彼女が得たもの
「……お前、今の私を見てどう思う?」
最初の言葉はネルの質問だった。
「……せめて下着を着て欲しかったです」
「そーゆのはでなく、素顔を晒した今の私を見ての第一印象を教えてほしいんだ。というか着ないぞ」
正直、天は答えあぐねた。正直に言うべきか言わざるべきか、元々天はお世辞が上手い方なので大体の場合はお世辞で事を済ませていい顔をしてきた。それが彼なりの処世術だからだ。
けれどここでは違う、今までの相手なら今まで通りの対応をしてきたのであろうが、今目の前にいるのは天にとって命の恩人以上の人だ。だからこそ、天は決めた。
嘘偽りなく、たとえ嫌われようとも正直に話す事を。
「……そう、ですね。僕は口下手だから上手くは言えないんですけど……、正直見惚れました」
「それは私が女だからか?」
ネルは自嘲気味に笑いながら質問する。それに対して天は首を振った。
「この状態で言えばそう聞こえるかもしれないですけど、それは違います。ネルさんの容姿はもちろんですけど、その、うう……」
「何だよ、ハッキリ言ってくれ」
「か、髪が」
ネルは少し目を細める。その次の言葉を待っているようだが少し辛そうな表情をしている。天はその表情から目を背けず、ハッキリと言った。
「その、髪がとても綺麗でつい見惚れてしまいました! それにまさか甲冑の中の人がここまで美しい人だとは思わなかったんです!」
顔を真っ赤にして叫ぶ天にネルは大きく目を見開く。まるで、そんな事を言ってくれる人が初めてだと言わんばかりの表情だが天はそれに気づかない。
何故なら自分で言って恥ずかしくなり俯いてしまったからだ。ネルは声をかすれさせて天に言葉を投げかける。
「……私の髪、は、綺麗なのか……?」
「はぃぃ……。とても素敵だと思いますぅ……」
「………………」
突然の無言に天は顔を上げるとネルの紅い瞳から透明な涙が流れているのを見てしまった。天はハッとし立ち上がろうとしたがそれをネルが片手で制した。ネルは残る片手で目元を覆い、こう言った。
「……すまん、少し戸惑ってる。悪いが少し待ってくれ……」
「はい……」
天は後悔してしまった。嘘をつくまいとして正直に自身の言葉をネルに伝えたがそれがネルに涙を流させる原因となってしまったらしい。
自身の矜持ではなく、ネルを尊重すべきだったのだ。きっと髪の事については触れてはならない部分だったのだ。
心中で天は激しい不安に襲われる。やはりここで別れてしまうのだろうか、決別されてしまうのだろうか、天の心境は捨てられるかもしれないという恐怖でジワジワと埋め尽くされていく。
◇◆◇◆◇
そんな天の心境とは対照にネルの心は大きな歓喜に包まれていた。理由なんてものは一つ、初めて認められたからだ。忌み嫌われていたこの髪を、この私を、目の前の少年、タカシは美しいと、見惚れてしまったと、そう言ったのだ。
それが堪らなく嬉しく、同時にとても暖かく優しい何かが心を包んでくれた。本当は怖かった、いくらこの世界の常識を知らないとはいえタカシだって人間だ。忌避するものだってあるだろう。
この世界ではこの髪の色は忌み嫌われている。それが常識なのだ、だから人間は私を受け入れてくれない。そう半ば諦めかけていたのだが、タカシは違った。
あの森でもしも出会えなければタカシは死んでいただろう。10年前の私と同じように。だから過程は違くとも同じ境遇にいるタカシを見捨てる事が出来なかった。
私とは違い救われて欲しかった。人間の醜さを知ってほしくなかった。だからこそ手を差し伸べた、過去の自分と重ねたタカシを。
「……タカシ」
「……はい」
その声は震えていた。少し驚いて天の顔を見るとその顔は捨てられるかもしれないという悲壮感、私に対して失礼な事を言ってしまったという申し訳なさ、それが顔に十分に表れていたのだ。
だから私は、苦笑すると胸元に引き寄せてタカシの頭を撫でる。
「ありがとう、お前は最高に良い奴だよ」
「……その、大丈夫でしたか?」
何が、とは言うまい。タカシが私を傷つけてしまってないかと不安になっているのだ。
「大丈夫だよ、だからそんな辛そうな顔すんなって」
「はい……」
「さ、こんな辛気臭い話は終わりだ。それよりも腹減ったな、何か買ってくるか」
「……確かに。僕なんか何も食べてないんでペコペコです」
2人のお腹がく〜と可愛らしく鳴る。そこで天はボソリと呟いた。
「食材があれば僕料理出来ますけど」
「何!?」
◇◆◇◆◇
ネルは顔を綻ばせながら天の手料理を美味しく食べていた。食卓に並ぶは様々な肉料理だ。現在手元にある食材を確認したところ、ネルが溜め込んでいたモンスターの肉しかなかったので天はそれを台所に持っていて調理してくれたのだ。
天もモンスターの肉の丸焼きにかぶりつきながら胃を満たしていた。モンスターの肉を食べるのには抵抗があったらしいのだが食べてみればとても美味しいことに気づいて今はバクバク食べている。
「にしても美味いなぁ。私これ好きだぞ、この肉を薄く切って味付けされてるやつ」
「むぐむぐ、ありがとうございます。ゴクン、香辛料とかは台所にあったので使ってみたんですけど結構種類も豊富で使いやすかったんですよ」
2人はあっという間に肉料理を食べ尽くして一息つく。天は腹が膨れたからなのか瞼が落ちそうになってきている。今にも眠りそうにうつらうつらとしている。ふわっと欠伸をすると天はポテッとソファに倒れこんだ。
すぐに天から寝息が聞こえてくる。どうやら眠気には勝てず天は眠ってしまったらしい。ネルは天の隣に移動すると黒髪をそっと撫でる。
こうして見るとやっぱり子供だなぁと思うネル。テキパキと掃除や料理をこなしていて家事ではとても頼りになっていたがこうして腹が膨れて眠ってしまうあたりはとても微笑ましい。
何度か天の髪を撫でているうちに段々と眠気の波がネルにやってきた。窓から差し込む日光がとても心地よくそれに加えて幸福感と満腹感を一度に味わったネルの体は気持ちよくなり心地よい眠りに引き込まれていった。
◇◆◇◆◇
2人が眠りに就いた頃、王国にある一行が訪れていた。先頭を歩いているのは金色の長髪を後ろで纏めており、青く澄んで光るような容貌の美しさの青年だ。
装飾された煌びやかな剣を背中にかけている。周りの女性達はそんな青年の姿を見て興奮したように騒いでいる。
そしてその後ろを歩くのがこれまた先頭を歩く青年と共に歩むのに相応しいほどの美少女達だ。
1人は白いローブを羽織り手には先が捻れた杖がある。銀髪にショートヘアの少女だ。童顔で背が小さいのもあり、この一行の中で一番年下なのだろうというのが分かるだろう。
1人は身軽な服装に身を包みえびらを背負った緑髪の少女。飾らずニコニコと笑顔を浮かべているその様子から天真爛漫という言葉がとても似合っている少女だ。
そして最後の1人は顔以外は特にこれといった特徴もなく、物静かな雰囲気を醸し出している。最初の1人のように白いローブを羽織っているが武器という武器を持っているようには見えない。
その雰囲気に合ったような艶のある青髪、切れ長のその目は静かに蒼く輝いている。いわゆるイケメン女子というやつだ。
そんな注目を集めている一行は周りに群がる住人達に笑顔で対応しながら城へ向かって歩を進めてた。それを見ていた住人の1人が思いついたように声をあげた。
「まさか……勇者様では!?」
「えっ!? 勇者様ってあれかい!? あの、竜を討伐した伝説があるっていう!」
「間違いねぇ! 噂に聞いた話と見た目が一致している!」
その声に周りがどよめく。すると先頭を歩いていた青年が少し申し訳なさそうに、道を譲ってほしい、と言う。するとまるでモーセが海を割ったかのように通路を塞いでいた住人達が道を譲り始めた。
「すまない、王より召集を受けていてね。大事な話が終わったら観光しにまた戻ってくるよ」
そう言って勇者一行は城へと向かっていった。その後ろ姿が門を越えたとこで見えなくなった瞬間、住人達は今見た勇者達の話題で盛り上がり始めた。
滅多に見ることの出来ない勇者達の姿に感動して叫んでいる者さえいる。
—————こうして【スリディナ王国】に赤髪の騎士、特級被呪者、勇者一行が集ってしまった。この意味が分かるのはもう少し後の話だ。