迷いの山-4 覚悟
昼食を適当にすませ、俺たち8人は再び山道を進んでいく。
徐々に斜面が急になってきた。今となっては道という道も見当たらない。
この山脈に何度か来たことのいう愛塚さんのナビゲートがなければそうそう道に迷っていたかもしれない。
「この山脈の中で、特に今から登ろうとする場所は迷いの山と言われています」
愛塚さんが説明を始める。
「なんでも、一度ここを通った人が突然この山に戻ってきて、帰らなくなるとか」
淡々とした家事で彼女はそう言った。
「その話聞いたことあります」
ニーナが言う。
「山の一つの山頂付近に古びた古びた洋館が存在していて、そこにはこの世のものとは思えないほどの美女がいるらしいわ」
この世のものとは思えないほどの美女。あの女がまさにそれだった。
ニーナは得意げな顔で話を続けた。内容はこのようなものだった。
何十年も昔、西大陸のどこかの国で革命が起きた。その結果、国を追放されたお姫様が、この山に辿り着いた。辿り着くまでの道中で、彼女と共に国を逃げた執事やメイドは全員死んだ。
彼女は一人だったが、国に伝わる呪いの力を使って、執事やメイドの屍を操り、洋館を建てて、そこに住み始めた。
彼女は呪いの力によって洋館の外に出られなくなった。それと同時に歳を取らなくなった。否、歳が取れなくなってしまった。
肉体は朽ちず、その美しい美貌は永遠に保ち続けられることになった。
洋館は山に迷った者だけが訪れることができる。洋館に住む彼女は時々訪れる遭難者を丁重にもてなすと、外の世界の話を聞かせてもらう。
遭難者は大抵数日間を洋館で過ごし、外の世界の話が尽きたとき、そこを旅発つ。しかし、その時にはもう彼らは彼女の魅力に取り憑かれてしまっている。
山脈を超え、目的を果たし、生活が安定すると、かつての遭難者は再、び迷いの山に戻ってくる。それ以来、彼らは決して帰ってくることは無いという。
「迷いの山に戻った遭難者は再びお姫様に会うことはできたのかしら」
文香が感想を述べる。
だが、この感想は適当なことを述べただけにすぎないのはわかっている。
この話には気になる点が多い。それどころか、話として成立していないと言っても過言ではないだろう。
まずは導入部分。西大陸のどこかの国で革命が起きたとあるが、それがどこの国かがはっきりしないのが気になる。
次に呪いの話。屍を動かすというのは死霊術のことを指しているということがわかるが、矛盾が多い。
バビロンのギルドでS級ランクの死霊術使いを見たことがあるが、彼らは最大でも5人までしか操ることはできなかった。
お姫様の実力はわからないとはいえ、5人、多くても10人に満たない人数で洋館のような建物を本当に建てることができるのだろうか? そもそも洋館を建てるための材料はどこで入手したのだろうか?
そのうえで気になるとがある。彼女の使った呪いの発動条件や効果を話の内容やこの世の常識からこう仮定する。
一、能力を発動した場合、その肉体は永遠にある一つの場所にとどまることになる。
二、一の条件と引き換えに、人の限界を超えた数の死体を操ることができる。(もしかしたら操れる対象は生前彼女を愛していた、などの条件があるかもしれないがそれは置いておく)
三、発動後、肉体は歳を取らなくなる。
三がそもそも可能かどうかという問題はひとまず無視をする。気になるのは一つ目の条件だ。
死霊術はそもそも「状態のいい、魂の抜けた空の肉体」が無ければ発動することができない。「状態のいい」という曖昧な表現がなされているのは、その良し悪しは術者の力量に依存するからだ。
カインズ・ジョージ・オーウェルは髪の毛一本でも手元にあれば死者の身体を完全に復元できるとさえ言われている。だが、通常の術者であれば、全身の白骨体があったところで死霊術は使えない。
少しでも肉が腐り始めただけで、発動は難しくなる。それほどシビアな条件を超えなければ死霊術は使えない。
お姫様は死体をどうやって運んだのだろうか? その死体はどうやって保存していたのだろうか?
一つ目の条件がある限り、死体を操り歩かせたという答えは正解にはならない。また、その全てを凌駕するほど呪いの力が強かったという答えは現実的ではない。
最後に一度山を遭難者が出た後、再び戻ってくるというのも謎だ。
話の流れ的には、人が恋しくなったお姫様が遭難者を二度と返さないという流れなのだろうが、それなら最初の一回目は見逃す意味が分からない。
そんなことを考えているうちに話は恋愛に移っていたようだ。
***
「須磨太郎様......」
レナは顔を赤く染める。
そのまま二人は寝室に向かった。
施設で数日間を過ごして、須磨太郎は旅発つことになった。
ナターリアとリザは小さい子供たちに囲まれている。
「えーお姉ちゃんたちもう行っちゃうの?」
「嫌だ! ここにいてよ!」
「お姉ちゃん達もういなくなっちゃうの......?」
「リザお姉ちゃん行かないで!」
「まだ遊びたい!」
リザとナターリアは困った表情を浮かべる。
「ごめんね。でもお姉ちゃんたち行かなきゃいけないんだ」
「どうして?」
「倒せなきゃいけない人がいるの」
「悪い人を倒すの?」
悪い人という言葉に須磨太郎は反応してしまう。大河と文香がどのような人間であるかということを須磨太郎は知らない。
「うーん、悪い人かどうかはわからないかな。でもあなたたちを守るために必要なことなのよ」
「そうなんだ!」
1人の女の子がその言葉を聞いて無邪気に微笑む。
別の子はこう言った。
「でも、悪い人は痛くないの?」
「痛いかもしれないね。でも必要なことだから」
「痛かったら血が出ちゃう?」
「血も出ちゃうかもしれない。なるべく痛くならないようにはしたいんだけどね」
「うーん。悪い人たちがかわいそうだよ」
1人が言う。
「違うよ! 悪い人はやっつけられていいんだ!」
別の子が言う。
「お姉ちゃんたちは痛くないの?」
「私たちは痛くないよ。だって須磨太郎様がいるから」
ナターリアとリザは覚悟をもう決めている。この子たちを守るために須磨太郎を殺す覚悟が既にあるのだ。
多くの子に囲まれ、苦笑いを浮かべ優しい声で子供たちを諭す二人の姿を見て、須磨太郎はついに決意をする。
「手を汚すのは俺だけでいい」
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