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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
24/70

西の領土へ

「ぬぁぁぁぁぁぁ!!!」


 それが今朝1番にネルとティナが聞いた言葉だった。寝起きというのもあり、頭の回らないネルは寝ぼけ眼で起き上がる。


「ん……いくら私の寝相が悪いからってそんな奇怪な方法取らなくても……」

「ネ、ネルさん! 大変なんです!」

「大変なのは寝起きの私の癖っ毛……」

「あ、確かにそれはそうですけど……。じゃなくて! 僕が大変なんですって!」


 ネルはまだ気づかなかった。ネルと会話しているその声が天の声ではなかった事を。その声はある意味、聞き馴染みのある声であった事に。


 ネルが何が大変なのかと思い、声の方向へ顔を向けるとそこには、黒髪の女性がいた。


「……まだ寝ぼけてるみたいだわ。お休み」

「待ってぇぇぇ! 寝ないでぇぇぇ!」

「夢だからって騒ぐと殺すぞ〜」

「ナチュラルに殺すとか言っちゃダメですよ!? というか僕です! 天です!」


 そこでようやくネルは渋々布団から這い出てくる。そこで天の姿を眺めて、ポツリと一言。


「……女になってね?」

「そ、そうなんですぅ……。なんか気づいたら髪の毛とか伸びてて……」


 ティナは、うーん、と寝ぼけた声を出しながら起き上がった。ネルと同様ボーッとした顔で天を見ると、何故か頷く。


「……やっぱり、タカシは女……」

「違うと言いたいけどこの状況で言い返せないのが辛い……!」


 そう、天はいつのまにか女になっていた。艶やかな腰まで届く黒髪、絹のような細かく陶磁器のように白い肌、見た目は少女だというのに妙に色気を放つその姿は、別人格である彼女に酷似していた。


 だかいつもの艶美な微笑ではなく、とても人間らしい表情だ。困ったように眉を八の字にして目尻に涙を浮かべている。


 女性であるネルとティナでさえもその表情に思わず可愛いと思ってしまうぐらいにそれはやはり超越した美貌であった。


 流石のネルもこれは看過できず、意識を覚醒させる。今度は意識をハッキリした状態で問いかける。


「……タカシだよな?」

「はい……」


 消え入りそうな、それでいて透き通るような声で天は肯定する。その姿は天を連想させる。いや、実際には天なのだろう。


 だからこそ、納得は出来た。これは天なのだろうと。なら次に来るのはやはり疑問だろう。


「……女になってね?」


 再度同じ言葉を繰り返してしまった。




◇◆◇◆◇




 今日もまた人が死んだ。これでもう何人目だろうか。残るのは私と仲間の数人だけだ。


 空を見上げてみる。そこには見慣れた景色など存在はしない。普段は眩しいと思う空も今やどんよりとした曇り空と白い粒が降り注いでいる。


 この粒がまた冷たいのだ。不思議なことにその粒は溶けると水になるという不思議な粒だ。体に何粒も触れれば自分の体温で溶けて水浸しだ。


 吐く息は白い。こんな現象は一度も見たことのないがとにかく寒い、視界が霞む。干からびてしまうんじゃないかと思うぐらいのあの光が今は恋しくなっている。


 ……また一人倒れた。私は振り向かない、決して助からないのは知っている。次は我が身かもしれないのだ。本当は今すぐにでも駆け寄って助けに行きたい。


 けどダメだ。私には使命がある、これは一族のためでもあり、この地に生きる皆の為でもあるのだ。皆の思いを背負っているのだ、決して倒れるわけにはいかない。


 足を動かすたびに足に痛みが走る。指先の感覚がないというのに痛覚だけ残っているのはなんともいやらしい。


 耳にはザクッザクッと下に積まれている白い粒の海を踏み潰す規則的な音。と、そこで空気が震える程の音の波がやってきた。


———グルォォォォォオオン


 普通に聞けばその音はただの地響きにしか聞こえない。けど私達にはそれが声だと判断出来た。それが、その声の主を私達はここ数日で嫌という程知ってしまったからだ。


 逃げて、と声を張り上げる。それで痛みのことなど意識から排除された。私も含めた全員にあるのは命を失う恐怖だ。


 来る、アイツが。仲間を食い散らかし、仲間の8割を殺し尽くした最悪のアイツが。


 音は近づいてくる。それにつられて、降り注いでいた粒は過激さを増しただでさえ白い世界を白銀へと乱暴に塗り替える。


 吹き荒れる風の轟音、響く足音、耳に残る仲間の断末魔と今度は自分が殺されてしまうのではないかと考えてしまう恐怖。


 ただ、私は必死に駆けることしか出来なかった。




◇◆◇◆◇




「……ごめんなさい」

「なに、タカシが気にすることでもないさ。あの娘に気づかなかった私も悪い」


 ネル達は現在宿屋から逃亡して旅の続きを行なっていた。何故逃亡したかと問われればそれはバレてしまったからだ。


 たまたまサービスであるお茶の提供をしに来た店の娘が部屋にやってきたのだ。その際、天はフードを癖で被っていたので良かったのだが、ネルは朝に弱いため浴衣のまま髪と姿を晒したままだったのだ。


 そしてやってきた娘が最初に見たのは赤い髪、それに悲鳴をあげた瞬間にまずティナが気づいて娘を手刀で気絶させる。


 その後にネルがリュックと天を掴み、窓から逃走。それに合わせてティナが天のリュックとネルが着用していたボロボロのフードを掴み逃走したのだ。


 まだ朝が早いというのもあり、人目につかなかったのが幸いだった。すぐさま街から抜けて西の領土へと向かう為に平原を歩いていた。


「はぁ……。結局、これってどういう事なんでしょうね」

「……私は、分からない。ネルさんは?」

「なんかお前にさん付けで呼ばれると変な気持ちなんだが……。まぁいいや。……どうだろうな、おそらく呪い関連って事だとは思うが」


 呪い、という言葉にティナが首を傾げる。それに気づいた天は一応、答えることにした。


「……気づいてるかもしれないですけど、僕は……その、化け物みたいでしょう?」

「……! それ、は……」

「……髪のせい、というのもあるんでしょうけど。僕はこの世界に来た時に呪われたみたいなんです。そのせいで、ネルさん曰く僕は結構禍々しいそうです」


 自嘲気味に笑う天にティナは言葉を返す事が出来なかった。それは、望まぬ形で今の状態になっているのだと、暗に告げているように思えたからだ。


 たまたま、迫害された。そんな言葉が脳裏に浮かんでティナはなんとも言えない表情をした。


「ああ、けど今の僕はそんなに後悔してませんよ?」

「……?」


 どうして、と口に出そうとしたがその前に天がその答えを言葉にした。実に嬉しそうに。


「もしかしたら、なんて何度も考えました。もしも呪われてなかったら……とか色々と考えた事もあります。また違った人生を歩めたかもしれません、それこそどこかの物語のように何かの主人公になれたかもなんてのは誰だって想像するでしょう」


 けれど、と天は言う。


「僕はきっと、他者からの評価なら不幸の部類に入るんでしょう。けどそれは違う、不幸と幸福の定義は自分で決めるものです。僕は、ネルさんに出会えて世界で一番の幸せ者だと思ってますから」

「……そう」


 何がそこまで思わせたのだろう。天は本当に嬉しそうに言った、今でこそ少女の姿だがその外見通りの子供のような無邪気さに何となく、羨ましさを感じた。


 思えば奇妙な2人だといつも思う。ティナからすれば、この2人な関係はあまりにも奇妙で複雑だと思った。


 最初は、正直な話似た者同士で寄り添ってるのかと思った。同じ境遇だから仲良くしましょう、なんて感じのイメージだったのだ。


 だがどうだ、実際にこうやって一緒にいるとその考えは間違ったと思い知る事になる。足りないところを補い合ってるとかそういう話じゃない。


 どこか歪なのだ。だというのに、それを羨ましく思ってしまった自分も歪なのだろうか。そもそもあの2人は互いに命を差し出しているような、なんというかそう、見てて不安を掻き立てるようであり、それでいてどこか幸せになってほしいと思ってしまう。


 互いに依存し合う事でしか生きられないのだろうか。2人で1人、どちらかが欠ければそれは1人ではなくいないのと同然。それは、悲しい生き方なのかもしれない。


「……タカシ、強い」

「え? いや、僕多分この中で一番弱いと思いますけど」

「……ううん、心が強い」

「心ですか……。うーん、それならネルさんの方が強い気が……」

「……それとは、また違う」


 つまり別種の強さだと、ティナは言う。


「ほれほれ、話すのもいいけどそろそろ砂漠地帯に入るからな。覚悟しておけよー」

「あ、はーい」

「……分かった」


 そして少し歩く事数分、奇妙な景色が3人の目に飛び込んできた。それは、なんと表現すればいいのか分からないが、強いて言うのなら雲が道を遮っていたと表現するべきなのだろうか。


「領土の区切りか何か、ですか……?」


 何も知らない天の導き出した答えはこれだった。ネルはそういう考えもあるのか、などと考えながら首を振る。


「いや、そんなものはない。これは多分、何らかの異常現象だな。……あまりの暑さに変な気候にでもなってんのかもな」

「……どうするの?」

「まぁ大丈夫だろ。どちらにせよこの領土から抜ける事に変わりはないんだ。ここまで来たからには行ってみよう」


 そう言って、3人はまるで積乱雲のような雲に突っ込む。その瞬間、視界が真っ白に染まり呼吸がし辛くなる。それでも耐える事数秒、遂にそこを抜ける。


 そこは全てを焼くような日差し、自然など存在しないと言わんばかりの見渡す限りの砂漠。


———そんなものはこれっぽっちも存在しなかった。


 そこにあるのは、ただ一面白銀の世界。吹雪が吹き荒れ、視界を覆う。そして、そんな白い世界にとある色がまだら模様に広がっていた。


 なんて事はない、一目見ればそれの正体はすぐに分かる。それは、おびただしい量の血だったのだから。

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