時計仕掛けのオレンジ
群像劇ぽさ出てきます。
―― ヘルヘイム帝国・玉座の間 ――
「なかなか面白そうな奴が出てきたな」
カインズはそう呟いて微笑む。しかし、その表情は変わらない。肉体を捨てたカインズの身体は骨でできている。
「しかし、気になったのはウルデゴミスとグレーテルだ。あの話ぶりだとやはり他の第三者がいた可能性が高い」
「「「カインズ様、おかえりなさいませ」」」
カインズの大きな玉座の目の前には世界樹の落とし子たちが膝をついて並んでいた。
左から、邪眼。セバスチャン。エルニクス。ガゼル。八目。マリーナ。リゼ。
本来、落とし子の数は10人だ。現在7人しか集まっていないのは、二人が消息不明になっていて、一人は先ほどまで嘘松王国にいたからだ。
「エルニクス、計画は順調に進んでいるか?」
エルニクス。帝国随一の頭脳を誇る男だ。
「多少のイレギュラーがあったものの、おおむね順調でございます。バベルの塔倒壊の原因は現在調査中ですが、何はともあれ計画は最大の山場を超えました。予定通り、嘘松王国にドワーフを送りたいのですが、会談のほうはうまくいきましたか?」
「問題ない」
カインズは断言する。
「流石はカインズ様」
「いまは時間がある。現状について詳細な報告を聞こう」
「はい。では蠅の王計画から話します。カインズ様もご存じの通り、蠅の王計画は最終フェイズにさしかかったところで何者かの妨害により頓挫してしまいました」
ネオゴブリンロードと王の器が殺されただけでなく、計画に参加していた落とし子の二人ウルデゴミスとグレーテルが殺された。
カインズはバビロンに潜伏している信者(ヘルヘイム帝国に従事している者を指す)を使って、その死体を全て回収し、身元を確かめるため『早すぎた埋葬』を使用した。
しかし、死体の中にウルデゴミスとグレーテルは含まれていなかった。更には元々二人が偽造するために用意した死体でもない2人の人間が蘇生された。
その二人から話を聞いても要領は得ない。犯人の正体は未だ不明のままだ。
ウルデゴミスとグレーテルの死体が偽装された理由としてカインズが考えたのは二つだった。
一つ目の理由として、二人の死体を利用するため。
この世界においてカインズほど死者を操れる者はいないが、東の国の秘境にも死者の国がありネクロマンサーがいる。その国が関わっているのかもしれない。
二つ目の理由として、ヘルヘイム帝国の戦力をそぐため。
カインズのアンデット創造で作られるアンデットは生きている時と変わらないステータス、否、肉体的疲労や状態異常がなくなることを考えると生きていた時以上の能力を発揮することができる。それを危惧して死体を回収したということも考えられる。
「その結果を受けて、蠅の王計画の保険として進行させていたルルイエ計画を本格的にはじめようとしたおりに、バベルの塔が倒壊しました。それと同時にルルイエが浮上したため、邪眼を情報共有のため一度こちらに戻し、ブルーローズの他のメンバーはルルイエ浮上の原因とバベルの塔倒壊の原因を調査させています。その際、人数が足りないと思いましたので、バビロンに潜伏していた信者を30名、ブルーローズが自由に使えるようにしました」
「把握した。確かにブルーローズに人間の力は必要だからな」
邪眼はルルイエ計画にあたっていた。邪眼の率いるチームをブルーローズという。世界樹の落とし子にはそれぞれ部下が与えられ、グループとして行動するように組織されている。ブルーローズは落とし子の組織の中では一番強い。だからルルイエ計画という難しい計画に当てられていたのだ。
ルルイエ計画の目的は蠅の王計画と同じく、バベルの塔の倒壊であったので、それがなされたいま原因は気になるものの、カインズの世界征服の計画は順調に進んでいることになる。
「みゆりには魔導書の内容を伝えられたのか?」
邪眼みゆり。世界樹の落とし子の中でもずば抜けて能力が高い。そのため多くの計画に起用される。
「直接読んでもらった方が早いと判断したため、3日前、彼女に魔導書と私が作ったその解説書を渡しました。それで先ほど読了したという話を聞きました」
「エルニクスの助力もあり、最低限のことは頭に入れられたと思います」
邪眼が答える。
3日か、とカインズは考える。アンデットは睡眠と食事が不要だ。つまり72時間全ての時間を研究に費やすことができる。
しかし、直観的に異世界の知識を理解したカインズでさえその魔導書を理解するのには84日間かかった。
普通の人間ならば斜め読みをしたとしても最低50日の期間がなければ何が書かれているのかさえわからないはずだ。
それを3日で読み切るということはエルニクスの解説書がどれほど素晴らしいものだったかということを示している。
【羊たちの沈黙】、エルニクスのギフトはヘルヘイム帝国を支える大事なギフトだ。
「魔導書はいまどこにある?」
「私が持っております。今お返しします」
邪眼は分厚い魔導書をカインズに渡す。
「どうだ『ネクロノミコン』を読んだ感想は?」
「にわかに信じがたい知識ばかりでしたが、私自身とも関係があることですし、大変ためになりました」
「それはよかった。知識の共有は大事なことだからな。エルニクス、報告を続けろ。SOプロジェクトについてだ」
「はい」
エルニクスが答える。
邪眼は再び下に降りて膝をつく。
「肝心のSOプロジェクトについてですが、以前私が読ませていただいた『ネクロノミコン』『無名際司書』『エイボンの書』『ルルイエ異本』『クアート・アクアディケン』などの魔導書をバベルの塔崩壊後に調べた結果、カインズ様の予言通り、文字が‘翻訳’されていました。全てがカインズ様の言う通りに進んでおります」
「それはよかった。引き続きSOプロジェクトと捜査を頼む」
***
―― 嘘松王国・郊外 ――
カインズとの対談の翌日、俺と文香は嘘松王国の郊外に来ていた。ドワーフの鍛冶場をバビロンの冒険者に提供していた宿の隣に建てようと計画したからだ。
俺と文香の前には倒された木々と岩がおいてある。
「文香、やってみてくれ」
「《ジオ・デュラムマジック・ナチュラルディザスター・ネオ》」
この魔法は文香が新しく発明した魔法だ。陽菜さんはスキルの研究を専門的にしていたが、そのついでに複合魔法についての研究もしていた。
西大陸では闇属性を火、水、雷に付与した攻撃魔法が普及している。東大陸ではそれらの魔法の研究が進んでいない。しかし優秀であった陽菜さんにとって複合魔法の研究はたいしたものではなく、1カ月に満たない期間で研究を終え、一つの本にそれをまとめた。
天狐になってから以前よりも熱心に魔法の研究をするようになった文香は地下室に残された先代たちが残した本を読み漁り、その中の一つに陽菜さんが書いたその本を見つけ、複合魔法のノウハウを習得した。その後は理論を実験する日々が続き、今日にいたる。
文香の魔法の発動と共に、目の前の木と岩がぐにゃぐにゃと形を変えていく。
しばらくするとそれらは徐々に家の形を作っていき、最終的にレンガ作りの大きな鍛冶場ができた。
「これはすごい。流石だな文香」
「ありがとう。成功してよかったわ」
「魔力消費量はどうだ?」
「結構あるかも。一般の妖狐が使えるような魔法ではないわ。まだまだ改良が必要ね」
「そうか。ポーションでも飲むか?気休め程度にはなるだろう」
「いいえ。私には必要ないわ」
「あぁそうか。それもそうだな」
会話をしていたら楓がやってきた。
「大河様、文香様、ヘルヘイム帝国からドワーフがきたと連絡が」
「ここに連れて来るようにいってくれ」
「了解しました。『以心伝心』」
『以心伝心』は『狐火』と同じく妖狐のみが使えるスキルだ。
離れた相手とも意思疎通ができるという優秀なスキルだが、魔力消費量は大きい。妖狐の中で魔力量が多い楓さえこのスキルを使うためには全体の8割の魔力を消費する。【拍手喝采】を前提としたスキルだと言える。
「いま伝えました。1時間もしないうちにこちらへ来るそうです」
「わかった」
楓の言う通り、40分程度でドワーフがやってきた。
バビロンで何度か見かけたドワーフと同じ恰好をしている。身長150cm程度の小太りなオヤジという感じだ。
数は5人。丁度いい数だ。これ以上増えていたら文香にも協力してもらわなければいけなかった。
「国王様、ヘルヘイム帝国から命じられ参りましたドワーフのトマスです」
一人のドワーフが名乗る。
「同じくドワーフの―」
「待て。名前は名乗らなくていい。その前にお前たちにしたいことがある」
二人目のドワーフが名乗ろうとした瞬間、俺はそれを制した。そして腰の魔導銃を取り出し、ドワーフ達に向ける。
「すまない。国のためだ。悪いようにはしない」
そう言ってスキルを使う。
「『時計仕掛けのオレンジ』」
5発の弾丸をそれぞれ5人のドワーフに打ち込む。通常の弾とは違い弾速はほんの少しだけ遅く、当たっても血は出ない。弾丸はドワーフの身体に吸収され消えた。
ドワーフ達は直立したままだらりと首を垂れる。
「1つ目のルール。俺の質問には嘘をつかずに答えろ。わからない場合はわからないといえ」
時計仕掛けのオレンジは対象に5つのルールを与え、それを絶対に守らせるスキルだ。一言で言えば洗脳スキル。同時に使える対象は10人まで。どれほどの効果があるかというのは既に検証済みだ。
最初に制定するルールを「俺の命令に絶対に服従しろ」にすれば、使った相手を完全支配下におけるというのもわかった。
だが今回はそれをしない。念には念を入れたいからだ。残りのルールは4つある。慎重な行動をするのが俺たちのスタンスだ。
カインズのギフトと明確に違うのはルールが制定された対象はそのことには気づかないというところ。対象者は無意識のうちにルールを破らないように行動をする。何故そのような行動をとるか疑問を思うことさえしない。人の自由意思を奪うような非道なスキルだ。
「質問だ。お前たちはカインズにギフトを使われているのか?」
「......」
沈黙。ドワーフはぴくりともしない。このような状況は初めてだ。もし答えがわからないならそう言えと俺はルールを制定した。
今までの実験でルールに従わなかったものはいなかった。それが相手の生命の危機に及ぶものでも、彼らは無条件でそれにしたがった。
だがこいつらはルールに従わない。恐らく、カインズのギフトの命令と俺が制定したルールが矛盾を起こし、脳でバグが生じてしまったのだろう。
「わかった別の質問をしよう。初歩的な質問だ。自分の名前を答えろ」
「......」
再び沈黙。しかし、ドワーフ達は首をゆっくりと持ち上げた。そして。
「カインズ様万歳!!」
いきなり両手をあげ、そう叫ぶと、そのまま絶命してしまった。
「そうなるか。想定していた最悪のパターンだ」
「そうね。まあけれど想定外の出来事が起こるよりはいいんじゃない?」
「それもそうだな。想定さえできていれば手は打てる」
「あなたのギフトなら想定外の出来事が起きても問題はないけれど、あなたが死を選ぶのを見るのは私が辛いから」
「俺も文香を悲しませたくはない。それにしばらくは死に戻りはごめんだ。今回はこのまま続けよう。カインズが仕掛けてた罠を逆に利用してやる」
俺は次のスキルを使うために魔導銃をリロードした。
評価とブクマがぞくぞくと増えてて嬉しい限りです。
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