アルデバラン
アルデバランへは半日もしないうちに着いた。山道は整備されていた。土魔法を操れる誰かの存在がうかがえる。
山の麓に着くと辺りいっぱいに広がる草原と黄い毛の羊の群れが見えた。
草原の中にぽつぽつとテントがある。それは前の世界で言うモンゴルの遊牧民が使うゲルのような形状のテントだ。
道中ゼルダに聞いた話によると黄色印の兄弟団の信者は約1300名だという。信者の殆どがこの周辺に住んでいるらしい。
しばらく羊の群れの中を進むと、大きな石造りの劇場が見える。その劇場を中心にテントが密集している。
「ここがアルデバランです」
フランシスが俺と文香に説明する。周りで黄色い服を着た信者たちは羊に餌をあげたりしている。
「宿はこちらをお使いください。夜に公演が始まります。それまでは自由にしててください」
「フランシスはこれから何かするのか?」
「公演の準備と会議があります」
「フランシスはこう見えても結構偉いのよ」
ゼルダが横から喋る。
「ゼルダ、そういうのは言わなくてもいいんだよ。大体ゼルダだって今じゃ俺と同じ聖職者じゃないか」
聖職者?今まで出てきていない単語だ。信者の中でも階級があるのかもしれない。
確かにゼルダとフランシスの服だけ、背中に服の色よりも濃い黄色の印がある。
「でも、ポールがいなくなった今、器となるのはあなたでしょ?」
「まあどうなるかは今日の会議次第だな。大河さん、文香さん、失礼します」
フランシスとゼルダはいなくなる。
「仮眠をとってからにする?」
文香が尋ねてくる。
「一応今のスキル構成でも問題ないはずだ。最悪の場合、『若きウェルテルの悩み』を使わせてほしい」
「私の前でのみ使用することを許可します」
「ありがとう。それならいくか」
俺と文香はフランシスとゼルダの後を追う。
二人が大きなテントに入ったの見て、周囲の目を盗み、俺と文香もテントの中に入る。
テントの中は薄暗く、中には大きなテーブルとそれを囲む6人の人がいた。全員、背中には怪しいタコのような黄色の印が入っている。6人のうち2人はフランシスとゼルダだ。
「どうして二人がここに?ここは立ち入り禁止です」
フランシスが言う。
俺は手の中に握った球状の魔導銃をフランシスに向けスキルを発動する。
「『時計仕掛けのオレンジ』」
軽く球を握ると手から弾が発射されフランシスにヒットする。俺は続けざまに中にいる信者全員に『時計仕掛けのオレンジ』を発射していく。5人に銃を当てると、最後は左手で腰の魔導銃を抜き、最後の一人に向けてトリガーを引く。
全員が弾を食らい、直立したまま首を垂れた。
「この魔導銃も悪くないな。威力は劣るとしても不意打ちには使える」
リロード。球から針が腕に食い込み。血と魔力を吸い取る。弾が再び充填される。
「ルール1、お前たちは俺と文香がこの場にいることに疑問を持たなくなる。ルール2、俺の質問には全て真実を答える。わからない場合はそう言え。ルール3、俺の指示には絶対に従う。もう戻っていいぞ」
5人は顔をあげる。
「よし、全員そろったか」
信者の一人が全員を見渡してから口を開く。
「待ってくれ。会議を始める前に一度自己紹介をしてくれ」
俺のこの突然の提案に誰も疑問は持たない。
「俺は川霧大河だ」
「私は川霧文香」
文香の左隣の信者が続く。
「俺はダニー」
「俺はエリオット」
「私はマライア」
「俺はチャーリー」
「私はゼルダ」
「僕はフランシス」
全員若い見た目をしている。
一巡すると俺は次の質問を出す。
「この中で一番偉いのは誰だ?」
信者たちは少し考える。そしてエリオットが口を開く。
「マライアが一番偉い。器は死んでも従者は生きている」
「どうして答えるのに時間がかかった?」
「今まで器となるのはポールだった。しかし彼は死んだ」
器か。さっき二人もその話をしていた。これについても聞く必要があるがそれはあとでいい。
「なぜだ?」
「わからない」
エリオットが答える。
周りを見渡してもみんな首をかしげている。ただゼルダとフランシスを除いて。
「私が殺しました」
ゼルダの一言を聞いて信者たちは二人の方を向く。
「それは本当なのか?」
マライアの声は震えている。
「えぇ。そうよ」
マライアが懐のナイフを取り出し、ゼルダに襲い掛かろうとする。
「止まれ」
俺の言葉を聞いて、信者全員が固まり動かなくなる。
「口だけは動かしていい。どうしてゼルダは仲間を殺したんだ?それに対してマライアが怒ったのは何故だ?器、従者という言葉を説明しながら答えろ」
「器は我らの主ハスター様がこの世界に降臨する際に依代となる身体のことです。従者は器にハスター様を招来する者を指します。ポールは器だった。けれど、彼が器となるよりもフランシスが器となるべきだと思ったから彼は殺した。マライアはポールと恋仲にあった。だから怒っているんだわ」
「器と従者は愛し合うもの同士しかなれないのか?次の器はどうなる?」
前の会話でゼルダは次に器になるのは云々と言っていた。おそらく替えは幾らでもいるんだろうが一応聞いておいた方がいい。
「器と従者の関係はどうであろうと問題ありません。どちらもハスター様を強く信仰していれば問題はありません。次の器を誰にするかということを話し合うのがこの会議の目的です」
「そうか。わかった。全員、今の話の記憶は消せ。次の質問をする」
文香に合図を送ると文香は深きものの死体を出した。
「この死体について知っていることを全て述べろ」
「深きものども。敵です」
それだけいうと信者たちは黙る。
「わかった。この記憶も消せ。全員が自己紹介を終えたところから会議を始めろ」
「「「「「ハイ」」」」」
虚しい返事が響く。信者たちは元の位置に戻る。
まるで何事もなかったかのようにマライアが口を開く。
「器の話をする前に、現状を整理したい。チャーリー、蜂蜜の方はどうなっている?」
「今晩の劇場の分を入れても1カ月分は余裕がある。しかし信者数の増加に伴って、段々足りなくなってきている。濃度を薄めた蜂蜜酒の開発はかなり進んだ。それに並行して蜂蜜に込める魔力と生命力を多くすることで消費する蜂蜜の量は抑えられるという結果も得た。しかしいまの貯蔵量じゃ今月中に儀式を行うことはできない」
「それはダメだ。今月でなくてはいけない。星辰の正しき時は既に訪れている。来月でも不可能ではないかもしれない。しかし最高のコンディションを整えないことはハスター様に迷惑がかかる」
「それについては俺に言われても仕方がない。俺はどうやって蜂蜜を節約するかということしか知らない。
元々月の初めの時点で儀式を行う分の蜂蜜はなかった。それの責任は全てダニーとエリオットにあるはずだ」
名指されたダニーが答える。
「鬼との交渉は決裂した。集落ごと我が教団に囲い入れる時間もない。平和的解決を求める段階はもう終わった。後はエリオットに期待したい」
「俺の方は準備はできている。元冒険者や魔術師を筆頭に若い男たちでグループを組ませた。この前の実戦でも鬼を10人さらうことができた。鬼の実験は既に終わり用済みだ。鬼は今日の劇場で是非使ってもらいたい」
「そうか。なら大丈夫だな。では来る日に備えて武力の強化をしよう。ダニーの班はエリオットの班と合流し、戦闘の準備をしてくれ。フランシスとゼルダの方はどうなっている?」
「こっちは特に問題ない。服の数も足りているし、羊たちの状態もいい」
フランシスが答える。
「今日の公演でポールが演じるはずだったハスター様役の代役が必要になったわ。私としてはフランシスにやってもらいたいところだけれど異論はある?」
ゼルダが言う。
「どうしてフランシスなんだ?ハスター様を演じるということは次の器になるということだろう?その話はまだしていないはずだ」
エリオットが言う。
「丁度いい。このまま次の器を誰にするか決めようじゃないか」
マライアが言った。
「私としてはエリオットにお願いしたい」
「従者の意見は尊重すべきだ。器は俺がやる」
エリオットが答える。
「いや、ゼルダの話にあった通り、次の器は僕がやろう」
フランシスが答える。
「どうしてお前なんだ?」
エリオットが反論する。
「僕の方がふさわしいからだ。エリオットくんは現状何もできていないじゃないか。
儀式で必要な蜂蜜の準備はいつまでたっても進まない。それに比べて僕は地道に信者の数を増やしていった。半年で信者の数を倍にしたのは全て僕の功績だ。信者の数が増えたことによって使える魔力と生命力も増えた。だからチャーリーくんの研究も進んだし、ダニーくんの交渉カードも増えた」
「俺の方が長い間ハスター様を信仰している」
「それは関係ない。そもそもハスター様の名前がわかったのは僕が信者の数を増やしたからじゃないのか?
だとしたらハスター様は僕が器になることを望んでいる。ポールが死んだのも僕に器をさせるためだったんだ」
「名前がわかったのがお前のおかげとはわからないじゃないか」
議論は白熱していく。ダニーとチャーリーは二人を見てどちらを器に選ぶか決めかねているようだ。
「多数決にしましょう。それが一番公平で手っ取り早い。いいでしょマライア?」
ゼルダがそう言う。それからこっそりとダニーとチャーリーの方に視線を送る。
二人はその視線を受け震えた。ゼルダは何か弱みでも握っているのだろうか。
「わかった。結論は多数決で決める。異論があるやつがいるか?」
誰も手をあげない。
「では始めるわ。エリオットが次の器にふさわしいと思うものは手をあげなさい」
マライアとエリオットが手をあげる。
「フランシスが次の器にふさわしいと思う人は手をあげて」
ゼルダ、フランシス、ダニー、チャーリーが手をあげる。
「大河さんと文香さんはどうするの?」
「俺たちはどこにも投票しない」
「じゃあ決定ね。フランシスが次の器になります」
ゼルダが勝ち誇ったようにそう宣言した。
それからしばらく会議は続き、お開きになった。
俺と文香はゼルダにつれられて劇場へと向かった。
劇場には多くの信者が黄色の服をまとい見に来ていた。
演劇の題目は『黄衣の王』だった。
『時計仕掛けのオレンジ』は強スキルなので多用されます。
次話はめちゃくちゃやばい話になってます。
戯曲です。よろしくお願いします。
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