争い
「赤髪の事はもう構わんだろう。それよりも、私は貴様達の仲間だったアイツの能力が知りたい」
「……何故ですか。シュティは……もう戦わないはずです」
「勘違いするな私を追い詰めた奴の能力を知りたいだけだ、ここまで追い詰められたのも久方ぶりでな。正直、人間にここまで追い詰められるとは思っていなかったのだ」
「なるほど……。そういう事でしたら。すみません、変に噛み付いてしまって」
気にするな、その言葉にハルは申し訳なさそうに頷きながら仲間である暗殺者の能力を明かす。その内容を聞きながらノルズは思案していた。
(確実に奴は敵側につくだろうな。アーサーの後継は奴を仲間だと思っているようだが……。アーサーの後継の言葉で揺れてはいたが、赤髪が現れた時には安堵の表情を浮かべていた。あれは赤髪の言葉一つで必ず敵になるだろう)
だからこそ、ノルズは嘘をついてティナの能力を聞いたのだ。普通に聞いては拉致があかないだろうと、ノルズは判断し驚いた体を装っていた。
「ふむ、つまり奴もまた特殊な能力を持っていると?」
「はい、彼女が持っている能力の他に俺達勇者一行には加護があるんですが……。例えば俺の場合は勇者の力、ミリアなら精霊の加護という風に、それぞれ一つずつ後付けの能力があるんです」
ふん、とノルズは鼻を鳴らす。
(やはり何かしらの加護があったか……。となれば私の魔法を受けても生きていたのは加護によるもの。……なら魔法を無効化する武器を扱っていたのは武器が特別だったのか?)
「シュティは光の加護を授かっています。能力は物理以外による攻撃や異常を受け付けない強力な加護でして、ジョブと相まって彼女は特殊な能力を持つ相手に取って天敵となるんです」
「強力過ぎないか? その加護というのは貴様らのものではなく、授かったものだろう? どうやって加護を授かったんだ?」
「師匠が旅立つ前にある儀式をしてくれまして……。俺は勇者だったのでその儀式は出来なかったんですけど、三人は見事に能力を獲得してくれたんです」
(アーサーが行った呪い……?)
ノルズは初めてそこで訝しがる表情を見せた。だがここで話を切るのは面倒だと思ったノルズは話を進めるよう促す。
「ただ……貴方が言うように少々シュティの加護の能力が強すぎると思うんです。それに師匠もおかしな事を言っていて……」
「アーサーが?」
「師匠の事をご存知で?」
しまった、そう思ったが時既に遅し。既知の者の話をしているものだからつい口を滑らせてしまったのだ。
ノルズは、彼は先代勇者だから有名だと適当に嘯き、無理矢理話を進めさせる。ハルも取り敢えず頷きつつも話を再開させる。
「あれは拘束具だから構わない、って言ってたんですよ。……どういう事か分かりますか?」
「ふむ……ちなみに奴の本来の能力は血による武器の生成だったな?」
「はい、乱用すれば貧血で倒れますし、武器と言ってもシュティが普段使うような武器しか作れないので本人は不便だと言ってました」
(血による物質生成……なるほど、拘束具とはその能力に制限をかける事か? そもそもそのような能力が他の者に知れたら問題となるだろうな)
そこで一度ノルズは思考を切り替える。それはティナとの戦闘中に見せたティナの武器の投擲についてだ。
魔法を意に介さずノルズを傷つけた武器の数々に思考を張り巡らせる。ティナに魔法が効かなかったのは光の加護だと分かった。
しかし、武器にまでその加護は付与されるものなのか。能力はあくまで自分自身の力であり、自分以外のものに付与する能力などはかなり希少で、殆ど存在しない。
「血……もしや生い立ちに何かしらの問題があるのやもしれんな」
◇◆◇◆◇
「じゃあお前はあのジジイに対してなら有利でいられる訳だ」
「……そう。その代わり、物理に弱いから、ハル達には勝てない」
ネルの言葉に同意を見せるティナ。ネルもまた戦う前に自分達の能力の確認を行なっていた。
それはティナがどこまで戦えるのか知らなかったからだ。ネルの視点から言えば、何度か戦った経験はあるが正直言って相手にならなかったというのが印象だった。
一度天に喰われた時には共に行動をしていたが、武器を使って戦う行為以外は特に特別な行動を起こさなかったので能力が不明瞭のまま、ただ常人よりも動けるだけのやつ、というのがネルの認識であった。
しかし実際にティナの能力を聞いているうちにその認識が変わっていくのをネルは感じていた。
「お前便利だな」
「……そう?」
「おう、結構便利だと思うぞ」
まさかそんな簡単な感想で済まされると思わなかったのでティナは少し拍子抜けしたような、なんとも言えない表情をする。
「……そんな事、言われたの初めて」
「……あっそ」
初めて、とその言葉を聞いた時ネルは鎧の中で一瞬苦い顔をした。しかしその事がティナに分かる訳はなく、ネルの言葉にこくりと頷くだけだった。
「……ネルさんの、能力は?」
「あ? あー、いや、私の能力は戦闘じゃ使いもんにならねぇんだよ。戦うための能力じゃねぇし、殊更勝つ為の戦いとなるとまず意味が無くなるんだ」
「……?」
「気にすんな、それよりも私の鎧と武器の能力について把握しとけ。あんまし覚えても意味ねぇと思うが」
まずこれだ、と言って大剣を持ち上げる。
(……? いつの間に持ってたの?)
「こいつはアーティファクト? とかいう珍しいやつでな。便利な能力を二つ持ってんだ」
「……二つも、あるの?」
「ああ。まず一つ目だけどな、こいつは私の意思で出し入れが出来る」
こんな感じにな、とネルが右手で大剣を放り投げると、大剣がパッと目の前から消失する。その光景にティナが目を見張るのと同時に、ネルの左手には大剣が収まっていた。
「な? いつ消えていつ出てきたか分からねぇだろ? こいつは戦う時結構便利なんだ。相手が強ければ強い程、惑わされるんだ」
「……流石、アーティファクト」
「そんでもう一つの能力なんだが、これは魔法使い相手にだと使えるな。この大剣、包帯でグルグル巻きだろ?」
ティナはこくりと頷く。というかネルの扱う大剣は包帯でグルグル巻きで、刃が無い為棍棒にしか見えないのだが、ティナはその事を心の中で留めておく事にしていた。
大剣とは到底思えない見た目なのだ。仕方ないと言えば仕方ないのだろう。ネルが大剣と呼んでいる為、大剣となるのである。
ティナはそれを決して理不尽とは思わず思考を切り替える。それを知らないネルは話を続ける。
「この包帯は魔法を弾く特性を持っててな、物理以外の攻撃なら大抵これで対処出来る優れもんだ」
「……それって、封印用の呪符なんじゃ?」
「多分な。だからこれを外しちまえば本来の能力が使えるんだろうが……。何が起こるか分かんねぇし、これはこれで使い勝手が良いからこのままで良いと私は思ってる」
「……下手に解くより、良い」
そうだな、とネルは言い話に区切りをつける。
「これで情報は揃ったな」
「……それじゃあ」
「ああ、作戦はこうだ———」
◇◆◇◆◇
「赤髪が恐らく貴様らを、あの小娘が私を狙うだろうな」
「相性が相性なだけにそうなるのです……」
「さて、ならばこちらも相手の作戦に合わせて対応するだけの事よ。まず、私とそこの見習いとで魔法による弾幕を仕掛ける」
「魔法使い様、それではシュティに防がれて意味が無いんじゃあ……」
それが狙いだ、とノルズはエリスの言葉にそう返す。
「盾となるならば前に出るのは必然、そこで勇者と弓使い、お主らがあの女を赤髪から引き離せ。そうすれば後は私がなんとかしよう」
そう語るノルズは、ふと足元へと視線を向ける。
(まだ動かないつもりか……? それともアイツに対して何かしらの干渉を受けているのか……。封印とはいえ一時的だ、むしろそろそろあの忌み子が動き始めてもおかしくないんだが……不気味だな)
更に深く考えようとしたが、微かに聞こえる風切り音にノルズは素早く思考を切り替えた。
「来るぞ!」




