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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第三章 眩しい闇
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狂宴

「ネル殿……なのですか」


 ありえない、と言葉を漏らす。この距離では言葉は届かない。それでも、言ってしまわずにはいられなかった。


 あの相手を小馬鹿にしたような不敵な笑みも、堂々とした立ち姿も、流れるような長髪も全てネルの姿と重なる。


 だが、決定的に違う点もあった。それは一目瞭然だ。陽の光を反射するように、髪は黒く染まっていた。


「何故……貴女程の方が……!」

「何がだ女」


 背後からネルの声が響く。気付けば視界からネルの姿は消えていて背後から手が伸びる。そしてヒスイの肩に手を回していた。


「さっきからお前何か勘違いしてねぇか?」

「……っ」

「お前の言うネルっつー名前なんぞ私は知らねぇな」


 その言葉にヒスイは一瞬、記憶を失っているのではないかと思った。記憶の混乱、それは自分自身が体験した事だからこそ、そう思ったのだろう。


 自分が自分ではないような感覚は今思い返しただけでも、まるで他人事のように感じる。まるで別人が自分の体を使っていたような気がしてならなかった。


 だから今も何かしらの理由がネルがネルじゃない事になってるんじゃないか、ヒスイはそう思いたかった。


「にしてもまぁ……中々の粒揃いだな」


 ネルはクックっ、と喉の奥から押し出されるような声をあげる。突然の登場に驚きを隠さず身動き取れない周りの面々を見渡す。


「魔法使い見習いに精霊の愛し子、それにあそこでボケッと突っ立てるのは……受肉した呪いか」


 エリス、ミリア、天の順に視線を移してながら最後に聖剣を構えたまま微動だにしないハルに視線を向ける。


 そしてハルの持つ聖剣を見て目を細める。


「お前……『勇者』なのか?」

「……そ、そうだっ」

「代替わりしたばっかか? なんだ、あの女もう死んでんのか」

「……?」


 余程面白かったのか今度は大声で笑うネルにハルは困惑するしか出来なかった。ネルの言っている意味がまったく分からないからだ。


 勝手に一人で喋って勝手に完結している目の前の女をどうすればいいのか、ハルは戸惑う。だが次に放たれた言葉にハルは驚愕に目を見開く。


「アーサーの後継者のくせにすぐに死ぬとか勇者も地に落ちたもんだよなぁ?」

「……は?」

「見た感じお前も弱そうだしこの世界の勇者はつまらなさそうだな」


 心底落胆した、そう表情が物語っていた。だがハルはその態度を気にする事なく戸惑ったように言葉をこぼす。


「お前……さっきから何を言っているんだ?」

「あ?」

「師匠……アーサーの後継者は俺だぞ? 女の勇者なんて聞いた事もない」

「……へぇ。そりゃ面白い」


 ハルの言葉にネルはヒスイから離れるとハルの下へと歩む。そして一言。


「去ね」


 目にも止まらぬ速度でネルの回し蹴りがハルの腹部へとクリーンヒット。鎧がハルの肉体を守ったが衝撃までは殺せずハルは吹き飛ばされる。


「気が変わった。勇者、お前は生かしといてやる」


 獰猛な笑みを浮かべるネルにヒスイは思わず刀を抜刀し、容赦なく首を刎ねようとする。


「だがテメェらは今すぐ死ね」


 ネルの足元が突如爆発したかのように黒い何かが爆ぜる。そしてヒスイ達の目の前に広がるのは全てを飲み込まんとする見渡す限りの黒、黒、黒。


 体が、本能が訴えていた。命の奪う理不尽なのだと。そして自分というちっぽけな人間はただ喰われるだけの存在なのだと。


 そしてそれに抗うのは、白く輝く純白の光だった。


「離れてください!」


 エリスが杖を構えて結界でヒスイ達を囲み黒の洪水に抗っていた。いや、抗うだけでは止まらない、エリスは詠唱の過程をすっ飛ばして魔法を発動させる。


「〝光楼閣〟!」


 景色が黒から白へと塗り潰されていく。それは幻想的な光景でヒスイは目を奪われていた。それはネルも同じだ。


 一つの世界が作られていく姿にネルは笑い声をあげる。心底愉快そうに、子供のような無邪気な笑い声で、声をあげ続ける。


 そうして、世界が全て眩い街へと変化した。清廉潔白、黒の存在しない世界で異物が嗤い続けている。


 そうしてもう一つの異物は街に呑まれて姿を消していた。




◇◆◇◆◇




「これは……」

「これ以上被害を出さない為に私が魔法で閉じ込めたなのです」


 ヒスイは驚きのあまり立ち尽くす。次々と起きた出来事に脳が追いつかなかったからだ。


 そんなヒスイの戸惑いの言葉に返事をしたのはエリスだった。エリスは疲れているのか顔色が悪いが、それでもやる気に満ち溢れていた。


「貴殿は魔法使いだったのですか……」

「見習いなのです。それよりも、アレを知っているみたいでしたけど、まさかアレも知り合いなのです?」


 これ以上はやめて欲しい、そう表情は雄弁に物語っていた。だがそれはヒスイも同じだ、まさかここで知り合い二人が敵に回るような目に遭うとは思わなかったのだ。


 何よりショックなのはネルともあろう人がこちら側に落ちてきた事だ。どんな困難があろうとも自身の力で打ち破り、決して他人の力は借りない。


 それがネルだと思っていた。一体何がネルの身に何が起きたのか、それを知りたかった。


「……これ以上あなた方には迷惑はかけられません。あの人は私が何とかします、ですから貴方は勇者殿とそこのお方の救命措置に当たった方が良いかと」

「私はこれでも勇者の仲間なのです。救えるのなら救いたいと私も……」

「申し出はありがたいですが、ここから先は私達の問題です。迷惑をかけて大変申し訳ありませんでした。だからどうか、今は自身の命を大事にしてください」


 取りつく島がないヒスイの態度にエリスはムッとする。


「いいえ、私達は……」

「だからっ!」


 なお食い下がろうとするエリスにヒスイは思わず叫ぶ。その剣幕にヒスイはビクッと体を震わす。


「あの人の相手だけはダメなんです! あなた方であっても死んでしまう! 人間じゃあの人には勝てない!」

「それは貴女も同じなのです!」

「違う!」

「っ……その、姿は……」


 エリスはヒスイの姿を見て絶句する。


「私も彼等と同じ化け物です。そして、あなた方追っている化け物も多分私の事です」

「で、でも……王様は人に化けてるって……」

「私は元人間です。あなた方の言う化け物に取り憑かれてこうなりました。貴女は、私を殺しますか?」

「そ、そんな……」


 ヒスイは一度目を伏せると、背を向ける。


「あっ……」

「あなた方はきっと正義です。だからどうか悩んで自分の信じる道を進んでください」


 膝から崩れ落ちるエリスを背にヒスイはネルの下へと駆ける。


(今こそ恩を返す時……! ネル殿を、タカシ殿を私が救ってみせる!)


 純白の建物の壁を蹴りながら軽やかに移動するヒスイ。姿は見えずとも圧倒的な存在感でネルの居場所は感知出来た。


 これが自分が化け物となり分かるのか、同じ存在だから分かるのかは知らない。けれど、今は自分が化け物で良かったとヒスイは思った。


 化け物だから、貴女に立ち向かえる。


「ネル殿」


 いつの間にか笑い声を止んでおり、ネルはただ空を見上げていた。

 ヒスイが声をかけるとネルはゆっくりとした動作で振り返り、ヒスイの姿を見て少し目を見開く。


「へぇ、お前も呪いか」


 お前も、その言葉でヒスイは目を細める。


「何故貴女は呪いなどに身を堕としたのです」

「それ今聞く事か?」

「どうして今聞きたい事ですので」

「……ま、いいか。別になりたくてなった訳じゃないさ。ただ呪われた、それだけさ」


 私も聞きたい事がある。


 そうネルは言った。ヒスイは頷くとネルは指先を自身の胸へと指す。


「お前らこそ何だ? 中身にそんなもん抱えたままよく自我を保ってられるな。それと、だ」

「……?」

「そこに隠れてる奴、出てこい」


 ネルが呼びかけると、建物の影から変わり果てた天がズルリと這い出てきた。


「タカシ殿……?」

「ヒスイさん……」


 天の姿に思わず名を呼んでしまったのだが、まさか返事があるとは思わずヒスイは驚く。姿は変わり果てて分からないが、そこには確かに天がいた。


「意識が戻られたのですね……」

「は、はい。すみません……」

「やっぱりお前が本体か」


 ネルは口元を歪めると仰々しくお辞儀をする。気品も何もあったものではないが、それでもネルはそのまま言葉を続ける。


「初めまして世界の母よ。こうして同じ存在が会えるのは稀だ」

「世界の母……? あの、何か勘違いしてるんじゃ……」

「いいや? お前だよ、私と同じだ。世界の負から産まれた忌み子」


 何を、とヒスイが言う前に天が言葉で遮る。


「いいえ、僕は貴女と同じなんかじゃない。僕は、人間です」

「あ? テメェ気付いてるくせにわざわざそれを私に言わせるのか?」


 ネルは天の言葉を否定するように言葉を返す。その目は何を言ってんだこいつ? と語っていた。


「そこに立ってる女とは違うだろ。お前は最初から人の形を真似ているだけの化け物、呪いに過ぎねぇんだよ」

「違うっ! 僕には過去がある、少しだけど思い出したんだ! 里の皆の顔も、声も思い出せる!」

「喰ったやつの記憶だろそんなん。はぁ……呆れた、ガキみてぇな考え方してっから、こんなガキの姿してるんだろうな」


 ネルはまぁいいさ、と言う。


「会話はこれで充分だろう。さぁ呪い合おう」

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