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夜の誘惑

 

「すみません。少し身体の調子が」


 昼休みを済ませたころ、文香が体調の不良を訴える。


「そうですね。あんなことがあった後ですし」

 愛塚が言う。


 俺たちは一時休憩を取ることにした。テントで俺も仮眠をとる。



 2時間ほどした後、目覚めた俺はテントから出て、二人の様子を見る。愛塚さんはノートに何か文字を書いていた。文香は木陰で読書をしている。


「文香、体調は大丈夫か?」


「はい。おかげさまで」


 こうして俺たちは再び歩き始める。愛塚さんは時折、立ち止まり観察をしてメモを取るが、順調に山を登っていく。



 そうしてまた日が暮れた。


 火を囲んで3人だけの食事を食べる。会話は存在しない。俺は二人のことを考えていた。エドワードさんと腕坂さん。悪い人たちではなかった。


「今晩は俺が見張りをしよう。そのために昼に仮眠もとった。朝にまた1時間ほど仮眠の時間をもらえればそれで大丈夫だ」


「私も起きています」

 文香が言う。


「文香は寝ててくれ。いざという時に両方万全の状態でないのは困る」


 強いやつと鉢合わせたとき、どちらも全力が出せない状況は危険だ。


「愛塚さんも心配しないで寝ててください。これは俺たちがアックス同好会から引き受けた依頼ですから」



 深夜。

 二人が寝付いてから数時間が経過した。文香が魔法でつくった土の椅子に腰を掛けて、俺は火を見ている。


「俺は文香を守れるのだろうか」


 俺の手には魔導銃が握られている。

 文香のためなら引き金を引ける自信はあった。だが果たして一瞬の躊躇もなく人を殺すことができるのだろうか。相手がただのゴブリンなら反射的に殺すことも可能であろう。だが、人間の皮を被ったゴブリンだったらどうだろう。結局のところ俺はトニーさんがゴブリンになってしまったあとも最後まで引き金を引くことができなかった。



 バッ。


 背後から気配を感じて、魔導銃を構えながら俺は振り返る。


「あら、よく気がつきましたね」


 そこにいたのは愛塚さんだった。


「どうしたんですか? 水ならそこにありますが」

「いえ。別に水が飲みたかった訳ではないんですよ」

 そう言って愛塚さんはこちらに向かって歩いてくる。


 その姿をみて俺は固まってしまう。

 まずい。

 何かやばい空気を肌で感じる。具体的に何がまずいのかというのはわからない。ただ本能がこの場から逃げろと命令する。


「止まれ!」


 俺は力を振り絞って叫ぶ。


 だが、愛塚は止まらない。口元にはぞっとするほど美しい不気味な笑みをたずさえながら一歩一歩こちらへ近づいてくる。


 徐々に近づき、火でその姿が見えるにつれ、自分が何に危険を感じたのかがわかる。


 一言でいえば愛塚は魅力的だった。

 目元を隠していた前髪は既に後ろに流されている。眼鏡はかけられておらず美しい瞳が妖しく輝いている。

 露出度の高い服の隙間から白く透き通った肌がチラチラと覗く。こうしてみるとスタイルは人形のように完璧だ。大きな胸。しまったウエスト。柔らかそうな腰と尻。黒を基調としたその服は肌を隠すためのものではなく、雄を誘惑するためのものだ。愛塚が近づいて来るたびに良い匂いがする。頭が真っ白になるような甘ったるい女の匂い。


「お、お前は」

 火の光に照らされて愛塚の全身が見える。背中からは小さい黒い羽が生えている。その羽は飛ぶためのものにしては小さすぎる。頭からは蝙蝠のように垂れた耳。大きくて女性的なお尻からは魅惑的にゆらめく尻尾が生えていた。


 サキュバス。男を惑わす淫魔。


 愛塚は完全に俺の下に近づくと、俺の手から魔導銃を取り上げ、後ろに放り投げる。

 固まったままの俺の顔を抱き寄せ、豊満な胸に沈める。


「あなたは私が好きになる」


 耳元でそう囁かれた瞬間、俺の中で変化が起きる。



 ***



「エルニクス、奴の調子はどうだ?」

 カインズが問う。


「素晴らしいです。元々の能力が低すぎるのもありましたが、驚くほどの勢いで彼は成長をしています。この調子で行けば私の予想を遥かに上回るスピードで実力をつけるでしょう」


「そうか。それはよかった。お前の働きぶりにはいつも感謝している」


「カインズ様から感謝の言葉を頂けるなんて、ありがたき幸せでございます」



 カインズはエルニクスに絶対の信頼を置いていた。今回須磨太郎の育成をエルニクスに頼んだのは、圧倒的な分析能力と広い知識を持つエルニクスならば短期間で須磨太郎を育てることができるだろうという考えからだ。


 エルニクスはそのカインズの期待に応えるように成果をあげていた。最近の須磨太郎の動きがまだ完璧ではないにしても見違えるほどよくなってきているのはカインズでもわかった。須磨太郎自身の戦闘能力が皆無だということは、丘の上で須磨太郎を見たときからわかっていた。だからこそ今回の成長ぶりにカインズは大いに感動をしていた。



「これなら、デラの森もうまく攻略ができるかもしれないな」


 当初の作戦でヘルヘイム帝国は須磨太郎のギフトのみを利用しようと考えていた。それほどまでに元の須磨太郎は弱かった。それもそのはずである。須磨太郎のギフトは使用者に戦闘能力を求めない。力なきものでも勝利を得られる。それが須磨太郎のギフトだった。

 だが、今回の育成を通じて須磨太郎本体の力を利用することも視野に入ってくる。


「問題は順番をどうするかだが」


 カインズは須磨太郎のギフトの全容を知った時、その弱点がいくつか浮かんだが、それでもなお大河たちと戦った場合、須磨太郎が勝つということを予想していた。だから初めはエルニクスの稽古は単なる茶番でしかないとカインズは考えていた。だが、須磨太郎自身が使える駒であることがわかると新たな使い道が生まれてくることになる。


「憤怒を発動させるならば、順番は変えなくてもいいでしょう。作戦には私が調整を加えておきます」


 エルニクスはきっぱりと断言した。


「わかった。引き続き頼んだぞ」





 エルニクスは玉座の間から出ると、須磨太郎の待つ訓練所へ行った。


「うおおおおお!」


 須磨太郎はゾンビ兵相手に実戦をしていた。

 須磨太郎に襲い掛かる武装をした100のアンデットたち。盾でその攻撃を防ぎ、甲冑の隙間に武器を差し込む。電気ショックにより硬直したゾンビの背後に回り込むと、素早く麒麟でゾンビ喉元を掻き切る。


 ズバ。ズバ。


 素早い動きで一体一体を正確に処理していく。


 ビリビリビリビリ。


 空気を電光が切り裂く音が心地よい。


 ばたり。ばたりと一体ずつゾンビは倒れていく。


 最後の一人が倒れたとき、須磨太郎は汗だくになっていた。


「ハア。ハア」


 大きく肩で呼吸をする須磨太郎。無理もない話だ。元々須磨太郎の身体能力は低く、戦闘においても守ることに特化していた彼に激しい運動は求められてこなかった。


「お見事です」


 エルニクスは一人拍手を送る。それは心から称賛だった。

 エルニクスの分析で導かれる須磨太郎の最終的な未来図は毎日のように更新されていた。

 通常ではありえないほど、須磨太郎は急速に進化していた。それは無論、腐っても須磨太郎が転生者であったということも関係しているのだろう。だが、それだけが全ての理由ではない。


 須磨太郎の決めた覚悟が彼をここまで強くしていたのだった。




次回から話が独立してきます。

ブクマが順調に増えてもう少しで100に届きそうですね!

読者の皆様には本当に感謝しかありません。

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