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赤髪の騎士と黒髪の忌み子  作者: 貴花
第一章 出会い
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崩壊の鐘の音

———少し昔の話。


 赤い髪の少女がいました。

 その少女は捨て子でした。

 そのため少女は親の顔を知りません。

 知りたいとも思いませんでした。


 赤い髪、それはこの世界において誰もが持つ共通認識、恐怖であり、忌避すべき忌むべき存在なのです。

 そして当然、その少女は危険分子だと判断されて死刑だと即刻処分が下されました。


 その少女は紆余曲折ありましたが、逃走した後に死んだそうです。

 結果、少女は約五年間に渡り逃走を続けたそうです。


 その五年間で、犠牲は沢山ありました。

 王国騎士の部隊の壊滅、数多の国崩し、王国にだって甚大な被害をもたらしました。


 少女だというのにここまで被害が出るとは思わなかったのでしょう。

 先代国王はやがて決断しました。

 それは全国の指名手配です。

 稀代の犯罪者赤髪を殺せ、国王が発したからにはそれは全て周知となります。


 指名手配された時点で、少女はこの世界において一人となってしまったのです。

 味方など存在しません。


 そして、やがて赤髪はパタリと姿を消しました。

 どこかで餓死したのか、どこかで殺されたのか。

 少なくとも、これにより赤髪の恐怖は世界中に刻まられながらも皆安堵しましたとさ。




◇◆◇◆◇




 シャラン、と剣が鞘から抜かれた音が妙に響く。その音にようやく我を取り戻したハルは恐怖を抑え込む。そして叫ぶ、恐怖に負けるなと、俺達は世界の為に戦っているんだと。


 その叫びに一瞬天がビクリと体を震わせる。それはまるで自分が遠回しに世界にとって害になると言われたからと気づいたからだ。


 そしてその声に勇気付けられたミリアが、エリスが、シュティが威圧に負けるかと抗う。


 それがどうにも、ネルの神経を逆撫でした。


「……これだ、お前らはいつだって簡単な方へと流れる。正義、正義正義!! お前らはっ! いつも! 正義などと簡単に口にして自分が正しいと思い込む!! ふざけるなっ!!」


 ネルの足元が爆ぜた。爆ぜた音が全員の耳に届いた時には、ハル建物へと血を吐いて沈んでいた。


「ッ! ———我が光は傷つけるものではあらず! 〝光回〟!」


 すぐさまエリスが治癒魔法を発動させハルの傷を癒す。〝光回〟は傷を癒すのに特化した魔法の為、傷は癒えても体力や失われた血が戻るわけではない。だが、まだ戦いは始まったばかりだ。


 何よりハルの目がまだ諦めていない。戦闘は続行だ。


「エリス発動してくれ! 援護頼む!」

「はいなのです!」


 エリスが一言何かを呟くと周りに乱立している建物の形が崩れて無数の矢へと変貌する。それはハルの真上を通り過ぎ、ネルと天の元へ殺到する。


「シュティ! 一旦離れて機を伺え! 後ははお前に任せる!」


 声は返ってこないが、ハルはそれで用が済んだと言わんばかりに聖剣を構えて遠くにいるネルの元へ駆けて行く。


 そして、ネルは空全てを覆う程の矢を見て舌打ちをする。


(さっき遠くの建物が消えたかと思えば槍に変化した……。つまり、私達は文字通り掌の上って事か。タカシが死ぬ時もこの世界に飛ばされたな、つまりここはあのチビの世界か)


「タカシ」

「は、はい……」


 空を見て驚愕の表情で固まっていた天だが、ネルの呼びかけにハッとしてネルへと顔を向ける。


「私から離れるなよ」

「……はい!」


 天を自分の元へ引き寄せると大きく息を吸う。そして一呼吸の間に、殺到する矢を剣で弾き飛ばした。


 ギャギギギギン!!!


 矢と剣のぶつかる音が延々と響く。恐るべきはネルの動体視力と運動能力だ。見事な事に、打ち漏らしもなく全ての矢を弾いていく。


 剣を持った右手は何本もあるかのように残像を残しながら激しく動き回っている。だというのに、ネルは息を荒げる事なく平然と全ての矢を弾くのだ。


 これには勇者一行も驚愕せざるを得ない。


「タカシ! 私にしがみつけ!」

「え? あ、はい!」


 一瞬呆けたような声を出すがすぐにネルの鎧に抱きつく。ネルは左手で天を支えると、その場から離脱した。


 目にも留まらぬ速さで建物の密集地帯へと駆け込む。その間、実に三秒。矢はもはや誰もいない平野へと突き刺さっていくだけだった。




◇◆◇◆◇




(……速い、強い)


 シュティは改めて騎士長の強さに瞠目していた。並外れた膂力に、運動神経、しかも武に秀でてるときたものだ。少年はともかく、騎士長は人間のはずだ。なのに正直人間と相手にしている気にはなれない。


 それに、やはりと言えばやはりなのだろうが……。


(……本当に彼等を滅するべきなの?)


 これはあくまでシュティの個人的意見ではあるが、少年が人間に対して害があるとしても悪意があるとは到底思えなかった。


 少年の行動は、あまりにも人間らしいのだ。それがシュティを悩ませる。そうしてネルが矢を全て弾くという人間離れした技をしている間にも攻撃が出来なかった。


(……私は、どうすれば……)


 彼女は揺れる。正義という境界線の中で。


 けれど彼女は———




◇◆◇◆◇




「これで数秒は時間が稼げるな……」

「……大丈夫なんでしょうか」


 何が、とは言わずともその意味をネルは理解していた。


「……この場から離脱しない限りは厳しいだろうな」

「……あの人達は、僕のせいでこうなっているって……」

「タカシ」


 ネルは左手でポンポンと天の頭を優しく叩く。そしてくぐもった声で、ネルは言った。


「あまり時間がないからこの話は後で話そう。その前に、お前にだけは言っておく事がある。いいか? 誰も信じられず、誰にも受け入れられないのなら……」

「……」

「私を信じてくれ」

「……!」

「お前のその気持ちは私は理解しているつもりだ。その上で言うのなら、今はまだ決める時じゃない。だからどうか、お前はまだ揺らぐな」


 そう言うと再度頭をポンポンと優しく叩いて、ネルは一つの手紙を天に手渡す。それはまだ真新しく、新品の便箋だった。


「私が戦っている間にそれを読んどけ。読み終わったら捨てるなら取っとくなり好きなようにして構わない。……選択権はタカシにあるんだ、だから好きなように決めるといいさ」


 ネルは少し名残惜しそうにその場から跳躍して離れる。取り残された天はゆっくりと便箋の封を開け、手紙の内容を目に通した。


 書かれていたのは、その大きな便箋に比べて少ない文字数だった。レアルタ語ではあったが、天はゆっくりとその文を読み解いていく。


 そしてその文を読み解き終わった天は、手紙を便箋にしまいそっと懐にしまう。天は戸惑ったように空を仰いでは地面へと視線を落とす。


 やがて、意を決したようにその場から走り出した。




◇◆◇◆◇




「ハルちゃん! 来た!」


 エリスが魔法でその言葉をハルに送るのと同時に、ミリアが弓を引き絞った。そしてスキルを発動させる為にその名を紡ぐ。


「———〝神速の矢〟」


 名に恥じぬ程の速度で放たれたその矢は一つではなかった。光の矢が、何百何千と増殖し降り注ぐ。そして今度はそれだけでは済まない。


「招来!」


 エリスが短くそう叫ぶと、地面から大量のゴーレムが生えてきた。それはやがて、雄叫びをあげながら作動し始める。周りを見境なく破壊し始めるので土煙が


 だがそれでも、どうしてもエリス達は安心が出来なかった。ここまででもやり過ぎではないか、と思う反面、果たして通用するのだろうかという不安がどうしても払拭出来なかったのだ。


 そして、その答えを持つ人物が姿を現した。ゴーレムを一瞬にして切り刻みながら、ゆっくりと歩いてきた。


 そして、切り刻まれたゴーレムが崩れて大きな破片がネルへと落ちていく。それをネルは、剣を鞘へと収めると破片を徒手空拳の構えを取る。


「———ハァッ!!」


 体から紅い雷がビチビチと這う。やがてそれは、体外へと放出され紅の雷がネルの周囲を焦がしていく。


 瞬間、今までの比ではない位の速度と膂力で破片を拳と脚で弾き返し始めたのだ。尋常ではない速度での動きに勇者一行は何度目かの驚愕と衝撃を受ける。


 弾かれた破片は嫌らしいほど精密に楼閣へと突っ込んでいく。ズズン、と音を立てて段々と楼閣は崩壊していくのだが、楼閣はすぐさま再生されていくのと同時にゴーレムもやはり再生し始めた。


「チッ、壊すだけじゃ意味ないか」


 上空から飛んでくる矢を滑らかな動きで受け流しながらネルは考える。やはりここでは術者の思い通りに作られている世界なので何をしてもアドバンテージはあちら側にあるのだろう。


 冷静に対処すれば何かしら妙案が浮かぶかもしれないが、そもそもネルは考えているとはいえ絶賛ブチギレ中なのであまり深く物事は考えられない。


 それでも考える余裕というより、怒りながらも考えるという行為を出来ているのがネルの凄いところではあるのだが、ネルはそれに気づかない。


 それがネルにとって当たり前だからだ。他人と比較など一度もしたことのないネルにとっては、ネルの出来ることは全て当たり前という見方を持ってしまっているのだ。


 そしてネルは短絡的な思考で一つの考えへ到達した。それを実行しようとした瞬間、すぐさまネルは剣を抜いて背後へ振り抜く。ギャリィン! と甲高い音が鳴り響く。


「くそっ、まだだ! 光よ集え〝射光刃〟!!」

「っと、危ないな」


 奇襲は失敗してしまったがすぐさま思考を切り替えてスキルを発動するハル。ハルがスキルを発動すると、聖剣が一際輝き光を増していく。


 その光は刃となり反射光のように光り、周りを見境なく切り刻む。だがその攻撃でさえもネルは最小限の動きで全てを回避してしまう。


「な、クソッ! ———バァァァ!?!?」


 思わず悪態をついてしまうハルだが、その言葉は奇妙な声で途切れた。それはネルがハルの首を掴んだからだ。しかもネルは紅い雷を纏っているので紅い雷はネルを伝いハルに感電している。


 バリバリッ! と爆ぜた音と共に紅いスパークがハルを包む。それに合わせてハルの断末魔のような叫び声が響き渡る。だがそれもすぐに途切れた。


 何故なら肌も焼かれて黒く染まりかけており、ハルはもはや抵抗も出来ないらしくグッタリとしているからだ。


 首を掴む手に更に力を込めようとした瞬間、背中に軽い衝撃が走った。


「あ?」


 背後に顔を向けようとしたが、甲冑と兜が邪魔して向けなかったので背中に手を伸ばすと何か棒のような物が背中から生えている事に気付いた。


 それを躊躇いなく引き抜くと、それは鏃が血に濡れている矢であった。それが矢だと気付いたのと同時に、今度は大きな衝撃が体を襲った。


 それを何と表現すればいいのだろうか。強いて言うのであれば内側から何かが爆発する、としか言いようがない。


 それは光の刃が内側から何本もネルの体から生えてきたような、そのような状態だった。ネルは体に走る激痛に力が抜けてハルの首から手を離してしまう。


「な、ん……ゴボッ」


 ネルは血を吐きながらよろけて膝をつく。その瞬間、微かな風切り音がネルの耳に届く。しまった、とネルは思い体を動かそうとするが体を貫く光の刃が動きを阻害して動けない。


 飛んできたのは鎖に繋がれた黒塗りの短剣、暗器だ。回避は間に合わず、鎧を容易く貫通しネルの左肩と腹部へと刺さる。


「……ッ」


 すると音もなくハルの下へ音もなく現れる人物がいた。青髪に切れ長の蒼い瞳、シュティだ。その左手には鎖が巻き付けられている事から暗器を放ったのは彼女だと推測するのは容易だった。


 シュティはハルを抱えると、キッとネルを睨みつける。


「……殺させない」

「はっ、暗殺者か……。クソッ、本当にヤキが回ったな……ゴホッゴホッ」


 ひゅー、ひゅー、と掠れた吐息を零しながら愚痴るネル。その背中にトストス、と軽い音と共に何本も矢が刺さる。


 その姿からは先程まで無双していた圧倒的な強さはない。ただの、死にかけの人間だ。


(……〝雷帝〟を使うべき、では、なかったな……。ああ、今更になって、結構反省点が……)


 鎧の隙間からは血が漏れて溢れてきている。鎧に隠されているためあまり分からないが、ネルの状態はかなり悲惨である。


 全身が傷だらけ、左肩は暗器がしっかりと刺さっており、動かすのはまず無理だろう。そして何より足から腹部にかけての損傷が特に酷い。


 暗器による刺し傷はもちろん、光の刃によってズタズタに引き裂かれており、肉と骨が剥き出しになってしまっている部分もある。


 そして血を流しすぎたネルは意識が朦朧としてきていた。ネルの本来の戦い方であれば少なくともここまでの痛手は負わなかっただろう。


 ネルが放っていた紅いスパーク、あれはネルの魔力である。魔法、とまではいかないがネルは自身の魔力である紅い雷を自身に纏わせたり放出する事が出来たりする。


 そしてネルはそれを利用して筋肉や神経に直接電気を流し込んで無理矢理肉体のリミッターを外して超人的な身体能力を手に入れる、という荒業を行なっていたのだ。


 これは自身が窮地に陥ったり、限界まで追い詰められたりした時にしか行わない所謂隠し球というやつだ。


 その隠し球を追い詰められてもいないのに行った理由、それは頭に血が上っていたからである。なんとも間抜けな理由だとネルは心の中で自嘲する。


「……私には、何が正しいのか分からない。けど、ハルは殺させない……! その為なら、私は、私は……!」


 シュティは懐から少し大振りのナイフを取り出す。そして突如ハルとシュティへ空から光が差したかと思えばハルの傷がどんどん癒されていく。


 それを見て、ネルは微かに表情を歪めた。


(……ここで終わりか)


 シュティは、ゆっくりと近づいてくる。遠く離れているが、ミリアはすぐに射てるように弓矢を構えている。エリスは詠唱を終えて後は名を告げれば魔法が発動するよう待機している。


 隙のない、最大限の警戒を敷く勇者一行。そんな中、ネルは朦朧とする意識の中で天の顔を思い浮かべていた。


(……あぁ、タカシ。悪い、な……。やっぱり、私はお前を———)


 ナイフが振り下ろされる、そのナイフは寸分の狂いなくネルの心臓へと———


 














「——————グルゥゥウアァァァアッッ!!!!」


 ナイフが振り下ろされるよりも先に、〝化け物〟が、シュティを喰らった。

お読みいただき誠にありがとうございます。

毎度の事なのですが、誤字などや気になる点がございましたらご報告くださると助かります


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