星辰の正しき時ー1
アルデバランで一人、不敵に笑う女がいた。
「面白いことになってきた」
久しぶりにグレーテルの貌に戻った彼女はそう呟いた。身に纏っていた服はやがて消え、美しい裸体が露わになったかと思うと、次の瞬間に身体は黄色の衣に包まれていた。
それから彼女は顔と背丈、肉付きを調整していく。少し教団服がぶかぶかになる程度が黄色印の兄弟団での着こなし方だ。
既に一仕事終え、十分量の情報を集めきった彼女はこの戦場で何を思うのか。
「この姿で儀式の集団に紛れ込むのが一番面白そうね。邪神がこの世に現れさえすれば神々は何か手を打たざるを得なくなる。そうすれば最後に勝つのは私」
グレーテル、否、一人の信者が暗闇の中に紛れていった。
***
教団側の準備は万全だった。作戦も全て予想通りに事が運んでいる。アルデバラン自体が今日の日のために徐々に山頂の方へ移動を続けていた。儀式はラプト村で行われる。それ自体はずっと前から決まっていたことだった。
教団が鬼の集落へ襲撃した時の目的は2つあった。
1つ目は儀式に必要な蜂の巣を回収してくること。蜂の巣は既に使い切り、十分な蜂蜜が集まった。
2つ目は鬼に復讐させに来ること。鬼の子供30人をさらったのはそのためだけの理由でしかない。
儀式に必要なものは4つ。
蜂蜜、人の魂、肉、器。
実は儀式に用いる蜂蜜自体は魔力と生命力を込められた黄金の蜂蜜酒でなくても問題はない。黄金の蜂蜜酒を飲んだ人の魂には、今まで魔力と生命力を費やした人の分のそれが含まれているからだ。
肉というのが一番入手難易度が高い素材だった。儀式に使用する肉は穢れたもの、つまり信者以外の人の肉が必要になる。そのうえで大量の肉を確保しなければならない。肉に残されている魔力量の合計が気の遠くなるような値に達した時、初めて儀式を行うことができるのだ。
1年前、教団の絶対的なトップであったポールは、鬼を信者として取り込み、武力強化をして、他の人間の村や集落、町を襲い肉の確保をしようと考えていた。
しかし、身体に人間とは違う消化酵素をもつ鬼という種族に対し、思考を奪うまでに必要な黄金の蜂蜜酒の量は通常の人間の10倍の量が必要なことが実験でわかってしまった。
儀式を行うことが可能な星辰の正しき時は8年に一度しか訪れない。そこでポールは鬼を肉として利用する方向へと計画を変更した。
そのために必要なことは様々だった。何よりもまず人の生命力と魔力が足りなかった。その状況を変えたのはフランシスだった。持ち前の頭脳とコミュニケーション能力で徐々に教団の人数は増えていった。
それにより教団には余裕が生まれた。母数が増えれば才能を持つ人間の数も増える。元から優秀なチャーリーの元に人手が集まったことで蜂蜜酒の研究は更に進んだ。
魔法にマライアとは違った系統の魔法使いが集まり、魔法は素人が習得できるまで簡潔に体系化された。エリオットは戦闘の才能があったが故に人に技術を教ええるのはうまくなかった。
人員が増え、努力で戦闘技能を身に着けた人材が登場し、そのような人たちがエリオットの強さを翻訳して伝えることで多くの素人が強くなり、戦略の幅は広くなった。
人の深層心理に触れることができるゼルダの登場は巨大になった集団をまとめるのに役立った。そしてそれらの良い空気が生まれたのと同時期に今まで誰も知ることのなかった神の名前が明らかになった。
その時の幹部たちの幸せは壮絶なものだった。幹部たちは次の星辰の正しき日に必ず作戦が実行できると自信をつけていった。
一番の問題となっていた大量の肉をどうするかについてはポールが答えを出していた。
魔力を付与された大量の肉塊が自らやってくるのを待っていればいい、というのが答えだった。
何もかもが上手く運んでいると思っていた矢先、ポールはゼルダに殺された。
ゼルダがポールを殺した動機は単純明快なものだった。大好きなフランシスこそがハスター器に相応しいと考えていたからだった。
殺されたポールが非常に有能な人物であったことは確かだ。全てのプロジェクトに精通できる処理能力と専門的な内容を理解する頭脳を彼は持ち合わせていた。
それだけでなく、ポールは戦闘能力が誰よりも高かった。教団内で2番目に強いエリオットが3人いてもポールに叶うことは無かっただろう。
ポールは魔法と剣術を使い分けることができた。そのような戦闘スタイルを用いる場合、器用貧乏となる者が大半だが、ポールは違った。
バビロンにいる平均的な強さのS級冒険者パーティーレベルの力を一個人で持ち合わせるような才能をポールは持っていた。
当然、フランシスとゼルダが二人でポールと戦って勝てる見込みはない。しかも、ポールのギフトは【不眠】。寝込みを襲うことはできない。
ポールは用心深い男で奥歯には常に解毒薬を仕込んでいた、つまり暗殺もできなかった。
では、どうやって二人はポールを殺したのか? 答えは簡単、ゼルダのギフトが単純に強かったからだ。
ゼルダのギフト【ロミオとジュリエット】は発動条件が複雑なものの、一度術に相手をはめ込めば確実に相手を殺せる類のものだった。
発動条件はゼルダと対象者が両想いであること。二人が両想いの際に、ゼルダが死んだ場合、対象者は後追い自殺をする。その後ゼルダの遺体がどんな状況にあったとしても何事もなかったような状態でゼルダは生き返るというものだ。
ゼルダの想い人の数に制限はない。10000人と両想いになっていたとしたら、ゼルダは10000回死んでも生き返ることができる。
ポールはゼルダに恋をしてしまったのかというと、そうだったという他ないが、それは自然なものではなかった。
元来、ポールは女性に興味がないのだ。かといって男性に興味があるわけでもない。ポールは天才であるがゆえに周りの人間を見下していた。
もしポールが好きになる人がいるのなら、それはポール以上の存在にのみ向けらるものだっただろう。だからこそポールのハスター信仰は愛に近い感情だったといってもいい。
ではゼルダはどうやってポールを振り向かせたのか?
ゼルダはマライアを利用したのである。マライアはポールに恋愛感情をもっていた。だが、上記の通り、ポールはマライアを道具の中では使える方だとしか考えていなかった。
しかし、マライアのギフトはポールを振り向かせることのできるのもだった。マライアのギフトは【魅了:Lv1】。【魅了】はサキュバスに由来するスキルだ。
マライアの先祖の中にサキュバスがいた。だからマライアは強力なギフトである【魅了】を持って生まれてきた。
【魅了:Lv1】、体液を相手に飲ませることによって相手の気持ちを傾けさせることができる。1滴だけでも効果は表れるが相手を完全に好きにさせるにはコップ1杯分の体液が必要になる。相手が同性の場合に必要な体液はコップ1.5杯分。
【魅了:Lv2】、相手と6秒間見つめあうだけで相手を好きにさせることができる。相手が同性の場合は11秒間。Lv1の能力も使える。
【魅了:Lv3】、対象に触れるのみで相手を好きにさせることができる。相手が同性の場合は手を握る必要がある。それは無理矢理でも問題はない。Lv2の能力も使える。
【魅了:Lv4】、対象に3秒間身体のどこかを見られるだけで相手を好きにさせることができる。同性の場合は5秒間。Lv3の能力も使える。
【魅了:Lv5】、対象を感知する(五感のどれかで対象を認識する)ことで相手を好きにさせることができる。Lv4の能力も使える。
サキュバスと人間の子孫で極近縁のものはLv2を持って生まれるくらいで、あとは殆どがLv1を持つか何も待たないで生まれる。
素質をもった子孫が他者と交わった際にギフトが発現、強化されることもある。マライアは生まれつきLv1を持って生まれてきたが、一途な性格からまだ誰とも性的交渉を持ったことは無かった。
フランシスは大量の本を読んでいた。そこでマライアがサキュバスの子孫であるということに気が付いていた。
彼はそれをゼルダに伝えていた。ゼルダのギフトはマライアのギフトとの親和性が非常に良いというのは明白だった。
マライアが毎日数滴ずつ涙をポールの食事に混入させることで、徐々にポールに恋愛感情を植え付けていた矢先、ゼルダはマライアからコップ1.5杯分以上の体液を入手していた。
その体液をろ過し、ゼルダは自分自身の魔力を込めた。それによって7本の媚薬が造られた。
ゼルダは2本をダニーとチャーリーに使用した。二人はフランシスというパートナーの存在を知りながらも、いとも簡単にゼルダが好きになりゼルダに服従するようになった。
効果を確認したゼルダはある日の夜、ポールの食事に半杯分の媚薬を混ぜた。既にマライアに心を傾けつつあったポールだが、食事を食べ終えたころにはゼルダが好きになっていた。
深夜、ゼルダは人気のない場所でポールを呼びだすと、ポールに媚薬の残り半分を飲めといった。ポールは疑いを持ちつつも媚薬を飲んでしまった。
完全にゼルダにメロメロになったポールでも、自らの命に関する命令は退けることができた。媚薬の効果は対象者を好きにさせるだけであって洗脳することではない。
だから、ゼルダはポールにこう言った。「この媚薬にあなたの魔力を込めてください」と。ポールは言われた通りに媚薬に魔力を込めた。そして、それをゼルダは飲んだ。
その瞬間からゼルダとポールは両想いになった。ゼルダのギフトは自分のことを好いてくれる相手を見分けることができる。
ゼルダは毒薬を取り出し、それを飲み干した。目覚めたときにはポールは死んでいた。一度死んだとしてもゼルダの感情が変わるわけではない。
ゼルダの心は激しい苦痛を感じたが、彼女は泣くことはなかった。彼女には最愛のフランシスがいたからだ。
かくしてポールは死に、星辰の正しき時が訪れた。
個人的にかなり好きな回です。
主人公視点よりも第三者視点の方が情報を出せるので楽ですね。
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