最初で最後の
「もう充分です。私が私である内に幕を下ろしたい」
ヒスイはそう言った。それは決意とまではいかずとも、意思のこもった言葉であった。
充分だ、何度もその言葉を繰り返し自分を殺して欲しいと少年に訴えかける。自殺ではダメだ、他社の手による殺害も無意味だ。
ヒスイは気付いている。自分は化け物を受け入れてしまった事により不死になってしまってるという事に。
ならばどうすれば死ねるのか? 簡単だ、自分の目の前には"死"そのものがいるではないか。近しい化け物だからヒスイは分かってしまった。
アレは一方的に死を与える者であり生を奪う、自分とは別種の呪いである事に。不死に死の概念与える事も、不老に老いを与える事も可能だろう。
あれは与える側の極致だ。もたらすモノはこの世界にとって不利益でしかない自分と同じ世界から見捨てられるであろう化け物。
その化け物が、ヒスイに言葉を与えた。
『死は逃げるのと同意じゃ、本当に罪の意識を感じているのなら死ぬまで生きろ。人生とは苦難の連続じゃ、生きる事自体が苦しいものなんじゃから、それが罰となるじゃろ』
「……っ! しかし、それはっ!」
『……ここからは、妾の言葉ではなくお主を助けたあやつの言葉じゃと思え』
それは、あの気弱そうな少女の事だろうかとヒスイは思った。となれば、それはその体の本人だろうと推測する。
『こやつはな、お主も含めて皆を助けたいとほざきおった』
「……!」
『あのような仕打ちを受けてもなお、その気持ちは変わらんかったようじゃの。そして、だ。全員を救う、そのような夢物語を確かに妾は聞き届けた』
「え、あ、待って、ください。それ、は……」
『こやつに感謝せいよ人間。他の人間共は生きておる』
放心したように、ぺたりと座り込むヒスイ。両目からは涙がポロポロと零れ落ちていく。
「よがっだ……! みんな、いぎでだんでずね……!」
『はっはっはっ、泣くほど嬉しいかそうか。妾も一肌脱いだ甲斐があるもんじゃのぉ』
少年は泣きじゃくってるヒスイの頭をポンポンと叩きながら撫でる。そうしてからこれで一件落着じゃな、と言いくしゃみをした。
『にしても、ここは寒いのう。契約は果たしたし後はお主らに任せるぞ妾は寝る』
「……ありがとう。貴女が、助けに来てくれて、本当に助かった」
『感謝ならこやつにするんじゃな〜。妾はあくまで代理じゃ、あまりこちら側に干渉したくはないんじゃが……まぁそれなりには楽しかったぞ』
最後にもう一度礼を述べようと再度ティナが口を開きかけた瞬間、咆哮が轟いてきた。その声にヒスイは体を震わせる。
「……ネルさんが、倒しに行ったって……」
「な、なんで! なんでアイツが……!」
曇天の空より響く声の主———竜がヒスイ達を睨みつけていた。
◇◆◇◆◇
「どうですか?」
「それがですね……これを」
ハルが兵士長から何枚かの写真を手渡される。その写真に目を通すと、それには吹雪で見辛いが様々な角度から撮られた廃墟であった。
破壊され尽くしたそれはもはや廃墟というより瓦礫の山だろう。そして雪の積もった白い地面に目立つ巨大な赤いシミが点々とあるのが見られる。
「……これは?」
「これは我が国で開発した飛行撮影機で撮った廃城の写真になります。勇者様のご要望通り何か異変がないか確認したところ、廃城が破壊された後を見つけましたので写真に収めたのです」
「その廃城というのはここからどれくらいの距離なのですか?」
「五Mくらいかと……」
ハルは唸りながらも、兵士長にありがとうございますと感謝すると離れて休んでいるミリア達の下へと行く。
白湯をチビチビ飲みながらエリスは体を温めており、ミリアは周辺の地図をジッと見つめていた。
「二人とも」
「お、なんか分かったの?」
ハルが声をかけるとエリスは顔を上げ、ミリアは地図からハルに視線を転じて話しかける。
「恐らくなんだが……予想通りどうやらもう一頭の竜がいるようだ」
「……やっぱりかぁ。それでどこにいるか分かったの?」
「多分……ここから五M先にある廃城にいるんじゃないかと思う」
「廃城? なんでまた」
その言葉にハルは先程兵士長から受け取った写真を二人に見せる。二人は神妙な顔つきでその写真全てに目を通していく。
「この破壊の跡は竜がおこしたものだと思うんだ。ここまでの破壊は竜しか出来ないだろ? このデカイ赤いシミは気になるが……」
「それじゃあこの廃城に向かうの?」
「竜は放っておけば甚大な被害が出てしまう。その前に俺らがそれを止めなきゃいけない」
強固な意志を感じさせる言葉にミリアとエリスはこくりと頷く。勇者として、その仲間として為すべきことを為す、その為に彼等は行動を起こす。
「よし、すぐに向かう。急いでエリスの防寒着を用意しよう」
「助かるなのです……」
◇◆◇◆◇
「……何度も、頼るようで悪いのだけれど……」
『いや、契約外だから無理じゃ。今の妾はあくまで赤髪とお主に里の人間を救う事しか出来ん。その過程に争いは含まれておらん』
「……それじゃあ」
『妾は動かん。貴様ら人間の問題じゃろなんとかせい』
ヒスイは怯えたようにずっと震えている。この場から逃げようとしてもまず無理だろう。人間の足で竜から逃げ出すなどネルぐらいでなければ無理な話である。
絶体絶命、一瞬の緩みに付け込まれたかのような冷たい現実にティナ達は動けずにいた。
(折角、折角ここまで来たのに……!)
最後の最後に水を差すような絶望にティナは今程自分の力の無さを恨んだことはなかった。勇者と旅を共にしていた事もあり、ティナの戦闘能力は非常に高かったりする。
ネルや少年、ラースなどの非常識の力にティナは埋もれがちだが実は勇者パーティで二番手の強さだったティナでさえも、竜の前には足元にも及ばない。
皆の心が折れようとしたその瞬間、声が届いた。
「……わりぃ、寝てた……」
弱々しい声、今にも搔き消えそうなその声にティナは思わず自分の耳を疑った。背中から重みが消える。背後を振り向くと片目を開いて立っているネルがいた。
「……ネル、さん」
「おぅ……」
さすがの少年もこれには驚いているようでネルの姿を見て瞠目していた。そして次には大爆笑をして少年は大声をあげた。
『いやいや! 最高じゃ! どこまでも面白いものを見せてくれる! 赤髪、お主は実に面白い!』
「うっせーなぁ……」
不快そうに言いながらよろよろと歩き竜の下へと近づいていく。それを見てティナは慌ててそれを止めようとしたが、少年が腕で制した。
「……どういう、つもり?」
『こんな面白いとこを見逃したくはないのでな。お主も見ておいた方が良いぞ、正真正銘あやつの全力が見れる』
「そんな事、言ってる場合じゃないでしょ! 絶対に死んじゃう!」
『そんな勿体無い事はせんよ、言ったじゃろ妾はあくまでお主等を救う為にここにおると。特に赤髪をここで失うのは妾にとっても痛手じゃしな』
なにより、と少年は一度区切る。お主等では竜には敵わんじゃろ、と現実を叩きつける。分かっているティナは拳を強く握りしめる。
『お主等の為に……主にこやつの為じゃろうけどわざわざ戦おうというのじゃ、せめて信じてやるのが仲間じゃろ?』
ティナとヒスイはスッと視線を少年からネルに移す。竜とボロボロの姿で対峙するネルの姿は、なんとも絵になる光景だった。
「……ネルさん」
「赤髪……」
◇◆◇◆◇
(……クソ、体の感覚が全然ねぇな)
自分の体が自分ではない不快な感覚。それでも無理矢理足を動かす。
(……一撃だ、私の残る力全部振り絞ってアイツを殺す)
目の前の竜が動きを見せる。さぁ、限界を越えよう。〝雷帝〟を発動させ、動かない神経や筋肉に電気信号を送る。
脳が焼ききれそうだ、おかげで思考がぶっ飛ぶ。腕に力をこめろ、アイツは死にかけの私に脅威なんて感じてない。
ほら見ろ、ブレスも放たずにそのまま私を喰おうとしてやがる。上々だ、いくぞ最初で最後の———
「全力だぁああああああああああ!!!!」




