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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第四章 傾国の赤髪
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囚われの機械技師

「中に這入られたか……」


 老人は灯りの無い通路を歩きながら嘆息する。周囲は暗闇に包まれて何も見えないが、老人の視界には全てがクッキリと見えていた。


 それは魔術を用いて視力を強化しているからで、老人には全てが見えていたのだ。なのでこの暗闇の通路を難なく歩く事が出来ていた。


 老人の視界をもって分かるのは、この場は牢屋であるという事だ。連なる鉄格子の中には人と思わしき影達が椅子に縛られている姿があった。


(久々に来たが相変わらずだな……。生きてるから死んでるから分からん連中ばかりだ、誰も近寄らんから腐臭もある)


 老人のいるこの牢屋は、城の地下にある地下牢となっており、歴史的犯罪者や、表に出てこれない裏の大物などが捕らえられている。


 終身刑の放置場のような場所になっており、一度ここに捕わられたが最後、この暗闇で孤独に死ぬ事が囚人の末路である。


 牢屋自体にも細工はあるが、囚人にも細工が施されており、五感を封じられている為逃げ出す事も不可能という恐ろしい場所なのもあり、誰も近寄らないのだ。


 そのため、死人が出たとしてもそのまま放置されるのでどうしても腐臭などが出てしまい益々環境が悪くなってしまう悪循環が生まれてしまっている。


「……ふむ、たしかもう少し先だったか」

 

 老人が辺りを見渡しながら歩き続けていると、カチャカチャと音が奥から響いてきた。時折、金属と金属がぶつかる甲高い音も混じって響く。


 音源である牢屋へと近づくと音が鳴り止み、声が響いた。


「ん、んん? 珍しいね、お客さんだ」


 それはこの牢屋において、異常事態とも取れる状況だった。全ての五感を封じられているはずの囚人が喋ったのだ。


 それどころか、老人の視界にはその囚人が五体満足に機械を弄ってるように見える。つまり、この囚人は牢屋の中で自由に振る舞っているのだ。


 その囚人は無精髭を生やした青年という風貌で、見た目は一般人といった感じだが、それが逆に異常性を感じさせた。


 囚人は近くに置かれた機械に触れると機械から温かい色の光が灯る。それをもしも天が見たら、ランタンのようだと思っただろう。


「貴様は変わらんな」

「おや? おやおやおや、これはまた懐かしい顔じゃあないか! ははっ、久しぶりだなぁ! 五十年振りかな?」


 囚人は老人に気づくと嬉しそうに笑顔で応じた。それに対して老人は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「おいおい、久々に会ったってのにそんな顔はするもんじゃないぜ?」

「……一応聞いておいてやるが、拘束はどうした?」

「あぁ、五感を奪うってやつだろ? そんなもんとっくのとうに無いよ、あんな玩具で僕を拘束だなんてちゃんちゃらおかしいや」


 親しげに喋る囚人に老人の表情はやはり優れない。むしろ今の発言で益々表情を渋くする。


「やはり、貴様は変わらんな」

「そういう君は老けたね。魔法使いのくせに老けるとか、生きるのに疲れたのかい?」

「貴様の様に能天気に生きてる訳ではないからな。それで貴様はここで何をしておるのだ? そこまで話し相手に飢えてるのなら外に出れば良かろう」


 魔法使い、そう呼ばれたのにも関わらず老人の態度は変わらなかった。何故ならば目の前にいる囚人は、老人が魔法使いだと知っている数少ない旧知なのだ。


 そして会話から察するに、かなり古い間柄だというのも分かるだろう。そしてここに居るという事は、この囚人は只者ではないという証明でもあった。


「今代の王様の器が小さくてね、僕の作品を横取りしてから、さも自分の手柄のように民衆に発表。そして僕は口封じの為にここに入れられたって訳だ」

「あの馬鹿者め……。やはり駄目だな、欲ばかりが先行して何も見えておらん」

「そう言ってやるなよ、人間なんてそんなもんだろう? 一々人間に期待する君の方が愚かだぜ?」

「人間嫌いも変わってはおらんようだな」


 囚人の毒舌に、ため息を吐きながら老人は一度奥へ視線を移す。それを見た囚人は目を細めると先程と変わらない口調で老人に問いかける。


「アレは君が連れて来たのかい?」

「ああ、そうだ」

「わざわざ呪いを生け捕るとか正気かい? 魔法使いらしくない、というか君らしくないじゃないか」


 君の腕なら殺す事ぐらい出来るだろうに、そう言う囚人に老人は目を合わせた。囚人は嘲笑うかのように、言葉を続ける。


「まさか子供の姿をしてるから殺せないとか人間みたいな馬鹿らしい事言うんじゃないだろうね? 元人間様はお優しいことで」

「元人間という事であれば貴様も同じだろう」

「はっ、人間である事に耐えられなかった弱者に言われたくないね。僕は確かに魔法を使うが魔法使いじゃあないんだ」


 僕は人間さ、そう言う囚人に老人は厳かな雰囲気を醸し出す。空気が少しずつ張り詰めていくような感覚がこの場を支配し始める。


 それをかき消すかのように囚人はパッと笑顔を浮かべて笑い声をあげる。


「おいおい、怒るなよ! たかだか囚人の戯言じゃないか!」

「はぁ……。貴様と会話をしているとどうにも気分が優れん」

「はは、お互い様だろ。それで? 結局の所ところアレをどうして殺さないんだい?」


 老人は先程と同じ質問に今度はしっかりと答えた。奥の牢屋で捕われている新人……囚人の言葉を使うのであれば呪いを生け捕りにした理由を。


 理由は至極単純で、


「殺せなかった」


 それだけだった。


「ぶふっ、は、ははは、あははははは!! おいおいおい、あんなに僕の言葉に怒りを見せたくせに結局それかい? こいつは傑作だな!」

「何を勘違いしている、殺せないというのは言葉通りの意味だ。私は殺そうとした、しかしアレは死ななかった、それだけだ」

「ふーん……あの少年、普通に殺せそうな感じだけどなぁ」

「なんだ、貴様はもう会っているのか」

「そりゃもちろん、なんてたって十年振りの会話出来る新入りだ。先輩として世間話するぐらい当たり前だろ?」


 囚人はそう言うと、牢屋の中に置かれている椅子にドカッと腰掛ける。頬杖をつきながら、老人の言葉を待たずに話を進めていく。


「ありゃ精神的にも子供だけど、僕は気に入ったぜ。話してて中々に面白かった、もっと人間の振りしてるかと思ったけど十分狂ってたしね」

「……ほう?」

「無自覚なのさ、自分が化け物だって事に。なんて言うのかなー、常にブレ続けてるんだ、あの少年は。あれで元の人格があるってのが不思議なくらいだね」

「…………」


 チグハグなのさ、囚人は背伸びしながらそう言った。囚人はその少年の事を気に入ったらしいのか、その少年に対して悪意を一度も見せなかった。


 その事に気付いてるのか気付いていないのか、老人は何も言わずに杖をコツンと床を叩くと背を向ける。


「ありゃ、もう行っちゃうのかい? つまらないなぁ」

「話し相手はいるのだろう、ならそれほど困る事でもあるまい」

「つまんないのは君の事だよ、別に君と話してて面白かった事なんて一つもないよ。僕がつまらない、って言うのはこの状況を作った事に対してさ」


 囚人は心底くだらなさそうに、うんざりとした表情を浮かべる。それから肩を竦めて、近くに積まれているガラクタの山から一つ小さな破片を老人に投げつけた。


 それを受け止めると老人は訝しげに囚人を見る。それに対して囚人は口を開いた。


「それを飲んでおいてくれ。そうすれば僕の機械の識別から除外される。後は好きに動くと良いさ」

「ほう?」

「僕が君の言いなりにならないのは君自身がよく知ってるからこそ、何も言わないんだろ? その通り、僕は僕で勝手に動く。今のところは僕の行動が、偶々君の利になっているだけの話さ」


 分かったらさっさと消えてくれ、囚人の言葉に老人は小さな破片を口に放り込むと、何も言わないまま去っていく。


 足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなってから囚人はゆっくりと後ろを振り向く。そこにはただ暗闇が広がっているだけだ。


 その暗闇に向けて、囚人は誰かに向けて話しかけるかの様に話しかけた。そこには誰もいないはずだというのに。


「コソコソ隠れてないで出てきなよ。素直に出てこないと君の核を潰して主に呪詛をかけるぜ?」

『ちぇっ、やっぱバレてたか』


 声が聞こえた。人の声とは思えない様な不思議な響きの声が、牢屋に響き渡る。


 その時、白く眩い光の球体が出現した。その光の球は風を発しているのか周囲に鋭い風を撒き散らしていた。


 その鋭い風は壁や牢屋に散らばっている金属を傷つけ牢屋内に壁の欠ける音や、金属との衝突により生じる甲高い音を撒き散らす。


 囚人はそれを意に介さず、目の前の球体に対して態度を変える事なく普通に話しかけた。


「伝言があるならさっさと言ってくれ。それ以外ならさっさと帰ってくれ。僕は使い魔と話すほど寂しい奴でもないんだから」

『へいへい、わーってるよ。爺さんにもしつこく言われたよ「伝えるのではなく、喋れ」ってさ。だからこれは俺の独り言、適当に聞き流してくれ』


 そう言うと、光の球体は老人の声色でまるでビデオを再生するかのように平坦な声で、言葉を発する。


『建物の中にいる者を指定して安全圏へ飛ばし、その後、空となったこの国全てに儂が探知魔法をかけた』

『今回使用したのは"網"だ。その結果、侵入者は三人。その内二人は強大な魔力を持っているようだが、心当たりは無い』

『最後の一人だが、これは人間では無く呪いのようだ。おそらく特級、それもそこらの呪いとは格が違うぞ。要注意だ』


 連続で音声を流していた球体は、全て言い終えたのか声の発生が止まる。沈黙が十秒程続いた後に、フッと光の球体は消失した。


 まるで霧散したかのように消失した光の球体を気に止める様子もなく、囚人は椅子に座り直すと何事も無かったかのように機械をまた弄り始める。


 しばらくして、何かがぶつかったのか突っ込まれたのか、轟音が上から鳴り響き次いで崩落する音が鳴り響いた。


「んお、なんだなんだ? 大砲でも撃ち込まれたのか?」


 囚人は天井を見上げながら、機械を弄る手を止める。その時だった。


 影が揺らめいた。


「ん?」


 囚人は一瞬、灯りが揺れたのかと思い機械に目を向けるが、機械は正常に作動しているように見えた。それから視線を上げると———


 異形の化け物が闊歩していた。どれも統一感は無く、生物というには形の整っていない化け物。


 それらが外へ向かっているのか、次から次へと洪水のように通路を通っていく。唐突な非現実に、囚人は少し黙った後、奥の新入りがいるであろう牢屋へ視線を向ける。


「おいおい、もう抑えきれなくなったのか。……なるほど、こうも簡単に命を生み出す、ね。これはもう呪い云々じゃなくて別の領域だ」


 そして、嬉しそうな声で囚人は言う。賛美するように、讃えるように。


「やっぱり君は化け物じゃないか!」

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