イスティーナ
勇者一行は特別である。
これは勇者だけが特別なのではなく、勇者と共に歩む者達も特別という意味である。文字通り、勇者一行は他の者達とは一線を画した能力を持っている。
まず勇者だ。言わずもがな、世界が認めた者にしかなる事の出来ないジョブであり、世界を救う正義の味方だ。
勇者しか扱えない聖剣、類稀なる身体能力、悪に対する圧倒的な強さ。勇者と呼ばれる所以はその強さにこそあると言っても過言では無いほどだ。
そして弓兵であるミリア。彼女は、精霊の加護を受けており様々な精霊の力を借りる事で魔法に近しい技を行使する事が出来る。
弓の腕もさる事ながら、山育ちのため集中力や体力など身体能力が勇者一行の中で二番目に高い。
次に魔法使い見習いであるエリスだ。他の魔法使い見習いとは違い、師が魔法使いというのあるが、彼女はとある適正を持っている。
魔法というものは、基本的には五つの属性があり、どの属性を使えるかは当人の適正次第なのだ。
鍛えればどの属性でも使える、という訳でもなく、火の適正がある者は火の魔法しか使えないという法則がある。
そのため、本来であれば五つの属性———『地』、『水』、『火』、『風』、『空』のどれかを適正に持ち、それを極めし者が魔法使いとなるのだが……。
エリスは『空』の他に『光』の別属性の適正を持っている二重属性持ちなのだ。他の者達とは卓越した魔法を使う魔法使い見習い、それがエリスである。
そして、最後に挙げられるのが暗殺者であるシュティ、もといイスティーナことティナである。
およそ勇者一行という華やかな名前とは似つかわしく無い暗殺者という文字。だが、暗殺者であるティナにも勿論のこと特別な能力を持っていた。
それこそ暗殺者には似つかわしく無い能力であり、勇者一行ならではの能力と言えるものだ。
それは、光の加護。ありとあらゆる魔を受け付けず、外法に対し強い力を発揮する。勇者のそれと同等の加護を持っていた。
つまるところ、ティナは一部の相手に対して強力無比な力を発揮出来る戦士でもあったのだ。
◇◆◇◆◇
黒塗りの短剣が宙を舞う。ありとあらゆる角度から死角を突くように、投擲されるその短剣は確実に老人の急所を狙っていた。
だがその短剣が老人を刺さる事はなく、老人を中心として発せられる暴風が全てを弾いていた。
「舐めるなよ人間」
暴風は更に勢いを増し近づくもの全てを塵と化すまで切り刻む。もはや風は目に見えるレベルまでに老人を球状に覆っている。
これではどのような攻撃を受けてもすべてその風に阻まれ一方的な蹂躙と化してしまうだろう。そのような状況に成りかけているというのにティナは変わらずに短剣を投擲しつつ、距離を取っていた。
どういう理屈なのか、老人の放つ真空波や魔法による攻撃は尽くティナに当たる事は無く全て回避されている。
老人の放つ魔法は殆どが不可視のため、まず目視で回避する事など至難の技なのだが、しかし現実としてティナには一つも攻撃が当たっていない。
(……戦い慣れている、のか? 魔法を使う相手に対して?)
そう、魔法使いとは指で数える程度しかいない希少なジョブだ。魔法を扱う者は数多くあれど魔法を主体として戦う者は皆無なのである。
理由としては決定力に欠けるのと、魔力による消費で生じる倦怠感だ。魔法使いでもない者が魔法を使ったところで威力はたかが知れている。
その上、魔力というのは体力と同じで使えば使うほど減っていく。魔法の使い方を熟知している者ならばいざ知らず、ただ感覚で使うだけの者にはある致命的な欠点がある。
それが魔力の把握能力だ。自分は今どれぐらい魔力量があるのか、魔法を使うとどれぐらい魔力量が減少するのか、そして魔力の扱い方。
あまりにも知らない事だらけのため、魔法が戦闘で使われる事はない。それこそゴロツキとの喧嘩で使う程度だろう。
だからこそ、魔法の対処法もまた知らぬ者が多い。それこそ魔法を普段から使う魔法使いぐらいしか知らないだろう。
魔法使いとの戦い方など人生で知る機会がまず無いのである。
(だが……これは……!)
「くっ!」
ティナの投げつけた鎖鎌が老人の頬を掠める。そちらの方に気を取られた瞬間、老人が視線を戻すとそこにティナの姿が無かった。
(鎖の先! ……上か!)
咄嗟の判断で鎖鎌の鎖を目で追ってすぐさまティナを発見する。そう思った瞬間、眼前に短剣が迫っていた。
「う———」
どういう訳か、その短剣は暴風の影響を受けずに真っ直ぐ飛んできたようだ。今思えば、鎖鎌にしたってそうだ。
ただの暴風ではない、魔法使いである老人が起こした魔法である。その影響を受けずして攻撃してくる、その時点で目の前の敵は———
異常だった。
「———うおおぉぉぉぉぉおおお!?」
短剣を逸らすのではなく弾く。老人は明確な意思を持って初めて、一つの物に対して魔法を行使した。今までのようにただ風を起こして周囲を大雑把に破壊するのではなく。
それは、老人が初めて目の前の敵を危険と判断し、自衛した瞬間でもあった。
短剣の側面に不可視の一撃が発生し、既の所で弾いた短剣の先に、もう一本の短剣があった。
またも魔法で咄嗟に弾こうとして、失敗した。理由は単純で、老人が魔法を使う前に攻撃を受けたからだ。
魔法を発動させるよりも先に老人の足に鎖が巻きつき、そのまま老人を投げ飛ばしたのである。老人は壁に激突し勢いをすぐに止める。
ティナはその隙を逃さず、いつの間にか手にあった短剣を老人目掛けて飛ばし追撃する。
「———招来!」
その短剣が目の前に突如出現したゴーレムによって阻まれた。
「!」
ティナが息を飲むのと同時にほぼ無意識にその場から離脱する。その瞬間、空から眩い光が降り注ぐ。
細く、雨の様な光は鉄の床さえも貫通し周囲を穴だらけにしていく中、ティナはその光景に目を奪われていた。
後ほんの少しでも離脱するのが遅れていたらきっと命を落としていたであろうその光景に恐れをなした———
のではなく。
「……シュティちゃん」
それを引き起こした人物が、正確には人物達がティナにとって今会いたくない者達であった為、苦渋の表情を浮かべていたのだ。
「エリス……ミリア……」
そう呟くとティナの視線の先には銀髪の小さな少女と緑髪の少女が、そして、金髪の青年の三人組が立っていた。
「貴様が私の前に現れた時点で……」
いつの間にか回復したのか老人が立ち上がりながらティナに向かって言葉を吐き出す。ティナはキッと老人の方を睨みつけている。
「転移魔法で連れてきていたのだ。座標の打ち込みに時間はかかったせいで少々やられたが、これで貴様は詰みだな」
「お前ぇ!」
ティナは吠えて短剣を握りしめて老人へと走り出す。だがそれすらも叶わず勇者であるハルに阻まれる。
「やめるんだシュティ」
「……っ、ハル……」
ティナの瞳が揺れる。子供がした事に対して親が咎めるような、そんな響きの言葉にティナはどうしていいか分からず動きを止めてしまった。
「もう、やめにしよう。お前は洗脳されているんだけなんだ、目を覚ませ」
「洗脳……? 何を……」
「そこにいる魔法使いから聞いたんだ。俺達が相手しているヤツの正体を。そして、お前が今庇おうとしている化け物の能力も」
化け物、そう呼ばれてティナは言い返そうとしたが、反論は喉に出かかって止まってしまった。あの少年は、確かに身に化け物を宿らせているからだ。
「……っ」
「さぁ、俺達と帰ろう。まだ冒険は始まったばかりだろ? 王様から頼まれた仕事だってあるし……シュティ、君の力が必要なんだ」
「私……の……」
ふと浮かぶのは日常だ。仲間達との冒険、協力して敵を倒したり、友と交流したり、旅をして見聞を広めたり。
今も胸の奥で輝く思い出が、皮肉にも今ティナを苦しめていた。どうしてどちらを取る事しか出来ないのだろう、そう思ってしまう自分は弱いんじゃないか、ティナはそう思ってしまっていた。
———選択が出来ずにまた後悔をする。
いつもそうだった。『絶対』なんて言葉を信じる事が出来ず最も信頼が置ける友の正義すらも揺らぐ時があった。
優柔不断なのだ、彼女は。しかし、そんな彼女だからこそ、今回は功を制したと言えるのだろう。
誰もがティナの、仲間のシュティの言葉を待っていた。だから、気付くのが遅れてしまったのだ。
遠くから響く破壊音に。近づく膨大な圧力に。
◇◆◇◆◇
誰かが装置を弄ったのか破壊したのか、罠が発動する事がなく城の中は静寂を感じる様になっていた。
しかしそれを無視するかの様にゴッ! と凄まじい音と共に破壊音が鳴り響く。それは規則的に、何度も何度もその音を響かせる。
闇雲に作られた道はいつしかある場所を目指して作られていた。
———声が聞こえた
誰かの声が、聞こえたのだ。別にどうって事はない、ただの叫び声だ。短くか細いその声は聞いても何にも思わない。
はずだった。そう、はずだったのだ。
誰かの影響か、それとも何か思うところがやはりあったのか。その声を聞いてその声の下へと彼女は辿り着く。
魔法使いが一人、正義の味方が三人、仲間が一人。目の前に広がる光景を見て、彼女は声高らかに叫ぶ。
「よぉし、ぶっ殺す!」
投稿遅れて申し訳ないです。
コロナの影響でちょっと大変でして……
皆さんも気をつけてくださいね




