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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第ニ章 夢の続き
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始まりの一歩

 【スィリディナ王国】をネル達が抜けてから数日が経過した。その間に王国の城内は混乱に陥っていた。


 何せ王国最強の騎士であるネル=ロージュが殺害された上に、それを実行したのが赤髪だというのだから尚更混乱を起こしていたのだ。


 特に騎士達の動揺がかなり酷かった。騎士団最強である騎士長が殺害されたのだ。中には恐怖に怯えて騎士を辞めようとする者でさえ現れ始めている状況である。


「早急に対処すべき事案だろうこれは」


 円卓を囲む者達の中の1人、白髪混じりの初老に見える男が苛立たしげに言葉を吐く。初老の男の声は低いが老いを感じさせず覇気を感じる。これで60を越えているとは誰も思わないだろう。


「士気がかなり低下している。思ったよりも響いてるぞあの騎士長の死は」

「まぁ強さだけでいったらあの剣聖とどっこいどっこいだからなぁ。そりゃ信頼も厚かったろうさ。その騎士長が殺されたって事はあの赤髪は今やそれよりも強いって事になるしな」


 そう言ったのは茶髪を後ろで一本に纏めてニコニコ笑っている男だ。先程の男と違いこちらは軽薄そうなイメージを与える人物だ。それに何よりこの円卓を囲む者達の中で見た目が一番若い。


「てかさ、それよりも赤髪をどうするか検討すべきでしょ。話によれば前にも一回現れたんでしょ? その時の当事者ならこの円卓にいると思うんだけど、その人達に聞きたいな。当時の対処法を」


 これまた若い女性の声が響く。しかし誰も声を発せずにいた。それどころかその反応に円卓を囲む者達が何故黙っているのか騒ぎ出す始末だ。


 お前は知らないのか、お前は長生きしているのだから何か分かるだろう、などと言葉は飛び交うが反応は芳しくない。


 やがて、誰かが言った。


———もしかして当事者は全員殺されているんじゃないのか?


 それには周りの面々も鼻で笑って否定したが、やがてそれも驚愕の表情へと変わっていく。この円卓を囲む者達は権力はもちろんのこと、多少なりとも力を持っている戦士でもある。


 中には30年前の戦争に参加した猛者だって存在する。だというのに、誰も知らないとはどういう事か。その答えはすぐに示された。


「当時の記録を綴った報告書がある」


 そう言ったのは、ロワ王だ。いつもの人懐っこい笑みは浮かべておらず、無表情だ。ロワ王の言う報告書はすぐに円卓の者達に配られる。


 すぐさまその資料に目を通して、絶句した。


 そこにはどこまでの被害が出たのか、容姿はどうだったか、やり口は、などと事細やかに書かれていた。その内容には驚愕するものばかりだが、何より円卓の者達を驚かせたのは、一部の文章である。


———現在赤髪の姿を見たものはいない。皆殺されてしまった。この記録は我々が死ぬ前に書き残したものだ。おそらく、これが読まれている頃には私達はこの世には存在しないだろう———




◇◆◇◆◇




 【スィリディナ王国】を抜けたネル達はそのまま東領土を越えようと歩きながら西へと進んでいた。


 【スィリディナ王国】は世界地図でいうところの東に位置する国である。この世界では東西南北、それぞれ領土が割れているのだ。


 東には【スィリディナ王国】を中心とした商業が盛んであり気候も穏やかなため農産物に富んだ領土だ。東の領土からは剣聖や騎士長であるネルなどの実力者が特に多く誕生しており、武力もあるので他の領土よりもかなり豊かな領土であったりする。


 西は気候が悪く雨も降らない砂漠地帯だが鉱石などが大量に採れるので資源に豊富で工場などの産業が盛んで機械製作で国を盛り上げている。錬金術師が多く住む錬金大国でもある。


 南は武装兵団などを纏め上げている【ストラフ帝国】を中心とした小国との戦争が多い領土だ。この領土では何故か魔物が頻繁に出現するので人死も多く危険である。弱肉強食をどこの国も掲げているので、力が全てを決めるシンプルなルールが存在するらしい。


 北の領土は未知に包まれている謎多き領土だ。魔物や魔人が北の領土一帯を支配しているため、誰も近づけないのである。北に踏み込んだが最後、生きて帰ってきたのは先代勇者一行を除いて存在しない。


 これらの領土は何度か領土拡大を目論んで戦争が起きた経歴があるが、魔王を先代勇者一行が討ち取ってからは、特にそういったこともなく平和となっている。


 戦争で多くの血が流れれば誰かが悪になる、それによって勇者に裁かれるのは国としても看過できない事態なので、停戦協定を各領土と結んでいる。


 これがそれぞれの領土の内容である。


「ネルさん、僕達はどこに行こうとしてるんです?」

「ここじゃないどこか、だなぁ」

「……大雑把」


ちなみに現在ネル達のいる場所は草木が生い茂る森林だ。歩くたびにザクザクと音が静かな森に響く。


木々が生い茂ってるため日が差さず、森の中は暗いのだがジメジメしておらず時折吹く風が心地よい。


「ま、取り敢えず東の領土を抜けて西の領土に向かおうかと思ってる」

「西、というと……砂漠地帯の場所でしたっけ?」

「よしよし、勉強したとこはちゃんと覚えてるな。その通りだ、あそこなら隠れやすいだろうからな」


 よっこいせと言いながらリュックの位置を直すネル。何故東の領土から出ようと思ったのかというと、東の領土では赤髪の悪名が轟き過ぎているからである。


 この領土では赤髪と聞けば誰もが恐怖する共通認識だ。自ら赤髪の名を復活させたネルとしてはここには居づらいのである。


(なら名前を出すな、って話になるんだろうけどな。……でもそれじゃあダメだ。私は騎士長ではなく、タカシと同じ異分子である赤髪なんだ)


 これは一種の決別でもある。元々ネルが騎士長になったのも、自分の正体を隠すための仮の立場が欲しくてなったものだ。


 なろうとしてなれるものではないが事実、ネルは騎士長の座に就いた。そのおかげで権力を手に入れることが出来た。


 だからネルは自分の我儘を貫き通す事が出来たし、力もある分誰もネルには逆らえなかった。1()0()()()、ネルが死に物狂いで掴んだ未来だ。


 その掴んだ未来は、ネルだけが生き残る為に掴んだ未来だ。誰かと生きる為に掴んだ未来ではない。だから切り捨てる。


 誰かと生きるという未来を掴むには、きっと並大抵の事では手に入らないだろう。特にネルと天がこの世界で生きていくには難しすぎる。


 そういう世界なのだ。しかしそれでも構わないとネルは考えていた。そんな世界でも、共に生きていくと決めたのだから。


 これはその為の第一歩だ。

 

「もう少しでこの森を抜けれるからそしたら町があるはずだ。そこで今日は休もう」

「……お金、どうするの?」

「私が持つよ。金だけは仕事で稼いで無駄にあるからな」

「あんな屋敷持ってるぐらいですもんね……」


 イスティーナだって、こちら側に引き入れたのももちろん理由はある。人質、確かにそう意味でこちら側に引き入れた。


 しかし、とある日に天はネルに言った言葉があった。


———もしも僕以外の人でも関係を持てば、きっとネルさんにとっての何かになるかもしれませんよ?


——— 大切なものは失ってから気づく事が多いんです。それは失う前まで同じ時間を過ごしたからだと僕は思うんです。


———だから、いつか仲間が出来ると良いですね。


 慰めの言葉だったのかもしれない、それでもなんとなく頭から離れなかったその時の言葉。


 まだイスティーナの事をネルはなんとも思えない。興味がないのだ。だけれど、天の言ったように同じ時間を過ごせば……。


(……こいつは、私にとっての何かになれるのだろうか)


 確証なんてない。けれど天の言葉はいつだってネルにとっての大切なものをもたらしてくれた。だからそれをネルは信じてみようと思った。


 イスティーナは人質という名の仲間だ。


「あ、そういえば……。えっと、すみません。名前はなんて呼べば良いですか? 僕は東雲 天です。好きなように呼んでもらって構いませんよ」

「……私の名前は、イスティーナ。けど、私は名前に拘らないから、好きな名前で呼んで」

「うーん、それじゃあ名前が長いと呼ぶ時大変なので……ティナさん、って呼んで良いですか?」


 イスティーナ、もといティナはコクリと頷く。


「……私は、タカシって呼ぶ」

「はい、よろしくお願いします!」


 そんな2人のやりとりをみて、思わず微笑むネル。


「そんじゃ私もティナって呼ばせてもらうよ。私の事はネルでもロージュでもお好きな方をどうぞ」

「……それじゃ、ネル……さん」

「最後の間はなんだ。後からさんって付け足しただろ」

「……私、口下手だから。きっと、気のせい」

「都合のいい言い訳だなおい」


 そんな会話をしながらネル達は歩き続け、気付けば森を抜けて町へ到着していた。 

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