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第3話

 

 放課後になり、教科書などを鞄にいれて藍は席を立った。


「一ノ瀬、部活か?」

「あぁ」


 動く前に楠本に声を掛けられたので、未だに座ったままの楠本を見た。

 基本的に平日は部活に休みはない。ホームルームが終わると、用事がない限りは直ぐに部活に向かっていた。掃除は当番制だが、今週の藍の担当はない。楠本も同じ掃除班なので、それは知っているはずだ。


「楠本?」

「……いや、一ノ瀬は本当に部活が好きなんだなと思って。園生とかは、暫く喋ってから行くだろ?」

「まだ開始時間まで余裕はある。遅刻しないなら構わない」


 というか、園生が放課後終了後に部活に直行すれば、逆に何があったのかと周りが騒ぐと思う。不真面目とまでは言わないが、そこまでテニスが好きだという熱意は、園生からは感じたことがないし、それは部員らもわかっているからだ。実力は確かなので、レギュラーになれた。無論、もう少し真剣になって取り組む方が好ましいだろう。そんなやり取りは、中等部の頃に既に終えている。今更、藍がどうこう言おうとも変わらないはずだ。


「それでいいのか? テニス部って厳しいだろ?」

「監督がいない日は、部長か俺が指示をするからそれほどでもない。30分過ぎても来ないようなら、急かしてくれればいい」

「それは構わないけど」

「じゃあ、俺は行くから」

「おぅ、頑張れよ」


 楠本からのエールに右手を上げて応えると、藍は教室を出た。階段を下りて、理系クラスの玄関へ向かった。

 靴を脱ぎ自分の下駄箱を開ける。


「はぁ……またか」


 下駄箱の中には、封筒が入っていた。今回は二つだ。宛先は、一ノ瀬藍とある。差出人は、三年生だ。御子柴修治とある。ここで中身を読むのは憚られるので、鞄に封筒を終うと藍はそのまま靴を取り出し、靴を履きクラブハウスの方へと歩いていった。


 今日のレギュラーの練習メニューは、個人練習だ。

 レギュラー用壁打ちコートで、藍はラケットを振っていた。壁の一点を捉えて、ひたすら打ち返す。一人でのラリー練習だ。


「はぁっ」


 ボールを打ち込み狙いの場所へ行ったことを確認し、跳ね返ってきたボールをそのまま右手で取る。


「はぁ、はぁ……」


 肩で息をする藍。その側へとマネージャーが寄ってくる。その手には真新しいタオルと、ドリンクだ。


「お疲れ様です、一ノ瀬君。どうぞ」

「……ありがとうございます、叶先輩」


 叶尚也。三年生マネージャーの一人だ。年上なのだが、身長は160センチと高校三年生にしては低く、女顔に華奢で可愛らしい外見をしているので、毎年行われるミスコンの入賞者でもあった。髪が長ければ、女子に間違えられるだろう。しかしながら、叶は間違いなく男子であり、こう見えても空手の有段者だった。下手にからかえば手が飛んで来るため、容姿について言及するのは禁句だ。

 満面の笑みを浮かべている叶からタオルを受け取り、流れる汗を拭き取る。そして次に差し出されたスポーツドリンクを受け取って喉を潤した。


「そろそろ終了ですよ。戻りましょう」

「はい……」


 タオルを肩に掛けて、叶の後ろに続いた。ちらほらと散らばっていたレギュラーたちも集合しており、藍も合流する。

 部長の解散号令で、練習は終了だ。一年生はボールやネットなどの片付け。二年生と、三年生はそのまま寮へ戻って構わない。園生たちが戻っていくのを見ながら、藍はラケットを持ったまま反対方向へと歩き出した。

 先ほど壁打ちをしていたコートへ戻ってくると、肩に掛けていたタオルをベンチへ放り投げる。

 ポケットに入っていたボールを取り出し、軽く打った。壁に当たったボールは、同じくらいの強さで跳ね返ってくる。少しずつ打ち返す力を込めていった。スピードに乗ったまま跳ね返ってくるボールをノーバウンドで打ち返す。最後にボールを地面に叩きつけると、空高く羽上がった。

 ポーンポーンと、ボールが跳ねるのを呼吸を整えながら見送る。どれだけの時間が経過したのか。練習が終わった直後よりも周囲は静かだった。部員らは帰ったのだろう。


「そろそろ戻るか」


 日が沈むとボールは見えなくなる。照明を付ければ済むことだが、申請を出すのも面倒だ。このまま上がった方がいい。

 ボールを片付けて、ラケットを持ったまま更衣室へと戻った。


「おぅ、遅かったな」

「掛川部長?まだ帰っていなかったんですか?」

「尚の奴が、お前がまだ練習してるっていうんでな。全員が帰ったのを確認するのも俺の役目だろ?」

「珍しいことを言いますね。いつもは帰っているのに」

「あはは。まっ、気にすんな。やることがあっただけだ」

「そうですか」


 部の中で最後に帰るのは、藍か掛川が多いのは確かだ。しかし、藍が残っている場合に、残っているということはあまりない。だから珍しいと言ったのだが、当人は部日誌を眺めながら笑うだけだった。

 掛川が残っていようと関係ないので、藍はそのままジャージを羽織る。シャワーは部屋に戻ってからいくらでも浴びることができるので、ここで浴びる必要はない。片付けをして荷物を手に取った。


「俺は帰りますが」

「あぁ、ご苦労さん」

「お疲れ様です」


 まだ帰るつもりはない掛川を置いて、藍は更衣室を出た。薄暗くなった空。そよぐ風が頬を撫でるのが、気持ちいい。

 寮の部屋へと戻ったら、直ぐに食堂に向かい夕食を摂ると、再び部屋へと戻ってきた。

 これで、漸く一息をつける時間となる。こういうときは個室であることに感謝だ。汗をかいているので、ジャージを脱ぎシャワーを浴びる。シャワーでスッキリし、いつでも寝れるような部屋着に着替えた。


「そういえば……」


 ふと、思い出して鞄から封筒を取り出した。三年の御子柴修治。名前は聞いたことがある。生徒会庶務を勤める有名人の一人だ。藍との接点は、あまりない。強いていうならば、副会長の佐久間関係だろう。面倒だなと、封を開けて中の便箋を取り出した。


 明日の放課後、屋上に来てほしい。待っている。

 』


 何とも簡潔な文面だ。御子柴といえば、生徒会庶務をしながら柔道部にも所属しているらしい。随分と忙しい人なのだな、というのが藍の印象だ。遠目からしか見たことのない人が、一体藍に何の用なのだろうか。

 出来れば無視をしたいが、先輩である上に生徒会所属の相手を無視することはできない。


「はぁ」


 明日が来るのが、少し億劫に感じてしまった。もう一つの封筒を開き便箋を取り出す。


『一ノ瀬藍様


 初めてお手紙を差し上げます。ずっとお姿を拝見していました。

 日に日に募る想いを伝えたく存じます。

 明日の昼に、中庭に来て下さい。


 沢渡数馬

 』


 またもや呼び出しの手紙。藍からはため息しかでてこなかった。


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