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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
27/70

人としての生き方

「小屋か……。あそこでタカシが休んでるんだな」


 白い息を吐きながら小屋に近づくと、ネルは窓から灯りが漏れてる事に気付いた。それも揺らめいているところを見るにおそらく火だろう。


 小屋の中で焚き火とは危険ではあるがこの極寒の中での火はありがたい。そう思いながら扉を開くと知らない女とティナが無言で睨み合っていた。


 壁に背を預けてぐったりと座りながらも刀を構えている女だ。どう見たって動ける状態ではないだろうに目だけは一丁前にギラギラとしている。


「……っ、新手ですか! って、赤髪……!?」


 女はネルの存在に気付き吠えたのだが、途中でネルの髪の色にも気付いてただでさえ青白い顔を更に蒼白させた。


 その顔には驚愕の他にも何か別の感情が混じってるようにもネルは見えた。


「くそっ……ここまで……ですか……」


 女は諦めたのか刀を落とすと糸の切れた人形のように体を横に倒してしまった。それっきりピクリとも動かない。か細い呼吸は焚き火の爆ぜる音に掻き消されてしまう。


「……何これどういう状況?」


 この状況に置いてけぼりのネルが困惑した様子でそう言った。




◇◆◇◆◇




「……本当に、大丈夫?」

「大丈夫だって、心配性だな」


 ネルは焚き火に手をかざしながらぶっきらぼうに答える。しかしティナはその答えだけでは安心する事は出来なかった。


 どう見たって重症だ。脇腹は血が凝固したのか真っ黒だが傷はちゃんと塞がってはいない。少しでも動けばまた大量の血が流れるだろう。


 それに体には無数の抉られた傷が残っている。どれも酷い傷だ、手当をしなければ化膿してしまう。肉も見えてしまってるぐらいの傷だというのに、ネルは本当にそれを気にしていなかった。


 竜相手に撃退してこの傷で済むという行為にもはやティナは何度目かの驚愕を繰り返して愕然とする。本当に同じ人間なのだろうかと疑ってしまう程に。


(……けど、それは……)


 その力を得なくてはならない程の状況にネルは今の今まで追い込まれていたという事でもある。その髪の色のせいで、どこまで人生を壊されたのだろうか。


 理解はしていたが、やはり彼女は自分達とは格の違う存在なのだと今更ながらに見せつけられた。そしてそれはきっと、近くで眠っている天もそうなのだろう。


「……おい、おーい聞いてんのか?」

「……! どうしたの?」

「いや、だからこいつは誰だって言ってんの。この小屋の主人か?」


 そう言ってネルが指差してるのは天と同じように寝かされている女性だ。ネルは気にせずそのまま放置していたのだが、ティナが見るに耐えず介護してあげたのだ。


「……分からない」

「はっ、分からない奴にそこまで親切にする必要があったかね。お人好しだこと」

「……ネルさんは、彼女を見て、何か思った事は?」

「んー、そうだな。ここで殺すかどうか、悩みどこではあるよな」


 ネルはあっさりと言った。表情も変えずにそれが当たり前だと言わんばかりに。ティナはその言葉に目を見開き、ネルはただ淡々と言葉を紡ぐ。


「いくつも見てきた目だ。あの忌避するような目、それにあの腹立つ顔。ありゃ嫌悪感から来るもんだよ。……ん? なんだ、そんなに驚く事か?」

「……何も、殺す事は」

「それは今を見てるからだな。私はその先の話をしてる。こいつを生かした後を考えてみろ、必ず私達の存在は他の奴らにも広がる。ならどうするか? 簡単さ、殺せばいい」

「…………」


 話が噛み合わない以前の問題だとティナは思った。ネルとティナの会話を平行線を辿る、そもそも話してる内容自体に問題があるのだ。


 これは、ネルの常識とティナの常識が根本的に違うのだから。


 ネルは自分の答えがティナにとって馴染まないものだと理解はしていた。けれど、だからといってこの考えは変えられない。変われない。


 こういう生き方しか出来ないのだ。それを後悔してるかどうかと聞かれれば否と答えるだろう。ネルにはものの善悪など分からないのだから。


 だからきっと誰が何を言おうと届かないだろう。ネルはこの世界を、自分以外の全てを信じてはいないからだ。


「……ダメですよ。ネルさん」


 それでも、確かに彼女を人間に留めてくれる楔があった。彼女を変えてくれる、楔が。


「……タカシ、起きたのか」

「えぇ……まぁ……。それよりも、ダメですよ……簡単に殺すとか言っちゃ……」


 天は起きたばかりでまた脳が働かないのかボーッとしたまま天井を見ている。それでも言葉は止めない、大切な者の為に送る言葉を。


「変わるって、決めたんでしょう? なら、変わらなくちゃ……。“人”として生きなくちゃ、ダメですよ……?」

「……無理だ。私はこの生き方しか出来ない、これしか知らない。人として生きたら、今の私は死んでしまう」

「それでも、ですよ。大丈夫、今のネルさんは一人じゃないです」


 そう言うと、天はふらつきながらも体を起こす。だがやはり体はまだ不調のようでふらりと倒れそうになったのを、ネルは咄嗟に立ち上がり受け止めた。


「まだ起き上がらない方が……」

「ほら、ネルさんだってこうやって人を助ける事が出来るんです。今回は助けられちゃいましたけど……、今度は僕が助けてみせますから」


 天はネルに微笑みかける。その微笑みにネルは一度ため息をつくと、少しだけ口元を緩めて、ありがとう、と小さく誰にも聞こえない声で言った。


「分かった、分かったよ。……だから今は、休んでくれ」

「……今は休んでる場合じゃないです。()……行かなくちゃ」

「……え? タカシ今なんて……」

「え?」

「———いや、やっぱり何でもない」


 その時、ネルはちょっとした違和感について追求出来なかった。それを追求したら何かが壊れるような気がしたからだ。

 

 天は倒れている女性に触れようと手を近づけて、一瞬躊躇う素振りをするとその女性から手を離す。天は困ったように眉を八の字にしていた。


「……ははっ、困ったな……」


 どこか寂しそうに自分の手を見つめる天。見慣れた天の姿ではないその少女の姿は今にも消えそうな儚さがあった。


 だがそれも一瞬、すぐに天はいつも通りの雰囲気に戻っていた。そして、自分のリュックを持たずにドアの前まで移動すると、天は言った。


「今すぐ移動しましょう。この近くに隠れ里があるので一旦そこまで行って寒さを凌ぎましょう」

「隠れ里……? どこのだ? というか何でタカシがそれを知ってるんだ?」

「話は移動しながらします。あ、けどその前にそこの女性の人も連れていきたいんですけど……」


 何が何やら、と思ったが取り敢えずネルはタカシの提案に承諾した。遅かれ早かれここから出るつもりではいたのだ、下手に迷うよりは道案内がいて里に行けるというのなら願ったり叶ったりだ。


 天のリュックはネルが持つことにして気を失っている女性は毛布でくるませてティナが運ぶ事になった。


 火を消してから扉を開けると一気に冷えた空気が小屋の中を駆け巡る。風も相変わらず強く猛吹雪だ。天達は風に体を取られないように気をつけながら銀世界に再度足を踏み入れた。




◇◆◇◆◇




 天が先導する形でティナとネルは付いていく。そして歩いてから数秒後に、天は口を開いた。


「その、この領土に足を踏み入れた時に声が聞こえたんです」

「声?」


 ネルとティナは不思議そうに首を傾げた。天はこくりと頷くと話を続ける。


「声、というよりかは記憶ですね。知らない人達の記憶が一気に僕の頭の中に入り込んできて……それで頭の中がごちゃごちゃになって、混乱しちゃったんです」

「……なんで、そんな事が?」

「多分、というか十中八九呪いのせいでしょうね。呪われた事によって聞こえるようになったのか感じるようになったのかは分かりませんが……」

「……そう。それで、その後は?」


 ネルは会話には参加しない。何か思うことがあるのか口を閉ざしたままティナと天の会話に耳を傾けていた。


「……その、入ってきた記憶は全部、竜に襲われて死んでった人達みたいなんです。その記憶を見て急いでここから逃げなきゃ、ネルさん達に伝えなくちゃって、思ったんですけど……。初めての状態に僕の方が耐えられなくて……」


 ごめんなさい、と天は言った。しかしそれは無理もないだろうとネルは思った。記憶というのは感情だ。人間というものは起きた物事を正確に記憶する事は出来ない。


 自分の視点からその物事を観測してしまうためだ。だからこそ、自分の考えや感情を元にそれを記憶してしまう。


 自分にとっては恐ろしい出来事でも、他人にとってはどうとも思わない出来事だったりする。そこで記憶の齟齬が生まれるのだ。


 あれは恐ろしい出来事だったと記憶する者もいれば、恐ろしくない出来事だったと記憶する者だっているだろう。


 その時の感情を元に記憶は構成されているからこそ、天の体験したその出来事は実は大変苦しく辛いものだったのだ。


 他人の恐怖、怒り、戸惑い、絶望、それらが記憶として一度に何十と天に流れ込んだのだ。発狂しなかっただけ奇跡である。


 しかもそんな状況の中で、天は確かに言った。途切れ途切れではあったが、逃げて、と。


「なに、気にすんな。タカシはこうやって私達を助けてくれたんだ。それだけで充分だよ」

「そう言ってくれると助かります……。そういえば、最初にこの猛吹雪に入った時に血があったじゃないですか? 多分、その人達の思念が僕のとこに来たんだと思います」

「あの量は致死量だったからな……。多分あそこを掘り起こせば食われた死体の骨とか出てくるぞ」


 そう2人で会話している中、ティナは途中から疑問を覚えてずっと黙っていた。そして一度疑問が出れば次から次へと新たな疑問が溢れてきた。


 その疑問を今口にするべきか、それとも里について一度落ち着いてから問うべきか、悩んでいるといつのまにかネルがティナ隣に来て小声で話しかけてきた。


「その話はタカシにしないでくれ」

「……なんで?」


 どうしてそれを? とは聞かず、ティナは小声で口止めの理由を聞いた。


「その答えも含めて隠れ里とやらで落ち着いてから話す。だから今はとにかくタカシにその話はするな」

「……分かった」

「……お前が物分かりの良いやつで助かるよ」


 それっきり、天の言う隠れ里に着くまでは誰も喋らずただ黙々と歩を進めていた。

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