羞恥心皆無な人と常識人
「ひー、やっと着いた……」
「これぐらいで音を上げるなんてまだまだだな。タカシももう少し体力付けなきゃだなー」
「このバッグが無ければもう少し行けるんですけどね……」
「……それでも、力不足」
「ぬぐっ……」
町中ではネルもボロボロのフードを被り髪を隠している。今ここで髪を晒しているのはティナぐらいである。
目立たない為にフードを被っているのだが、天だけは気づいた。勇者一行の元一人であるティナは他人から見て美人と評される程の美貌だ。それでさえも目立つのに、フードを被った2人が一緒にいれば逆に目立つのだと。
「……ネルさんネルさん」
「はいはい?」
「急いで宿見つけません? これ目立ってますよ」
「……確かに、視線感じる」
ティナさんが注目されてるんですけどね! とは言えない天は取り敢えず曖昧に頷く。ネルはりょーかい、と間延びした返事を返すと少し足を早める。
すぐに目的の宿は見つかった。少し大きめの宿で、中に入るとまずカウンターが目に飛び込んでくる。少し離れた場所は食堂になってるらしく、ガヤガヤと騒ぎ声が聞こえてくる。
カウンターではピンクの髪におさげの少女がネル達に気づいたらしく、いらっしゃいませー、とハキハキした声を出した。
「部屋は空いてるか?」
「はい、えーっと3人となりますと……空き部屋が五人部屋しかないんですが大丈夫ですか?」
「んー、まぁいいや。それで」
「ありがとうございます! では、こちらが部屋の番号となります。二階に部屋がございますので他の部屋と間違わないようお気をつけください」
あいよ、とネルは言うと渡された部屋番号の紙を受け取る。そして3人は階段を上っていった。
店番の少女はほぅ、とため息をつく。それは感嘆のため息だった。
「あの青い髪の人、凄い綺麗だったなぁ……」
◇◆◇◆◇
「ここですか?」
「んんっ……」
「それならここです?」
「あっ、ふわぁぁ……」
「ネルさん変な声出さないでぇ……」
天は情けない声を思わず出してしまう。ちなみに、ネルは現在進行形で天からマッサージをしてもらっていた。
体が凝っているとネルがぼやくと、天が自らマッサージを志願したのだ。最初はネルも肩揉みでもやってもらおうかと軽い気持ちで頼んだのだが、これがまた実に上手かった。
程よい力で肩を揉みほぐしてくるのでネルも思わず鳥肌がゾワゾワと立った程だ。頭のつむじまで痺れが来るようなそのマッサージ加減に、ネルは感心と気持ち良さげな声しか出ない。
「はぁ〜〜〜。極楽極楽……」
「喜んでもらえて何よりですー」
そのやりとりをティナは少し驚いた様子で観察するように見ていた。最初、ティナは天がネルを頼りにしてネルが天を導いているかのように思っていた。
だが、ネルはネルで天に甘えているところがあった。ティナから言わせれば信頼しきっている、というよりかは寄り添いあってるというのが一番ピンとくる表現だ。
不思議な関係だなと思いながら、考えているうちに、マッサージが終わったらしくネルはリラックした状態で床に寝そべっている。
天はティナの視線に気づいていたのか、目でやります? と語っていた。肌を男性に触らせるのには抵抗があったので一瞬躊躇ったが、ネルの様子を見て好奇心に負けてしまった。
失礼だとは思ったが、天はあまり男というより女みたいな体つきと顔をしているなと思ってしまったのも負けた原因の一つだ。
そして数分後、ティナはあまりの気持ちよさに眠ってしまった。
◇◆◇◆◇
「……やっぱりダメ、見つかんないよ」
【スリディナ王国】の勇者一行が泊まっている宿屋にてミリアがため息をつきながら部屋に入ってきた。部屋にはハルが難しい顔で胡座をかいている。
やや間を空けて、エリスも部屋に入ってきた。どうだった、と問うまでもない。様子からして空振りだったのだろう。
ハル達が現在行なっていたのはシュティ……もといティナの捜索であった。今朝、突然ティナが行方をくらましてからかなりの時間が経っている。
最初はどこか商店街でもブラブラしているものかと思っていたのだが、音沙汰もなしに出かけるとも思いづらい。そこで、もしや彼女の身に危険が……!
などと思い急いで捜索を始めたのだが、それは断念する事になった。ロワ王から緊急招集が伝言鳥により伝わったからだ。
そこで急遽捜索は中止、一人を除いて全員集まった勇者一行は城へ向かう事にしたのだ。
よほど大慌てだったのか、門番もおらず城の中では慌ただしく騎士達が走っていたが勇者一行には気づいていない様子だった。
「どうしちゃったんです? 皆慌ててるように見えるなのです……」
「まぁあの王様が緊急招集をかけるぐらいだからね。よっぽどの大事が起きたんでしょうよ」
ロワ王の下にはすぐに着いた。勇者一行を見るや否や他の騎士達に命令を出して部屋から退出させる。この場でロワ王と勇者一行だけになった瞬間、ロワ王はすぐに口を開いた。
「突然の緊急招集、すまない。だが緊急事態なのだ」
「はい、それは城の様子を見ていれば一目瞭然です。一体何があったのですか?」
「……そうだな、回りくどい言い方はなしだ。今日、赤髪が現れたと報告を受けた」
「……は? 赤髪って、あの赤髪ですか?」
突然の事に呆然とする勇者一行。赤髪といえば御伽噺話に出てくるような怪物ではないか、それが実在した? 何故? といった考えが頭の中をぐるぐる回る。
その様子を最初から分かっていたようで、ロワ王は気にする様子もなくそのまま話を続ける。
「おそらくは復讐なのだろう。何故かは分からぬがあの赤髪は我々人間を毛嫌いしてるようでな、10年前やつはそれでこちらに戦争を起こしたのだ」
「ま、待ってください! 赤髪が現れたのは分かりました、本当に実在していたのは信じましょう! ですが10年前? あの赤髪が10年前にも現れたんですか!?」
ハルの言うところ、赤髪が実在しただけでも驚きなのにその上10年前にも戦争を引き起こしたと言うのだ。10年前といえばハルだって小さかったとはいえもう既に生まれている。
御伽噺に出てくる赤髪のような怪物が事件を起こせばそれこそ誰かしら記憶に残っているものだろう。しかし、ハルも含めて10年前に起きた戦争など誰も知らない様子であった。
そこに疑問が生まれるのも無理がないだろう。何故その事を誰も覚えてないのか、おかしくないだろうか? と。
「その事については未だ謎なのだ。しかし分かる事もある。それは、実際その戦争に関わった人物はその赤髪を除いて全員殺されているという事だ」
「…………」
もう言葉も出なかった。ただ、その赤髪がひどく強いのと恐るべき残虐性を持った化け物だという事だけが分かる。
ミリアとエリスは絶句したまま一言も言葉を発さなかった。そこで思考を切り替えようとハルは話題を切り替える。
「それで、我々に一体どのような用があったのですか?」
「ああ、そうだった。もしもの話だ、災厄の獣を討伐する旅にて赤髪に遭遇したら逃げて欲しいと思い忠告したかったのだ」
「……それは、我々では力不足という事ですか?」
「力不足とかそういう次元で話をしているのではない。力だけで言うなら、騎士長でも対応出来たろう。だがその騎士長もその赤髪に殺されてしまった」
もう何度目かの驚愕の事実に勇者一行はショックを受ける。勇者であるハルの遥か上に位置するであろうあの強者たる騎士長が殺されたとなれば、ハル達に勝ち目はないと言えるだろう。
「あの騎士長でさえ太刀打ち出来んのだ。力をつけた勇者ならともかく、お主らはまだまだ発展途上なのだ。今は無闇にその命を散らす時ではないだろう」
もっともな言い分だった。あまりの情報量に疲れたハルはロワ王の忠告を聞くと、すぐに城から出ていき宿屋へと急行した。
◇◆◇◆◇
夜になるとどの街も静けさに包まれる。そこでようやくネルが風呂へ入ろうと提案してきた。ちなみに昼に入ろうとしなかったのは人目につくからだそうだ。
その意見には賛成だったので、こっそりと支給された浴衣と桶を持つと静かに階段を下りていく。カウンターの横の通路が銭湯へと繋がっているのでここでも忍び足で通っていった。
そこで温泉へと繋がる通路に暖簾がかかっていた。ここを通ればすぐに温泉へと行けるだろう。そう思って3人は暖簾をくぐると、更衣室のような部屋に出た。
その先にある木製の開き戸があり、磨りガラスがはめ込まれていた。湯気で曇ってるのを見る限りこの先が銭湯だという事が分かる。
だがしかし、天はここで違和感を覚えて動きを止める。
「え、女湯と男湯で分かれてるんじゃないんですか……?」
「なんで?」
「え、いや……なんでって言われましても……。それが普通なのでは……?」
しかし、天の常識もここでは通用しないらしくネルは不思議そうに首を傾げながら言った。
「いや、基本的に分ける必要性がないだろ。タカシの言いたい事は分かるぞ? その対策はこういった宿屋ではもちろんあるんだ」
「と、言いますと?」
「時間制なんだよ。決められた時間に男が入って別の決まった時間に女が入る、みたいな?」
ネルの説明に天はニッコリと笑うと。
「あ、それじゃあ僕後で入りますのでお二人でごゆっくりどうぞ〜」
そういってUターンしようとするが、そうは問屋が卸さない。ネルもニッコリと笑うと天の腕を掴んだ。
「あ、あれ? ネルさん?」
「タカシも入るんだぞ?」
「な、なんでその話になるんですか! 僕は後の方が良いに決まってるでしょう!?」
「はっはっは、私が一緒に入りたいんだからダメだ」「んぐっ!? ま、またそうやって恥ずかしい事を簡単に言ってくる! 僕は男ですよ!? 自重しましょうよ!」
そこでティナがおずおずと手を挙げる。それに気づいた2人は一旦言葉を止めてティナは注目する。
「……けど、バレたら大変。誰か、起きるかも。……だから、一緒に」
「な?」
「えぇ……」
「……それに、タカシは、男にあんまり見えない。大丈夫」
ズガーンッ! と効果音が実際に聞こえてきそうなぐらい天は仰け反ると、やがて肩を落として渋々提案を受け入れた。
受け入れたくはないのだが、こうともなると天の意見はことごとく却下されるので本当に渋々ではあるが提案を受け入れるしかなかったのだ。
天は衣服を脱ぐと手近にあったタオルを腰に巻いて下半身を隠してから下も脱ぐ。ティナはちゃんと常識が通用するようでタオルで前を隠しながら衣服を脱いでいたが、ネルはダメだった。
ティナがビックリしたようにものすごい顔をしているが、天はもはや諦めた顔でさっさと銭湯に行ってしまった。
◇◆◇◆◇
桶で湯を汲んで体を洗う。それを何度か繰り返してかはようやく湯へと浸かる。天はリラックスしたように大きく息を吐く。……目を瞑ったまま。
「ふー、異世界に銭湯があるって素敵ですねぇ……。和洋折衷だぁ……」
「わよーせっちゅう? 何だそれ」
「ネルさんあまり近づきすぎないように気をつけてくださいね? その、色々と当たるので」
「……ほれほれ」
天の忠告も虚しくネルが天の腕に自身の腕を絡ませると豊満な双丘を天の腕にぷにぷに当てる。天は沸騰しているんじゃないかと思うぐらい顔が真っ赤だ。
「……タカシ、困ってる」
そこで救世主の登場だ。ティナはネルを引き剥がすと、天と距離が離れるよう引っ張る。天が困るという言葉に、ネルも場を弁えた(?)ようで大人しくティナの言う通りにして距離を取った。
「……これで、大丈夫。目を開けても」
「本当ですよね?」
「……この湯、濁り湯だから」
そこで納得したように天が目を開けると同時に、
「ザパーン!」
ネルが立ち上がり裸体を天の目の前でさらけ出した。いきなり立ち上がるものだからネルの双丘もプルルンと揺れる。
「ピギャー!!」
天は奇天烈な奇声を発して湯に顔を突っ込む。
「……ダメ、手に負えない」
「もうっ、もぉぉぉぉぉ!!」
ネルはその反応に爆笑していた。天はもう完全に諦めがついたのか、ずっと上を向いたまま湯船に浸かることにする。しばらくは温泉に静けさが戻ってきていた。
しかしその静けさに耐えられなくなったのか、天はティナに話しかける。
「……ティナさん恥ずかしくないんですか? 僕はもう羞恥心で死にそうなんですけど」
「……やっぱり、男に見えないから」
「私が言うのもアレだけどそういう問題か?」
「……異性として、見れないからかも」
天は若干呻くような声を上げたが特に言葉を返すわけでもなく天井を見つめていた。
そしてある程度湯に浸かった後は入浴を切り上げ、浴室から出る。着替えてる最中はティナがネルを抑えていたのでなんとか事なきを得て普通に着替えられた。
天が部屋に忍び足で戻ってから数分後にネルとティナも浴衣に着替えて部屋に戻ってきた。
「そんじゃあ寝るかな」
「……私も、眠い」
「お休みなさい。一応朝には起こしますので」
寝付きは良いらしく、部屋に静けさが戻ってから数分後には規則的な寝息が聞こえてくる。それを聴きながら天は静かで、少し孤独な夜を過ごした。




