? 場所とか教えてよ』

「……あぁ、構わない」

『やった!』


 明るくなった声に、どんな顔をしているのかを想像して、藍も口元がにやけてしまった。

 それから大会のことを伝え、世間話をした後に通話を終える。そろそろ日も完全に落ちている時間だ。荷物を持って立ち上がり、誰もいないことを確認して戸締まりをした。


 寮の自室へ戻ると、スマートフォンを取り出しある人物へ連絡を取る。相手は、片桐紗菜。先ほど碧との会話に出てきた相手だ。


『もしもし、藍君? どうしたの?』

「今、いいか?」

『えぇ、構わないけれど』


 涼やかな声だが、そこには多少の戸惑いが感じられた。藍から連絡を取ることが珍しいからだろう。

 紗菜は、藍の幼馴染。家同士の繋がりの関係で、お互い良く知っている間柄だ。現在は、隣の地区にある全寮制の女子校に通っている。寮生という意味では、藍と同じだ。


「碧から聞いたんだが、紗菜は知っているか?」

『知っているかって……あ、もしかして』


 重要な言葉は何も伝えていないが、紗菜は直ぐに理解したらしい。


『その事なら、来週にでも話をすると聞いているわ。一応、外出届けを出して帰るつもりだけれど、藍君は?』

「帰らない」

『だよね。そうだと思った。ねぇ、碧ちゃん怒ってた?』

「まぁ」


  苦笑しながら肯定する。藍と幼馴染ということは、雛も同じということだ。昔からお兄ちゃん子だった碧は、今でも変わらない。紗菜と藍は、幼馴染ということもあり時折連絡するほどには仲が良い。一方で、同性だというのに碧は紗菜を苦手というか避けている節があった。一種の独占欲の用なものだと理解している。そうなった理由も分かるので、藍は指摘するつもりはない。藍自身も、妹の碧は家族の中でも特別な存在なのだから、お互い様だと思っている。


『藍君も罪作りよね。付き合えるのは私くらいじゃないの』

「碧のことがあるからな。悪い」

『全く、でも私はそのまま進んでも構わないと思ってる。家の都合でそうなるなら、藍君がいいもの』

「紗菜……そうだな、俺も同意見だ。碧のことを説明する手間も省ける」

『藍君らしい』

「面倒かけて、紗菜には悪いと思ってる」

『本当に?』

「あぁ」

『なら、お詫びにネタを提供して。2年生になってから、何人に告白されたの?』

「……紗菜」


 落とされた爆弾に、藍はため息をついた。一方で、紗菜は楽しそうにしているのが声でわかる。

 紗菜も女子校に通っているので、似たようなことが起きているらしい。基本的に学院では猫を被っている紗菜は、お姉様として崇拝されているらしいが、男子校に幼馴染がいることは知られているらしく、時折こうして情報を教えてほしいと言ってくるのだ。


「聞いて楽しいのか、それ」

『そういうのが好きな子がいるの。私も、藍君がどんな顔で告白されてるのか興味はあるけれど』

「勘弁してくれ……」

『ふふふ。それで、どんな人だったの? 同級生? 先輩?』


 嬉々として尋ねてくる紗菜に、頭が痛いと額に手を当てながらも律儀に答える藍だった。







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