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蠅の王ベルゼブブ

 鈴木ペンドラゴンが邪眼みゆりに切りかかったとき、その剣は邪眼の顔を切り裂く前に止まった。


「《ザ・プリズン》」


 鈴木の両手両足は地面から現れた鎖によって縛られていた。四肢を縛られた鈴木を囲うようにして、牢獄が形成されていく。


「ははは。こんな小細工は効かねえぞ!《スペル・キャンセル》」

 鈴木がアーティファクトを消費する。しかし、牢獄は壊れない。


「なぜだ?」


「この呪文は俺とウルデゴミスで開発した対屍食鬼用の完璧な魔法だ。ほとんどのリソースをこの魔法が無効化されないような魔法式の構築にあてている。とはいってもあくまで屍食鬼用の魔法だ。お前が全力の力を出して暴れれば物理的に破壊されてしまうだろう。だが、今のお前にはこれだけで十分だ」


 鈴木は力を振り絞って呪縛から逃れようとする。しかし、それはできない。


「気が付いてないのか?お前は既に詰み(チェックメイト)だ」


「どういうことだ?」


「お前の身体は既に毒によって侵されている」


「毒? 俺の身体に毒は効かないはずだ」



「お馬鹿さんね」

 邪眼は鈴木を憐れむような目で見下す。

「あなたに全部説明してあげるわ。あなたがどれほど愚かだったのかを」


 邪眼は鈴木が地面に落としていた金獅子に触れる。黄金に輝く剣は淡い光を放って消えていった。


「あなたは戦闘中、私に紅桜を取り出せと話しかけたわね。そこで私が話に応じた理由は単純に時間稼ぎがしたかったからに過ぎないわ。あの時間の内に、私はカインズ様の身体を眷属化し吸血鬼に変えた。吸血鬼になったカインズ様は凪の血を吸って魔力を回復させた。それからは毒があなたの身体に回るのを待って魔法を発動した」


「いつから俺は毒に侵されていたんだ?」


「あなたが私たちに襲撃にきたとき1回目の毒に侵されている」


「野郎どもが死んだのはそのためか。だが屍食鬼に毒は効かないはずだ」


「屍食鬼に対して毒はあくまで効きにくいだけ。屍食鬼は死体を食べるという性質上、免疫は人の何百倍も強い。だから相当強力な毒でないと屍食鬼は殺せない。そしてグールキングであるあなたには、通常の毒では効かなかった。だけど打つ手はあった。ガゼルのギフトでは液体をありとあらゆる毒にすることができる。だからあなたに一番効く形になるまで毒の方を変えていけばいい」


「それはもはや毒ではなく細菌やウイルスの類じゃないか」


「いいえ。違うわ。あなたに一度与えた毒はガゼルの能力では変えることができない。ガゼルが新しい毒に変えていった液体は、私の血よ。私は無制限に新しい血を作り出すことができる。私自身も毒に侵されてしまうけれど、私の毒を解毒する薬を含んだ凪の血を戦闘の最中に定期的に鮮血の朱宝で摂取することで私は毒の効果を受けなかった。あなたの傷口に私の血液が付着し、それが全身に回るのを待つ、それだけで私は勝てた」


「最初から勝負はついていたというわけか。卑怯者!」

 鈴木は暴れるが鎖はびくりともしない。


「あなたは私の紅桜で殺すわ。最初からこれも計画の一つだったの。紅桜はまだ仮の姿でしかない。あなたを殺し、その血を纏うことによって本当の刀が完成する」

 邪眼は刀を頭の上で大きく構える。


「毒桜か」

 苦し紛れに鈴木は答える。


「あら、よく知ってるのね。正解よ。でも残念ね。あなたはそれを見ることは無い」


「やめろおおおお!」

 鈴木が泣きわめく。


 邪眼は笑みを浮かべたまま刀を振り下ろした。



 ・・・・・・。



 邪眼の一振りは鈴木に当たる前に停止した。突然現れた女がその刀を片手でつまんで立っていた。邪眼は危険を察知し、カインズの方へ回避した。


 女は笑ったままカインズを見ていた。そのおぞましいほど美しい笑顔は、かつて大河と文香が見たのと同じ顔だった。



「カインズ様!」

 相手の強さを感じとった邪眼がカインズに助けを求める。


「あぁ。わかってる」

 カインズは冷たい声でそう返したが、内心ではかなりの動揺を抱いていた。既に『THE WPRLD』を使用した今、この状況をどうすればいいか判断をしなくてはいけなかった。


 女は鈴木の下にゆっくりと歩いていくと、その顔を見た。

「哀れな子」


 あまりの死の恐怖に鈴木の精神は壊れていた。鈴木はぶつぶつとカインズ達に対する憎悪を言っていた。

 女が鈴木の頭をなでると、鈴木は急に我に返った。


「あなたは!」

「そうよ。私はあなたの女神様。もう一度望みを叶えてあげる。あなたは今何を求めるの?」



 カインズは思考していた。相手が例の女であることは既に確信していた。だが相手の思考がわからなかった。



「俺は、生きたい」


「生きて何をしたいの?」


「腹がいっぱいになるまで食べたい」


「誰を食べたいの?」


「あの女だ。あの吸血鬼の女王を骨まで全部食らいたい!」


「その望みを叶えてあげる。『蠅の王』」


 女は鈴木の額に指を突き刺した。紫色の光と共に、鈴木にエネルギーが流れていく。



「アアアアアアアァァァ!」

 鈴木が叫ぶ。辺りに強風が吹く。



「カインズ様! ご指示を!」


「撤退だ! 今すぐオーラのところへ向かう! 作戦は中止だ!」


「大蛇はどうしますか?」


「そんなもの後でいい!」



「アアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 ひときわ大きい叫びと共に、鈴木は覚醒した。

 目は紫色に光っており、筋肉ははちきれそうなほど膨れ上がっている。背中からは一本の翼が生えており、頭には凶悪にねじれ曲がった2本の角があった。

 はえの王ベルセブブ。かつてカインズ達が生み出そうとし、失敗したソレの姿があった。

 ベルゼブブは拘束具を引きちぎると、カインズ達を見た。



「ウウアアアアアアア!」

 ベルゼブブはカインズ達の下に一瞬にして移動すると、邪眼の腹にパンチを放った。その拳は邪眼の腹を突き破った。八目が攻撃しようとした時、ベルゼブブの肩から筒のようなものがでてくると、濃紫色の弾が発射され、八目の腹に5つの穴が空いた。


「ウオオオオオオオオオ!」

 ベルゼブブは叫んだ。


 邪眼と八目はぐったりとその場に倒れていた。


「アアアアアアアア!」

 ベルゼブブはカインズの方へ向くと、攻撃をしようとした。だが、急に電池が切れたようにその場に倒れてしまう。



「あら、残念」

 女は全く残念そうな顔を浮かべずにそう言った。

「ダメージが大きすぎたみたいね。その死体はあなたにあげるわ」

 女は笑っている。


「お前の目的はなんだ? どうして蠅の王を俺に渡す?」


「私の目的? そんなのたった一つよ。面白いものが見たい。ただそれだけ」


「・・・・・・」

 カインズは相手の本心を見極めようと顔を見つめるが、相手の心理はわからない。


「カインズ・ジョージ・オーウェル。いずれまた会いましょう」

 女はそう言うと闇に消えていった。


 身体を再生した邪眼と八目が立ち上がる。


「カインズ様、アレは?」


「あの女は黒幕だ」


「どうして蠅の王が?」


「わからない。ウルデミゴスはあの女に殺されたのかもしれない」


「この死体はどうしますか?」


「この死体は持ち帰る。あの女の目的は最初から俺にベルゼブブを渡すことだったらしい」



 シャー!



 蛇の鳴き声がした。気が付くと40mほどになっていた巨大ヒルは真っ黒な巨大な大蛇に変わっていた。


「あとどれくらいで〈大蛇の願い〉は発動できる?」

 カインズが凪に問う。


「そうですね。あと10分程度あれば十分かと」


 八目が巨大蛇の目に触れる。その瞳は赤く煌めく、鮮血の紅玉だった。


 カインズが周囲の様子を確認しようとすると、3人の人影が現れた。



「【山月記】!!」


 突然、巨大な虎が八目に向かって噛みついてきた。八目はそれを回避するが、八目が回避する方向を知っていたかのように、魔法が放たれていた。八目は魔法に被弾する。

 カインズは襲撃してきた相手の顔を見た。



「お前たちだな。変な生き物を降らせているのは!」

 サトゥー須磨太郎がカインズ達に向かって言う。


「タイミングがいいのか悪いのかわらからないな」


 カインズ達は戦闘の構えをとった。

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