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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第一章 出会い
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見知らぬ世界

 東雲天は、苦しかった。


 何が? と問われればこの状況に、と答えるだろう。勇者一行とネルの戦闘、この原因となったのは自分だと天は確信にも近い推測を立てていた。


 それは勇者の言葉で気づいてしまったから。


 そして、ネルからの手紙を受け取り、天は悔しい思いをした。


———僕はただの無駄な存在じゃないか


 いつだってネルに救われて教えてもらって、ネルから沢山色々なモノを受け取ったのに自分は何も返せてない。


 だというのに、命のやり取りをしているのに、だ。


 ネルは天の為に怒り、天を思いやってくれた。


 もしもこれが異世界転生や異世界転移ならきっと自分にもチートじみた力があるんじゃないだろうか。何度夢想した事だろう。


 「もしも」、それは何度も頭の中で反芻したかもう数えきれないぐらいだ。自分にも力があればネルの力になれるのではないか、今程強く思ったことはないだろう。


 けれど現実は呪われた子供、非力で何も出来ず、ただ内側から喰われていくのを必死に我慢するだけのちっぽけな存在だ。


 だからせめて、自分でも何かしたくてその場から駆け出した。音がする方向へただがむしゃらに走る、そうして息が荒くなり始めた頃に肩に衝撃が走った。


 途端に肩が異常に熱くなり激痛を伴い、天は悲鳴を上げた。悲鳴というよりもはや絶叫に近かった。


 肩に短剣が深く刺さっていたのだ、もう少し右にズレていたらきっと心臓に届いていただろう。それが天に恐怖を与える。


(痛い、痛い痛い痛い痛い痛いっ!!)


 その場で肩を押さえて涙を流しながら苦しむ。さっきまでの考えや意気込みなどは一瞬にして散ってしまった。もう天の頭の中は痛みによる恐怖で一杯である。


 涙で目の前がぼやける、何も考えられない。そんな天の下に戸惑いがちな声がかけられた。


「どうして……?」


 声を発したのは、シュティだった。彼女は何故そんなに苦しむの? と言いたげな瞳だ。


 だが天はその声には反応出来ず灼熱の痛みにただただ呻くだけだ。呻き声には、鼻をすする音と泣き声も混じっていた。


 シュティが何か声をかけようとした瞬間、複数の矢が建物を壊しながら降ってきた。シュティは咄嗟にしゃがむとその矢は速度があまりないらしく、すぐに地面に落ちてしまっていた。


 その矢を見て、シュティはすぐにこれが誰の矢か分かった。その矢がミリアの矢だとすぐに看破し、どうしてここまで来たのかと疑問に思った時、剣と剣のぶつかる音が聞こえてきた。

 

 破壊された建物からその光景は見えた。それはハルの聖剣と騎士長の剣、二つの剣がぶつかりあい、激しく火花を散らしている瞬間だった。


「くそっ! まだだ! 光よ集え〝射光刃〟!!」


 ハルは詠唱をヤケクソ気味に吐き出した。瞬間、聖剣の纏う光が増大し刃と形を変えて放出される。しかし不規則に放たれる光の刃も騎士長には一つも当たらなかった。


 それを見てシュティはやはり驚愕した。騎士長の様子が最後に見た時と違う。全身から紅いスパークを放っており、動きも段違いに速くなっている。


 そして次のネルの行動を見て、思わずシュティは声をあげた。


「あっ……!」


 その声をかき消すように、ハルの断末魔のような声が響く。ハルは騎士長に首を掴まれて感電していたのだ。世界を紅く照らすような雷撃、ハルが危険な状態なのは誰が見ても明らかだった。


 そしてその光景を天も見ていた。だがすぐさま顔を歪めて、悲鳴を漏らす。それは、シュティが天の肩に刺さっていた短剣を無理矢理抜いたからだ。


「ハルッ!!」


 シュティはハルの下へと駆けて行く。それをただ、天は見ることしか出来なかった。今すぐ何かしたい、けれど痛い。


 感情がざわつく、いつもは内側から聞こえてくる怨嗟の声はまったく聞こえない。静かだ、とても。


 矢が飛来して来るのが見えた。天が声を上げるよりも速くネルの肩に刺さる。


———何も音が聞こえない。


 ネルが矢を鎧から引っこ抜くのと同時に、光り輝く刃がネルを切り裂いた。


———()()()()()()


 そこからはもう、意識が断絶していた。




◇◆◇◆◇




 その場にいた誰もが絶句した。それもそうだろう、突如現れた化け物にナイフを振り下ろそうとしたシュティが喰われたのだから。


「なっ……!」


 ネルが驚愕して掠れた声を出すのと同時に、化け物の頭が肥大化してシュティを丸呑みした。一時、場に静寂が訪れる。


 化け物の姿は、異形と称する以外に表現する言葉がなかった。まともな形をしておらず、不規則にボコボコと泡立つような音を立てながら蠢いている。何となく四足歩行の獣にシルエット的に見えなくもないだろう。


 口と思わしき部分からは黒いドロドロとした液体をがとめどなく溢れている。まるでタールのような液体は酷い腐臭を放っていた。


 背からは何重にも折れ曲がった腕が何本も生えており、顔と思われる部分には目玉が数え切れないほどある。そして泡立つ体からはドロドロとした瘴気を放っている。


「アブァァヴゥゥ」


 声ではなくもはやそれは音だ。そして化け物が次にとった行動は


———ネルを一口で飲み込む事だった。




◇◆◇◆◇




 聞き慣れない音が聞こえる。ゴゥゴゥと、風を切る音だ。それが途切れる事なく連続して聞こえてくるものだから、気になって目が覚めた。


「…………」


 見知らぬ部屋、それが第一印象だ。なんとも殺風景な部屋だ。生活に必要なものだけがある、必要最低限のもの以外何も存在しない。


 壁に布が掛けられている。そこからチラチラと光が漏れているので、その布に手をかけて光を覗こうとしてみる。


 布は横に動くらしく、シャーと軽い音と共に動いた。


 覗いてみると光の正体はなんて事はない、ただの太陽から差す光だった。だがそれ以上に異常な光景が窓越しに広がっていた。


「ここは……どこだ……」


 それは場所などという小さい括りではなく、()()という大きな括りでの疑問だ。


 私は知らない、奇妙な形をした鉱石の塊のような物体が動き回っている事など。天に届かんと言わんばかりの高い建築物、黒い服装に身を包んで四角い物体に耳を当てて何か口を動かしている。


 冗談ではなく、まるで別世界に迷い込んだような気がした。そして自分がおそろしく浮いている事にも、何となく分かっていた。


 ここにいてはいけないような、そんな疎外感が何年か振りに胸中に訪れる。


 だからこそ気づいた。そんな疎外感を感じさせないぐらいの、大切な感情を与えてくれた大切な人物を。


「……そうだ! タカシ!」


 バッと周りを急いで見渡す。姿は見えない。だが、そこで喰われた瞬間の記憶が蘇る。


「……! そ、うだ……。私はタカシに……」


 ならここは腹の中なのだろうか? そんな考えが頭に浮かんだ時に、簡素なベットにいつのまにか人が寝ている事に気付いた。


 それは、勇者達からシュティと呼ばれる少女だった。ネルはそこでシュティが五体満足で怪我がない状態だという事に目がいった。


(……半身、とまではいかなくてもこいつは脇腹を喰われたはずだよな?)


 けれどない。よく見ればシュティの服は左脇腹の服がなく、そこから肌が露出していた。それは傷一つない肌である。


 どこにも傷は見当たらなかった。


「おい起きろ」


 殺気のこもった声色に、部屋の温度が下がる。その異常に気づいたのか、シュティは目を開けてベットから跳躍して距離を取る。


 そこでようやく自分がどこにいたのか気づいたようだ。ネルから視線を外さないようにしつつも目が右へ左へと泳いでいる。


 シュティは恐る恐る口を開く。


「……ここは、どこ?」

「知るか。それよりもお前、どうして傷が癒えてる?」

「傷……?」


 シュティはすぐに自分がどういう状況だったのかを思い出して思わず自分の体に視線を移す。そして傷一つない自分の体を見て、絶句した。


「……なんで」

「だから知らねぇっての。聞いてるのはこっちだ」

「……知らない。本当に何も、知らない」


 嘘はついてないだろうと思い、有益な情報は引き出せないだろうと判断したネルはシュティを無視して部屋から出ようと、移動する。


 そこでふと思ってしまった。ここは、天が何かしら関わっている世界だとネルは考えていた。そしてその世界で、シュティもネルも傷が癒やされており誰も死んでいない。


 ここで、天が生かしたであろうシュティをここで見捨てても良いのだろうか? と、そう思ってしまったのだ。


 ネルは少し苛立ち混じりのため息を吐く。


(……他人の為に? まったく……決して縁のないものだと思ったんだけどな)


「おい」

「……! 何?」

「ここから出たいのなら付いて来い。……それだけだ」


 そう言うと玄関へと足を運び、ドアノブに手をかける。後ろには、シュティが無言のまま付いてきていた。


 内心でため息をつきながらも、ドアノブを回して外を出ようとすると———


 いつの間にか、川辺に佇んでいた。赤く汚れた、その川は底が浅かった。否、底が浅いのではなく底上げされていたからだ。


「これって……」


 シュティが呟く。その顔には嫌悪感が強く出ている。ネルは特になんの感慨も湧かず、ただこの場の状況を口にした。


「死体の山だな」


 川一面には、人の死体と赤黒くなってしまった血の色で彩られていた。

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