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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第三章 眩しい闇
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呪身蠱毒

 ネルの足元の影が蠢くと、白いキャンパスにこぼした絵具の様に影が広がっていく。それは、天も同じで天の影もまるで生き物の様に蠢きながら広がっていた。


 互いの影と影が触れるという瞬間、最初に動いたのはネルだった。影から一本の漆黒の槍が飛び出してくるとネルはそれを掴み天へと襲い掛かる。


 不可視の一撃、ネルの放った一突きは音を置き去りにして天の脳天を穿とうとしていた。


「……ふぅん?」


 しかし天は無傷だ。天が何かした訳でも、ヒスイが守った訳でもない。ただ、槍の矛先が天に触れる一歩手前で停止していたのだ。


 ネルはすぐさま槍を引くと斬りつけるように槍を振るう。一撃、二撃、三撃……。目にも留まらぬ速度で槍を振るうネルの斬撃はやはり天には届かない。


 まるで見えない何かに阻まれているかの様だった。そしてその状況に一番驚愕しているのは天だ。


(な、何!? 何がどうなってどうなってんの!?)


 天からすればまるでネルが寸止めでこちらに攻撃しているようにしか()()()()()()


 そう、天は見えていたのだ。ネルの攻撃全てを。


 以前の天なら何をされていたのかさっぱり分からなかったろう。だが天も一度だけ、ゾーンに入ったかの様に自分自身が何でも出来る様な錯覚に陥った事がある。


 限界を感じる事もなく、やればやるだけ出来る。そういった不思議な感覚にだ。その時、天の様子は普段と違うと言えば違ったろう。


 その時は、天の体は見知らぬ女の子の体だったからだ。


「なるほど、その霧が邪魔してんのか」

「!」


 一瞬だけ聞こえたネルの声、その声に反応する様に天の視界に黒い霧が突如として現れる。言われてようやく気付いたと言わんばかりの反応だ。


 確かに、霧は天を守るように周囲を覆っていた。見れば分かる、ネルの言葉通り霧がまるで強固な壁のようにネルの槍を弾いていたのだ。


(どういう……?)


 疑問で戦闘から考えへと天の意識が切り替わろうとした瞬間、ゾッと背筋が泡立った。考えるまでもなく本能のままに行動した天は目をつぶってその場でしゃがみ込んでしまった。


 ゴウッと黒い炎が天とネルを巻き込んで辺り一面を巻き込む。この場で回避したのはネルだけだ。だが、天にはそれが出来なかった。


 それはそうだろう、いくら不可不思議な力によって身体能力が向上しているからといって天はまだ子供だ。


 むしろ咄嗟とはいえ身を守るために蹲み込んだのは本能的な行動とはいえよく反応したと褒めるべきだ。普通の者ならば反応する事すら出来ず消し済みになっていたはずだ。


「あ、あれ……?」


 天が恐る恐る目を開くと周りが黒炎に包まれながらも天の周りだけは何もなかったかの様に無駄に輝く地面が綺麗に残されていた。


「これってもしかして……ヒスイさんが助けてくれた?」


 どうやら巻き込む様に見せかけて放った黒炎は天に当たらない様に調整されていたようだ。その事に気付くのと同時に、自分がこの黒炎に閉じ込められた事にも気付いた。


「いや……違う。ヒスイさんは僕を守ろうと隔離したのか……」


 これもまた当たり前なのだろう。ヒスイからすれば天を守りながら戦うには相手が悪すぎた。


 何せあの赤髪だ、幼年期から少年期にかけて世界から迫害され生き残った御伽話にもなるような存在だ。とてもじゃないが子供を守りながら戦える相手じゃない。


 その事を理解した天は歯軋りをした。


 分かってた、分かっていたはずだ。自分はまだ弱いのだと。戦えず、いつも周りの足を引っ張ってしまうお荷物なのだと。


 思い返せばいつも背負ってもらった覚えしかない。何も出来ない自分しか思い出す事が出来ない。


(僕は……どうすれば……)




◇◆◇◆◇




「なんだ、お前が今度は相手か?」

「ええ、あの子には荷が重すぎますから」

「はん、どうだかな」

「あの子の方が私よりも相手になると?」


 時間稼ぎのつもりでそう言うとネルは肩を竦めながら話に乗ってくれた。余裕というやつなのだろう、ネルは槍で肩を叩きながら口を開く。


「いいや? 眼は良いみたいだが全然駄目だな。だが面白い」

「面白い?」

「伸び代があるって事さ。眼が良いやつは必ず成長する。しかもアイツの場合成長じゃなく自覚さえすればもっと面白くなるからな」

「それはどういう……?」

「私とアイツは同じだからさ。私はもう自分が人間とは違うと自覚してる。だがアイツはまだ人間でいるつもりだ。だから血を流す、足が竦む、涙が出る、心がある」


 最後は侮蔑するかの様に言い放ったネルにヒスイは苛つきを覚えた。よりにもよってそれを貴女が言うのかと、ヒスイは少しずつ怒りが蓄積してきていた。


「貴女だって、血を流すでしょう、心があるでしょう! 感情があるじゃないですか!」

「そりゃあ私はあくまでも"赤髪"を表に出してるからな。ここはお前と同じだよ。お前だって中身に化け物飼ってる口だろ」

「……!」


 つまるところ、ネルもヒスイと同様呪われているという事になるのだろう。そこでふとヒスイはある疑問が浮かんだ。


「私の事を知ってるという事は記憶が残ってるんですね……?」

「ちっ、またそれか。知らねぇつってんだろ」


 もういいだろ、とネルが槍を構え直す。仕方ないとヒスイは刀を抜く。


(異常に気付いて誰かが来てくれる……。なんて事は都合が良すぎる幻想でしたね)


「さて、そんじゃあ遊ぼう……か!」


 踏み込みからのなぎ払い、もはや驚きを通り過ぎて呆れるほどの高速の攻撃にヒスイは防戦一方だった。遊ばれている、それはすぐに分かった。


 槍が他の武器よりも特徴的なのは攻撃が線では無く点である事だ。突き、何よりも槍が強みとするその技を使ってこない時点で真剣ではない事は明らかだ。


 槍をまるで大剣の様に扱うネルに気を割くほどヒスイに余裕はない。


(……っ! 早い強い痛い! よく反応出来た!)


 もはや目だけじゃ追いきれない。今の今まで鍛えてきた反射神経だけで何とかギリギリ致命傷を避けているだけだ。


(……一か八か、私には再生能力がある。死を覚悟せめてして一撃だけでも……!)


 そう決めたのなら行動は迅速に、だ。ヒスイはわざと隙が出来る様に右から振るわれた槍を大振りで力強く弾く。


 そして防御を捨てて刀で自身が放てる最速で一閃する。だがここでヒスイの予測を裏切る行動をネルはしてきた。


 まるで軟体動物の様にペタンと足を曲げて、リンボーダンスのごとく体を垂直のままその一閃を躱したのだ。


 それだけではない、ネルは片手を軸に両足を地面から離してヒスイの片足に絡めてそのまま足を脚力で潰して千切り取った。


「ぐっ……!?」


 痛みで顔をしかめるのも束の間、片足を無くして体勢を崩したヒスイの顔がネルのなぎ払いでいとも簡単に弾け飛んだ。


「まぁそう出るよな。力量差があるならその体を頼るしか無くなる。他の奴には通用したかもしんねぇがこちとら何百年とこの体なんでな。知り尽くしてんのさ」


 ヒスイの頭と片足が再生する前に足元の影から何本もの槍を取り出すとヒスイのありとあらゆる場所に槍を突き刺し動けない様にした。


「再生する体が刺さったもんを更にキツくするもんだから抜けれなくなる。これもこの体の欠点だな。まぁ一回死ぬ気で体引き千切れば取れると思うが」


「かっ……あ……」


 ビクンビクンと痙攣するヒスイに終わりかな、と思いネルは手をかざす。ネルが何かを口にするよりも速く、足元の影が唐突にネル目掛けて剣に形を変えて飛び出してきた。


 それを難なくネルは回避、だが数が多くネルは仕方なくその場から離れる事で全ての攻撃を回避した。


(わざとだな。わざわざ距離を取らせたい理由は……)


「はん、お人好しだこと」


 影から這い出てきたのは長い髪を垂らした天だ。周囲に漂う黒い霧と足元にまで届くんじゃないかと思ってしまう程の長い髪のせいで表情は上手く読み取れない。


「ようやくやる気になったかよ。同類」

「……はい」


 天が顔を上げると覚悟を決めた眼差しでネルを見ていた。


「僕は……今まで何も出来なかった。誰かを守る事も、救う事も出来ずに言葉だけはいつも理想を語っていました」


 ネルは何も言わずに天の言葉を黙りこくって聞いている。これもまた、余裕なのだろう。もしかしたらこれから始まる遊びの為の前戯として捉えているのかもしれない。


「誰も、僕は助ける事が出来ずに僕のせいで傷付いたり、迷惑をかける事しか出来なかった。疫病神と言われても納得したでしょうね」


 だから、と強い言葉で天は覚悟を口にする。


「僕はどうなっても構わない。化け物だって言うならそれを受け入れる。だけど、それでもネルさん。貴女を僕は助けてみせる!」

「助ける、ね。この問答もいい加減飽きたからもう否定もしねぇよ。そうだな、私からも一言だけ言っておくか」


 ネルは槍を捨てると新たな武器を影から取り出す。これもまた漆黒で、一切光を反射しない武器であった。


 ただ、その剣は異様に大きく形だけなら大剣と言えるだろう。身の丈の2倍以上の大きさである大剣を構えるとネルはこう言った。


「やれるもんならやってみろ」

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