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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
37/70

圧倒的な差

『内容はどうあれ、お主なら二つ返事で引き受けるじゃろ? 』


 少年の問いにネルは眼で返答する。構わないと、そう物語っていた。それに頷くと少年はくるりと背後を振り返り声を張り上げる。


『おい青髪! 早よせい!』

「ま、待って……早過ぎ……」


 慌ただしい足音と乱れた呼吸がネルの耳に聞こえてくる。少しして視界にティナの顔が映る。


「……良かった」

『今から逃げても追いつかれる。青髪はそのまま赤髪をおぶって動けるようにしておくんじゃ』

「……分かった。ネルさん、大丈夫?」


 ティナは動けないネルの背中に手を回し起き上がらせると、背を向けてそのままおぶる。ネルは動けないのでなされるがままだ。


(思ったより軽い……)


 あれほどの力持ちであれば筋肉で多少重いのだろうと少し覚悟しておぶったのだが、想像以上に軽かった。


 血を流している、というのも影響はしているのだろうがそれでもネルは今ティナに体を任せている状態だ。だというのにこの軽さは女性として少し羨ましかったのだろう。


 それよりも恐るべきこの細身の体であの身体能力である。腕力、脚力に体のバランス力は見た目では想像出来ない程の異常値を叩き出せるのだから。


(……こんな、ううん、ここまで辿り着くのにどこまでの……)


『考え事は後にしろ。ほれ、お主らの言う化け物が近づいてきておるぞ』


 少年の言葉にハッとして顔を上げると黒い塊が段々と大きくなってこちらに来ているのが見えた。ティナとネルはジリジリと温度が上がって行くのを肌で感じていた。


『よし、青髪よ妾から離れるなよ』

「……はい!」


 ティナが気合を入れるように声を張り上げる。それと同時に、()()()()()()()




◇◆◇◆◇




「……こ、これって」


 ティナが思わずポツリと言葉を溢す。それもそうだろう、数秒前まで戦いの跡が残る大地にいたはずなのにそれらが跡形もなく消え去っていたのだから。


 足元は地面ではなく煮えたぎるマグマだ、周囲をどれだけ見渡しても赤一色、まるで火山の内部にでもいるかのような景色だけだ。


 その景色に、ティナは一瞬どこかで見たような既視感に襲われる。だがその既視感もすぐに消え去った。今は、そんな不確定なものよりも現実を見ていたからだ。


 目の前には、揺らめく巨大な炎の獅子がティナ達を見据えていた。圧倒的な存在感、そこにいるのに異常を感じざるを得ない少年の言葉通り正真正銘の『化け物』であった。


『貴様……邪魔をするか』


 重々しく地響きのような声、聞いた者に恐怖と絶望を与えるそれは少年に向けられていた。一言一言に圧力を感じるその声に少年はカラカラと笑って答えた。


『邪魔も何も、お主には何も出来んじゃろうラース。主人から許しを得て舞い上がっておるのか? ん? こんな大層な世界なんぞ作りおって』


 少年の言葉に足元のマグマが炎の獅子に呼応するかのように波打ち始める。転びそうで怖いティナは一生懸命にバランスを保っている。


 何故か沈まないとはいえマグマだ、触れたくないというのは当たり前の反応であろう。少年はグラグラ揺れる足元など気にしないようにそのまま立っている。


『やはり人間じゃの。復讐の為に人間を殺す事は厭わぬくせに世界を壊すほどの度胸はないか』

『貴様……!』

『怒る事しか出来ぬお主には分からんじゃろうよ、さてその怒りは主人を侮辱した怒りか? それとも主人の道を阻む妾に対する怒りかの?』


 ラースと呼ばれた炎の獅子はその巨大な炎の爪を邪魔者を消し去ろうと振るう。触れればどんなものでも溶解してしまうであろうその爪を少年は片手で止めた。


『残念ながらお主には用が無いんじゃよ。戯れておらんで主人を呼んではくれんかの?』


 少年の言葉を無視してラースは怒り狂ったように口から黒炎を撒き散らす。それと同時に、足元のマグマが吹き上げてティナ達を飲み込もうとする。


「ど、どうするの!?」

『耳元で喚くな煩いのう。別にどうもせんよ、お主は妾から離れないようにだけ注意しておれ』

「でも空からも溶岩が……!」


 ティナが空を指差すとそこには黒い孔があり、溶岩が大量に流れ落ちてきていた。周囲には吹き上げたマグマによる津波、目の前には怒り狂った炎の獅子、もはや逃げ場はなかった。


 しかし少年は笑みを崩さない。まるで面白いものを見つけてそれを楽しんでるかのような笑みだ。ティナはせめてネルを守ろうと溶岩の津波から正面に向き合う。


 飲み込まれるとは分かっていても、せめて少しでもネルの盾になろうとして身を張ったのだ。その時、足元から泡立つ音が聞こえた。


 マグマの泡立つ音かと思ったが、何故か気になって足元に視線を向けるとマグマではなく真っ黒な闇が広がっていた。


 そこから何本もの人の腕とぐちゃぐちゃに溶けたにんげんであったろう顔が出てくる。幾千もの悲鳴が、絶叫が辺り一帯を支配する。


 溢れ出てくるそれは留まる事をしらず、マグマの津波や溶岩に呑まれていっても次々へと足元から出て来た。


「———ッ」


 悲鳴や絶叫に耳を押さえたくなるのを唇を噛んで我慢しながら少年に視線を向ける。これは何だ、と目で訴える。


 少年は答えなかったが、これは一種の壁であった。肉壁だ、溶岩やマグマなどを全てティナ達の代わりに盾となっていた。


 それもあってか、マグマの津波や降り注ぐ溶岩、黒炎はティナ達には一切届いていない。まるで膜に覆われてるかのように次々と生み出される壁に阻まれているのだ。


 そして今度は溢れ出る人の悲鳴と絶叫、おそらく人であろう異形だ。まるで人の死体がどんどん溢れてきているかのようだ。


『飛ぶぞ、赤髪をしっかり掴んでおれよ』

「え? それはどうゆ……きゃあ!?」


 少年はティナ服を掴むとその場から跳躍してラースの上へと飛ぶ。ティナはなんで!? と心の中で叫ぶ。


 わざわざ燃やされにいくようなその行為にはティナも驚愕しなかった。ラースは上空にいる少年の姿を捉えると黒炎を口から放つ。


『無駄じゃ無駄じゃ! 馬鹿の一つ覚えみたいに動きおって!』


 少年は片手を前に突き出すと掌から抜き身の刀が飛び出てくる。先から先まで黒一色の刀だった、それを少年は掴むと眼前に迫る黒炎へと振り下ろす。


 キンッと激しい音に包まれた世界で静かにハッキリと響く。続いてピシリと何かがひび割れる音が聞こえたかと思えば、突如景色がズレた。


「え?」


 左右非対称、まるで世界そのものがズレたかのような錯覚。それは錯覚ではなく、少年の手によってこの作られた世界を切ったのだ。




◇◆◇◆◇




 世界は崩壊へと進んでいく、この世界でしか獣は生きていけない。獣に形はなく、存在意義もなく、ただ行き場のない想いが廻り続けるだけ。


 ここは、そんな彼等に許された小さな世界。想いが形となり客人を呼び寄せる。


 ここは、作られた世界だった。


 ならば崩壊は必然。


 形あるものは必ず全て崩れ去るのだから。




◇◆◇◆◇




「こ、ここって……」

『おう、どうやら戻ってきたみたいじゃの』


 焼け野原に作られたクレーター、争いの跡があった地面に降り続ける雪。ここが元の世界だとティナはようやく気付く。


「……アイツは?」

『そこで倒れておるよ。すぐ起き上がるじゃろ』


 少年の言葉通り彼女はふらりと立ち上がる。ネルとは違い黒く淀んだ赤い瞳、少年と同じ黒い髪。ラースは少年に静かに、それでいて怒りの含んだ声色で問うた。


『何故、お主が邪魔をする。何故、お主が俗世に関わる』

『ちと違うがお主と大体同じじゃよ。契約じゃからな、仕方なく関わっておるだけじゃ』

『我が怒りは止まらぬ。我が怒りは静まらぬ。炎となりて我が身を焦がし尽くす。我が道を、我が怒りを、邪魔するなぁぁぁぁぁ!!!』


 黒炎を纏いし刀を力任せに振り下ろす。触れたもの全てを溶解させそれでも焼き尽くす炎は、少年の手によっていとも容易く吹き散らされた。


『な……』

『それしかないお主からしたらそれはお主を否定するのと同じじゃからな。怒るのも分かる、じゃが落ち着け。何もお主を、そこの人間を殺そうという訳ではない』

『いいや、いいや! 我が身は怨讐の炎なり! 我が身は燃え尽きようとも殺さねばならぬ! 怒りを、遂げねばならぬ!!』


 ラースが吠えると体が燃え盛る。その怨みを体現するかのように、轟々と黒い炎は唸りを上げて彼女を激しく包み込む。


 人の形を保ってるのが不思議な程の熱の中、ラースは少年へと飛びかかる。少年は動こうとせず、ラースの行動を容認していた。


 その体が少年の体に触れる。拳を握りしめて、少年を強く殴りつけ、何度もその拳を振るう。拳が少年に触れる度、黒炎が暴発し大爆発を起こしている。

 

 明らかなオーバーキル。どう見たって生き残る事は出来ないだろう光景にティナはただ見守る事しか出来ない。


 背にいるネルはもう力尽きて意識を手放している。元々意識があるだけでも異常だというのに、常人であれば死んでいるであろう状態だったのをネルは精神力だけで耐え切っていたのだ。


 意識を手放してもなおネルの体は生命活動を続けている。恐るべきはその生命力か、ティナが何度も心中に感嘆のため息をついてしまうのは仕方ないというものだろう。


 それよりもだ、ティナは目の前で繰り広げられている光景に思わず瞠目する。どんどん進んでいく状況に考えが追いつかなかったが、今になってそれはティナの思考を鈍らせていた。


 人間ではないと、少年は言っていた。自分は化け物だと、確かにそう言っていた。分かっていたはずだ、けれど分かっていなかった。


 化け物と呼ばれるのはいつだって人の想像の範疇を超える。化け物とは、ある種の畏敬の念を込めた呼び名でもあるのだ。


 規格外、その言葉が相応しいと言えるだろう。少年は、嗤っていた。あの猛攻を受けて、黒炎に燃やされ続けてもなお嗤っていたのだ。


 そして、少年が腕を軽く振るう。それこそ虫を追っ払うかのような動きだ。それだけで、彼女の姿が消え去る。


 文字通り、チリも残さず見えない何かによって破壊された。そんな光景にティナはゾッと鳥肌が立つのを感じた。


 スキルとか、能力とかそういうレベルではない。あれはただ消し去っただけだ。虫を足で踏みつけて潰すように、少年にとって命は簡単に消せるものだったのだ。


———次元が違う


 そう思わざるを得ない。人間、モンスター、果てには魔王。そのどれらにもアレには勝てない、それこそ神様と呼べるほどの高位の次元に立つ何かだ。


 そして、瞬きを一度して目が開いた瞬間には消されたはずの彼女が立っていた。


『さて、赤ん坊のお主もこれで新しい感情を学べたな。それが恐怖じゃ』

『…………』


 あれほど怒り狂っていたラースが口を一文字に結んで鋭い目付きで少年を睨んでいた。


『さて、ようやく話を聞く気になったかの。用件は一つじゃ、主人と代われ。お主は充分遊んだじゃろ』

『……契約不成立、か。よかろう、だが貴様の言葉……』

『分かっとる、契約じゃしな。……お主も中々の主人思いじゃのぉ』


 彼女は目を閉じる。少年は、背後へ振り向きティナを手招きした。もう大丈夫じゃ、と少年は言った。


 ティナは頷くと恐る恐る少年の後ろへと移動する。丁度その時、ヒスイが目を覚ました。


 名前に恥じぬ、透き通った翡翠色の両目が少年達を見据えていた。

戦闘シーンの圧倒的な描写力のなさとテンポの悪さには目を瞑ってください……

処女作なので色々と頑張ってるんですよ!

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