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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
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もう一人

 吹雪の中を歩いていると不思議と進んでるのか戻っているのか感覚が分からなくなってくる。一面銀世界のこの場所は代わり映えする景色もなくただただ白い。


 そんな世界にも変化が見えてきた。


「お、なんだアレ」


 ネルの声にティナは顔を上げるとそこには薄暗い膜が見えた。まるで吹雪から身を守るかのようなその膜の内側には、街並みがあった。


「……なんで、こんなところに」

「ここは風除けの結界が張られていて本当なら蜃気楼とかで誰にも見つからない隠れ里なんです。けど今はこんな状況ですし……吹雪を遮ってしまうから逆に見えちゃってるんですね」


 歩きながら天は説明する。当たり前のように説明しているが、これは天が知っている訳ではない。天曰く記憶が混ざってまるで我が事のように思い出せるそうだ。


(……まるで他人の記憶を植え付けられたみたいだな。タカシに変な影響がないといいが……)


 ネルは少女となってしまっている天の後ろ姿を見る。姿が変わっても中身は変わらない、その背中はどこか頼りなさげで吹けば今にも消えそうだ。


 それが、天だ。それに安心しながらもやっぱりネルは不安だった。時が経てば経つほど天の容態は悪化してきている。


 その証拠としてネルは知っていた。天は途中からもう一睡もしていない事に、天が眠っている時は決まって体調を崩す時だけだ。


(……旅の目的、そろそろ決めなくちゃな)


 そんな事を考えているうちに膜の近くまでネル達は来ていた。膜が目の前の景色を遮ってるというのに妙に景色は透き通って見えた。


「このまま通れますよ。通る時ちょっと違和感あるかもですけど」

「お、おう」


 天が通ると空間が少し揺れたが確かに膜の内側にいた。ティナをきゅっと目を瞑って一歩を大きく踏み出すとティナから「んっ……!」と可愛らしい声が漏れた。


 ネルも覚悟を決めてその膜の内側へと入るその瞬間、ぷるんと空気が揺れて体が変にこそばゆかった。だがその後に感じたのは、暖かい空気だった。


「寒暖差が凄いな……。まるでここだけ別世界みたいに暖かい」

「記憶では分かってても実際に体験することは全然違いますね……」


 天もこの寒暖差には驚いているようだ。ティナも同様で膜の外側とこちら側を何度も見てはどうしてここまで違うのかと驚いている。


 しかしそれでも寒い事に変わりはない。風がない分多少暖かい、といった程度だが驚くのには十分だった。


 その驚きも束の間、ネルはスッと目を細めると天とティナの前に立つ。それはあたかも2人をかばうように二人を背にしてネルは街から来る人影を睨んでいた。


 それは槍や剣を持った人達だ。皆今から死地に赴くかのような顔をしている。その集団の中で一番年を取ってるであろう杖を持った老人が前に出てきた。


「さて、侵入者よ。お主らに問いたい。汝らは何をしにこの地へやってきたのかね? この地へは案内が必要なはずだが」

「どう答えようが周りが殺気を収めてくれるとは思えないんだがな」


 年相応の重みを持った言葉に対してネルはどこ吹く風だ。だがその態度とは裏腹に目はしっかりとその老人を捉えていた。


「……ふむ、中々に濁った目をしておる。今にも殺したいだろうに我慢するとは中々面白いやつよな」


 片目を開けて老人をカカッと笑う。だがそこに朗らかさはない、ただ嘲笑うかのように笑っただけだ。


「……ネルさん、僕に話をさせてください」

「タカシ? けど……」

「僕が話さないとダメなんです」


 分かった、と言うとネルは天の背後まで移動する。ネルが動いただけで周りが武器を持ち直して動こうとしたのだがそれを老人が止めた。


「まぁ待て、そこな少女が儂等に話があると言うのだ」


 その言葉だけで一応周りは静まったが殺気だけは収まった訳ではない。天はそんな状況の中老人の前に立つと、ある名前を口にした。


「———さんを連れて帰ってきました」

「……何?」


 その名前を聞いた瞬間周りがどよめく。ネルはその名前を聞いて、少し驚いた。その人物を知っているのではなく、その名前が有名だったからだ。


 老人は驚いたように片目だけ見開くと前へ一歩踏み出した。


「……なるほど、客人ではあったか。ふむ、これは失礼な事をした」


 老人が一度だけジロリと天の後ろにいるネルを睨むと背を向けた。不思議な事にそれだけであれだけ殺気立っていた周りの面々が武器を下ろして街へ戻っていく。


「ではお客人、積もる話があるのでな」

「分かってます」




◇◆◇◆◇




 夜が近づいてきたのか冷え込みは一層激しくなっており、地面の草花は凍ってしまっている。そのせいか街は寂れて見えてしまう。


 その街の中心、噴水広場にテントや焚き火などが乱雑に設置されている。それは急造のキャンプ場であった。


 キャンプ場の中で一際大きなテントには老人、天、それにネルの3人がいた。


「このような場で悪いの。この街に暖房器具が存在しなくてな、ここが今は我々のホームという訳だ」

「いや、状況が状況だからな。文句はないさ、それよりもよくもここまで保たせたな」


 そう、暖房器具がないのは仕方のない事なのだ。この状況を見ていると忘れてしまうかもしれないがこの地方はそもそも日照り以外の天候が存在しない。


 雨が降る事も、ましてや雪が降る事もない。それらが起きるというのは天変地異にも等しいぐらいの出来事なのだ。


 常にうだるような暑さであるこの地方には暖房器具など必要性がないのだ。だからこそ存在しない。


「……なぁに、人が少なくなったからの。食料も底を尽きる時間が延びたのよ」

「ふぅん、なるほどね。さて、それじゃ話とやらをしてもらおうか。約束は約束だしな」


 ネルの言う約束はこのキャンプ場に来る間に交わされたものだ。


———今宵の寝床は用意する、だから我々の話を聞いてほしい。


 これをネル達は了承、それからティナはネルから何かを頼まれたようで一度集団から離脱した。天とネルはそのままキャンプ場へと到着次第テントへと招かれたのだ。


 そして時は現在に至る。テントの天井に掛けられたランプがテント内を淡く照らしている。そこで、老人は話を切り出した。


「まずはそこの少女に問いたい。どうしてあの子の名前を、偽名ではなく本名を知っていたのかね」

「……聞いたから、です」

「誰から?」

「……亡くなった護衛の人達からです」


 天の言葉に老人はふぅ、と悲しげにため息を吐く。


「そうか……あやつら……」

「おいジジイ、お前の感傷に付き合ってる暇はないんだ。早く用件を言え」

「ネ、ネルさん……」

「構わんよ、そちらが殺気立つのも無理はない。何せそこの少女の髪を儂に見られたのだからな」


 そう、ネルが危惧してるのはその点であった。黒髪を見られたのは非常にマズイ状況なのだ。これで黒髪の噂が広がればせっかく来た西の領土から移動しなくてはならなくなる。


 そうした場合西と東から追われる可能性が高い、そうすれば尚更、天とネルの逃げ場は失われてしまう。それは、下手をすれば天の死に繋がってしまうからこそネルは苛立っていた。


 本来であればネルは即刻老人の命を奪っていただろう。だかそれをしないのは、躊躇っているからだ。人殺しはダメな事、そんな当たり前の事を天に教えられたからだ。


 天の言葉は確かにネルに影響を及ぼしていたのだ。だがそれでも、ネルにとっては優先順位がある。老人が口にするようであればネルは容赦なく殺すだろう。


 どんな事があろうと、ネルにとっての最優先順位は天なのだから。

 

「そうさな、話とは他ならぬあの子の事についてだ。お主らにはあの子をどうか西の領土から逃がしてやって欲しい」

「なんでまた……って、あぁなるほど、お前気づいてたな?」

「そういう事だ。ここら一帯はどうせあの竜に支配されるだろう。だからせめてあの子だけでも逃してほしい」


 ネルは難しい顔をして黙り込む。その間に天は老人へと話しかける。それは、気になっていた質問だった。


「……どうして僕の髪の色を見てそこまで堂々としてられるんですか? 見られた時には殺されるかと思ったんですが……」

「カカッ、流石にあそこまで睨まれたら儂には何も出来ぬよ。よき理解者を持っているようだな少女よ」

「や、男です」

「む? いやいや、儂の目は誤魔化せんぞ。どう見たって少女だろうに」

「……もうそれでいいです。けど、ネルさんに睨まれただけで許容するんですか? 貴方達にとって僕は怖くてしょうがないでしょうに」


 それもそうさな、と老人は頷く。ネルは話には割り込まず2人の会話を聞いている。


「儂以外が見たら確実に発狂するであろうな。だが儂も年だ、ここまでくるともはや朽ちていく身としては怖いものはほとんど無くなってくるものよ」

「……本当にですか? 失礼ですがそれだけじゃ僕はちょっと不安なんですが……」

「その警戒心は正解だ。なに、簡単な話よ。お主も呪われているか何かなのだろう? あの子も似たようなものでな、あの子と同じだからこそ儂もそこまで恐れぬのかもしれん」


 その言葉にはネルと天は驚愕に目を見開く。呪われている、そこまで推測できるのはまだ理解出来る。深く考えればそういう考えにもたどり着くだろう。


 天とネルを驚愕させたのは、天と同じだと言った事についてだ。


「待て、あの女の髪の色は白だった。()()()()()()()()()()

「髪の色が抜け落ちたのだ。元々あの子の髪は綺麗な金色だったのだが……悪魔憑きにでもやられたのか髪が黒く染まってな。それだけでも大問題だったのだが……」

「……あの悪夢だ」

「タカシ?」


 天は何かに気づいたようにボソリと呟く。その言葉に老人は重く頷く。


「そうだ、あの子は酷く苦しんでいてな。眠れぬ日々を過ごしていたのだ。かなり辛かったのだろう、あの子は精神を病むほどに侵されてそのストレスから髪の色がごっそり抜け落ちてしまった」

「……それは、今も続いているんですか」

「続いている。時折な、あの子の容態が悪化すると髪が黒く染まってしまうのだ」




◇◆◇◆◇




「…………」


 自分の体が砂漠の底に沈んでいくような感覚。ゆっくりと沈んでいくと分かっているのに体は動いてくれない。


 ゆっくりと、ゆっくりと、ユっくりと。


 あんなに眩しかった世界がゆっくり閉ざされていく。不思議な事に沈めば沈むほど体が熱くなっていく。


 ユっくリと、ゆックリト、ユックリト。


 もう光は見えない。何かが燃えているのか暗い世界に火が灯る。


 ゴウゴウトオトヲタテテ。


 火は燃え盛り、やがて巨大な炎となる。そうして照らされた世界に誰かがいる事に気付いた。


 ソレハチカヅイテクル。


 近づいてくるそれは、業火に包まれた獅子だった。

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