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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
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撃退

 廃城【ジャロガーレ】それがネルが向かっている場所であった。おそらく竜の寝床となってるであろうと当たりをつけたのは天だ。


 いくらこの場で生きていける竜だとしても生物、必ず快適な場所を確保するのではないかと天が意見し、それを聞いて長老はこの近くで廃城があると教えてくれた。


 この環境になってしまってからは砂漠に住んでいた生物もその廃城に逃げ込み所々が生物達の縄張りと化しているらしく、確かに竜にとっては食料にも事欠かない快適な寝床だといえるだろう。


 もしもその場にいなければ竜はどこかへ行ってるかそもそも住んでいないのどちらかとなる。その場合ネルは竜が住み着いていた跡があるかどうかを確認次第一度隠れ里へ帰還する事になっていた。


「後数分で着くか? ったく、この鬱陶しい吹雪のせいで何も見えねぇ……」


 悪態をつきながらも進む事数分、ようやく城の形がうっすらと見えてきた。それと同時に、城の上空に爛々と輝く両の瞳がネルを見据えていた。


 ネルはそれを見て、獰猛に笑う。これから戦う高揚感からではなく、これから殺す竜に対しての宣戦布告から。


 お前を殺してやると、ネルはその笑みだけで竜に伝える。それを受け取ったのか竜は羽を大きく一度羽ばたかせると大きく吼える。


「吼えてろ獣がっ!!」


 ネルは走りながら懐からキューブを取り出し呪文を呟く。アーティファクトを起動させるための呪文を。


起動(セット)


 キューブは折りたたまれていたパズルのように複雑に展開されていき、ネルの体を覆う。そこに現れたのは全身甲冑、ではなく簡素な鎧を身に纏った姿だった。




◇◆◇◆◇




 大きな警報が鳴り響く。だがそれを聞いても前線にいる者達は怯みもしなかった。それは頼りになる人物がこの戦場に立っていたからだ。


 司令官が空を飛んでいるものを視認すると怒号を飛ばす。


「目標視認! 大砲部隊、撃てっ!!」


 城壁に備え付けられている黒光りする大筒から砲弾が高速で発射される。ドゴン! と音が何十にも響き一瞬の静寂、そうしてから空が爆発に包まれた。


 空気がビリビリと震える中、勇者であるハルは正門で待機していた。城壁の上には魔法使い見習いであるエリス、弓兵のミリアが真剣な顔つきで空を見上げていた。


 煙が吹雪によって掻き消されるとそこには無傷の竜が怒りを宿した目で見下ろしていた。


「汝、人に害なす竜なり。我が聖剣は汝を悪と指し示した! ———聖剣抜刀!」


 ハルが叫ぶと手にした聖剣から光が溢れ出す。それは、風となりこの吹雪にも負けない光の嵐を剣は纏う。


「行くぞ! 竜退治だ!」



 ハルが全員に大声で呼びかける。それが開戦の合図となった。


 竜は大気を震わす咆哮をあげながらハル目掛けて巨大な爪を振り下ろす。それをハルが聖剣の加護による身体強化で回避しながら腕を切りつける。


 聖剣は竜の皮膚を傷つけたがそんなものはかすり傷にも入らなかった。1人の武器の長さに対して竜の質量は大きすぎたのだ。


 今の一太刀は巨大な壁に石ころを投げつけたのと同レベルに過ぎない。


「まだまだっ、ふっ!」


 ハルがその場を跳躍すると同時に竜の周りに魔法陣が出現する。それらは一様に光り輝くと連続した爆発を起こした。


「おわぁ!?」


 爆発の威力の高さにハルは回避が間に合わなかったようで余波によって空へと吹き飛ばされる。ハルは地面へと落下しながらも声を張り上げる。


「まだ足りない! 俺の事は気にせず大砲でもなんでもぶちかましてください!!」

「りょ、了解です! おい手前ら! じゃんじゃん大砲をぶっ放せ!」


 城壁の上では慌ただしく人が動き始める。それを一度だけ後ろを振り返って確認するとミリアはキリキリと弓を引き絞る。


「精霊よ、我が呼びかけに応えよ。悪を裁きたまえ———〝断罪の矢〟」


 空間が捻れる程の圧力が鏃に集中していた。それが放たれると空間を引き千切り竜の翼を打ち抜く。それを見た周りの兵士達が歓喜の声をあげる。


「流石勇者様達だ……! これならあの竜も本当に退治出来るぞ……!」

「はいそこ気を抜かない。まだだからね、竜はまた全力じゃない。ここからが正念場よ」

「けどあの翼では飛ぶ事も難しいでしょう! 仮に飛べたとしてもまた貴女様が……」

「そーゆ事言ってるんじゃないの。いい? これは生物全部に適用する事実、追い詰められた時ほど怖い相手はいないわよ」


 その言葉には否定出来ない何かがあった。狩人たる彼女が言っているのだ。下手な理由よりも説得力があった。


 兵士はなんと返せばいいのか分からず、しどろもどろしていると遠くから悲鳴に似た獣の叫び声が聞こえてきた。


「!」


 ミリアはバッと声の方向へ振り向く。それは今戦っている竜の鳴き声に酷似していた。周りの兵士達も同じような事を思ったらしくザワザワと騒ぎ始めた。


「おい、今のって……」

「たまたま似たような声をしてたんじゃないのか……?」

「いやけどありゃあ悲鳴じゃなかったか? それにどう聞いたって今のは……」

「……まさか、もう一頭?」


 誰かが呟いたその言葉に周りは動揺し始める。司令官は落ち着けと何度も叫んでいるがあまり効果はないようだ。


 エリスはアワアワしながらミリアに助けを求める。


「どどどどうしましょう! このままじゃ兵士さん達が混乱しちゃうなのです!」

「こーら、エリスちゃんも落ち着いて。今は慌てたとこで何も得なんてないでしょ。それよりも今はこいつの相手をしな……」


 ミリアの言葉を遮るように再度悲鳴じみた獣の鳴き声が響いてきた。その声が竜の耳にも届いたのか、聖剣を構えているハルを無視して声の方向へと顔を向けている。


 その声に何かを感じ取ったのか竜は遠吠えのような方向をあげると翼を大きく広げた。それを見た兵士達も途端に騒ぐのをやめて竜の行動に警戒をしている。


 竜の翼の音だけが響いている奇妙な静寂の中、竜が街へ顔を向け直すと口をガパリと大きく開けた。それを見た瞬間、勇者一行だけが顔を青ざめる。


「エリスちゃん! ハル!」

「はいなのです! ミリアさんは急いでハルちゃんを……!」


 ミリアは弓に糸のついた矢をつがえるとすぐさまハル目掛けて放つ。ハルはそれを難なくキャッチしたのを確認するとその糸を引っ張り上げる。


 人一人分を持ち上げるのにはそれなりの筋力が必要なはずなのだが、ミリアはエリスにステータス向上の魔法をかけられているため問題はなかった。


 城壁の上へとすぐさま移動出来たハルは聖剣を空へと掲げる。すると聖剣は眩いほどの光を放ち始めた。


「———万象一切我が光は邪なるものを拒絶し、これらは壁となりて我が手足となる! 〝聖なる人形(ゴーレム)招来〟!」


 エリスの呪文とともに光り輝くゴーレムが何体も兵士達の前に出現する。竜の口から炎が吐き出されるのとハルが聖剣を振り下ろすのは同時だった。


 竜の口から放射された火炎は全てを燃やし尽くさんと言わんばかりに広範囲なブレスだ。それこそ国を飲み込んでしまう程の強大なブレスを受け止めていたのは、金色の奔流であった。


「ぐっ……! く、そ……!」


 それは聖剣から発せられるもの、金色の奔流は竜のブレスと拮抗し破壊を食い止めていた。2つの力がぶつかり合い発生した熱波が城壁の上に立っていた兵士達を襲う。


 だが兵士達は焼かれてはいなかった。エリスが魔法によって召喚したゴーレムが盾となり兵士達を守っていたからだ。


 時間にして数十秒、彼等にとってはひどく長い時間だったがこの拮抗は終わりを迎えた。竜は口を閉じるとすぐさま方向転換し、飛び去ってしまったからだ。


 場に残ったのは衝突による熱波で近辺の雪が全て溶けて水になりそれすらも蒸発してしまい、ひび割れた地面が広がっている。


 城壁はほとんど溶解してしまっており、前面の城壁はもはや形を保っていなかった。ハル達を含めた兵士達の立っている場所だけが無事な箇所だ。


「……っ」

「ハルちゃん……それにエリスちゃんもお疲れ様。討伐、とまではいかなくても皆を守れたんだから私達の勝利だよ」


 かなりの魔力を消費してぶっ倒れたエリス、仰向けに倒れて空を見上げているハルにミリアがニカッと笑顔を見せる。


「うぅ……もう無理なのです……」

「だな……俺も疲れたよ……。けどまぁ、ミリアの言う通りだ。俺達の、勝ちだ」

 

 先程まで繰り広げられていた幻想的な光景に目を奪われていた兵士達もその言葉にピクリと反応すると顔を見合わせて困惑したような顔を浮かべる。


 やがて、実感が湧いたのかまばらに声があがり、それは歓声となり兵士達が次々と声を上げて喜びを声高らかに発する。


 ハルは司令官を呼ぶと小声で話しかける。ハルは冷静に今の状況を分析し、次の戦略をもう練っていた。


「先程のアレ……おそらく竜の発した声だと思うのですが……どうにかして確認する事は出来ないでしょうか……?」

「……たしかにアレは我々も気になるところです。勇者様の要望でしたらきっと、すぐさま機械兵の申請も通るかと」

「機械兵……? よくは分かりませんがよろしくお願いします」




◇◆◇◆◇




 吹雪で視界が覆われる中、廃城【ジャロガーレ】は廃城の名に相応しき状態となっていた。城は崩壊しており、破壊され尽くした外壁にいくつものクレーターができている。


 城を押し潰していたのは竜だ。だがその竜は力なく既に息絶えており、その亡骸を人影が踏みつけて立っていた。


 白銀の世界の中、紅い目だけが異様に輝いて見える。赤い髪をたなびかせ、奇妙な大剣を片手に紅いスパークを全身から発しているその姿はまるで悪魔のようだった。

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