和の国の資料
ここが和の国か。
山脈を超えて半日歩くと、俺と文香は和の国についた。最初に訪れたのは都市から外れた街だったがそこで見る光景に驚きを感じた。
「本当に日本のような雰囲気があるな」
街に住む人々はみな、俺と文香と同じ肌をしていた。顔つきや体格も日本人のものだ。だが、俺の知っている日本と異なるのは、待ちゆく男の大体が刀を帯刀していることだ。
服も木綿などを着ていて、見た目だけで言えば江戸時代ぐらいの文明レベルなのだろうと思う。
「でも、かつての日本に比べたら圧倒的に武士が多いな」
江戸時代の人口分布は農民が85%、武士が7%だったと言われていたはずだ。それに比べれば、道行く男の7割程度は刀を携えているから、割合的には和の国の方が武士が多いということになる。
その違いは恐らく、前の世界の日本が島国であり、食品などは殆ど自国で生産する必要があり、また内部の反乱の抑えるために武力が使われたのに対して、和の国は他の国と陸続きにあり、食料の輸入が周りの国からできることと、ザルバド王国との仲が悪く、戦争のために武士が必要であるからということによるのだろう。
指定された寺院にいくと、そこでは政府からの使者が俺たちを迎えてくれた。
「すみません。少しだけ着替えをしてもよろしいでしょうか」
俺と文香は国の正装に着替える。文香はかつて陽菜さんが着ていたのと色違いのチャイナ服。俺は十六夜十郎が着ていたとされる和装。
天狐の服装はかつては日本式のものであったが、陽菜さんがチャイナ服を導入したらしい。それにはれっきとした理由がある。チャイナ服に使われる特殊な糸は物理的な防御力が高いという特徴があった。元来、魔法防御力が高い陽菜さんは物理防御力が高い和装よりもチャイナ服を選んだ。
今回文香が来ているチャイナ服は黒を基調としているが、腰から太ももの辺りに鮮やかな紫色のバラが描かれている。タイツは少し粗目で文香のしななやかな脚を美しく際立たせている。ロンググローブは冷ややかな漆黒色だ。
実はこのロンググローブは文香が新たに考案した武器であった。魔法触媒を溶解する技術を俺が発明し、それを糸状にする技術を文香が編み出し、紡績機をドワーフに作らせ、このロングローブを作った。
これさえ身に付けていば、手を相手に向け詠唱することで、魔法を放つことができる。
現在はロンググローブの生産コストが高く、量産するには至っていないが、いずれこれが大量生産できるようになれば、魔術師そのものの戦闘が変わると言っても過言ではないだろう。
ただ、この技術を外の国に輸出するかどうかはまだ決めていない。ただ、軍力強化の一因になればいいなとは思っている。
このロンググローブさえあれば、妖狐は尻尾と手の両方ともで遠距離と近距離の戦闘を行えることになる。硬化した尻尾は硬化を解くまで魔法触媒として使えないという弱点も補える。
尻尾による強力な遠距離攻撃。硬化した尻尾による長いリーチでの牽制。刀による近距離での致命的な攻撃。ロンググローブによる不意打ちの魔法と、自身へのバフ。
今回の作戦が成功し、質のいい刀を確保することができれば、嘘松王国は俺たちがいなくても自立し、やっていけるはずだ。だからなんとしてでも今回は和の国の期待に応えなければない。
正装に着替えた俺たちは改めて話し合いを始める。
「よろしくお願いします。私の名前は彩音と申します。今日からお二方のサポートを担当させていただきます」
「よろしくお願いします」
今回の作戦で俺たちは基本的にこの町に宿泊し、時期を見計らって作戦を遂行することになる。ここからザルバド王国までは1日もかからない距離にある。向こうの動向などの情報は全て彩音さんが教えてくれる。
おそらく、『以心伝心』のような遠隔通信をするスキルかギフトを彼女は持っているのだろう。宿泊施設の世話人も何人か派遣されていた。
「ご連絡いただいていた資料を用意させていただきました」
そう言って彩音は大量の紙の資料を召使に持ってこさせる。そこにはこの辺りの地理や気候について記されているものや、和の国とザルバド王国の歴史などがあった。
「ありがとうございます」
俺たちは資料を読み始めた。
4時間後。
俺と文香は得られた情報を整理していた。
「ザルバド王国はなろう王国に統治されてから大規模な王位継承戦が始まりそれが今も続いているのか」
「王子同士が殺し合いをして、勝ち残った者が次の王になるという伝統があるみたいね。といっても形式上は今回から州の知事を決める争いということになるけれども」
「第一王子アインツ、それがヘルヘイム帝国が所持していたはずの煉獄を持っているという話だったよな」
「そうね。アインツ以外の7人の王子のうち、4人が既に継承戦が始まってから亡くなっている。彼が次の知事になるのはほぼ決まりみたいね」
「アインツは好戦的だという記述がかなりある。確かに、こいつが知事になれば和の国と戦争を直ぐに始めるかもしれない」
「なろう王国がザルバド王国の動向を放置しているのも気になるわ。自分自身に危害がなければいいと思っているのかしら」
「イキリトが何を思っているかはわからない。だが、あいつは元々内政にあまり興味がなさそうだった」
俺と文香はお互いに情報を確認し合う。
「それと今回の件には関係なさそうだが、気になる記述があった」
「蛇の眼団と『神』と呼ばれる男の記述ね」
「あぁ」
ここら辺の地域の人間の中には「蛇の眼団」という密教団に所属するものがいる。その規模は現在わかっていないが、どうやら組織には和の国の人間とザルバド王国の者も混じっているという。
それがいつ発生したのか正確な日付は不明だが比較的最近台頭してきたようで、そこに所属する人間は「神」と呼ばれる人物を信仰しているらしい。その「神」は実在の人物で天地を揺るがす力を持っており、魔法などを使わずに様々な奇跡を起こすと言われている。
「『神』がどの程度の実力者なのかはわからないが、警戒しておくべきだろう」
和の国もザルバド王国も魔法は発達していない。だが、魔法を発動する時には魔法陣が展開されるという最低限の知識は誰もがもっている。
つまり、『神』と呼ばれる人物はスキルかギフトを使って様々な奇跡を起こしているはずだ。具体的な奇跡の内容を読むとそれらが全て「眼」に関係することだというのがわかる。
「アインツに殺された第八王子アハトの眼が緋色に輝いていたというのも何か関係があるのかもしれない」
「『A Study in Scarlet』とも何か関係があるのかしら」
「わからない。とりあえず今日はもう寝て、明日以降ザルバド王国の情報を集めることにしよう」
俺と文香の作戦はあくまでアインツが持つといわれる煉獄を盗み出すことだけ。
だが、隣国の詳しい情報を手に入れることは決して無駄にはならないはずだ。幸い時間は十分にある。着実に成果を残せるように頑張らなくてはならない。
今週の週末は予定があるので、日曜日18時に投稿したいと思います。ごめんなさい。
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