星辰の正しき時ー3
魔力をあらかた使い果たし、前線から後退したマライアは、後ろに控えている運搬組から生命力と魔力のポーションを受け取るとそれを一気に飲み干した。
マライアはその後、黄色の大きなテントに向かって歩て行った。そこにある人物たちを集めているのだ。
歩きながらマライアは思考する。自分の行動には意味があることを再び確認する。マライアは今日、戦闘のどさくさに紛れてゼルダを殺そうと計画していたのだ。
マライアの【魅了:Lv1】は完全な効果を引き出すのは難しいまでも、多くの人間に少量の効果を与えるには使える能力だ。
元々人目を引くマライアであったが、そのギフトを利用すれば相手を惚れされることは簡単だった。
マライアの体液がコップ一杯分にいかない前に相手がマライアに惚れるということも珍しくなかった。
しかし、その惚れた状態は完全なものではないため相手が心変わりする余地の残されたものだが、それでも自分に好意を持っている男性というのは扱いやすいものだった。
マライアは【魅了:Lv1】を教団の主要な人物には全て使っている。だからこそポールがいたときはNo.2でいられた。
ダニー、エリオット、チャーリーはマライアに惚れこんでいた。ゼルダとフランシスは既にできていたため効果は薄かったが、それでも4人の男を惚れさせた状況での会議はマライアにとって楽なものだった。
マライアは馬鹿じゃない。だから既にゼルダがダニーとチャーリーに何かしらの根回しをしてあるということは理解していた。
それがただフランシスを器にするというためだけのものであれば問題はないが、とマライアは考える。
ゼルダの人当たりのよい性格や無邪気な笑顔に人々は惹かれていったが、マライアはその裏の顔が恐ろしいということを女の直感で感じていた。
ポールの一件も何かゼルダが絡んでいるんじゃないかとマライアは考えていた。だからこそ今回、器にフランシスが選ばれた時、自分の身に危険が迫っていることもわかった。
ゼルダはきっと自分を殺して器に成り代わるに違いないと理解したのだ。
マライアは自身の計画が上手くいき、ゼルダがボコボコになって死んでいる姿を想像して震えた。
バクバクと心臓は動き出し、思わず引きつった笑顔を浮かべてしまう。
「あのメス猫さえ死ねば、ハスター様は必ず招来される。それは死んでいったポールへの一番の贈り物となるだろう」
マライアはゼルダを呼びだしたテントにたどり着いた。
***
テントの中は広かった。会議に使われるテントと同じ大きさのテントであったが、光源が1つしかないため薄暗かった。
マライアがテントに入ったとき既にゼルダはテントの中にいた。
「どうしたの、マライア? 急に呼び出しなんかして。何か予想を裏切る事態でも起きたの?」
「いや、そんなことはないの。でも、あなたもよく一人で来られたわね。てっきり何人も男を連れてくると思ったのに、パートナーのフランシスでさえいないとはね」
「何を言ってるの? 今は戦闘中よ。私たち幹部が持ち場を離れる余裕なんかないの。それに彼は器よ? 一番大事な存在。それはあんたにもわかるでしょ?」
「っ!」
マライアは舌打ちをする。
ゼルダはそれを見ても一切動じず話を続ける。
「どうしたのかしらマライア。何をそんなに怒っているの?ポールのことをまだ忘れていないわけじゃないでしょうね。彼はもう死んだのよ。彼は黄金の蜂蜜酒の欲望に勝てず、夜中に一人でこっそりとそれを飲み、飲みすぎで頭がおかしくなってしまって自ら命をたった。そうでしょう?」
「それは違う! ポールはそんな男ではなかった。彼は誰よりもハスター様と教団のことを真剣に考え、最善の行動をしていた」
「私は私たちが会議で決めた結論を述べただけよ。ポールを殺せる人間なんているわけがないのはあなたが一番よく知ってるでしょう?
「このメス猫が!」
マライアはナイフを取り出す。
「何?私を殺す気?」
「どうせ、誰かを連れて来てるんでしょ。出しなさい」
「誰もいないわよ」
マライアはゼルダの様子を観察する。
「本当に誰も来ていないみたいね。なんだ。それなら私一人であなたを殺せばよかったわ。でも、せっかく呼んだんだから使わなきゃ損ね。入ってきなさい」
テントの中に一人の鬼が入ってくる。
「鬼?」
「それは違うな。俺は鬼じゃない。夜叉だ」
信濃丸はそういって笑った。
マライアはずっと前から手を打っていたのだ。ゼルダの後ろに何人の人間がいるかはわからないが、それが普通の人間であれば、夜叉が1人さえいれば全員殺すことができる。
信濃丸と教団はずっと前から繋がりがあった。信濃丸は蜂蜜酒欲しさに裏切りを選択したのだ。
信濃丸は既に15杯以上の黄金の蜂蜜酒を摂取していた。他の人間と同様、ハスターを信仰し始めていた。
マライアは信濃丸に送る蜂蜜酒の中に自身の血を少しずつ混ぜていた。そしてその量はコップ1杯を超える量に到達していた。
信濃丸は完全にマライアに惚れていたのである。
「マライア、この女を殺せばいいのか?」
「そうね。このメス猫に風穴をあけてちょうだい」
「ずいぶん簡単な仕事だな」
信濃丸はゼルダにゆっくりと近づいていく。
「マライア、あなたはいまどんな気持ちなの?」
ゼルダは信濃丸には目もくれず、マライアをまっすぐ見つめて尋ねる。
「どうって最高の気分よ! 私ぞくぞくしてきちゃう。だってあなたが死ぬのをこの目みられるのよ!」
信濃丸が大きく振りかぶる。
「かわいそうな女。あなたは恋を知らずに死ぬのね」
冷たくゼルダはそういった。
ゼルダの腹に信濃丸の拳が貫通する。
ゼルダの口からは血が噴き出る。美しい顔は無表情のままだ。
信濃丸が拳を引き抜くと、ゼルダは地面に倒れた。
「あぁぁ!」
マライアは叫ぶ。その声が歓喜の叫びなのか悲哀の叫びなのかはわからない。
マライアは叫び声を上げながらナイフを再び取り出し、自身の胸に突き刺した。
服はすぐに血に染まり、マライアは絶命する。
「マライア!」
信濃丸はマライアの元に駆け寄り、その遺体を何度も揺さぶる。
立ち上がったゼルダはマライアの遺体を見て、悲しみの表情を浮かべる。
「マライア、ごめんね」
テントの中に大きなハンマーを持ったフランシスがやってくる。
そしてマライアに完全に気を取られている信濃丸の頭に思いっきりそれを打ち付ける。
信濃丸は倒れる。フランシスはもう一度大きく振りかぶって完全に信濃丸の頭をかち割ると、ゼルダへ抱きついた。
「大丈夫だ。ゼルダには俺がいるから」
「ありがとう。私もあなただけいればいいわ」
夜は続いていく。
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