敵襲
「敵襲だ―ー!」
俺と文香は家の外に出る。
白い霧のせいで視界は晴れていないが、煙臭いにおいがする。
「文香、頼む」
「『A Study in Scarlet』」
白い視界の中で文香の目が緋色に輝く。
「教団から200人の信者が襲撃に来てる。全員武器を持ってて、統率のとれた動きをしてる。向こうにはキャスターもいる。集落の鬼の数は387。直ぐに戦えるのは180人程度。既に9人の子供の鬼が攫われてる。集落の外には落とし穴が仕掛けてある」
「いくぞ」
俺と文香は急いで集落の外に出る。霧が晴れてきて様子がよく見える。
教団の信者が向こう側で弓を構えながら一列に並んでいる。中には杖を構えている者もいる。
9人の鬼が首元にナイフをあてられたまま捕らえられている。
集落側には棍棒を持った鬼60人が並んでいる。みんな鬼童丸の指示で動きはしないものの今にも怒りで爆発しそうな雰囲気を感じる。
それぞれの列の前には代表が歩み出ている。教団からはダニーが、鬼からは鬼童丸が10mの距離を保って向かい合っている。
「間には落とし穴が大量に設置されてるわ。それとあそこに構えてるのが全員じゃない。既に集落に20人が侵入してる」
「完全に教団側が有利ということか。キャスターが15人いる。優秀なキャスターがいて、《ホワイト・ミスト》を応用させた魔法を使ったんだろう」
「ここに来ていない鬼は蜂の巣を守りに行ったと思うわ。鬼が密集している場所が2つあった。おそらく蜂の巣は2つあってそれぞれを守りに行ってるんだと思う」
「つまり蜂の巣の護衛は60人ずつの護衛がいるのか。それに対して侵入した信者は20。集落の中だと数では鬼が勝っている」
「どうするの?」
「とりあえず、集落にいる信者に注意しつつもこの場の様子を見守りたい」
鬼童丸が叫ぶ。
「人質を解放しろ! 交渉はそれからだ」
ダニーは不敵に笑って答える。
「その要求には従えない。早く蜂の巣を持ってこい。話はそれからだ」
「蜂の巣は渡せない」
「それはこの9人の命がどうなってもいいということか? やれ!」
信者が人質の鬼の太ももにナイフを突き刺す。
その光景を見て、鬼の一人が教団に向かっていこうとするが、すぐさま足元の地面に5本の矢がささり、鬼の動きは止まる。
「貴様ぁ!!」
鬼童丸が叫ぶ。
「まだ命をとるつもりはない。貴重な交渉材料だからな」
信者は人質にポーションをふりかける。
「俺たちが何をしたっていうんだ! 蜂蜜はもう十分渡したはずだろ?」
「足りないんだ。あと少し蜂蜜があれば我々の望みは叶う」
「来年になれば蜂蜜はまた収穫できる。それじゃあダメなのか?」
「今すぐに蜂蜜が必よ」
音が消える。そして背後から風を感じる。
後ろを振り向くと、集落が爆発していた。
間違いない。《サイレント・ワールド》が発動されたのだ。
「『A Study in Scarlet』」
俺はためらわずにスキルを発動する。
爆発は集落の中央、戦えない鬼が避難している場所の付近で起きた。
その爆発をみて、蜂の巣を守っていた鬼が持ち場を離れる。そしてその隙に手練れの信者が蜂蜜を奪いに向かった。
同時刻、鬼の人質の首が掻き切られた。
信者は一斉に矢を放つ。1人の鬼に対して5人の矢が刺さる。矢が当たった鬼の動きが鈍くなっている。矢には毒が塗ってあるのだろう。
ううおおおおおおぉぉぉぉ!!
音が戻る。鬼たちは叫び声を上げながら信者に向かっていく。しかし、数名が落とし穴にはまってしまう。
「【疾風怒濤】!!!!」
鬼童丸の血管が浮き出て、筋肉が盛り上がる。角は更に長く伸び、牙も大きく伸びている。目は充血し、息は荒い。
鬼童丸が落とし穴を飛び越えて、ダニーの元に拳を放つ。
神速の攻撃。拳はダニーの腹を突き破る。
「はやい」
思わず言葉が漏れる。鬼童丸の早さは『The Great Gatsby』を使った文香を外側から見たのと同じくらい早い動きだった。
ダニーは血を口から吐きながらも微笑み続ける。
「捕まえた」
ダニーが何かしらのスキルを発動する。鬼童丸は蛇に睨まれた蛙のように動きが停止する。
信者はその隙にダニーに攻撃を加えていく。鬼童丸につけられた傷口からは血が大量に噴き出していく。
ダニーが完全に息絶え、発動されていたスキルが解除される。
「『The Great Gatsby』」
俺は緋の目の効果が切れるギリギリのタイミングで状況をよく把握するためにスキルを発動する。
スローモーションの世界の中で、周囲を観察する。この世界の中でも通常の動きをしている鬼がいるのを見て驚く。
【疾風怒濤】を使った鬼は物理限界を超えた速度で動き、信者を殺していく。
俺はMPを対価に更に深く潜っていく。世界が更に歪んでいく。
俺の『The Great Gatsby』の能力は徐々に進化している。
一番深く潜ったときには0.2秒の間、完全に世界が停止する。だが、その0.2秒の間でも拳を放つ鬼は僅かに動いていた。
鬼は強靭な肉体を武器に信者を殺す。だが、信者は自らの死を恐れることなく鬼に対応する。
仲間が死んでも動じない。5人で1人の鬼を殺せば十分であることを彼らは知っているのだ。
【疾風怒濤】を使った鬼の動きが鈍くなる。傷口から大量の血が流れたせいで消耗している。
鬼の猛攻の勢いが落ちたのを確認し、信者たちは別の動きを始める。キャスターが魔法を鬼に打ち込み、何人かの信者は集落に走り出す。
「あなた! 向こうを見て」
文香の指をさした方向では鬼の子供たちが信者にさらわれているところだった。
鬼の子供は目隠しをされ、後ろで手を縛られて縄で一列にされ、歩かされている。
恐らく、さらわれた鬼はまた殺されてしまうのだろう。俺は決意をして、魔導銃を引き抜いて構える。鬼の子供を連れ去ろうとしている信者の一番先頭にいるものに標準を合わせる。
頭の中には演劇で見た、鬼の子供が殺されるあの光景が浮かんでいる。
いける。これは人殺しではない。奴らはゴブリンと同じだ。俺は引き金をひける。
しかし、寸でのところで俺は気が付いてしまう。今俺が殺そうとしている信者がトニーさんだと。
「くそぉ!」
なんで。なんでよりにもよってトニーさんなんだ。
トニーさんは俺が最初に出会ったこの世界の住人だ。何も知らない俺にこの世界の知識を与えてくれた。
「撃てない」
またあの光景がフラッシュバックする。ゴブレイさんを殺し、陽菜さんを殺したあの時の指の感触がする。
「私がやるわ」
文香が俺の魔導銃を持って構える。
「文香、やめてくれ!}
「じゃあどうしてあなたは銃を構えたの!」
「あそこにいるのはトニーさんだ」
「それはわかってる。それでも、あなたは鬼を救いたくて魔導銃を取り出した、そうでしょう」
「いい方法がある! 『時計仕掛けのオレンジ』を使おう。それなら殺さなくてもいいじゃないか」
「この距離だとスキルを込めた弾は届かないわ」
撃つしかないのか? 俺はまた人を殺さなくてはいけないのか?
「俺は。俺はどうすればいい?」
「あなたどうしたいの?」
「俺は鬼を救いたい。これは正しい考えなのか?」
「今までの現状を見る限り、私はその意見に賛成する」
視界が白くなる。
再び魔法が発動されたのだ。
おそらく信者は目的を達成したんだろう。
徐々に音が遠くなっていく。
再び視界が晴れたときには、人と鬼の死体だけが目の前に転がっていた。
主人公が弱気なのはごめんなさい。この話が終わった後、蹂躙があるので、それまでは群像劇を楽しんでください。
書き溜めはあと10話あるんですが、先週体調を崩してしまったため少しだけ投稿ペースが落ちるかと思います。最低でも1週間に4話以上は掲載する予定です。エタることは100%ないですが、応援してもらえると大変励みになります!
ブクマ、評価、感想などありがとうございます!!




