もう少しだけ
「……暑い」
「ですねぇ……」
「いや、この程度で音を上げるなよ」
燦々と降り注ぐ日差しにげんなりしつつもレンガを運ぶ天とティナは呆れたような声にのっそりと顔を向ける。
そこには髪を紐で後ろにまとめており、砂漠の遊牧民などがよく着てそうなエスニックのチュニックを着こなしているネルがいた。
ネルも天達と同じようにレンガを運ぶ作業をしていたようだが、ネルはレンガが大量に積まれているトロッコを持ち運びしていた。
「……重くないの?」
「別に? チマチマやるよりかはこっちの方が楽だからこうしてるだけだよ」
「ネルさん力持ちですね〜」
三人で仲良く話しながら作業をする。普段と違う事と言えばそれは天とネルが自分の髪を隠さずに普通に行動しているところだろうか。
ネル達が行なっているのは、隠れ里の復興作業———つまり破壊され尽くした里を完全復活させる事だった。
街より小さいとはいえ、ここは様々な人が住む隠れ里だ。復興するのにも人手と時間が必要だったろう。
復興作業を始めてから数日、もう既に隠れ里は元の形を取り戻そうとしていた。何故こんなにも早く復興が進んでるか、それはヒスイとネルの働きによるものが大きかった。
里の皆が生き残っていたお陰もあり労働人数も増えてる事もあったが、ネルはその常識破りの体力と力で資材の持ち運びに大きく貢献していた。
ヒスイも似たような形で、不眠不休で活動に勤しんでいたのもあり建築速度が段違いに上がっていたのだ。
◇◆◇◆◇
繰り返す日々にも終わりは近づいてきた。復興活動も大詰めになり、もう完全復活するのも後数日だろうと里の人達は見立てていた。
日没が近づいてきており、空は夕焼けに染まっている。たとえ里の人間だろうと皆は気味悪がって外へ出ようとはしなくなる。
それをもったいないと思う私はやはりどこかおかしいのだろう。夕焼けに染められた世界を、綺麗だと私は思う。
世界はこんなに美しいのだと、今更ながらに気付かされた。それに気付かせてくれたのは、赤髪に青い髪の綺麗な人、そして目の前で空を見上げている少年だ。
「こんばんは、何をしているのですか?」
声をかけると驚いたようにビクッと肩をあげた。そして振り返って私の姿を見ると相好を崩す。
「こんばんは。えっと、空を見ていました」
少年は丁寧な口調で私に言葉を返す。これは私の勝手な思い込みではあるが、この子はどこか変に達観してはいないだろうか?
青年にもなり切れていないこんな子がいつも丁寧な口調で、穏やかに話している。少年らしさといえばその見た目だけだ。
この子と話していると時折少年と話してるとは思えない違和感を感じる時があるのだ。ただ、それは気分を害するものではなく心地よいものだと思っている。
これは素の口調なのだろう。それに話していれば分かる、紛れも無い善人だ。人の死を受け入れる事など到底出来ないような、優しい少年だ。
皮肉な話だ、そんな少年が私と同じように呪いに侵されており、人の死や苦しみを延々と聴き続け、見続けるのだから。
「そうだったのですね、ですが怖くないのですか? 魔の夕暮れ時ですよ?」
「それを言ったらヒスイさんもじゃ……」
「そうですね、ですが私は初めてなんです。貴方も夕焼けを見るのは初めてなのですか?」
少年はふるふると首を動かす。どうやら違うらしい、という事は何度もこの素敵な光景を見てきたのだろうか。
「何度も夕焼けを見てきましたが……ここはとっても綺麗ですね。ここに来てからいっつも思いますよ」
「そうだったのですね。……夕餉まで少し時間があります、少し話していきませんか?」
はい、と少年は頷いてくれた。
「……そうですね、ではまず貴方の名前を聞かせてはくれませんか?」
「あっ、そういえばまだ自己紹介するのもまだでしたね」
そう、あの事件が起こって以来私は少年達とは復興作業での最低限の会話を除けばまともに話せてはいなかった。
理由は至極単純、合わせる顔がなかったのと何を話せば良いのか分からなかったからだ。
「東雲天、これが僕の名前です」
「シノノメタカシ殿ですか、珍しい名前をしてらっしゃりますね」
「僕が住んでいた国ではこれが普通なんですけどね……」
「そうなのですか? その国というのは……?」
ふと気になって問いかける。この問いかけに少年———タカシ殿は少し顔を伏せて苦笑いをした。
「日本、っていう国なんですけど多分分からないと思いますよ?」
「ニホン……そう、ですね。一度も聞いたことは……」
いや、本当にそうだろうか? ニホン、その言葉が頭の片隅に引っかかる。昔どこかで一度だけその言葉を耳にしたようなしてないような……。
「ヒスイさん?」
「あ、いえ。どこかで聞いたような気がしたのですがおそらく似たような単語でしょう」
私は笑ってごまかす。タカシ殿は私を疑いをせずそうですか、と頷く。そうだ、今は二人きりなのだから聞きたいことがあった。
「タカシ殿、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「僕で答えられるようなら大丈夫だと思いますけど……」
「貴方は私を、体に巣食う呪いについてどう思っていますか?」
いつか聞かねばならなかった事だ。あんな出来事を起こしてしまった私を、そしてタカシ殿については特に呪いについて意見を聞きたかった。
私のは分からないがタカシ殿を呪っているアレは確実に特級レベルの呪いだ。自我もある、力もある、そして何より知恵もある。
そこまで呪いを受けていながら未だに自分を保っているタカシ殿はある意味では恐ろしい。耐える耐えれないの話じゃない、アレはそういう次元を越えている。
そんなタカシ殿にどうしても聞きたかったのだ。
「そうですね……。正直に言うとどうしてだろうって疑問もありました。何でこんな事が出来るのだろうと、そう思っていました」
その言葉を私は静かに聞き入れる。
「けどそんな事よりも、ネルさん達を傷付けたのは僕は許せないです」
初めて見せるタカシ殿の激情に思わずたじろぐ。心なしか視界が暗くなる。心臓が早鐘を打つ。危険だ、マズイ、体が警鐘を鳴らしているのに私は動けない。
しかし数秒とも経たずにタカシ殿から恐ろしい気配が消えた。それに合わせて私は息を吐く。どうやら呼吸を無意識のうちに止めていたらしい。
「だからこそ、仲直りをするべきだと思うんです」
先程とは違い今は普通の調子で言葉を続けるのを見て、私は心の中で安堵した。
「僕はヒスイさんの事についてはもう怒ってないです。それはきっとネルさん達も同じだと思いますよ? ネルさんは過ぎた事は気にしないタイプですし」
「……ありがとう、ございます」
いえいえ、そう言いながら微笑むタカシ殿に感謝の言葉を伝える。……優しい人だ、本当にそう思う。
「後は呪いについてですけど……。僕自身あまり把握してないんですけど大丈夫ですか?」
「……はい、貴方自身の言葉で私は聞きたいです」
「僕が思うに、呪いは〝声〟だと思うんですよね」
「声、ですか」
タカシ殿は頷きながら話を続ける。空には月が昇り始めていた。体の内側がざわめく様な感覚を覚えながらも話を聞き続ける。
「ここに来る際、亡くなった人達の記憶が入り込んできたんです。その人達の記憶は魂の中身だったんですが……僕はそれを聞くことが出来たんです」
「だから〝声〟と?」
「夢を見る時も、呪いに苦しめられる時もいつも声が聞こえてくるんです。悲鳴だったり、断末魔だったり、全部人の声だったんです」
独白のようなその言葉には心当たりがあった。たしかにその通りだ、私の中では色んな声が渦巻いていた。全て怒っているような言葉ばかりであったが。
「死人に口なし、ってあるんですが……。きっと僕にはその諺は通用しないと思います。その亡くなった人達の声を聞くことが出来るんですか」
死んでもその心を、言葉を伝える事が出来る存在。それが呪いなのではないかとタカシ殿は言う。呪われるのはその声を受信しているだけなのだと。
では呪いとは人間の魂なのだろうか? それではあんまりだと思う。人は死んだら、人に害をなす存在になってしまうのは、あまりにも悲しいではないか。
「そうですね、けど人間は清濁併せ持つものですから。こうして話したり何かをする時には相手に気遣ったりしますけど、心の中では文句や愚痴をこぼしているかもしれません」
「…………」
「善性を尊ぶのは素敵な事だと思いますよ? けどそうしたら行き場のない怒りや黒い感情はどこに行けば良いんでしょうね?」
言葉足らずですみません、とタカシ殿は謝罪する。その時背後から声が響く。
「おーい、夕餉が出来たぞー! っと、お前もいたのか」
赤髪だ。タカシ殿はその声に反応して今行きます! と大声で赤髪に言葉を返す。
「それじゃあヒスイさん、また明日!」
「ええ、また明日。付き合ってくださりありがとうございました」
少年は借りている家の方へと走っていく。この場に残ってるのは赤髪と私だけだ。
「……お前も来るか?」
「え?」
突然の誘いにこれは驚かざるを得ない。私みたいな者が行っても良いのだろうか? そんな疑念が私の脳裏をよぎる。
「ティナの奴がな、お前とも一緒に食べたいんだと。もしも見かけたら誘ってくれって言われてな」
「その、よろしいのですか?」
「自分みたいな奴が、とか思ってるんだろ? 関係ないさ、タカシ達は喜ぶと思うぞ?」
伝えたぞー、と赤髪は言ってその場から去っていく。私は少し戸惑ってから、夕餉をあの人達と食べる事にした。
これでこの章は終了となります〜
何話か番外編を挟んだら三章に突入すると思われるかと……




