状況整理
さて、ここで一度状況を整理する必要があるじゃろう。語り手はこの妾じゃ、安心せい。
しかし状況整理と言っても、あくまでこれは妾の主観から見ての状況整理じゃ。所謂妾視点での話の流れ、というやつじゃな。
ふむ、一方的な見方になってしまうと懸念してしまうのは当然の事じゃろうな。そも、完全なる俯瞰的視点で物事を語るのは無理じゃろうよ。
語るには口がいる、人が語る必要がある。まぁ、妾は人ではないがの。それは置いとこう、話の続きじゃ。
観測するのだってそうじゃ、人の目を介して物事を書き記す。語るにせよ、聞くにせよ、見るにせよ、そこには確固たる意志が介入しておる。
人が関わっている時点で完全な俯瞰的立場で物事を測るのは無理という事じゃ。例え、赤の他人がそれを語ろうとしたところで、じゃ。
じゃから、最初に断っておこう。これから語るものは、妾から語るものはあくまで妾から見ての話じゃと。
準備は良いかの? なに、そこまで緊張する事はない、人ならざる者が語り部になるというのはそうそうないぞ?
なればこそ、妾から見ての話を聞き、自身の考えをまとめ自身の視点で物事を観測すると良い。妾の語るものを情報の一つと捉えるが良かろう。
では、始めよう。
◇◆◇◆◇
始まりはこの土地———人間の言う西の領土とやらにあの赤髪達が来た事じゃろう。
そこでは異常気象が起きていたそうじゃ。普段であれば雲一つない快晴が地続きする土地だそうじゃが、赤髪達が来訪した時点でその影は無かった。
鈍色の曇天、雪なるものが降り注ぎ見渡す限り一面銀世界だったのじゃ。そも、どうしてこの状況になっていたのか、関わった当人達は理解してはおらん。
ただ何となく、あの竜が関係しているのだろうとそう思い込んでおる。元に戻ったのだから気にしないというのは見ようによって豪胆じゃがな。
じゃがこれは豪胆でも、何でもないわい。ただの怠慢じゃの。誰一人として知ろうとしない人間の性じゃな。
事が終われば全て忘却しようとする、風化させようとする。人間の防衛本能でもあるがの。
結果は求めて誰もが過程を求めようとはせぬ。これは悪癖じゃの、このままいけばいつかしっぺ返しに合うじゃろう。
じゃがこれは妾の知った事ではないのでこの話は終了じゃ。さて、どうしてこのような異常気象になったか、これは妾が知っておる。
人間の予想通り、竜が関係しておる。理由は至極単純、そこに竜がいたから、それだけじゃよ。
竜というのはそこにおるだけで生態系を崩し、天候を崩し、法則を崩す。本来であれば竜と関わった事があるあの赤髪もそれは知っているはずじゃ。
それに、人が住う国で戯れあっていたあの光の申し子もな。じゃが反応を見る限り誰もその事は知っておらんかったようじゃの。
それは恐らくじゃが、成体の竜と出会った事がないからじゃろうな。過去に奴らが討伐したであろう竜は幼体じゃろうて。
じゃから、知らんかった。竜が人間の作り出した法則の埒外にいるという事を。あくまで強大な魔物じゃろうと思い込んでおるんじゃろうな。
竜がいた為に法則は崩れに崩れて、人間に厳しい環境と化した。それが二頭ともなれば尚更じゃろうな。
そう、二頭おった。成体の竜が二頭、これには誰かの人為が混じっておる。人間側の視点からすれば正気の沙汰ではないの。
しかし事は起きた。結果としてあのような土地となったのじゃろう。そして赤髪達は運悪く訪れたと、そういう事じゃな。
そしてもう一つの人格、ふむ語り部として敢えて名で呼んでおこうかの。シノノメタカシがこの土地で死んだ魂を無意識に食べた。
これによりシノノメタカシは、未体験の感覚に体調を崩す。というよりかは情報量に耐えられんかったのじゃろうな、あやつは無駄に人間らしいところを残しておるからの。
そこであの竜が気付く訳じゃ。ただの呪いならまだしも妾じゃからの、竜には感づかれたのじゃろう。赤髪達は強襲を受けた。
この時妾の体は青髪に運ばれておったから直接見る事は出来んかったが……なんとあの赤髪が単騎で撃退しおった!
流石の妾もこれには大爆笑。腹がよじれて死ぬかと思ったぞ。まぁ、妾に死の概念とか無いがの。というより妾が死んだら世界も終わりじゃしの。
その後ラースの宿主と出会うもシノノメタカシの説得で里へ届ける話となる訳じゃな。
ほとほと赤髪はシノノメタカシに弱いと思ったのう。しかもシノノメタカシも赤髪に弱いときた、両依存じゃわい。
少し意外じゃったのはシノノメタカシの行動じゃ。今の今までは誰かの記憶を受け入れたり声を聞こうとはせんかった。
じゃが、西の領土に侵入した際に奴は中に入ってきた魂を受け入れおった。それが己の崩壊に繋がると気付いている上でじゃ。
何か、心の変化でもあったのかのう?
いや、無意味な考察じゃ。あやつがどう思おうが行動しようが妾はそれを見届けるだけで良い。どのような結果であれ、あやつが生き残るのであれば他の事など知った事ではないからな。
よくよく話が逸れるがまぁ、仕方なかろうて。これはあくまで語り、妾の世間話みたいなもんじゃし。
さ、次の話じゃ次の。
里を届けた後は色々あったらしいがその時は妾眠っておったしあまり把握しておらん。起きた時には夜じゃったし体の主導権も妾に移っておったわ。
じゃがあの時点でシノノメタカシは衰弱しておったからの、しばらくはぐっすり眠ってあったのもあって歯止めが効かなかったんじゃろう。
青髪が瘴気に当てられて体調を崩しおった。元々妾達の体は呪いで出来ておるから生物にとっては害しかないんじゃよ。
抑えきれんかった妾にも責任はあるが、正直どうでも良いの。人は生きるか死ぬかだけじゃ、死なぬなら構わんじゃろう。
赤髪が普通に平気だったのは少々気にはなったが、あやつもどこか人間離れしてるからのう……。道化じゃの、面白い奴じゃ。
そしてここからが面白いところじゃ。
赤髪は単独で竜退治に向かったのじゃ。戦力となるのは確かに赤髪一人じゃったが、成体の竜を一人で倒せる程アレは生半可な存在ではない。
じゃが現にあやつは竜を殺した。今までと変わりなく。その上、ラースの宿主の暴走の際にギリギリで間に合うてくれたわ。
じゃが相手が悪かったの、いくら竜を殺す腕前を持とうが人間離れしようが、結局人間に変わりはない。
人間は呪いには勝てん。そういうもんじゃ。やる気云々の問題ではのうて、もはやそういう法則なんじゃよ。
水が冷えれば凍るように、炎がありとあらゆるものを燃やすように、物が重力によって落ちてくるように、人間は呪いには勝てん。
それでも尚、赤髪は懸命に戦った。じゃから、妾の方から契約を持ち出した。見てて思ってしまった、死ぬには惜しいと。
呪いが一個人に肩入れするというのもおかしな話じゃが、何もこれに限った話ではない。妾の場合どちらにせよ赤髪を失う訳にはいかんかったからの。
じゃからあれほどの劇を見せられようが見せられまいが、助ける事には助けるつもりじゃった。今回は偶々こちら側から心地よく契約を持ち出せたというだけの話しじゃ。
そして契約した妾の活躍によって事が終わった、と思っておった矢先の事じゃ。生き残りの竜が妾達の下へと現れおった。
契約外の事は流石に出来ん、最悪の事態を想定して一度この体を殺そうかと思ったが……赤髪が妾の想定外の事をしでかしおったんじゃ。
どこにあそこまでの魔力を隠してたかは知らぬが……あやつは魔力を全部放出してあの竜を消し飛ばしてしもうた。
威力にも目を見張るものがあった、じゃがこれ程の事を人間一人が起こして良い訳がない。なるほどなるほど、万人が恐れる理由がようやっと分かった。
赤髪は、一人で天変地異を起こせるほどの力の持ち主だったようじゃの。魔法使いと同じ力量、魔力を持ちながらまだ人間である事が驚きじゃわい。
こうして本当に幕引きとなり、事は終わったものだと思われた。事実、もはや異常もなかったしの。
そういえば、赤髪が里の武器庫やら何やらに細工をしていたがアレはなんじゃったんじゃ……。過ぎたことじゃし構わぬがの。
◇◆◇◆◇
事は少し遡り、数日前の話じゃ。
"何か"がこの土地に、いやこの世界に出現しおった。どうやらこの土地の一部が喰われたみたいじゃ。
人ではない、まして神如きがこの様な事をするとは思えぬ。そして何より、魂が残っておらんかった。ならば、"何か"は呪いという事になる。
それも、妾と同じ呪いじゃ。妾は他の呪いとは格が違う、というより出自が違う。ラースの根源は怒り、核はある魔法使いの一部じゃ。
呪いにはそれに相応しい理由と核が存在する。呪いは、何もないところから生まれはせん。必ず存在する理由が、己の存在理由があるんじゃよ。
じゃが何事にも例外はある。この世には絶対なぞありゃせんわ。妾は例外の部類に入るからの、妾にはある特徴があるのじゃ。
それは一言で表せば、『唯一』。呪いにも様々な形があるが、妾だけは特別じゃ。この世界において妾という呪いは一つしか存在せん。
にも関わらず、妾と同じ呪いが出現した。異例中の異例じゃ、じゃから今回起きた異変には妾も自ら出張る事にした。
事の発端は、ある地域の消失。そこだけ切り抜かれたかのようにぽっかりと、何も無くなっておったそうじゃ。
そして西の領土全域に張られた謎の結界、これは恐らく"何か"の仕業じゃろう。その結界のせいで誰も西の領土から出入りする事は叶わなぬ。
じゃから、仕方なく赤髪も原因究明へと乗り出した。妾も行動を共にするべく意識を割いてシノノメタカシの記憶から引き出した生物の形を取って行動を始めた。
今思えば、それが失敗じゃった。妾の体が、シノノメタカシが魔法使いに捕まってしもうた。あの光の申し子と共におった女二人の説明を聞いて、しくじったと思わず思ってしまったの。
今回ばかりは、妾の失敗じゃ。シノノメタカシとの約定を守る事が出来んかった。
じゃから———
今回に限り、妾がこの物語に自らの意思で介入する。
その結果がどうなろうと、たとえ世界に悪影響を与えようとも。
妾の知った事ではないからな。




