檸檬の残り香 【主人公無双回】
ネオ・ゴブリンロードは、雄たけびをあげる。
広間の全てゴブリンどもが俺とゴブレイさんに襲い掛かってくる。
多勢に無勢。俺とゴブレイさんに逃げ道はない。殺されるか殺すかだ。
「『The Great Gatsby』」
時間が歪む。俺だけの時間。だが、まだ足りない。
俺は魔力を対価に、更に深く潜っていく。
深く。もっと深く。
ゴブリン達の動きが更に鈍くなる。
「『A Study in Scarlet』」
目に緋色が宿る。超集中力と超感覚。
この時間と空間において俺は無敵だ。
加速された思考の中で俺は状況を把握する。
ゴブリンの数は409。ホブ200。シャーマン100。レッドキャプ100。ネオ・ゴブリン7。マザーゴブリン。ネオ・ゴブリンロード。
人質は全員死んでいる。この空間に人間の気配はもうない。
「っ.......」
いや、今はそんなことを考える時間はない。
全ての敵の位置と動きを把握した俺は最善の動きで敵を葬り始める。
両手で魔導銃と短剣を待ち変えながら神速の攻撃を放つ。
10、20。
近くにいるゴブリンは短剣で、逃げ道までに邪魔なゴブリンには魔導銃で。
40、50。
ゴブレイさんの周りで危険なモーションにはいったゴブリン、そしてゴブレイさんと通路の間にいて邪魔なゴブリンも順次仕留める。
80、90。
徐々に敵の動きが早まってくるのはわかる。だが、まだ俺の時間は残されている。
150、160。
檸檬で全てを処理できるような状況を。血が、エリア全体を赤く染めるような位置を。
180、185、190。
190体目に魔導銃を放った時、二つのスキルが切れる。
この5秒にも満たない時間でゴブリンの半数近くが死んだ。
「ゴブレイさん、扉に向かって走ってください!」
ゴブレイさんはすぐにこちらに向かって走ってくる。俺が作った道を通ってゴブレイさんは扉にたどり着く。ステージから降り、剣を回収したネオ・ゴブリンロードがゴブリンの死体を踏みながら、激昂の表情でこちらに向かってくる。
残りMP2割。敵の数は約半数。血の散らばり具合はこれ以上ないくらい良い。
俺は魔導銃を腰のホルスターにしまい、素手の右手を上げる。
指で銃の形を作って、目標に向けて構える。
「『檸檬』」
ブオン!
強い衝撃波と共に人指し指の先から紫色の光線が放たれる。
広間を眩しく照らされ、光線がネオ・ゴブリンロードにぶつかると、黄色い光の粒が散らばった。
グチュグチュグチュ。
ネオ・ゴブリンロードの身体が、ぶくぶくと膨らむ。
筋肉や骨さえドロドロに溶けたように風船のように膨らむ。
ブシャ!!
膨らんだ身体は血しぶきを噴き上げ爆発した。
飛び散った血しぶきが周りのゴブリンにかかると、周りのゴブリンは同じように膨らんで、破裂する。
グチュグチュグチュ、ブシャ!
グチュグチュ ブシャ!
グチュグチュ ブシャ!
広間のゴブリンは次々と爆発していく。
血がゴブリンや死体にかかると肉体は膨張して破裂する。
グチュグチュ ブシャ!
グチュグチュ グチュグチュ ブシャ!
「「「「Geeaa!!!」」」
ゴブリン達は奇声を上げ広間を逃げ回る。だがこの爆発から逃げられるものはいない。
阿鼻叫喚。ゴブリンは絶望の表情を浮かべ叫ぶ。
「Gee」
ブシャ!
グチュグチュ、ブシャ!
グチュグチュ、ブシャ!
最後のゴブリンが爆散し、広間には誰もいなくなった。
「はは......」
ゴブレイさんの乾いた声が漏れる。広間の血の海は蒸気をあげながら消えていく。
脳裏にこびりつくような生臭い鉄の匂いは既になくなり、辺りには檸檬の香りが漂っていた。
俺はゆっくりと後ろを振り向き、魔導銃をゴブレイさんに向け、構える。
「全部お見通し、ってわけですね」
俺が『A Study in Scarlet』を発動したとき、広間に人間はいなかった。
そう、ゴブレイさんですら人間ではないのだ。ゴブリンに似た、されどゴブリンではない何か。
「あなたは何者なんですか?」
ゴブレイさんは兜を外した。
口からは長く伸びた犬歯、そして頭からは2本の短い角が生えている。
それは人間のものではない。
「屍食鬼。多分それだと思います。私自身も自分が何者かわからないんだ」
「詳しく説明してください」
「いや、残念だがもう時間がない。死体は全て消えてしまっている。このままだと私は大河さんを襲ってしまう」
沈黙。ゴブレイさんが人間でないことは間違いない。『A Study in Scarlet』がそれを証明している。
しかし、俺は引き金を引くべきか迷っていた。
「これを」
ゴブレイさんが鍵を渡してくる。
「ギルド寮の私の部屋の引き出しに、手記があります。そこに全て書いています。必ず最初に読んでください」
「......これしか道はないんですか?」
「ありません。私は怪物です。生きていちゃダメなんだ。ここでお別れしましょう」
ゴブレイさんは魔導銃を掴んで額に持っていく。その目は紛れもなく人間のものだ。
「大河さん、今までありがとう。あとはお願いします。この世のゴブリンを殲滅してください」
全てを背負っていく覚悟を決め、俺は引き金をひく。
一つの銃声が洞窟にこだました。
***
洞窟の外に出ると、文香とマジックフォックスのいる宿に戻った。彼女たちはまだ眠っているようだ。
文香に話を告げて、俺は一足先にバビロンに戻る。バビロンに着いたのは深夜だった。
依頼などの報告を略式で終わらせ、ゴブレイさんの部屋に行き、鍵を使った。
引き出しには手記と、一冊の本があった。怪しげな本を読みたい気持ちもあるが、ゴブレイさんの言葉を思い出し、初めに手記から読むことにした。
手記の内容をまとめるとこうだ。
4年前、ゴブリンロードを倒した時に、ゴブレイさんは十六夜天狐に出会った。
天狐はゴブレイさんに一冊の本を渡した。
「この本を読めば凡人のお前でも力を手に入れられる」と。
不気味な装丁が施された怪しい本。しかし、ロードとの闘いで大切な仲間を失ったゴブレイさんにとって、読まないという選択肢はなかった。本には奇妙な儀式と屍食鬼に関して書かれていた。ゴブレイさんは読んでいる内に頭痛や吐き気を感じた。
しかし、不思議なことに全く興味のない内容にも関わらず、次のページが気になって仕方がない。本を読む手は止まらない。
本を読み終えたとき、身体に異変が起きた。頭からは角が生え、口から犬歯が生えていた。変化が起きたのは身体だけではなかった。血が、肉が食べたいと思った。
まずいと思ったゴブレイさんはすぐにゴブリン狩りに出かけた。けれど食欲は止まらず、ふと気が付くと、殺したゴブリンを食べていた。すると、角や歯は元の状態に戻り、普段の落ち着いた思考も戻ってきた。
それからは、一人で依頼を受けることにした。
初めのうちは1か月に1体のゴブリンを食べられれば満足だった。しかし、徐々に我慢が出来なくなっていき、期間は1週間、3日と徐々に短くなってきた。
とうとう毎日死肉が必要になると、ゴブレイさんは死を選ぼうとした。だが、正義感の強いゴブレイさんはこう思ってしまう。
十六夜天狐のことを世に伝えなくてはならない。信頼できる者が出てくるまで死ねない、と。
そんな時、俺たちと出会った。ゴブリンを殺す技術を伝え、十六夜の悪事を暴いてくれるという期待を俺たちに抱いたときに、ゴブリンロードが復活した。
日記はここで終わっている。
この手記によって、今までの疑問は解消された。ゴブレイさんの毒対策はスキルで行われているわけではなく、種族として行われていた。
日記を読んだ後に、本のほうも軽く調べることにした。それは肌色の上質そうな皮で装丁されている。
触れてみると、一つの事実が判明する。この手触りを俺は知っていた。それは人間の皮だった。
中の文字は日本語だった。1ページ目の最初の行を読み始めたとき、これは危険だと感じだ。
何か、得体の知れない何かがそこにはあった。読むならば、文香の前にしなくてはいけない。死んでもいいように。
そう思うと、俺は文香の待つ宿に戻ることにした。
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